5.アンリエットの魔力
「お嬢様、今日はどこまで走らせますか?」
「……できるだけ遠くに行きたいの。
私も後で交代するわ」
「え!お嬢様に御者なんてさせられませんよ!」
「大丈夫よ。昔、旅をした時にしたことがあるの。
久しぶりだけどできると思うわ。
本当に早く遠くに行かなくちゃいけないのよ」
「……事情があるんですね?わかりました。
限界まで走らせましょう。
俺が力尽きたら交代してもらいます」
「ええ、わかったわ。お願いね」
これ以上はわがままを聞いてもらえないと思い、お願いする。
本当に限界そうだと思ったら、レンを眠らせてでも交代しよう。
「お嬢様、そういえば、
どうして魔術が使えるようになったのですか?
魔力なかったはずですよね?」
「それはね、契約を破棄したからよ。
私はもともとは魔力を持っていたの」
「契約?ルメール侯爵家とのですか?」
「そうよ。王都の結界は貴族たちの魔力で張られているから、
貴族たちは魔力を結界に供給する契約をしているのだけど、
私の契約だけおかしかった。
私の魔力はすべて供給することになっていたの」
「すべて……だから、お嬢様は魔力がなかったのですね」
「ええ。しかも、このことは話せないようになっていて。
二人にも今まで話せなくてごめんね」
「いえ、お嬢様が悪いんじゃないです」
「そうですよ!」
聞こえていたらしく、ランだけじゃなくレンからも返事がくる。
貴族の子なのに魔力がない二人は、
同じように魔力が使えない私に同情してくれていると思っていた。
なのに、そのことは気にしていないようで、契約をさせた侯爵に怒り出した。
「まだ八歳のお嬢様の魔力を全部奪うだなんて、
侯爵は何を考えているんですか!」
「考えたのは宰相だと思うわ。
叔父様は侯爵になったばかりで、そんなこと企む余裕はなかったと思うし」
「考えたのが宰相でも、契約に同意したなら侯爵も同罪です!」
まぁ、それは私もそう思う。
わかっていて、私に契約書を読ませなかったのだと思うし。
「そうです!だから、お嬢様はこんなに小さかったんですね!」
「レン、小さいのはよけいよ!」
「すみません!」
私が小さいのはレンが言う通り、成長する魔力まで奪われていたからだ。
もう十八歳だというのに、よくて十二か十三といったところか。
身長はもちろん、女性としての成長がいまいちというか。
わかってはいるが、言われるのは面白くない。
「でも、お嬢様。魔力が戻ってきたってことは、
これから大きく成長できるってことですよ!」
「!!そ、そうよね!私だって大きくなるわよね!」
いつまでも子どもっぽいことが気になっていたけれど、
これから成長の遅れが気にならなくなるほど成長するかもしれない。
うれしくなってにやついていたら、レンが真剣な声を出した。
「……だから、急がなくちゃいけないんですね?」
「ええ、そういうことよ」
「お嬢様、どういうことですか?」
「腕輪は部屋に置いてきたし、もう私の魔力は奪われない。
明日の朝には異常に気がつくと思うわ。
今まで結界に必要な魔力の大部分を私が供給していたのよ。
それが、明日からは貴族たちみんなが供給しなければならない。
結界が維持できるかどうかもわからないわ」
「結界が消えるんですか!?」
「十年前の結界は王宮周辺だけだったのよ。
私一人で維持させても余裕だったから、八年前に宰相が結界を広げてしまったの。
おかげで私は少しも魔力が使えない状態になってしまった」
「それは、そんなことした宰相が悪いですよ。
貴族たちにとっては元の状態に戻るだけってことですね」
「貴族たちにとっては、ね」
今、王都に押しかけてきている平民たち。
王都の結界が消えたら地方に戻るのだろうか。
今の王都は人があふれすぎて、仕事もなく、食料も足りなくなり始めている。
どっちにしてもこのままでは騒ぎになっていたかもしれない。
この八年、安全な王都に貴族たちが居続けることで、
貴族は自分の領地を領主代理に任せるようになってしまった。
地方の安全は気にしなくなり、魔獣だけではなく盗賊も多くなった。
三人だけで隣国を目指す旅。
ランとレンはそれなりに戦えるし、私も魔術が使える。
とはいえ、危険なことには変わりがない。
暗闇の中、馬車は王都から離れていく。
レンが限界になったのは次の日の昼近くになってからだった。
御者席にいてもおかしくないように、
平民の少年が着るような服に着替えてからレンと交代する。
「……申し訳ありません。少し休んだら、代わりますから」
「いいから、中で休んでいて」
「お嬢様、私も御者席に座ります!」
「ランも中にいて。私一人なら男の子に見えるでしょう」
「ええ……そうですけどぉ」
「一人で御者席にいたほうが目立たなくていいのよ」
「……わかりました。何かあったらすぐに呼んでくださいね」
ランとレンを説得して、久しぶりに御者席に座る。
シル兄様と旅をしていた間、私とシル兄様は商家の息子だと偽っていた。
だから、私にも御者の仕事をさせてくれていたのを思い出す。
まさか十年後にこうやって役に立つ時が来るとは。
地方と王都の経済格差は広がっているのか、
たまに集落の中を通り抜けるけれど、あまり活気を感じない。
にぎわっている場所もなく、いくつかの集落を通り過ぎた。
あと一時間もすれば日が暮れる頃、人気のない道で立ち往生している馬車を見つけた。
どうやら車輪が外れかかって動けなくなってしまっている。
その手前で馬車を止めると、向こうの馬車に乗っていた老人が声をかけてくる。
「あんたら、この先に行くのかね?」
「ああ、そうだけど」
「わしはこの先の村の者なんだが、人を呼んでもらえないだろうか?
薬屋のダボじいが呼んでいると伝えてもらうだけでいいんだ」
「薬屋だったの。壊れたのは車輪だけ?」
「ああ。村の者に馬車で迎えに来るように言ってもらえれば……」




