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送らない手紙  作者: 宵待 奏
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第10章:居場所

ナギは、音に敏感になっていた。

着信音だけじゃない。

コメント欄の空気の変化、誰かの言い回し、笑い方のトーン。

ほんの少しの“匂い”で、身体が先に構える。


ルーメンのタイムラインを開く指が、止まる。

開いた瞬間に、何かが流れてくる気がする。

自分の名前じゃない。

でも、自分のことかもしれない話題。


ナギは、タイムラインを閉じた。

見ない。

見ないことは逃げじゃない。

呼吸を守る選択だ。


それでも、完全には避けられない。

仲間の通話。雑談。軽い冗談。

その中に、ときどき混ざる。


「最近さ、あの二人…」

「雰囲気変わったよな」

「なんかあったん?」


ナギは、胸の奥が冷えるのを感じた。

“あの二人”という言い方が、いちばん嫌だった。

名前を出さないのに、状況だけが勝手に物語になる。


物語は、人を正義にする。

正義は、人を残酷にする。


ナギは笑って流した。


「うちの界隈、例が多すぎるよね」


軽く。

短く。

自分の安全が削れない温度で。


誰かが笑って、話題が逸れていく。

その瞬間だけ、ナギは救われる。

でも同時に思う。


――私、いま“守る練習”してるんだな。


守る練習。

昔の自分なら、そんなことを自分に許さなかった。

相手を優先しすぎて、守ることが罪だと思っていた。


でも今は違う。

守らないと、壊れる。


ナギはふと、ユウの短い返信を思い出した。

条件を受け入れて、余計なことを足さなかった四行。


あれは、正解だった。

正解というより――助かった。


助かった、という言葉は危険だ。

助かったと思うと、次も助けてほしくなる。

次も、を求めると、また同じ場所に戻る。


ナギは、自分の手帳を開いて書いた。


「助かった、は心の中だけ」


そして次の行。


「境界線は、私の仕事」


誰かに守ってもらうものじゃない。

自分で守るものだ。

それを、やっと理解し始めていた。


夜、ナギは配信の通知を見かけた。

ユウの名前。

心臓が一度だけ跳ねた。


ナギは、通知を開かなかった。

開いて何かを確認するのは、過去に戻る道だ。

確認したら、また“中心”がユウになる。


中心を自分に戻す。

戻したまま、生きる。


ナギは小さく息を吸った。

深く吸えた。


引き出しの中のスマホは静かだった。

静かであることが、今日は怖くなかった。


“止まっている”ということは、

少なくとも今夜は、安全だということだから。


ナギは電気を消した。

暗闇はまだある。

でも暗闇の中に、居場所の輪郭が少しだけ戻ってきていた。

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