第13章:二十四時間後
朝。
ユウは目が覚めた瞬間、手がスマホを探した。
探して、止めた。
止めるのが、今日の仕事だ。
裏返したままのスマホを、机の端に置く。
視界に入るだけで、脳が計算を始める。
――スズから来てるか。
――ナギは大丈夫だったか。
――怖くなってないか。
――「助かった」は本当だったか。
本当かどうかを確かめたい。
確かめたら安心できる。
安心が欲しい。
欲しい、の時点で危ない。
ユウはキッチンで水を飲んだ。
冷たいのに、胸だけ熱い。
仕事の通知が鳴る。
関係ない音なのに、心臓が跳ねる。
身体が、“来た”と勘違いする。
勘違いを、手でほどく。
昼。
配信アプリを開きそうになって、閉じた。
タイムラインは、情報じゃない。
匂いだ。
匂いは、身体に残る。
夕方。
連絡は来ない。
来ないことが、意味を持ち始める。
――来ない=悪い。
――来ない=失敗した。
――来ない=嫌われた。
――来ない=また壊した。
根拠はない。
でも身体は根拠がなくても反応する。
反応は、現象だ。
現象は、扱い方が必要だ。
ユウはメモを開く。
送らない手紙。
送らない手紙 #32
来ないことに意味を乗せるな。
意味を乗せたら、確認が必要になる。
確認は監視になる。
監視は境界線を壊す。
四行で止める。
止めた瞬間、もう一段の衝動が来る。
“じゃあ、スズにだけ聞けばいい”
衝動は抜け道を作る。
抜け道は、いつも「配慮」の顔をしている。
――スズなら負担じゃない。
――スズなら中立だ。
――安全確認だけだ。
安全確認“だけ”。
その“だけ”が、沼だ。
ユウは椅子に座って、手を膝に置いた。
膝の上の手が震えている。
震えを止めようとしない。
止めようとすると、また焦る。
時計を見る。
24時間の残りは、まだある。
残っていることが、つらい。
でも、そのつらさを相手に渡さないのが運用だ。
夜。
配信をする。
いつもより短く。
淡々と。
コメント欄が笑う。
ユウも笑う。
笑いは、橋にならないようにする。
匂わせない。
物語にしない。
配信が終わって、部屋が静かになる。
静かさが、また刺す。
ユウは風呂に入る。
湯気の中で、考えが少し遅くなる。
遅くなったところに、短い断片が浮かぶ。
「短くでいい」
あの声。
断片を、守る理由として胸にしまう。
未練に育てない。
育てると、明日の運用が壊れる。
風呂から上がって、髪を拭きながら、スマホが震えた。
反射で手が伸びる。
伸びて、止めた。
一秒遅らせる。
遅らせるだけで、選べる。
画面を見る。
スズ。
短い。
「共有。
ナギ、今日いちにち落ち着いてたって。
“短く終えたのが助かった”って。
次の連絡は、必要が出たらまた私からするね。」
ユウの胸が、ゆっくり落ちた。
落ちる、というより、重さが床に置かれた。
返信したくなる。
感謝したくなる。
安心を言葉にしたくなる。
でも、余計な言葉は“次”を呼ぶ。
四行。
要求ゼロ。
短く。
「共有ありがとう。
了解。こちらからは確認しない。
条件は継続して守る。
必要があれば教えて。」
送って、スマホを裏返す。
そこで終わり。
終わりにする。
ユウはメモを開く。
送らない手紙を、もう一枚。
送らない手紙 #33
報告が来て安心した。
だからこそ“もっと”が出る。
もっとは追い撃ち。
今日も止まる。
ページを閉じる。
静かに息をする。
前進は、劇的じゃない。
小さくて、誰にも見えない。
それでいい。
ユウは電気を消した。
暗闇はまだある。
でも暗闇の中で、運用だけが確かだった。




