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送らない手紙  作者: 宵待 奏
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第19章:灯りの輪郭

周年の夜は、音が多い。

祝う声。笑う声。思い出の声。

「これからも」の声。


ナギは、その“これからも”が怖かった。

言葉が優しいほど、境界線が溶けるからだ。


ルーメンの通知は切っていた。

切っても、空気は入ってくる。

仲間の通話。雑談。タイムラインの断片。

スクショの一枚。

「見て、これ」って軽く投げられる。


軽いものほど、身体は重く反応する。


胸が縮む。

喉が乾く。

呼吸が浅くなる。

それが“夜”の形だった。


ナギはベッドの端に座って、手のひらを見た。

冷たい。

冷たいと、思考が「原因」を探しに行く。


――また噂が広がる。

――周年の空気で、誰かが踏み込む。

――“あの二人”が物語になる。

――私の居場所が、また狭くなる。


物語は、名前がなくても成立する。

だから厄介だ。


ナギは引き出しを開けた。

スマホを出す。

画面を見ないまま、握る。


握るだけで、身体が少し落ち着く。

落ち着くと、次が来る。


“確認したい”


確認は、毒でも薬でもある。

薬にしたい。

でも薬は、量を間違えると毒になる。


ナギは息を吐いて、机の上の手帳を開いた。

自分のルールが書いてある。


見ない(夜は特に)

確認しない(物語を育てない)

必要ならスズへ

境界線は私の仕事


最後の一行を、指でなぞった。


境界線は、私の仕事。

誰かに守ってもらうものじゃない。

守ってもらうと、次を期待してしまう。

期待は、また自分を縛る。


ナギはスマホを置いた。

画面はまだ見ない。


そのとき、スズから短い通知が入った。

スズの通知は、線の中にある。

だからナギは開ける。


「周年の空気、怖いよね。

でも今日のユウの投稿、淡々としてたね。

だから大丈夫。」


ナギは一度だけ目を閉じた。

“匂いがなかった”

その言葉が、身体に効く。


匂いがない。

つまり、物語が始まらない。

つまり、私の居場所が狭くならない。


それは優しさじゃない。

配慮でもない。

運用だ。


ナギは少しだけ、呼吸が深くなった。

深くなると、泣きそうになる。


泣きたいのは、嬉しいからじゃない。

安心だからでもない。

ただ、疲れていたからだ。


ナギは思い出す。

昔の自分は、周年の夜が好きだった。

「ありがとう」が飛び交う夜。

「一緒に」が許される夜。

特別が、特別として扱われる夜。


でも今は違う。

特別は、武器になる。

武器は、誰かの喉元に触れる。


だから、特別を拒む。

拒むのは冷たいからじゃない。

呼吸のためだ。


ナギはスマホを見ないまま、手帳に一行だけ書いた。


「匂いがない=安全」


書いて、すぐに手帳を閉じた。

安全だと書くと、安心を握りたくなる。

握りたくなると、中心がずれる。


中心は、自分に置く。

置いたまま眠る。


ナギは枕に顔を埋めた。

耳の奥で、周年の音がまだ鳴っている気がする。

でも、音の中に輪郭が戻ってきていた。


灯りの輪郭。


“居場所”という言葉は、まだ怖い。

でも怖いまま、守れるようになってきた。


最後に、ナギはスズへ短く返した。

長くしない。

感情を増やさない。


「そうだね、ありがとう。助かった」


送って、またスマホを引き出しに入れた。

引き出しが閉まる音が、小さく響く。


静かだった。

静かであることが、今夜は怖くなかった。


ナギは目を閉じた。

期待を握らずに。


ただ、呼吸だけを握って眠った。

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