56.結びつく
邪魔ものたちがいなくなり、シル兄様と私はようやく結婚できることになった。
またジョージア様とミュリエル様が乱入して来ないように、
ハーヤネン国の国王に警告文を送り、国境には兵を置いて警戒することになった。
もともとジョージア様とミュリエル様がお義父様たちの馬車に、
むりやりついてくるような形で侵入を許してしまっていた。
次からは国境で馬車は止められ、許可がないかぎり入国させないことに決まった。
パジェス国での結婚はハーヤネン国の時と変わらず、当主の許可によって成立する。
書類も変わらないが、提出先がハーヤネン国王からパジェス国の共同代表に変わるだけ。
お義父様とお祖父様が見守る中、シル兄様と私が婚姻届けに署名をする。
その書類を受け取ったお義父様とお祖父様はうなずいて承認をした。
これでシル兄様と私は夫婦となった。
その後は親族全員でパジェス家の霊廟へと行き、シル兄様が妻を娶ったことを報告する。
戻って来て、食事会を開いた後、シル兄様と私は敷地内の奥にある離れへと移動した。
「こんなところに離れがあるなんて知らなかったわ」
「ここは婚姻した日から七日間だけ使用するための離れなんだ」
「どうして?」
「理由はわからないけど、七日間は使用人とも顔を合わせない。
夫婦だけで過ごすように言われている」
説明を聞けば、使用人たちは私たちに会わないように食事を用意し、
湯の準備や掃除も行うという。
ランとレンにも会えないと聞いて少し不安にはなったけれど、
シル兄様とずっと一緒に居られるのなら大丈夫だと思う。
離れに入ると思ったよりも広かった。
一週間ここから出なくてもそれほど窮屈さは感じないかもしれない。
「先に湯を使うといい」
「う、うん」
今日は朝からランたちに時間をかけて磨かれている。
霊廟に報告に行ったから汗をかいていると思うけど、
湯を使うというのはこれからのことを想像させるようで恥ずかしい。
それでも覚悟を決めて、丁寧に身を清める。
思ったよりも時間がたってしまったけれど、
居室に戻ったらシル兄様は冷たい水を用意してくれた。
「俺も行って来る」
「うん……」
シル兄様はいつもと変わらない感じで湯あみに行ってしまう。
緊張しているのは私だけなんだろうか。
それでも緊張がほぐれることはなく、ソファに座って水を飲んで落ち着こうとする。
本当にシル兄様と結婚したんだな。
ぼんやりしていると、シル兄様が戻って来た。
ソファの隣に座ったシル兄様はまだ髪が濡れたままで、思わず目をそらす。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないの。
ねぇ、私が結婚したって聞いたらお父様たちは驚くかな。
相手がシル兄様だって聞いたらどう思うんだろう」
「そうだな。喜ぶんじゃないかな。
自分たちが選んだのは間違いじゃなかったって」
「え?」
自分たちが選んだってどういうこと?
「あの時、まだ八歳だったアンリがここに連れて来られたのは、
俺に会わせるためだったんだ。
相性が悪くなければ、俺とアンリを婚約させるために」
「そうなの?」
初めて聞く話に驚いてしまう。
お父様もお母様も、そんなことは言っていなかった。
「もしかしたら宰相のことがあったからかもしれない。
王都に一人で置いて行ったら奪われる心配もあったのかも。
そうじゃなければ八歳の子を他国まで連れて来ないと思う」
「ああ、そうかも。打診断ったって言ってたものね」
あの宰相に狙われていると思ったから、
わざわざパジェス領まで連れてきて、シル兄様と婚約させようとしていた。
殺されるかもしれないってわかっていたのだろうか。
「一応は俺が婿入りする形での婚約の予定だった。
でも、王家が何かしてくるのなら、
アンリをここに逃がすつもりだったんだと思う。
それでもアンリが嫌がるような結婚はさせたくないだろうし、
パジェス家が政略結婚しないのもわかっていたから、
会わせてから話す予定だったんだと思うよ」
「そうだったんだ……」
結局はその話をする前にお父様たちは亡くなって、
私はオトニエル王家に捕らわれることになってしまった……
「もしかして、シル兄様が私に魔力の糸を授けたのは、
お父様たちが婚約させようとしたからなの?」
「それもあるし、それだけじゃない。
……俺は最初からアンリを婚約するかもしれない子だと思って会っていた。
それでも好きになれないのなら断ろうと思っていたんだ。
あの時、両親が殺されたって聞いたアンリは泣いたけど、
俺のことを一切責めなかった」
「シル兄様が悪いんじゃないもの」
「それでも、だよ。
理不尽な苦しみに遭った時に、
その苦しみを誰かにぶつけるのはめずらしいことじゃない。
ましてやまだ八歳のアンリなんだ。
その場にいて助けられなかった俺に苦しみをぶつけるのが当然だと思って。
俺は何を言われても受け入れる覚悟で話をしたんだ」
その時のことは覚えている。
シル兄様が悪いんじゃないのに、真っ青な顔で謝っていた。
助けられなかった後悔が伝わってきて、悲しくて苦しかったけれど、
シル兄様も同じように苦しんでいると感じていた。
だから、悪いのはシル兄様じゃなく犯人だと思えた。
「俺はアンリの外見も可愛いと思っていたけれど、
その心の強さに惹かれたんだ。
そして、誰がアンリの苦しみを受け止められるんだろうと思ってしまった。
俺が、俺だけはアンリが苦しんでいる時に泣かせてあげられる存在になりたい。
そう思ったから魔力の糸を授けた。
これから一生をかけて守るのはアンリだと思えたから」
「シル兄様……そんな風に思ってくれていたのね」
「オトニエルの王都に連れて行ったとき、
離れるのはほんの少しの間だと思っていた。
婚約が調って、パジェスにまた戻って来るまでのほんの少しだと。
手を離すんじゃなかったって、何度後悔したかわからない」
ギシっと音がして、シル兄様が私へと近づく。
その手が頬にふれて、くちびるが重なる。
「やっと、やっと俺の妻にできた。
もう少しの間も離してあげられそうにない。
それでもいいか?」
「うん、私も離れたくない。
ずうっとここに、シル兄様の隣にいたい」
抱き上げられて、寝台まで連れて行かれる。
胸がどきどきしすぎて苦しいけど、やめてほしくはない。
もっと確実にシル兄様のものになったという保証が欲しくて。
もっと近くに来てほしい。
心の中もすべて受け取ってくれたらいいのに。
「怖くないか?」
「怖いのは……シル兄様と離れることだけ。
シル兄様に何をされても怖くない。
だから……」
「わかった」
シル兄様のくちづけが深くなって息が苦しい。
その苦しみを紛らわせるように優しく髪をなでられる。
シル兄様と私の魔力が混じって深いところで結びつくのを感じる。
まるで糸をしっかり結びつけるようにつながって、
これでもう離れることはないと心から思った。




