星の記憶と旅立ち③
翌朝の空は、どこまでも澄んでいた。
夜の嵐が嘘のように静まり返り、焼けた森の向こうに、薄い金色の光が広がっている。
リディアは丘の上に立ち、風を受けていた。
剣を腰に下げ、荷を背負い、足元の土を強く踏みしめる。
村を見下ろすと、煙の跡がまだ残っている。
――昨日までの自分の居場所。
だが、その温もりはもう、戻らない。
「リディア、本当に行くのね」
背後からミラの声がした。
振り返ると、いつもの白衣の上に薄いマントを羽織ったミラが、少しだけ眉をひそめていた。
「うん」
リディアは短く答えた。
「ノアさんと一緒に、“星の塔”へ行く。彼の旅に、私も加わりたい」
「どうして?」
「――知りたいの。自分の“力”が、どこまで通じるのか」
風がリディアの髪を揺らす。
その瞳には、これまで見せたことのない光が宿っていた。
「ずっとこの村で、誰にも認められなかった。
“女のくせに剣なんて”“夢を見るな”って言われて……
でも、私が何かを変えようとしなければ、
この世界の誰も、私の努力を見てくれない気がする」
ミラは少しだけ目を伏せた。
「怖くないの?」
「怖いよ。すごく」
リディアは笑った。
「でも、怖いまま止まる方が、もっと怖い」
丘の下では、ノアが支度を終えていた。
彼は黒い外套の裾を翻し、剣帯を締め直している。
その横顔は静かで、しかし何かを決意した者の鋭さを帯びていた。
ミラが、そっとリディアの手を握った。
「……あなたの努力を、ちゃんと見てる人がここにもいる。
でも、それでも行くのね?」
リディアは頷いた。
「うん。
“認められたい”って気持ちは、
誰かに褒めてほしいっていう甘えじゃない。
私が私であることを、誰にも否定させないための力だから」
ミラは一瞬言葉を失い、やがて微笑んだ。
「……そう。だったら、もう止めないわ」
リディアはマントの紐を結び直した。
風が、村の鐘の音を遠くに運んでいく。
その音がまるで“見送り”のように響いた。
丘を下りると、ノアが振り向いた。
「準備はできたか?」
「はい」
「村に、未練は?」
リディアは少しだけ振り返った。
焦げ跡の残る家々。
そこには、笑い声も、涙も、彼女の過去も、すべてがあった。
けれど、その全ての中に――彼女が“認められた瞬間”は一度もなかった。
「いいえ」
リディアはまっすぐ前を向いた。
「もう、あの頃の私には戻りません」
ノアは小さく頷き、
「なら行こう。――この先は、思っているより厳しい道になる」
と静かに言った。
リディアは剣の柄に手を置いた。
「それでも構いません。
誰かに頼らなくても、生きていけるって証明したいんです」
その言葉に、ノアはかすかに笑った。
「いい目だ」
二人は並んで歩き出す。
丘を越え、霧に包まれた道へと足を踏み入れる。
風が彼らの背を押し、空の雲がゆっくりと流れていった。
太陽の光がリディアの髪を照らす。
その瞳にはもう迷いはなかった。
――認められたい。
それは弱さではない。
己の存在を、世界に刻むための、最初の願い。
こうして、少女リディア・ハーヴェンは故郷を後にした。
星の導きのもと、彼女の旅が始まる。




