第11話 「難題Ⅱ」
ホワイトボードを引っ張ってきた秋葉宗一は、その後、柚木三鷹と小鳥遊舞花に約二十分間にわたり"難しい話"でもなく”三十五億円も要らない”ことについて説明を続けた。
秋葉の説明を聞いて、
「……そんな方法が…あったとは…」
三鷹は感嘆の声を漏らし、小鳥遊は「はぁ~~」と大きくため息をついた。
「その場合、少し懸念点があるんだが…二晴はどうなる?」
「優秀な方でしょうか?」
秋葉の問いに、三鷹と小鳥遊は同時に首を横に振った。
「でしたら何も問題もありません。今と同じようにしたらいいのです。それに、もしかしたら怒って出ていくかもしれませんよ……ま、それはそれで……でも、それもお父さんが抑えるかもしれませんね」
思案しながら喋っている秋葉のその言葉を聞いて、三鷹は心の中で呟いた。
(この男はいったいどこまで想定しているんだ。もし競合相手や取引先だったらどこまで面倒な相手になったかわからん。いや、それよりももし秋葉が一誠か二晴に付いていたとしたら太刀打ちできなかっただろうな)
そうして話は終わり、三鷹と小鳥遊は秋葉をオフィスの入り口まで見送った。そこで、三鷹はふと思い浮かんだ疑問を秋葉に投げかけた。
「ところで、いつから……この話の想定を?」
「はは。バレましたか」
やはりそうだったか――いくら秋葉でもあの短時間の即興で練ったものとは思えなかった。
「この間、電話した時から?」
「いえ、数年前、柚木さんからお父さんがYUZUNOKIを経営していると聞いた時からです」
あっさりとした秋葉の言葉に、三鷹は心底驚いた。今日一番の驚きだった。いや、ここ数年でこんなに驚いたことはなかった。言葉が出なかった。小鳥遊も同じ驚きの顔をしていた。
「コンサルタントの癖ですかね。色々と想定するのは」
「まさか…そんな前から……」
「でも今日、相続の話をされるとは思っていませんでした。電話を受けた時は新規事業か何かだと思いました。でもオフィスに入った時、小鳥遊さんと二人で待っていたのを見て、二人が恋仲にでもなって困ったことになったのかと思ったのです。お腹に子供がいるとか。だからまず結婚でもされるんですか?と訊いたのです」
(この男はあの短い間にそんなことまで考えていたのか)
三鷹も小鳥遊もまだ言葉が出てこなかった。秋葉は続けた。
「でも小鳥遊さんは即座に否定した。しかも強い口調で。内心ホッとしましたよ。だって今回の話より、お二人が不倫して再婚したいという話の方が、よっぽど難問ですからね」
そう言って秋葉はにやりと笑った。小鳥遊が、やや震える声で言った。
「そんなに…前から想定してたなら…今回の話も、うまくいくんでしょうね……」
「それはやってみなければわかりません。それにまだ気になることがあります。私はそれを調べるとして……判明したら連絡しますので、そしたら準備をして決着を付けに行きましょう」
秋葉はそう言って軽くお辞儀をした後、背を向けて帰っていった。
オフィスを出た時、秋葉はふぅ~と深い息を吐いた。秋葉の顔は、今の今まで三鷹と小鳥遊に見せていたにこやかな顔ではなくなっていた。口元は堅く結ばれ、目には鋭い光が宿っていた。戦う男の顔である。それが、クライアントには決して見せることのない、秋葉宗一の本性であった。