空への暗号
空気に少しだけ春の気配が混じり始めた頃―
ミアは夫とともに、ラズとレイの眠る墓を訪れた。
二人で墓前で手を合わせ、車に戻ろうとしている途中、ミアは夫に声を掛けた。
「ちょっとだけ、そこで待っててくれる?」
不思議そうな顔をしながらも、夫はコクリと頷き、その場で立ち止まり、墓前に戻るミアを微笑んで見送った。
ミアの黒の手提げのカバンに入れた小さな封筒の中には、丁寧に折られた紙と、たったひとこと──「ノーラ」という言葉だけが記されていた。
そして再び静かに手を合わせた。
「暗号…作ってみたんだ。」
そう言って、その封筒を墓石の根元にそっと置いた。
「“未来”って意味なの。」
風がふわりと吹いて、木漏れ日が墓前を照らした。
細やかで静かな、でも確かな祈りのような時間だった。
「ラズさんからもらった二人の暗号…。レイさんがいるから、口には出せないんだけど…」
ラズとミアが初めて会った日に紡いだ、二人だけの『リベル(輝き)』という秘密の暗号は、ミアへの言霊となって今もミアの心を照らしていた。
「レイさんが、私の命を救ってくれて、ラズさんが私を輝かせてくれて…本当に…」
そう言いかけたとき、胸の奥からこみ上げた熱を帯びた感情が、のどを詰まらせ、もう何も迷いのないその瞳から一筋の涙が伝った。
「本当に…幸せになれたよ。ありがとう。」
少し震えた声で続けた。
「そして私ね、夢を叶えられたんだ。あのとき本当になりたかった───に。」
その時、咄嗟に吹いた風がミアの声を打ち消していた。
「この暗号…ノーラは、3人の秘密にしようね?」
二人の温もりを感じるように、しばらく目を閉じた。
「じゃぁ、また」
そういってミアは墓に背を向けて立ち去った。
少し目を腫らして戻ってきた見たミアに夫は、気遣うように声をかけた
「大丈夫?」
ミアは夫を安心させるように、笑顔を微笑みながら返した
「うん。ありがとう。ちゃんと二人に伝えたいこと、伝えてきた」
夫はミアの気丈の笑顔に、少しほっとしながら
「そっか。じゃぁ、よかった」
そう言って、自分より少し小さなミアの手を、そっとつなぎ直した。
墓前に置かれた手紙は、[Les deux premiers clients : Ray et Raz]のプレートの下、春の風と光に包まれて、まるで二人の背に、そっと手を振るように、静かに揺れていた。
『ノーラ』――新しい暗号が、また新たに夜空に灯された。星として―。
◇◇◇
ねえレイ。
私、あなたの愛、証明できた?
あなたと私の、あの木漏れ日の席でね、今まで色々な恋人たちが愛を繋いでいったのよ?
そして、私たちのように星のような暗号を、夜空にたくさん散りばめていった。
きっと見てくれていたよね?
あの時語った、あなたと私の夢、本当に叶えることできたんだよ。
私の人生、「がんばったね」って…言ってくれる?
レイ、私のレイ。
また一緒に、二人だけの暗号つくらない?「永遠」っていう暗号を。
シャルル クレア レイ―
◇◇◇
Fin.(永遠)
『シャルル ラポーレ ラズ』を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は、RayとRazという二人の名前だけで、ひとつの短い物語が成立するように構成しました。
Ray Raz―― それは、6文字の世界一短い物語。
<名前の意味>
Ray= 光(希望)
Raz= ヘブライ語で「秘密(暗号)」
二人の名前を並べるだけで、物語は動き出します。
ふたりが共通して持つ"Ra"は、まるで恋人同士が寄り添うよう。
そして、末尾のYとZは、アルファベットの最後の2文字。
これは 「終わり」 を象徴しています。
しかし、YとZが離れると、YはZをつなぐ役割を持つ。
つまり、レイはラズに 愛の形を継承する 存在なのです。
Zは、新たな始まりを求め、アルファベットの先頭"A"へとつながります。
それが「Noa」。
ZからYには戻れない。
それは ノアの存在(Raz=秘密)が、レイ(Ray)に伝えられなかったことを意味しています。
こうして、Ray Raz という名前自体が、6文字の物語の構造を示していのです。
<レストランの名に込めた暗号>
「シャルル ラポーレ ラズ」は直訳すると 「特別な幸せ ラズ」 。
しかし、「シャルル ラポーレ」は暗号でもあります。
「ラズ(Raz)」= 秘密 という意味を持つため、
「特別な幸せ ラズ」=「秘密の暗号」 となるのです。
ですので、提供されるメニュー「ファリス クレア」も二人だけの暗号の名前となっています。
<最後の暗号>
二人は「一緒になりたい」という想いを込め、
「家族」を意味する新しい暗号 「ファン」 を作りました。
しかし、フランス語で「Fin.(終わり)」も同じ発音を持ちます。
偶然にも、この暗号を作ったのは、レイが亡くなる前日――。
レイの人生は「終わり(Fin.)」として幕を閉じますが、
ラズはその意味を 「一緒」へと変えていく のです。
そのため、最後の 「Fin.(一緒)」 には、
「終わりではなく、これからもずっと共にいる」という意味を込めました。
二人の物語は、暗号として永遠に続いていくのです。
<まとめ>
「Ray Raz」 = 世界一短い物語
「YとZ」 = 終焉と、新しい始まり
「シャルル ラポーレ ラズ」 = 二人だけの秘密の暗号
「Fin.(一緒)」 = 終わりではなく、愛の継承
終わりのようでいて、決して終わらない。
それはきっと、愛の継承であり、未来への暗号です。
この物語の暗号が、もしあなたの心に少しでも灯りをともすことができたなら――
それこそが、レイとラズの願いであると思います。




