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青い鼠

作者: island

 空は夕焼けに染まり町は夜を迎えようとしていた。

 シルバーのトヨタアクオスは良くも悪くも目立たない。

 目的地までの車を走らせながら斎藤真治は小学生の頃のことを思い出していた。

 

 小学2年生の秋だったと思う、読書の秋などという風物詩に倣って、小学校では朝のホームルームの時間を2週間だけ15分読書時間に充てていた。

 漫画や図鑑は禁止、文章がメインの本を1冊図書館から借りてきて読むという習わしでその後、その読み終わった本の感想文を国語の時間に提出するまでが一連の流れだったと思う。当時私の借りた本は「冒険者たち」という民家をねぐらにしていたネズミが道中仲間を増やして孤島でイタチと戦うというあらすじの小説だった。

 百数ページに上るその大きな小説は小学2年生が読むにはあまりにも長い物語だった、途中挫折しそうになったりもしたが結構内容が面白かったのでなんとか読み切った。

 読書感想文を提出した後、なぜか自分だけやたら担任の国語教師である青森先生に書き直しをさせられた。今となって思えばなにも取り柄がなかった孤立していた私に青森先生が何か一つでも思い出になればと与えてくれたのだと思う。

 先生は真治のクラスが初めて教えるクラスで20代の男性だった。既婚ということもあり落ち着いていて保護者からも評判が良かった。


 ホームルームで私の感想文がクラス男子で唯一入賞したと青森先生が発表したのは、読書感想文を提出したことも忘れた冬の頃だった。

 周りからはまばらな拍手が送られてきた。

 まばらなのには理由があった。


 保育園のころから運動神経が悪く、どんくさかった真治はよくいじめの対象にされた。エレベーター式に小学校に上がった後もそれは続き、ほかの生徒にも伝播していった。あからさまなクラス全体から嫌がらせはなかったが休み時間に何かとつっかかってくるガキ大将の田中とそれに連れ立っていっしょに攻撃してくる男子に毎日辟易していた。早く大人になりたいと切に願っていた。そんな攻撃を避けるためと感想文で賞を取ったことで本に興味が沸いたこともあり、その後は図書室に行くことが増えた。

 読みたい本は図書室にある伝記ものの漫画や昔からある小説しかなかったが、それでも休み時間に余計なちょっかいを出してくる男子生徒を相手にするよりはぜんぜんましだった。

 何度も図書室に通ううちに真治は同じクラスでもう一人自分と同じ行動パターンをしている女子生徒がいることに気づいた。その生徒、味澤絵里子は性格は控えめだが成績は良く眼鏡をかけたいかにもな風体の子だった。昼休みと放課後必ずと言っていいほど図書館で顔を合わせたが、お互いお辞儀程度はするが話すことはなく黙々と自分の好きな本を探し読む、そんな感じだった。それでも思春期の男子なら気ならないわけはない。真治は話しかける勇気もなく半年が過ぎた。

 

 初めて話をしたのは近所の公園だった。真治の同居家族は両親のみだったが父親は博打打ちで夜家に帰ってこないことが多く、母もそれに嫌気がさして子供にあたり散らすことがよくあった。真治は日が暮れるまで逃げるように公園のベンチに座って借りてきた本を読んでいた。

 ある時ランドセルを背負った味澤が公園を横切っていくのが見えた。真治は本を読むふりをしながら味澤を目で追っていた。通り過ぎるだろうと予想していた味澤は足を止め、歩き、また足を止めを繰り返しているようだった。気になった真治は思わず味澤のほうを向いてしまった。

 味澤がこっちを見ながら泣きそうな表情で地面を指さしている。

 真治はすぐに走って行って声をかけた。

 「どうしたの」

 「ね、ねずみ」

 「ねずみ?」

 よく見ると歩いている歩道のグレーチングから鼠がたまに顔を出したりひっこめたりしてキー、キー鳴いている。

 菓子の空き箱とその残骸がグレーチングの枠の外に散らかっている。狙っているのはこれだろう、基本臆病なねずみだが。こいつはめずらしく意外と図々しいやつだ。

 真治は菓子の空き箱に残骸を適当に入れてグレーチングの隙間に落としてやった。

 鼠は颯爽と食らいつき少ししたら走ってどこかへ行ってしまった。

 「ありがとう。平気なの?」

 味澤がおびえながら質問してきた。

 「まあ家にたまに出るし」

 真治は普通だろうと言わんばかりに答えた。

 味澤は真っ青な顔でありえないという表情をしている。

 真治は少し可笑しかった。

 「ちょっと休む?」

 真治は自分が座っていたベンチを指さした。

 味澤は頷きベンチに腰掛けた。

 少し休んでから彼女が

 「何の本を読んでいるの?」

 唐突に真治に問いかけた。

 「銀河鉄道の夜」

 「宮沢賢治?好きなの?」

 「わからない、まだ読み始めたばっかだから」

 「そう、私も本好きなの。」

 「知ってる。図書室でしょっちゅう見るし」

 「そっちは何が好きなの?」

 「人間失格」

 「何その怖い名前の本」

 彼女は軽く笑った。

 「今は幻想水滸伝を読んでる」

 「それはかっこよさそう」

 今度は腹を抑えて笑っていた。

 当時彼女の読んでいる本の名前はほとんど聞いたことがないものばかりだった真治は本の名前の感覚だけで感想を述べていた。

 

 「いつもここで本を読んでるの?」

 「たまに」

 「そう、私もたまに来ていい?」

 「好きにしたらいい、公園だし誰が使おうと自由だよ」

 「わかった」


 それからはよく彼女と話すようになった。本の話がほとんどだったけれど真治はつまらない学校生活に光が灯った気がした。

 この頃、母親が夜遅くまでパートに出始めたこともあり。家には遅くまで一人だったから門限はほぼ無いに等しかった。

 味澤は本の話をするときは楽しそうだった。クラスではお互いあまり話さなかったけれど図書館や公園にくると一言、二言話してお互い本を読む。そんな生活が続いた。


 ある時味澤が言った。

 「斎藤君、読書感想文の賞とったときのこと覚えてる」

 「覚えてるよ」

 「あの時私も獲ってたのよ、佳作だけど」

 「えっ」

 真治は自分のことで浮かれていて全然気づいていなかった。

 「すごい悔しかったわ、本なら私のほうが絶対たくさんよんでるのに」

 味澤は頬を膨らませて呟いた。

 「感想文は手直しいっぱいされた?」

 「されなかった」

 「じゃあそっちのほうがすごいよ。俺手直しされまくったもん、もう途中から自分の文章じゃなくなってたし、先生の感想文だよあれは」

 真治は思ったことをそのまま口に出した。

 「それでも入賞は入賞でしょ?」

 「まあそうだけど・・」

 納得いかないという表情の味澤をよそに真治は気になっていた。

 今思うとなぜあそこまで執拗に手直しされたのか不思議だった。最終的に提出した感想文に自分の文章はほぼ入っていなかった。あれでは自分の感想文とは言えない。真治はそう思った。それでも賞をもらえたのは嬉しかったけど・・。

 

 味澤との読書の時間の終わりを告げたのは小学6年生の春だった。

 ある日教室に入ると黒板にでかでかと相合傘が書かれ斎藤と味澤の二文字が並んでいた。

 犯人は大体想像がついた。いつもちょっかいを出していた田中だ。真治は無言で教室に入ると黒板けしで書いてあるものをかき消しそのまま席に着いた。

 田中達はニヤケながら口笛を吹いている。味澤はすでに席についているが俯いている。真治は田中を殴ってやりたかったが殴ったら認めたことになると思った。それでも殴ってやりたいとも思った。頭の中でグルグルとどうするべきか反芻しながらも、何も言えない自分が悔しくて席に着いたまま拳を握りしめていた。

 

 その日以降、真治は図書室に行くことをやめた。本を自分で買って読み続けてはいたが家で読み、公園にはたまに行ったがそれ以降味澤が来ることはなかった。

 味澤とはそれ以降話さなくなったが図書館通いを続けていたようだった。

 

 中学ではクラスが違ったのもあり話すことは無くなっていた。

 中学3年の時、風の噂で学区内一番の進学校を受験するという話を聞いた。

 その後どこかの研究施設に就職したという話だった。

 俺はというと高校卒業後少し職を転々として今は害虫駆除の仕事をしている。


 そして今に至る。


 到着前にスマートフォンのラインアプリを確認すると。社会人になってから仲良くなった同級生の桜井からメッセージが来ていた。

 

 『先に着いたから入ってるぞ、今どこ?』

 『了解。こっちももうすぐ着く』

 適当に返事を返して車を走らせる。桜井は田中達のグループとは別に属していたので再開した時も悪い印象はなかった。今は同じ会社に勤めている。小学生の頃は話すことはほとんどなかったが同じ会社に勤めたこともあり話すようになった。桜井は人当たりがよくだれにでも平等な男だった。後から中途で入社した真治に最初に声をかけてきたのも桜井にとっては普通のことだったのだろう。真治からすればほぼ誰ともあまり関係を持たず今まで生きてきた中でとてもありがたく。数少ない友人と呼べる人物だ。


 目的地に到着した真治は車から降りると少し億劫な気持ちになった。腕につけた時計の針は集合時間丁度だ。先生に恩があるとはいえなぜこの場に俺は来てしまったのだろう・・。ここに来たとて誰と話しをしたらいいのか・・。何のために自分はここに来たのだろう?

 本当はわかっている。味澤が今どうしているのか?顔が見たい。話したい。微かな希望をもってここに来てしまったのだ。

 地元に就職したこともあり数人は関わりのできた男子はいるが桜井以外に友達と言えるほど仲が良い人はいない、全く誰とも話さなかったわけではないが仲良くもない、最悪先生に挨拶をして適当に帰ろうと真治は思った。

 

 集合場所の飲み屋の入口を入り下足を脱ぐと半個室の部屋が正面の廊下の両脇に並んでいた。迎えてくれた店員に声をかけると一番奥が団体用のテーブルであることを教えてくれた。

 「おー斎藤久しぶり。元気だったか?」

 声をかけてくれたのは担任だった青森先生だった。顔は皺が増え以前よりも精悍さがなくなった印象だ。テーブルに並んでいる酒瓶を見ると少し酒も入っているようだ。

 「はい。今は就職してサンシャインという会社に勤めています」

 会社名は答えたが内容は特に聞かれなかったので伏せておいた、仕事内容は主に害虫駆除だがこれから食事という場で言うようなことではないだろう。

 

 先生に挨拶を済ませ軽い近況報告をし席を探す。

 集合時間ぎりぎりについたこともありほぼ全員がもう到着していた。運よく桜井の隣の席は空席だったのでそこに座ることにする。内心かなりホッとしていた。ほかの席では時間が持たない。

 「おつかれさん、一応ぎりぎり時間には間に合ったな」

 「なんとかね。仕事が長引いた」

 仕事を理由にしてわざと時間ギリギリに来た事は伏せておいた。

 「あいつも来てるよ」

 桜井は味澤のほうを見て目くばせをした。

 丁度桜井を挟んで反対側の先に味澤は座っていた。

 「いや聞いてないし」

 「でも聞きたくないとも言ってない」

 桜井はにやにやと笑った。

 桜井は小学校の頃の自分と味澤とのいきさつを知っている。というか以前問い詰められ喋らされた。社会人になってしまえばこんな機会もなければなかなかぶり返されることもないだろうと思い言ってしまったのだが、いまさら後悔しても遅かった。


 少しすると今回の同窓会の主催者であるもと学級委員長の田畑から挨拶があった。

 「えーみなさんお忙しいなか今回は同窓会にお集まりいただきありがとうございます。懐かしい顔ぶれがそろいうれしいです。いろいろとつもる話があると思います。近況報告なり昔懐かしい話なりして今日は楽しんでいってください。」

 最初の一言を終えるとグラスを持ち乾杯の音頭とともに同窓会が始まった。

 席を見渡すと大体昔仲の良かったグループで固まっていた。桜井も仲の良い友達がいたのだが丁度そのグループの席は埋まっていてこっちに来てしまっていたようだった。真治にとってはありがたいことだ。

 「残業おつかれさん」

 桜井が話しかけてくる。

 「最近は古い建物が多いから忙しいわ」

 「でも給料はいいだろ?」

 「まあね。でも改まってこういう場ではなかなか言いづらい職種だな」

 「それはまあな、でも必要な職業だろ?」

 「それはほんとそう思う」

 害虫駆除の仕事はこの世から人か家がなくならない限り職を失うということはないだろう。

 たまにお客さんから本当に助かったと感謝の言葉をいただくことがとても嬉しかったりする。

 「ところで聞いたか先生の話?」

 「何先生の話って?」

 真治は何も知らないという顔で桜井に問いかけた。 

 「なんか俺ら教えてた頃から不倫してたらしくて数年前に奥さんと別れたんだと、もともと女関係結構緩かったらしいよ。んで今回も若い教え子狙ってきたんじゃないかって噂」

 桜井がとんでもないネタをぶち込んできて真治はびっくりした。

 見ると確かに先生は女子生徒のグループの中で楽しそうに飲んでいる。

 

 たわいもなくない先生の噂とたわいもない近況報告の話を桜井としていて少し経つと。

 「桜井!お前もそっちにいないでこっちにこいよ!」

 昔桜井と仲の良かったグループから桜井に声がかかった。

 「わいり。ちょっと行ってくるわ」

 桜井が席を移動すると真治は孤立してしまった。手持ちぶさたにグラスを飲み干していると、味澤と真治の席の間は空席になってしまった。よくよく見渡してみるともうみんな結構酒が入って席もぐちゃぐちゃになっていた。

 真治は今しかないと勇気を振り絞って席を移動し味澤に話しかけた。

 「久しぶり・・」

 酒が入っているのに緊張して敬語になってしまった。  

 「久しぶり、小6の春以来だね」

 真治はドキッとした。

 「そうだっけ?」

 「そうよ、覚えてないの?」

 彼女がこちらをのぞき込む。

 覚えていないわけない、今まで何回も後悔してきたのだから。

 「覚えてる。今さらって思うかもしれないけどあの時嫌な目に合わせてゴメン」

 真治は味澤の目を見てしっかりと答えた。

 「もう昔のことでしょう。今話しかけてくれたから時効にするわ」

 彼女は昔一緒に本を読んでいた頃のように笑った。

  

 先生の席のほうで大きな声が上がる。

 「マジですか!!」

 田中の声だった。

 「いやーこの話はちょっと勘弁してくれないかな?」

続いて先生の声が聞こえた。

 気づくと女子グループと一緒に飲んでいた先生のところに田中と数名の取り巻きが入れ替わって飲んでいる。

 全員だいぶ飲んでいるようでかなり盛り上がっている。

 「それあいつ知ってるんですか?」

 「いや多分知らないんじゃないかな」

 わざとなのか酒のせいなのか田中と先生の声のボリュームは通常より大きい。

 

 田中は昔とかわらず嫌な感じを醸し出していた。

 こちらを振り向くと

 「真治、お前の母親先生と不倫してたんだと」

 真治は絶句した。というか何を言っているのかわからなかった。

 嫌悪の視線は先生に向くかと思ったが何故か、皆こっちを面白がるように見ている。

 何も知らずに驚いている表情をしているのは桜井と味澤の二人だけだ。

 真治は意味が分からなかった。こいつは何を言っているのだろうか?

 俺の母さんと先生が・・。嘘にしても悪い冗談だが嘘には聞こえないし見えない。

 よく考えたらあの頃働いて家の帰りが遅くなったのも先生が来たあたりからだ。

 合点がいくところがいくつもある。いやまさか、でもありえない話ではない。

 先生は酒とともに下卑た笑顔をたたえている。

 真治は先生の席まで歩いていくと気づくと胸倉をつかんでいた。

 「本当の話なんですか?」

 「本当だ、君のお母さんはね、最初君に何もないことを憂いていた。それで私に頼みに来たんだよ。自信をつけさせるために何か手を打ってほしいと。それで私は読書感想文で賞を取らせることを思いついた。小学生の書いた感想文だが添削はわたしのほうでいくらでもできる。後は本人に書かせればいい、賞をとれるかどうかは私の腕次第だが上手くいった。それからお礼にと食事に誘われてね。それからだよ関係ができたのは。君のお父さんもいけない。いろいろとタイミングが重なったんだよ。今まで黙っていてすまなかった」

 言葉は誤っているが先生に反省している様子は微塵もない。

 

 周りの連中はいい酒の肴と言わんばかりにこちらをのぞき込んでいる。田中に関しては笑いをこらえるのに必死になっている。

 状況から察するにもともとすべて仕組まれていたことのようだった。事前に打ち合わせでもしていたのだろう。完全にネタにされたのだ。

 やり場のない怒りと焦燥感にかられながら真治は周りを見回した。桜井は憂いの視線をこちらに向け。味澤はどこかに消えてしまっている。

 小学生の頃と何も変わらないこの状況に真治は心底嫌気がさした。

 どこまでいっても、いくつ年をとってもこのクラスの中では俺はこの立ち位置なのかと。くやしさと悲しさがこみあげてきた。

 

 その時、笑っていた一人の同級生の女性から悲鳴が上がった。

 おびえるように体を震わせている。

 数秒遅れてほかのところからも悲鳴が上がる。

 男女構わず。悲鳴が上がる。何があったのかと見回してみる。宴席の机の下にちょろちょろと黒と白の物体が走り回っている。ネズミだ。

 皆さっきまでこっちを見て下卑た笑いを浮かべていたのに今はそれどころではなく怯えまくっている。

 真治や桜井には見慣れた害虫だがほかの人にとってはいきなり大量に表れれば恐怖の対象でしかない。

 真治は笑いたくなった。

 「こっち」

 いきなり腕を掴まれて後ろを振り返るとそこには味澤がいた。

 引っ張られるまま店の外に連れられると。

 「面白かったでしょ?」

 いきなり唐突に味澤は言ってきた。あの鼠たちを開け放ったのは彼女らしい 

 真治は絶句した。

 「素直じゃないのね、お礼は?」

 「ありがとう、というかあんなものをどこからもってきた?」

 真治は驚きを隠さずに質問した。

 「私のモルモット達よ、仕事で使うのを自分の家で飼育しているの、たまたまラボから家に持ち帰る途中だったから車から出して開け放ってやったわ」

 「ネズミは苦手じゃなかったのか?」

 「小学生の頃から何年たってると思ってるの?今じゃ毎日手で触ってるわ」

 彼女はあっけらかんと答えた。

 そういえばどこぞの研究所に就職したという噂を聞いていた。

 「どうしてあんなことを・・」

 「どうしてだろう、なんかしなきゃって思ったら勝手にやってたわ」

 「すまん、助かった」

 真治は正直な感謝を口にした。

 「あともしよかったら俺と付き合ってくれないか?」

 

 彼女は鳩が豆鉄砲を食らったようなかおをしている。

 「大丈夫?いろいろ暴露されて頭混乱してる?」

 彼女は真治の顔をのぞき込む。

 当たり前の反応である。真治は続ける。

 「混乱はしてない。と言ったらウソに聞こえるだろうけど。本当の気持ちなんだ。あの頃から言いたくても言えなかった。謝って、助けられてその直後に告白とか死ぬほどカッコ悪いのはわかってる。それでも今言わなきゃ後悔すると思ったんだ」

 真治は顔から火が出そうだった。

 「ネズミ臭い女よ」

 「俺もにたようなもんだ」

 「読書ばかりしている陰気な女よ」

 「それは知ってる」

 「私結構めんどくさいわよ、たぶん不倫とかしたら刺すから」

 「構わないよ、そもそも不倫なんてしない」

 真治は今一番聞きたくない単語を彼女の口からきいてもちっとも不快ではなかった。

 「じゃあ今日のことばれたら今度は守ってよね」

 威力業務妨害。二人そろって犯罪者だ。それもまあ悪くないと真治は思ってしまっていた。


 夜空は星一つなく黒く闇に染まっている。

 2匹のネズミが潜むには格好の場所だ。

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