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第13話 「それぞれの思惑」

 その日の朝、YUZUNOKI本社の会議室に九名の人間が集まった。


 決定権を握るのは創業者・柚木誠司。その隣には顧問税理士・香川慎一が控える。長男・柚木一誠には総務部長が同席し、次男・柚木二晴の側には、のぞみ銀行の冬川景子と桜庭慎司が座っている。そして三男・柚木三鷹と、その隣に秋葉宗一――である。


 二晴が最初に、同席した冬川と桜庭を皆に紹介した。実は、この日が二晴にとって桜庭との初対面であった。冬川に同席を頼んだ時、まさかその上司まで出てくるとは予想していなかった。

 「上司の桜庭です」と紹介された瞬間、二晴の胸の内には確かな手応えが広がった。これで自分の裏付けはさらに強固になるだろう。二晴は念を押すように桜庭に小声で「十五億円の追加融資の件は……」と耳打ちした。桜庭は「心得ています」と短く返した。その時の二晴の頭の中には、どのタイミングで、どういう風に追加融資十五億円のカードを切れば、皆へ驚きを与えられるかという思考ばかりがぐるぐると巡っていた。


 大手銀行本店の幹部がわざわざ来ているんだぞ――とでも言いたげな二晴の自慢げな紹介を受けて、桜庭は軽く頭を下げ「よろしくお願いします」と一言だけ発した。だが、桜庭は心の中で舌打ちをしていた。桜庭にとっては大袈裟な紹介をされることなどもっての外だった。

  

 誠司は不機嫌だった。本来であれば楽しみに待った日の筈だった。少なくとも、先週二晴の話を聞くまではそうであった。自分の描いたシナリオをぶち壊した元凶がここにいる――誠司の顔はそんな面持ちでのぞみ銀行の二人を見た。

 だが彼にも、事態を軌道に戻すための腹案はあった。なにしろ決定権は自分にある。やろうと思えばなんとでもできるのだ。整合性さえとれていればそれでいい――とすら考えていた。そして三鷹は、のぞみ銀行の二人などまるで眼中にないという様相であった。


 「じゃぁ早速それぞれの案を聞かせてもらおうか。一誠からでいいな?」  


 誠司の言葉に、一誠は軽く頷き、総務部長に目配せをして、落ち着いた口調で話し始めた。


 「三十五億円の資金調達はできました。もちろん実際の融資は相続税が発生してからとなりますが、銀行の確約は取れています。担保は相続する株式になる予定です」


 「金利は?」

 二晴がすかさず口を挟んだ。


 「金利は……金利は0.8%です」


 二晴はその数字を聞いた瞬間、思わず顔を伏せた。伏せた顔が笑っていることは、その場の全員に明らかだった。その姿に最も腹立たしく思ったのが三鷹だった。


 (相変わらず大仰なやつだ。0.8%だって立派な数字だろうよ。それを笑うところじゃない)


 三鷹は二晴を一瞥すると、誠司の方に視線を移した。誠司もまた、内心で舌打ちしているような表情だった。一誠も、似たような感情を抱いていたに違いない。しかし一誠は淡々と話を続けた。


 「ですが、跡を継ぐ以上、少々の金利は問題ではありません。重要なのは、社長として何をやるか――です」


 誠司は軽く頷いて言った。


 「それで?」

 「五ヵ年計画を作ってきました。店長とバイヤーを合わせて会議を連日開き、今後YUZUNOKIをどんな店に、会社にしていくのか、何を残し、何を変えていくか、そして売上利益をどれだけ出していくか、未来を描いてます。その計画が――これです」

 

 一誠は総務部長に目配せをして計画書を配らせた。


 よく出来た計画書だった。商品の改善、販売手法の見直し、全体的な店舗作りに至るまで、店長や現場スタッフの意見が丁寧に汲み取られ、地に足のついた実行計画が立てられていた。実行していけば、確実に良い店になるだろう。今でも現場に立ち、社員をぐいぐい率いる誠司にとっては、自身とは違うアプローチながら着実な運営を感じさせる内容だった。三鷹も良く出来ている計画書だと思った。


 (――だが)


 誠司と三鷹は同時にほぼ同じことを考えていた。


 (これは店長が作る計画だ。これをやれば確実に今より良い店が出来るだろう。だが、それだけだ。これから会社をどう成長させていくか、何を目指すのか、それが抜けている。やはり一誠は堅実に経営していくという守りには向いていても、成長させていくということは難しい)


 と誠司は考えた。そして三鷹も、


 (まるでうちの店長達や小鳥遊が作る計画だな。それはそれでいいが、それを活用して会社を発展させていくのが経営者の仕事だろ。これを踏まえて会社をどうしていくのかが、無い)


 と考えた。親子だから同じ思考になる、というのではない。言うなればこれが創業系経営者の考え方だった。

 その一方で、二晴は別の感想を抱いていた。


 (これくらいのことなら俺にだってできるさ)


 ――勝った。二晴は確信した。この計画は実行したらいい。今まで通り、専務として。俺の下でな。そう思いながら二晴は顔をあげた。満面の自信を湛えた顔だった。


 「ここは計画の是非を話し合う場じゃない。なので次は二晴だな」


 誠司の言葉を聞いて、一誠は席に座った。

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