53.対決
オディロン様とシル兄様がいらいらしながら仕事をしている中、
少し気分転換しようとランとレンを連れて中庭へ散歩に向かう。
執務室の雰囲気を明るくするために、
中庭に咲いている花を切って飾ろうかと考えていると、
誰かが私たちを追うようにしてついて来ていた。
振り向くと、それはミュリエル様とジョージア様だった。
先頭にいるのはミュリエル様で、
十日も部屋に閉じこもっていたわりに肌も髪もつやつやで、
さすが王女様とも思ったが目が血走っている。
つかつかとこちらに向かって来るミュリエル様の視線の先にはラン。
これはまずいと思ったら、ミュリエル様が扇子を持つ手を振り上げた。
「レン!」
とっさにレンの名を呼ぶと、すぐにレンはランの前に立ちふさがり、
ミュリエル様の振り下ろした扇子を鞘に入れたままの短剣で止めた。
「何をするの!そこをどきなさい!」
「ミュリエル様、これはどういうつもりなのですか?」
「いいからどきなさいと私が命じているのよ!」
「ですから、私の護衛に命じているのはどんな権限なのかと聞いているのです」
「どんな権限ですって!?」
ようやくミュリエル様が私を見る。
十日前に会った時は挨拶すらしていない。
私のことは知っているのだろうか。
ようやく追いついてきたジョージア様がミュリエル様を止める。
「おい、ミュリエル、勝手なことをするなよ」
「だって、お兄様。この者がいたから……」
「気持ちはわかるが……ああ、アンリエットといったか。
騒がせてすまなかったな」
ジョージア様は私のことを覚えていたからか謝罪したが、
今はそれではすまないということを理解していない。
「どうしてこの者に謝るの!?
この者が私の邪魔したのよ!」
「ミュリエル様、先日は挨拶もできませんでしたが、
パジェス国第一王女のアンリエット・オビーヌ・パジェスですわ」
「は?第一王女?平民になったんじゃなかったのか?」
「それはオトニエル国でのことです。
オビーヌ家当主のお祖父様がパジェス国の共同代表の一人となりました」
本当は身分をひけらかすようなことはしたくない。
だけど、ミュリエル様は対等な立場でなければ話を聞く気もないだろう。
ここがまだハーヤネン国の一部だと思っているだろうから。
「ついでにいえば、私とシルヴァン様の子が王太子となることが決まっています。
つまり、国母になる予定なのですが、
ミュリエル様は国母付きの護衛に殴りかかったという認識はありますか?」
「っ!!すまない!知らなかったから」
さすがに王太子のジョージア様はその意味をわかっているようだ。
「知らなかった、ですか。そうですか。
では、謝罪してくれるのなら一度だけ許します」
「ああ、ありがとう」
「何を言っているのですか?謝罪するのはミュリエル様でしょう?」
ジョージア様はほっとした顔をしているが、謝るのはミュリエル様だ。
いまだランをにらみつけているけれど、自分のしたことを理解できていないのか。
「は、そうか。ミュリエル、謝罪するんだ」
「どうして私が謝らなければならないのです?」
「こちらのアンリエット様も王族だ。
しかも国母になる予定の方なんだぞ。
その護衛に暴行しようとして何も咎められないわけないだろう。
謝れば許してくれると言ってくれているんだから謝れ」
「どうして私が……悪かったわよ、これでいいんでしょう」
ちっとも謝っている感じはしないけど、これでいい。
少なくとも私が王族として、ミュリエル様と同じ身分だと認めさせたことになる。
「それで、ミュリエル様は私の侍女に何か用でも?」
「その女が私からオディロンを奪おうとするから、
身分の差をわからせてあげようとしただけよ」
「身分の差、ですか。
この者は伯爵令嬢ですが、いくら王族とはいえ、
他国の者に身分の差をわからせるというのは理解できませんね」
他国の王族に対して敬うことはあるけれど、他国の王族だからといって、
貴族令嬢が言うことを聞かなくてはいけないということはない。
あくまでも身分は自国の中の身分制なのだから。
「伯爵令嬢ですって?使用人のくせに?」
「ええ、隣にいるレンが伯爵家当主になりました。
ランは伯爵の妹ということになります。
王族の、国母になる予定の私の唯一の専属侍女ですもの。
将来的には乳母になるかもしれないのですから、
それなりに身分が必要でしょう?」
「……そう。伯爵家でも平民でも同じよ。
私からオディロンを奪った女には変わらないわ。
すぐさま、オディロンを私に返しなさい!」
その言葉にランの気配が変わったのを感じた。
めずらしく本気で怒っているらしい。
「ラン、ミュリエル様が話したいようだから、発言を許すわ」
「ありがとうございます、アンリエット様。
では……オディロン様がミュリエル王女のものになったことなど、
一度もないのに返せとはどういうことでしょうか?」
「っ!! オディロンはずっと私のものだったのよ!」




