第14章:中心を戻す
報告が来た夜、ユウは眠れた。
眠れたことが、少し怖かった。
眠れる=解決、じゃない。
眠れる=安心、でもない。
ただ、今日は運用が効いた。
それだけだ。
朝。
目が覚めて、ユウはまず机を見る。
スマホじゃなく、メモ。
《中心を戻す》
昨日の夜、自分で書いた一行。
中心が外に寄ると、また壊れる。
中心が相手に寄ると、また依存になる。
中心は、自分に置く。
置いたまま生きる。
ユウは歯を磨きながら、昨日の文を反芻した。
「落ち着いてた」
「助かった」
その言葉を、宝物みたいに握りしめたくなる。
握りしめたら、次に変わる。
――また助けたい。
――もっと助けたい。
――もっと正しくやりたい。
――もっと話したい。
“もっと”は、善意の顔をした追い足しだ。
追い足しは、境界線を削る。
ユウは水を飲んで、息を吐いた。
そして、ノートを開く。
送らない手紙。
送らない手紙 #34
うれしい。
でも、うれしさで動かない。
うれしさで近づかない。
うれしさは、俺の中で完結させる。
四行で止める。
止めたら、部屋の空気が少し軽くなる。
軽くなると、油断が来る。
油断は「このくらいなら」を連れてくる。
このくらいなら、スズにもう一言。
このくらいなら、次の提案。
このくらいなら、配信で“匂わせない程度に”。
ユウは机の紙を裏返した。
そこには、太字で書いてある。
匂わせは、ゼロ。
ゼロは、簡単なようで一番難しい。
一番難しいから、仕組みに落とす。
ユウはテンプレを作った。
配信中に“例の件”が振られたときの返し。
「その話はしない運用」
「今日は配信の話だけしよ」
「界隈の物語化、やめよや」
「ノーコメント、が一番平和」
短い。
笑いで流す。
でも、線は越えない。
線を引くのは、怒りじゃない。淡々だ。
夕方。
ルーメンを開く。
配信ボタンの手前で、指が止まる。
今日は、やる。
ただし、目的を間違えない。
配信は、居場所を守るためのもの。
誰かの反応を確認するためのものじゃない。
誰かを探すためのものでもない。
ユウは開始前に、紙に一行書いた。
「今日は、配信をする。確認はしない。」
配信が始まる。
いつも通りの雑談。
いつも通りの笑い。
コメントが流れる。
「最近、落ち着いた?」
「なんか空気変わったよな」
「例の件どうなった?」
来た。
ユウの背中が一瞬だけ硬くなる。
でも、ここは練習場だ。
ユウは笑って言う。
「例の件、って便利すぎやろ。今日は配信の話だけな」
笑いが起きる。
誰かが「それな」と返す。
話題が流れる。
流れた瞬間、ユウは小さく息をした。
成功は、静かでいい。
静かな成功だけが、続く。
配信の終わり際、また一つだけ刺さる。
「でもさ、気になるやん」
ユウは、テンプレを選ぶ。
淡々と。
「気になる気持ちはわかる。でも、そこは線引きするわ」
それ以上言わない。
説明しない。
正しさを証明しない。
配信を切る。
切れた瞬間、部屋がまた静かになる。
静かになると、胸の奥が泣く。
“よくやった”って言ってほしい。
誰かに。
できれば、あの人に。
ユウはその願いを、否定しない。
否定すると、反動で暴れる。
ただ、置く。
「欲しい」は出る。
でも「取りに行く」はしない。
ユウはノートを開く。
送らない手紙 #35
誰かに褒めてほしい。
でも褒められに行かない。
欲しい気持ちは、俺が抱える。
抱えたまま、運用する。
四行で止める。
止めたら、体が少しだけ楽になる。
寝る前、ユウはスズのトーク画面を見ない。
見ないのが、今日の勝ち。
代わりに、机の端の紙に丸をつける。
《今日の勝ち》
匂わせゼロ
確認ゼロ
“もっと”を出したが、送らなかった
中心を自分に戻した
ユウは電気を消した。
暗闇は相変わらずある。
でも暗闇の中で、居場所の輪郭が少しずつ戻っている。
それは誰かがくれる光じゃない。
自分が守るために、引いた線の形だった。




