第21章:送らない手紙(終)
朝。
ユウは、ノートのページ端を指で撫でた。
数字が増えている。
増えているのに、誇らしさより先に怖さが来る。
“いつか崩れるかもしれない”
怖さは現実的だ。
だから仕組みにする。
気合じゃなく、運用で守る。
ユウは新しいページを開いた。
タイトルだけを書く。
送らない手紙 #44
本文は、まだ書かない。
書かないまま置く。
置けるようになったのも、変化だ。
昼。
スズから連絡が来た。
短い。
「ナギから。
“しばらくはこのままで大丈夫”って。
必要が出たら、また私から言うね。」
ユウの胸が、静かにほどける。
ほどけると、空白ができる。
空白ができると、埋めたくなる。
“何か返さなきゃ”
“ちゃんと伝えなきゃ”
“感謝を…”
“安心を…”
“言葉を…”
言葉は、いつも善意に見える。
でも、善意は境界線を越える道具にもなる。
ユウはスマホを机に置いたまま、まずノートを開いた。
先に処理する。
先に、送らない。
送らない手紙 #44(本文)
大丈夫、と聞いて安心した。
でも安心で近づかない。
俺は俺の生活を回す。
必要があれば待つ。
四行で止めた。
止めたから、返事が書ける。
ユウはスズに返す。
四行以内。
要求ゼロ。
確認ゼロ。
「ありがとう。
了解。こちらからは何もしない。
必要があれば教えて。
引き続き守る。」
送信。
終わり。
終わり、というのは寂しい。
でも寂しさは、埋めるものじゃない。
抱えるものだ。
夕方。
カイと飯を食う。
カイは深掘りしない。
代わりに、生活の話をする。
「最近寝れてる?」
「飯ちゃんと食ってる?」
「配信、淡々としててええやん」
淡々。
それは褒め言葉だ。
褒め言葉なのに、ユウは少しだけ苦く笑う。
淡々は、守るための技術だから。
帰り道。
街の灯りが眩しい。
眩しいほど、陰が濃くなる。
ユウはふと思う。
――もし、また何かが起きたら。
――もし、噂が戻ったら。
――もし、こちらが揺れたら。
その“もし”を、ユウは否定しない。
否定すると、次に崩れる。
だから、備える。
ユウは家に帰って、机に座る。
ノートを開く。
ページを一枚だけめくる。
数字が並ぶ。
増えた数字は、送らなかった日付だ。
“送らない”は、拒絶じゃない。
“送らない”は、脅しでもない。
“送らない”は、相手の呼吸を守る選択だ。
そして、自分の自立を守る選択だ。
ユウは最初のページに戻った。
#1 の文字が見える。
そこには、荒い字でこう書いてある。
「送れば楽になる。
でも、楽になるために誰かを揺らすな。」
あの時は、守れなかった。
守れない日もあった。
でも今は、番号が増えている。
増えていることが、答えだ。
夜。
ユウは配信を開く。
配信の前に、いつもの一行を書く。
「今日も、匂わせない。誰の名前も出さない。」
配信をする。
終える。
終えた後に、追い足さない。
スマホを裏返す。
机の上に置く。
灯りを落とす。
暗闇の中で、ユウは呼吸をした。
深く。
ゆっくり。
自分の中心で。
この物語は、取り戻す話じゃない。
戻る話でもない。
“安全に離れていられる”を取り戻す話だ。
ユウは最後に、ノートを閉じた。
表紙の文字が見える。
送らない手紙
送らなかった手紙の数だけ、
誰かの夜が静かになった。
そして、自分の夜も静かになった。
それで十分だった。




