51.動き出す関係
そんなことを言っていると、ひときわ大きな馬車のドアが開いて、
中からジョージア王太子が降りてくる。
そして、ジョージア様が手を貸して、ドレス姿の女性が降りてきた。
薄茶色の髪をゆるく巻いた可愛らしい女性。
はっきりした青目に小さな唇。
この方が第一王女のミュリエル様。
こちらを見て表情を曇らせたのは、
オディロン様が出迎えなかったからかもしれない。
「ジョージア様、ミュリエル様。
遠いところ、ようこそ。中で休みますか?」
「ああ、ありがとう。オディロンは?」
どうやらシル兄様の嫌味は通じなかったらしい。
この人が王太子で本当に大丈夫なのだろうか。
「中にいます」
「そうか」
「その前に客室で湯あみをしますか?」
「……ミュリエル、どうする?」
「……ちゃんとした格好でオディロンに会いたいわ」
「では、客室の方へ案内しましょう」
ジョージア様はすぐにでもオディロン様と話したそうだったけれど、
ミュリエル様は好きな人に会う前に旅の汚れを落としたいようだ。
その気持ちはわかるけれど、
オディロン様がミュリエル様に応えないのはわかっている。
これから断られるのにと思うと、そのために綺麗になるようで切ないな。
結局、ジョージア様とミュリエル様の準備が整ったのは、
それから三時間がたってからだった。
応接室に来た二人はオディロン様の姿を見るとすぐに駆け寄る。
「オディロン!どういうことなんだ!
勝手にオトニエルに行ったと思えば独立するだと!?
お前、俺の側近だろう!早く戻って来い!」
「オディロン、どうして王宮に戻って来てくれないの!
早く戻って来てって言ったでしょう?」
両腕にすがられるようにして、同時に訴えかけられているけれど、
オディロン様は無表情のまま。
話を聞いているのかどうかもわからない。
「オディロン!聞いているのか!」
「手を離せ」
「は?」
「手を離せと言っている。
俺はもうハーヤネン国の人間ではない。
パジェス国の王族だ。
それを理解していないのか?」
「っ!」
もう臣下ではなく、他国の王族として扱えと言うオディロン様に、
ジョージア様は怒り出した。
「何を言っているんだ!お前は俺の側近だろう!?」
「ハーヤネン国の法で、王太子の側近は自国の貴族に限るとされている。
俺にはもう側近になる資格はないし、する気もない」
「……お前だけハーヤネン国に戻ってくればいい。
どこの家にだって養子になれるだろう」
「なぜ、そんなことをしなくちゃいけないんだ?
ようやく自由になれたのに」
「自由だと?……俺の側近になるのが嫌だというのか?」
「なりたいだなんて言ったことあるか?
あんな面倒な仕事、やりたくないに決まっている。
もう二度とハーヤネン国に戻ることなんてない。
俺を連れ戻しに来たのならあきらめて帰れ」
「……本気か」
そんな風に強く拒絶されるとは思わなかったのか、
ジョージア様は唖然としている。
「オディロン、お兄様の側近に戻らなくてもいいわ。
私の隣にいてくれれば仕事なんてしなくていいの。
ね、一緒に戻りましょう?」
「それも断る」
「どうして?他国の王族になっただけだもの。
私の夫になるのに何も問題ないでしょう?」
「問題なのは、俺がミュリエル王女と結婚したくないからだ」
「……え?」
「俺には恋人がいる。
その人と結婚するから、俺のことはあきらめてほしい」
「オディロンに恋人!?
そんなわけないわ!どこの令嬢なのよ!」
「相手はうちの使用人だ。
俺はその子と結婚して、加工場の職人頭を継ごうと思っている」
「はぁ?使用人ですって!?」
……ん?使用人の恋人?
ランを見ると困った顔をしている。
これはもしかして旅の時の嘘の続き?
ランを恋人だってことにして、ミュリエル様を断りたいとか?
「信じられないわ!その女をここに連れてきなさいよ!」
「そこにいるよ。ラン、こっちにおいで」
「……はい」
おそるおそるといった感じでランがオディロン様に近づくと、
オディロン様はランを大事そうに抱き寄せた。
「何しているの‼オディロンから離れなさい!」
「俺が抱き寄せているのに、何を言っているんだ?
この子が俺の大事な恋人。
会わせたんだから納得してくれ」
「嫌よ!そんな目つきの悪い女に負けるわけないじゃない!」
「へぇ?王女がランに勝てるとこなんてあるのか?」
「何言っているの?私が負けるところなんてないじゃない」
「俺は王女自身に価値があると思っていない。
王族にも興味はないし、その外見も好きじゃない。
何よりも俺を人形のように扱う傲慢さが嫌いだ」
「は?嫌い?……私を?」
オディロン様があまりにもはっきり言うものだから、
ミュリエル様が信じられないという顔になる。
嫌われているなんて思っていなかったんだろうな。
「ずっと嫌いだった。ようやく離れられてほっとしていたのに。
こんなところまで追いかけて来るなんて最悪だよ」
「わざわざ迎えに来てあげたのに!」
「ほら、迎えに来てあげたって何だよ。
俺は戻りたいなんて思っていないし、夫になりたいとも言っていない」
「私と結婚したら王族になれるのよ!?」
「俺は今、ここの王族なんだが?」
「あっ……」
王女の自分と結婚したら王族にしてあげられる、
そんな風に思っていたのかもしれないけれど、
そもそもオディロン様はそんなことを望んでいない。
もう何も言えなくなったのか、ミュリエル様はぺたりと床に座り込む。
「……オディロン、本気で戻らないつもりなのか?」
「ああ、何があっても戻らない」
「そうか……気が変わったらいつでも」
「そんなことは永久に起こらない」
「……そうか」
本気で拒絶しているのがわかったからか、
ジョージア様は力なく返事をして、
ミュリエル様を支えるようにして応接室から出て行った。
「これであきらめるかな」
「兄上、またランをそんな風に利用して」
「ん?利用していないよ?」
「え?」
「俺はランと結婚しようと思っている」
「「ええ!?」」




