55.あきらめたくないのに(ミュリエル)
「まったく……お前たちは何を考えているんだ」
呆れるような声のお父様に私とお兄様は理由を説明する。
「だって、お父様。オディロンがいけないのよ。
私から勝手に離れるなんて許されないわ」
「父上、俺は側近を連れ戻しに行っただけです。
あいつがいないと仕事が……」
お兄様の仕事なんてどうでもいい。
オディロンは優秀かもしれないけど、他の側近だっている。
必要なら新しい側近を雇えばいいだけのこと。
私はオディロンじゃなきゃ嫌なのに。
お兄様に無理やり連れて帰られてしまった。
早くパジェスまで行って、オディロンを連れ戻さないと。
あんな生意気な女のそばに置いておくなんてできない。
「オディロンのことはあきらめろ。
これ以上向こうに迷惑をかけたら取引すらしてくれなくなる」
「お父様、どうして独立を許してしまったの?
もう一度ハーヤネン国に戻せばいいじゃない」
そうすればオディロンだってお父様の命令に従わなくてはいけなくなる。
私の王配になるように王命を出してくれたら、
オディロンを私から離そうとしている者たちだってあきらめるはず。
「許したくて許したわけではない。
パジェス侯爵領は力を持ちすぎたんだ。
こうなる前に手を打たねばならなかった……」
「もしや兵力で無理やり……?」
「それに近いな。独立を許さねば反乱を起こすとまで言われた。
はっきり言ってお前たちのせいで王家に従いたくないものも多い。
……このままなら、王太子をジョゼットにしようかと思っている」
「は?どうしてジョゼットに!?」
「お前が仕事から逃げてばかりいるからだろう!
ミュリエルは役に立たないが、ジョゼットは優秀だ。
王太子になっても問題はないだろう」
「……お父様、私が役に立たないとはどういうこと?」
「そのままの意味だ。
オディロンと恋仲だというから王配にちょうどいいと思っていたが、
そんな事実はないというではないか。
オディロンと婚約するものと思っていたから婚約者探しをしなかったが、
これから婚約者を見つけられると思うのか?
もうほとんどの高位貴族令息は婚約済みだ」
「私はオディロンと結婚するわ!」
「馬鹿なのか?はっきり断られたんだろうに」
「いいえ、絶対にオディロンを取り戻すんだから!」
「無理だ」
「どうしてなの!?」
「もう今ごろは結婚しているだろう」
「……は?」
もう今ごろは結婚している?誰が?オディロンが?
もしかしてあの生意気な女と!?
「……許せない。
連れ戻しに行くわ!」
「ダメだ。許可しない」
「お父様!邪魔しないで!」
「ダメだ。これ以上何かすれば取引ができなくなると言っただろう。
お前はしばらくの間、部屋で謹慎していろ。
婚約者が決まって、結婚するまで自由にはさせない」
「!!」
「それが嫌なら王族をやめろ。
お前にできるのは子を産むことだけだ。
それすらできないようなら王族でいる資格はない」
「そんな!」
抗議しようとしたら、王宮女官たちが私の両腕をつかむ。
「暴れないでください。お部屋へお連れいたします」
「離しなさい!」
手を離すように命じても女官たちは離そうとしない。
引きずられるようにして部屋に連れて行かれた後は、
ドアを固く閉じられて開けてくれなかった。
なんとかして王宮を抜け出してパジェスに行かなくてはいけないのに、
監視が厳しくて部屋から一歩も外に出られない。
そんな生活が二か月続いた後、
ようやくお父様に呼び出されたと思えば、
私の婚約者が決まったという。
私よりも十五歳も年上の侯爵。
しかも妻とは死別していて子どもが二人もいるという。
「嫌よ!オディロンじゃなきゃ嫌!」
「黙れ。侯爵との間に子を二人以上作れ。
そうしたら自由にしてやる」
「絶対に嫌!」
「では、王族をやめるな?
ただの平民として生きていけ」
「それも嫌よ!」
「今ここで、どちらかを選べ。
結婚をしなければ、平民として街に放り出す」
「……」
「誰か、ミュリエルを街に連れていけ。
荷物は持たせなくていい」
「!!」
騎士たちに乱暴に腕を捕まれ、お父様が本気なのがわかった。
「わかったわ!結婚するから!それでいいんでしょう!?」
「そうか、では部屋に戻せ。結婚は三日後だ。
逃げたとしたら二度と追わない。好きに選べ」
本当にどちらでもいいというようなお父様の声に、
ここで逆らったら見捨てられるのがわかった。
おとなしく部屋に戻ったら、護衛でついてきた騎士が理由を教えてくれる。
「先日、ジョゼット様が王太子になることが決まりました。
王配はウルジアナ公爵家の令息です。
ジョージア様は代わりに公爵家を継ぐことになり、王族から外れました」
「……王族を外れた?本当にジョゼットが王太子になるなんて……」
ウルジアナ公爵家はお義姉様の生家。
弟はたしか十五歳だった。ジョゼットの二つ下……。
お兄様とお義姉様が公爵家を継いで、公爵家を継ぐはずだった令息が王配に。
お義姉様を王太子妃から下ろしても、令息が王配になるのなら同じこと。
ウルジアナ公爵家を認めさせるためにもそうしたのか……。
お義姉様は娘を一人しか産めなかった。
出産時に何かあったらしく、これからは子を望めない。
だから私を王族に残して子を産ませるというのは知っていた。
お父様は本気だったんだ。
まさかそんなに怒っていたなんて思わなかった。
オディロンのことはあきらめたくなかったけれど、
平民になるのはもっと嫌だった。
三日後が来なければいいのにと思うのに時間は止まってくれない。
……あっという間にその日が来て、
私はオディロンではないものの妻になった。
いつの日か自由になった時に会いに行けるはず。
それだけを希望にして。




