6.ダボさんの村
あと一時間もすれば日が暮れる頃、
道の真ん中で立ち往生している馬車を見つけた。
どうやら車輪が外れかかって動けなくなったようだ。
その手前で馬車を止めると、
向こうの馬車に乗っていた老人が声をかけてくる。
「あんたら、この先に行くのかね?」
「ああ、そうだけど」
「わしはこの先の村の者なんだが、人を呼んでもらえないだろうか?
薬屋のダボじいが呼んでいると伝えてもらうだけでいいんだ」
「薬屋なんだ。壊れたのは車輪だけ?」
「ああ。村の者に馬車で迎えに来るように言ってもらえれば助かる……」
馬車を降りて、壊れた馬車の車輪を見る。
木でできた車輪が割れて歪んでいるのがわかる。
「どうかしたのか?」
「馬車の故障?」
後ろで休憩をとっていたレンとランも、
馬車が止まったことに気がついて降りてくる。
旅の間は、私は二人の妹アンということになっている。
老人も会話した時点で私が女だということはわかっているだろう。
「この先の村の薬師、ダボさんっていうんだって。
村の人に馬車で迎えに来てほしいって伝言を頼まれたんだけど、
このくらいならなんとかなりそうなんだよね」
「え?」
「ちょっと、まさか」
レンが慌てて止めようとしたみたいだけど、
それには気づかずに魔術を使ってしまう。
車輪を魔力の糸でぐるぐる巻きにして割れているところを固定する。
長くはもたないけれど、村にたどり着くくらいならできるはずだ。
魔力を糸にする魔術はシル兄様に教えてもらったもの。
左小指に巻き付いた家族の証ともまた違う。
この糸は数時間しかもたないが、人や魔獣に襲われた時には役に立つ。
使ったのは十年ぶりだけど、問題なさそう。
「ダボさん、これで大丈夫だと思うよ」
「は?今のは何じゃ!?」
「んー。応急処置かな。数時間で消えてしまうものだから、
村に戻ったら車輪を交換したほうがいいと思う」
「本当に走れるのか……?」
「試してみたら?」
ダボさんは馬をひいて、馬車を少し前に出した。
何の問題もなく馬車が動くのを確認して、ダボさんは喜んでいる。
「よかった!これで村に帰れる!
馬車の中には村の者たちに頼まれたものがたくさん積んであったんだ。
馬車を置いて村に戻ったら、その間に盗まれるんじゃないかと心配でな!」
「そうだったんだ。よかったね。
それじゃあ、私たちは急ぐから」
「待ってくれ!せめて礼をさせてくれ!
村まで案内するからこの馬車についてきてくれ!」
「……え?」
断る隙もなくダボさんは馬車に乗ってしまった。
振り返ったら、レンとランが頭を抱えている。
……あれ。まずいことしてしまった?
「とりあえず、馬車に乗って行きましょう。
礼を受け取ったらすぐに村から出ればいいんです」
「そ、そうだね」
私たちも馬車の乗り、ダボさんの馬車についていく。
それほど時間はかからずに村に着いた。
今まで通ってきた集落よりも小さな村に見える。
ダボさんを出迎えるためなのか、中年の男性が十人ほど出てきた。
「ダボじい!遅かったじゃないか!」
「ああ、途中で馬車が壊れてな!
助けてくれた客人を連れてきたんだ。
今日は祝いの宴にするぞ!」
「「「「おおお!そりゃいい!」」」」
ええええ?祝いの宴?
おそるおそる二人を見ると、どうするんですか、これ?と目で訴えてくる。
喜んで宴の準備を始める村の人たちを見てしまうと、
宴はいいから帰りますとはとても言えない。
もう丸一日以上、王都から馬車で走り続けている。
少しくらいなら大丈夫かな。
「レン、ラン、仕方ないよ。
宴が終わったら急いで出よう」
「そう上手くいくといいですけどね」
「不安になることを言わないでよ」
ダボさんに案内され、村の集会場というところに案内される。
宴の準備とともに、なぜか布団が運ばれてきていた。
「奥の部屋に泊まれるように用意しておいた。
今日はゆっくりしていってくれ。
さぁ、皆の者、歓迎の乾杯じゃ~!」
「「「「「かんぱーい」」」」」
私とランには酒を出されなかったけれど、
レンは男性に囲まれて次々に酒を飲まされている。
レンが酒を飲めるかどうか聞いたことはなかったけれど、
あんなに飲まされて大丈夫なんだろうか。
ランと私は食事を楽しんでいたが、
お腹いっぱいになって奥の部屋に行くことにする。
宴はまだまだ終わりそうにない。
レンには悪いが一人で犠牲になってもらうしかない。
奥の部屋には布団が二組敷かれていた。
「レンの分を最初から用意していないってことは、
飲み明かすつもりなのかな」
「そうかもしれないですね……。
お嬢様、気をつけたほうがいいかもしれません」
「気をつけるって?」
「この村、女性も若者もいません」
「え?」
言われてみれば、ダボさんと中年男性しか見ていない。
食事の用意など、女性が運んできてもおかしくないのに、
それらもすべて男性が運んでいた。
「おそらく、出稼ぎで若者がいないんだと思いますが、
中高年の女性がいない理由がわからなくて。
何かあった時にすぐに逃げられるようにしておいたほうがいいです」
「……そっか。わかった。
服は着替えないほうがいいね。
交代で休憩していよう」
「はい」