52.オディロン様の想い
「これであきらめるかな」
「兄上、またランをそんな風に利用して」
「ん?利用していないよ?」
「え?」
「俺はランと結婚しようと思っている」
「「ええ!?」」
まだ抱き寄せられたままのランを見ると、真っ赤な顔になっている。
「ラン、どういうこと?」
「えっと……あの、言い出せなくて申し訳ありません。
王宮で一緒に捕まった時に求婚されていました……」
「ええ?そうなの?」
そういえば、ランが審議のために連れて行かれた時、
オディロン様が一緒に行ってくれていた。
あの後、二人は四日間も同じ場所に捕らわれていたそうだけど、
オディロン様はランを守ってくれていた。
魔力なしで平民のランが一人で牢に入れられていたら、
どんな扱いをされていたかわからない。
だからこそ、オディロン様は権力と魔術を使ってでもランのそばを離れなかった。
そこまでされたら好きになってもおかしくない。
ランも平民とはいえ貴族出身だから結婚するのに身分の問題もない。
驚いたけれど、ランにとっていい話かもしれない。
「それで、結婚することになったのね」
「いえ、まだ返事は待ってもらっていて……。
アンリエット様の許可がいただけるのなら……」
「私の許可?え?ランが結婚したいのなら許可なんていらないのよ。
オディロン様、本気で求婚したのですよね?
ランを大事にしてくれるって約束してくれますか?」
「ああ、もちろん本気だし大事にするよ。
俺は結婚なんてしなくてもいいと思っていたけれど、
ランだったら隣にいても嫌じゃなかった。
女性を守りたいと初めて思えたんだ。
だからこそ、ランとの時間を邪魔する王女たちが許せなかった」
「ああ、それであんなにはっきり断ったんですね」
「遠まわしに嫌いだ、一緒にいたくないと王女に言ったことはあるんだが、
俺が王女を嫌うという発想がなかったらしく、まったくわかってもらえなかった。
あれだけはっきり言えばさすがにわかるだろうと思ったんだが」
「さすがにあれだけ言われたらあきらめると思います」
泣き出してもおかしくなかったと思うけど、
嫌われていたことが衝撃過ぎて泣けなかったのかもしれない。
「ああ、ランが俺の求婚を受けるのにはもう一つ条件があって、
アンリエットの専属侍女として働き続けたいそうだ」
「え?オディロン様の妻になるのに私の侍女を続けさせていいのですか?」
「大丈夫、問題ないよ。
俺はさっき言った通り、クルトの後を継いで職人頭になろうと思う。
クルトの後を継ぐ者がいないと困るからね。
職人頭の妻なら当主夫人の専属侍女でも問題ないだろう?」
「ええ?……シル兄様、そうなの?」
「……ああ、そうだな。兄上が職人頭になるというのなら、
妻が専属侍女でも問題はないはずだ」
「それならいいけど。私もランがいなくなったら困るし」
「私はずっとアンリエット様にお仕えいたします。
それを認めていただけるのであれば、オディロン様の求婚をお受けいたします」
「じゃあ、認めてもらわないと困るよ、アンリエット」
私が認めなかったら求婚を受けないの?
「わかりました。認めますから安心してください」
「よし、じゃあ、父上と母上にも報告してこよう」
うれしそうなオディロン様がランを連れてお義父様たちのところへ行こうとする。
ランは侍女の仕事中だということを気にしていたけれど、
先に報告してくるように言うと、二人で手をつないで部屋から出て行った。
「驚いたな……まさか兄上とランが」
「ええ、驚いたわ」
「だが、考えてみれば、あの兄上が女性を助けるなんて初めて見た。
オトニエルに向かう時、宰相に引き渡さないようにしただろう。
あの時にはもうランのことを気に入っていたんだろう」
「それもそうね。恋人だなんて嘘をついてまで助けてくれていたもの」
「結婚する気がないんだと思っていたから、幸せそうでよかった。
あとは面倒な二人がハーヤネンに帰ってくれるだけか」
「そうね、あれだけ言われたら帰るわよね?」
「……多分」
私たちが心配したとおり、ミュリエル様は客室から出て来ず、
ジョージア様もハーヤネンの王都に帰ることなく滞在し続けた。
このままではいつまでたってもシル兄様と私は結婚できないし、
私たちが結婚して落ち着いたら結婚するといっている、
オディロン様とランはいつになるかわからない。
お義父様とお祖父様との間の話し合いで、
新しい国法が制定し、大事な仕事を担っていた家臣や領主に爵位が授けられた。
新しい国名はそのままパジェス国となり、いろんな取り決めがされた。
新しい国の準備は着々と進んでいくのに、
いつまでたってもジョージア様とミュリエル様が帰る気配がない。
あれからも十日も過ぎていた。
オディロン様とシル兄様がいらいらしながら仕事をしている中、
少し気分転換しようとランとレンを連れて中庭へ散歩に向かう。
執務室の雰囲気を明るくするために、
中庭に咲いている花を切って飾ろうかと考えていると、
誰かが私たちを追うようにしてついて来ていた。
振り向くと、それはミュリエル様とジョージア様だった。




