空と海を継ぐ者
神と仏の区別も怪しいのですが、勢いだけで書き始めた話です。
エピソード:ZERO
〜それは遥か昔の話〜
その地は四方を海に囲まれた島國であった。
海には巨大な渦潮が来るものを拒み、地には魑魅魍魎が跋扈し、人々はその地を死の國として『死國』と呼び恐れ慄いていた。
どれくらいの時が経ったであろうか?
死國の海岸に真っ白な法衣に身を包み、金剛杖を手に立つ一人の若き修験者がいた。
「ここが死國か」と感慨深げに呟き「この地で『徳』を積み『行』を重ねて、必ずこの死國を平和な地にしてみせる」と決意を口にして、死國の奥地に足を踏み入れた。
ある日、修験者が死國の地を歩いていると、山の中から「助けて〜」と声が聞こえてきた。
修験者が慌てて駆けつけると、一匹の子狸が妖狐と小鬼に襲われ今にも殺されそうだった。
「貴様ら、弱い者虐めはやめろ」と叫びながら金剛杖を振り翳し、妖狐と小鬼を退治し子狸を助けた。
助けられた子狸が頭を下げ「修験者様ありがとう。オイラの名は金長って言うんだ。御礼に狸の郷に案内するね」と修験者を狸の郷に案内した。
「修験者様、私はこの郷の長の茂右衛門と申します。この度は孫の金長を助けて頂きありがとうございました」と茂右衛門狸が修験者に御礼を言う。
「この地に住む者は皆が妖狐や小鬼に悩まされておりますが、全ては厄災と呼ばれる九尾の妖狐の仕業にございます。この地が死國などと呼ばれるのも、厄災の支配によるものにございますれば…」と忌々しげに告げた。
「厄災には88もの能力があり、しかも配下に死天皇と呼ばれる強力な妖怪が控え、更にはその手下にも妖狐や小鬼などの魑魅魍魎の妖怪がおり、私らを従えようと攻撃してきます。また、人族の村にも手を延ばしているようです」と死國の状況を教えてもらった。
その夜は、狸の郷で修験者を歓迎する宴が繰り広げられた。
「修験者様、死國は四方を海に囲まれているから、海産物が美味しいんじょ」と金長狸が甲斐甲斐しく、鯛や伊勢海老を皿に乗せる。
「私は修行中の身故、酒は呑めぬが…これは美味い。酒呑みの気持ちがわかるな〜」と料理に舌鼓を打つ。
やがて、何処からか『チャンカチャンカ チャンカチャンカ』と陽気な鉦に太鼓と三味線、笛の音が響き、『ヤットサー ヤットヤット』と威勢の良い掛け声を掛けながら郷の狸達が踊り出した。
「修験者様も一緒に踊ろうよぉ」と手を引く金長狸に「いや、私は踊れぬが…」と尻込みすると、「決まった形なんてないよ。音に合わせて手と足を出すだけなんじょ」と笑う。
今はまだ名もないその踊りに興じながら郷の夜は更けて行った。
その頃死國の奥地では、魑魅魍魎の頭領である『九尾の妖狐』が修験者の気配を敏感に感じ取っていた。
「徳と行の高そうな男が我が領土に入り込んだみたいだね~。ちょっと様子を見ておいで」と配下の妖狐と子鬼に指示をおこなっていた。
「厄災様を煩わす修験者など死天皇が一人、この飫炉血が血祭りにしてみせましょう」と蛇に似た顔から二股に割れた舌を出しながら息巻く。
「おやおや、相変わらず騒がしいことでありんすね~」と死天皇の一人、絡新婦が茶化し「若くて良い男ならば、わちきの糸で絡め取って可愛いがってあげるでありんすよ」と蜘蛛の身体をくねらせて舌舐めずりをする。
隣りにいた赤鬼が吐き捨てるように「くだらん。人族の修験者ごとき…奴も含めて大した事はなかろう」と苦々しけに同じく死天皇の一人酒呑童子が呟く。
「厄災様よ。気になるならば、玉藻前に変化して自ら見てくればよかろう?」と暗闇から声がする。
「おや、それは其方の方ではないのかえ?同じ修験者として気になるであろう」と厄災が暗闇に向けて声をかける。
「貴様、顔も見せず厄災様に不敬であるぞ」と酒呑童子が声を荒げると、「はいはい、大した事のない人族の修験者とは我のことですかね~。では役立たずは退散いたしますので、皆さんで頑張ってね〜」と薄笑いの混じった声が遠ざかる。
「厄災様、何故あのような得体の知れぬ奴を死天皇に。多少は妖術が使えるとは言え、奴は所詮人族にございますよ」と酒呑童子が厄災に詰め寄る。
「まあ、奴はあれで良い。好きにさせておけ」と暗闇の奥に目を向け「妾が気配を感じ取れぬとはねぇ…役小角、やはり喰えぬ奴よのぅ」と呟いた。
狸の郷に別れを告げた修験者は、山谷に分け入り、海岸線を南下しながら修行を積み、徳と行を高める修行に明け暮れていた。
ふと狸の郷の金長狸を思い出す。
『可愛い子狸だったな~。大事な郷の長の跡取りだからと、皆の感謝も驚くほどだったし・・・』と郷での狸たちの歓迎に胸が熱くなった。
その時「修験者よ、見つけたぞ」と天を裂くような大声が響く。
「我が名は飫炉血。死天皇にして厄災様の第一の家臣である。厄災様の憂いを断つ為に貴様には此処で死んでもらう。妖狐に小鬼ども、奴を殺してしまえ」と手下の妖怪を嗾しかける。
修験者は金剛杖を振り翳し妖狐や小鬼を退治するが、妖怪の数が多く徐々に傷が増えていく。
また、飫炉血の攻撃が凄まじく、修験者の命は風前の灯かと思われた。
その時、「修験者様を守れ〜」と狸の軍勢が現れ妖怪供を退治していく。
それは、狸の郷の皆が修験者の危機を知り助けに来たものだった。
茂右衛門狸が「修験者様、今のうちにお逃げ下され」と飫炉血に攻撃を仕掛ける。
「茂右衛門殿かたじけない・・・」と礼を言いその場の逃げ出した。
修験者が無事に逃げだしたのを確認した茂右衛門狸は「皆よくやった。我らも逃げるぞ」と飫炉血の軍勢から逃げだした。
茂右衛門狸たちのおかげで飫炉血から逃げだすことに成功し、隠れる様に海岸線を南下する修験者に何処からか声が聞こえてきた。
『その先に洞窟がある。其処に隠れて御仏の悟りを学ぶが良い…』
その声に導かれ、飫炉血らとの戦いに疲れ傷ついた身体を癒すように、修験者は海岸にある御厨人窟と呼ばれる洞窟に身を寄せていた。
御厨人窟の奥深くで座禅を組み、自らの内に意識を向け、徳と行を見つめ直す。
すると、そこに修験者を導くように朝日が一筋の道を示しながら降り注ぐ。
「これは・・・大日如来の御導きか」と御厨人窟の奥から一面の海と空を眺めると、その道は海を越え空を巡り天界へと続いている様に感じた。
「あぁ、この果てしない空と海、決してこれを忘れてはならぬ…吾はこれより空海と名乗ろう」と名を定め、「この天界へと導く道が悟りの境地か」とその身を震わせた。
それを物陰から見つめる男がいた。
『やれやれ、やっと悟りの一端に至ったか。素質はありそうだが…まだ天部の位を霊憑するのが精一杯と言ったところか。明王、菩薩そして如来までの悟りは厳しいぜ・・・坊や』と呟くのは死天皇の一人であるはずの役小角だった。
御厨人窟を出て水平線を見つめる空海。
すると、そこに妖狐と小鬼の軍勢が押し寄せる。
「無様に逃げ回るのが貴様の修行の成果か?」と嘲笑うような声が響く。「この前は狸供に邪魔されたが、今回は助けは来ぬぞ。死ぬ覚悟は出来たか?」と飫炉血が二股に割れた舌を出し入れしながら修験者を見下ろす。
それを聞いた修験者は飫炉血を真っ直ぐに見つめ「吾が名は空海。飫炉血よ、吾が悟りの一端を受けよ」と九字の印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
すると、天界への道が開け、一体の仏身が空海の前に顕現する。
『我は帝釈天。我を召喚せしものは且方か?我を呼び出すには徳が足りぬようだが・・・ふむ、何やら忌々しげな奴が蔭から手助けをしておるようだな』と岩陰を睨む。
『おっと・・・いきなり帝釈天を呼ぶとは。中々見どころがある坊やだが、呼び出すセンスは悪いのかな』と帝釈天に見つかる前にと岩陰に隠れていた役小角が逃げ出した。
『大人しく地下に潜っておれば良いものを・・・。まあ良い、空海とやら我を取り込むが良い』
すると空海が「吾が身体は既に仏身なり、仏身宿りて吾となす…『入我我入』」と呪文を唱える。
それこそが、仏身と身体が一体となる悟りの境地だった。
「帝釈天よ我が身体に宿りたまえ… 帝釈天霊憑」
すると空海の身体から後光が広がり、帝釈天が空海と一体となる。
そして、そこには空海の姿をした帝釈天が…いや帝釈天が憑依した空海が飫炉血を真っ直ぐに見つめていた。今この時、帝釈天は空海であり空海は帝釈天であった。
「出でよ金剛杵」と空海が叫ぶと、手にした金剛杖が金色に輝き両端が雷の形で三又に分かれた金剛杵に変化した。
「梵阿毘羅吽欠蘇婆訶『雷帝釈放!!!』」と空海が呪文を唱えると、金剛杵の先端から稲妻が迸しり妖狐や小鬼に突き刺さる。
「残るは貴様だけだ」と飫炉血を睨むと、「たかが天部の力を宿した程度で死天皇に勝てると思うな」と飫炉血がその舌をチョロチョロと蠢かす。
「そこまでだよ飫炉血。今日の所は帰っておいで」と何処からか声が響く。
「厄災様、この様な若造を一捻りにするのは簡単でございます」と納得のいかない顔で飫炉血が応えるが、「妾の言う事が聞けぬと申すのかえ…」と声が響くと、飫炉血が悔しそうにが空海を睨みつけて「貴様、次に会うときには覚悟しろよ」と捨て台詞を残し去って行った。
厄災の棲家では「厄災様、何故我を呼び戻した」と飫炉血が厄災に詰め寄っていた。
「天部の霊憑程度に我が遅れをとるとお思いか」と言うと、「万が一其方が仕留めそこなえば、徳が上がり明王の位を霊憑されると厄介だからねぇ。殺るなら確実に殺らないとね〜」と飫炉血を下がらせる。
『小角の動きも気になる故、奴が尻尾を出すまでは空海は泳がせておこうかねぇ』と誰もいない暗闇を睨みつけていた。
それから数年の月日が流れ、死國の地を巡り徳と行を高めた空海は遂に厄災の棲家に辿り着いていた。
厄災の棲家の入り口では、空海と対峙する飫炉血の姿があった。
「空海よ、この前は逃してやったが今回は確実に殺ってやるぜ〜」と二股の舌を上下させる。
「飫炉血よ、あれから数多の修行を積み、菩薩の位まで宿すようになった我が徳と行を見せよう」と空海が飫炉の目を見据えながら、九字印を結ぶ。
「飫炉血よ、覚悟せよ。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「吾が身体は既に仏身なり、仏身宿りて吾となす…『入我我入』」と仏身を宿す空海。
そこに召喚されたのは観音菩薩だった。
観音菩薩は相手に応じて姿を変える能力を有していた。
「観音菩薩霊憑 三十三応現身像より、『変化仏身 龍頭観音!!!』」
それは観音菩薩が相手に応じて変化する33の仏身の一つ、龍の背に立つ龍頭観音の姿だった。
「菩薩がどうした。我は厄災様の第一の家臣にて死天皇の飫炉血様よ」と飫炉血も空海の目を睨み返す。
飫炉血が「これでも喰らえ『邪蛇絞牙!!!』」と術を繰り出し空海に襲いかかる。
しかし、蛇の妖怪である飫炉血では、龍を従える龍頭観音に敵うはずはなく「梵阿毘羅吽欠蘇婆訶『天龍水砲!!!』」と全てを打ち砕く水流にあっけなく滅された。
観音菩薩の霊憑を解き厄災の棲家に入り込むと、空海の前に絡新婦と酒呑童子が立ち塞がり、妖狐と小鬼を召喚する。
「数が多いな、ならば」と九字印を結び『入我我入 金剛力士霊憑』と天部の位の金剛力士を召喚する。
『入我我入』により金剛力士を霊憑した空海が「梵阿毘羅吽欠蘇婆訶『怪力無双!!!』」と術を繰り出す。
全ての妖狐と小鬼を退治し、絡新婦と酒呑童子を見据える。
『流石に死天皇が相手では位を上げねば勝てぬか…』と印を結び直す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前『入我我入 千手観音霊憑』」
「梵阿毘羅吽欠蘇婆訶『千手千眼宝戟!!!』と千の手に持つ先端が三又に分かれた杖で絡新婦と酒呑童子を滅する。
千手観音の力で絡新婦と酒呑童子を退けた空海は遂に厄災の前に立つ。
「死天皇と言いながら、三体しかいないのか?」と呟くと、「裏切り者の小角なら妾が自ら処分したよ」と御簾の奥から声がした。
※※※※
それは空海が厄災の棲家に辿り着く少し前のこと。
「其方、あの空海とか言う修験者に手を貸しておらぬかえ?」と厄災が呼び出した役小角を問い詰める。
「これは厄災様。何故にそのような言い掛かりを…。あの者は5道を進む者。修羅道を往く我とは相容れぬ関係にございます」と笑って否定する。
「ならば、石鎚山での修行に陰から力を貸し、菩薩に目覚めさせたのはどう言い訳するのかえ?」と口元に笑みを浮かべながらも全く笑っていない目で睨む。
「なるほど…何やら女子の視線を感じると思えば、玉藻前にございましたか」と笑い、ならば仕方ありませんな、と九字印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
空海の時は天界に向かって続いた道であったが、小角の九字印によって示された道は地面の下を指し示す。
「吾が身体は既に仏身なり、仏身宿りて吾となす…『入我我入 阿修羅霊憑』」
そこには3つの顔に6本の腕を持つ三面六臂の姿をした阿修羅の力を宿した小角の姿があった。
「厄災様よ、且方に恨みはないが・・・落ちたとはいえ御仏の教えにより滅させてもらう」
「おや、阿修羅と帝釈天は天敵と思っていたが、ずいぶんと仲良くなったようだねぇ」と空海が帝釈天を召喚するのに手を貸したことを皮肉る。
「あれは、あの坊やの徳のおかげよ」と受け流し、その6本の腕で厄災に躍りかかる。
その戦いは熾烈を極めるが・・・やがて厄災が寝床に横たわり「やはり喰えぬ男であった。此度も殺られた様に見せかけて、どうせ何処かで生き延びておるのであろうな」と辛うじて退けた小角に付けられた傷を労わるように目を閉じた。
その頃小角は「やはり厄災は強力だったな〜。死なずに済んだだけでも儲けものか」と血塗れの身体を辛うじて動かしながら厄災の棲家から遠ざかっていた。
「お膳立てはしておいた。後は任せたぜ…空海の坊や」
※※※※
空海は御簾を払い除けながら、「残るは貴様だけだ。厄災よ、貴様を滅する」と改めて九字印を結ぶ。
「吾が身体は既に仏身なり、仏身宿りて吾われとなす…『入我我入 弥勒菩薩霊憑』」
「おやおや、せっかちな坊やだねぇ」と厄災が寝床に横たわったまま空海を見つめる。
「しかも召喚したのが弥勒とは・・・妾にも慈愛を施してもらえるのかねぇ」と空海が宿す弥勒菩薩の力を揶揄う。
「貴様の栄華も今日までだ。私がこの死國を平和な國に導く」と空海が厄災に挑み掛かる。
「如来にも至らない坊やに殺られる様な厄災様じゃないよ」と厄災が迎え撃つ。
果てしなく続くと思われた死闘であったが、先の戦いで役小角が宿す阿修羅が付けた傷が厄災の力を徐々に奪う。
その隙を見逃さず「梵阿毘羅吽欠蘇婆訶56億7千万年の封印『下界衆生!!!』」と空海が呪文を唱えると、遂に厄災の身体が封印に囚えられる。
その術に囚われながら「其方の徳程度の封印であれば、千年もすれば妾は復活できよう。妾には昼寝程度のものよ」と厄災は封印の眠りについた。
「弥勒菩薩の力を持ってしても、千年の封印までしか叶わぬか。だが、吾が意志を継ぐ者が、いつか如来を霊憑し、九尾の妖狐を打ち倒すであろう。その日まで厄災を封印する」
空海は厄災の88の能力を一つ一つ地下深くに封印し、その上に寺院を建立した。
また、少しでも封印が永く続くように、88の寺院を参拝した者には徳を与え、その徳を持って封印の力と成すように施した。
「この地はもはや死の國などではない、これからは四国として、平和に発展していくであろう」とこれ迄の道のりを振り返る。
すると「空海様〜」と金長狸の声が聞こえてきた。
「この国から悪い狐どもは全て追い出したから、これからはいつでも遊びに来てね」とその愛くるしいお腹をポンポンと叩いた。
そして千年の時は流れ…時は令和
「ちょっと待ってよ、空」と明るい女の子の声が響く。「早くしないと置いて行くぞ、海」と手を繋ぐ。
ふと空が「そう言えば…」と話し出す。
「今朝変な夢で目が覚めたんだよな〜。何か九尾の妖狐がどうとか、仏様を霊憑するとか?」と言うと、海も「その夢私も見た」と驚く。
2人が同じ夢を見るって…とお互いに顔を見合わせる。
「お〜い、2人とも何してるんだ〜」と離れた所から声が聞こえる。
「陸兄、お待たせ」と空が手を振る。
「ごめんごめん兄貴」と海も笑いかける。
「おい空、何を馴れ馴れしく海の手を握ってるんだ?」と陸が空に詰め寄る。
慌てて海の手を離した空が照れ笑いを浮かべながら「早く行かないと終わっちゃいますよ」と2人を急かした。
やがて、この3人に過酷な試練が待ち受けることになるが、それはまた別の物語。
四国にあるの88のダンジョンを踏破し…と言った話を書きたくて、勢いだけで書き始めたストーリーの導入部分となります。