第12話 「想定外」
柚木誠司は、三人の息子たちに話をした後、概ね思い通りに事が運びそうだと満足していた。特に三鷹の表情を見たときは思わず口元が緩んだ。あれは、自分からの“挑戦”として受け取った者の顔だった。三鷹の現在の経営能力については詳しく知らない。だが、性格は子供の頃から変わっていない。自分の仕掛けにきちんと応えるだろうと確信していた。
誠司の構想はこうだ。
一誠に社長を任せるとした場合、形式上は問題ないが、どうにも不安が残る。着実な経営はするだろうが、難局が訪れた時に乗り越えれそうにない。二晴に至っては論外。となると三鷹に白羽の矢を立てることになるが、三鷹は三鷹で誠司の言うことを素直に聞くような性格ではない。しかし、突然三鷹を社長に据えるわけにはいかない。また何年も前から跡継ぎと決め専務に就けていた一誠を社長にしないことは、社内に動揺が走り、一誠の立場も潰れてしまう。
(3人が力を合わせて会社を支えてくれたら…)
それが、経営者として、また父としての偽らざる本音だった。そこで今回の一計である。一誠は三十五億円を問題なく調達してくるだろう。誰にも口外していないが、実際、メインバンクとは以前から相続に関する打ち合わせを重ねており、既に内諾も得てある。
そこで三鷹はどうしてくるか。三十五億円の調達はどう考えても無理だろう。しかし、あいつなら何かしら仕掛けてくる――それがどういうものなのか楽しみではある。しかし、その内容がどんなものであれ勝負は決まっている。肝心なのはその後だ。三鷹と膝を突き合わせるように、こんこんと話をしたらどうであろうか。
(三鷹、それにしても大したものだ。ずいぶん成長した。見違えた。結果は結果として社長は一誠に継がせるが、どうだ。お前は専務として実質YUZUNOKIをとり仕切ってみないか。お前の会社はグループ会社にしたらいい――)
と言ったら三鷹は引き受けるだろうか。いや、引き受けさせてみせる。一誠を社長に据え、実務は専務として三鷹が掌握する。二晴は名ばかりの副社長として立てておく。YUZUNOKIは一誠と三鷹の二人体制で盛り立ててくれるだろう。誠司自身は会長になって、その体制を完成させる。そして本当に引退する時は、一誠を会長、三鷹を社長、そして二晴は安定した不動産事業を行う会社でも作って、そこの社長にでもすればいい――。
これが柚木誠司の思い描いた未来であった。
しかし、誠司の目論見が思わぬ形で崩れようとしていた。二晴が意気揚々と「0.45%の低金利で資金調達ができそうだ」と報告してきたのだ。誠司は少なからず狼狽した。それと同時に、自分の手の打ちを明かすような真似をしている迂闊な二晴に、だからお前は駄目なんだ――と怒鳴りたい気持ちも沸き上がった。
「そうか。それで、それはどこの銀行からなんだ?」
冷静を装いつつ二晴に確認した。二晴が得意げに答えた。
「のぞみ銀行です」
本来ならばのぞみ銀行から融資を引っ張ってきた二晴を褒めるところである。しかし誠司の胸の奥に違和感が広がった。のぞみ銀行が融資先として営業をかけてきたのはわかる。のぞみ銀行と取引できることは誠司としても望むところである。しかしだからこそ釈然としなかった。のぞみ銀行がその気なら、誠司自身か、専務である一誠、もしくは総務部長にでも正々堂々と話をもってくるべきであり、それで十分なことであった。
今回の相続税の話を聞いたとしても、まずは誠司に確認をとることが筋だった。それを飛ばして二晴にのみ話をしているのは不可解だった。しかも金利は0.45%という低金利である。どうも手放しで喜び受けとれる話ではなさそうな感じだった。
「それで、そろそろみんなを集めてコンペの場を決めて欲しいのですが」
“自分の勝利は確定した”という二晴の口ぶりだった。二晴の言い様に誠司は内心、舌打ちをした。二晴の話を聞いてもう少し時間が欲しくなった。しかし「1か月以内に」という期限を切ったのは自分である。息子たちを集めた日からすでに三週間が過ぎようとしていた。
「そうだな、来週月曜にでも行おう。一誠と三鷹に、連絡をしておいてくれ」
二晴は満面の笑みを浮かべて社長室を後にした。誠司の胸の奥に消えきらない疑念だけが残っていた。