48.王太子の婚約者(ジョアンヌ)
「宰相から連絡が来た。アンリエットが戻って来たそうだ」
「本当!?」
「ああ、捕まえるのに失敗した時はどうしようかと思ったが、
宰相がうまくやってくれたらしい」
「……ねぇ、アンリエットを本当に側妃にするの?」
アンリエットが王宮からいなくなった時は喜んだけど、
その後から困ったことばかり起きた。
オーバン様の仕事をアンリエットがしていたというのは本当だった。
今までさぼっていた仕事をしなければいけないからか、
オーバン様が学園に来なくなってしまった。
王宮に会いに行けば、忙しいとしか言わない。
疲れた顔をしていたから、それは本当かもしれないけれど、
アンリエットの行方ばかり心配しているのが気になった。
まさかいなくなったら惜しくなった?
お父様はアンリエットを探しているのか、
屋敷にはまったく帰って来なくなってしまった。
そしてオビーヌ侯爵家と取引していた銀細工が手に入らなくなり、
お母様が知り合いの夫人たちからどういうことなのかと詰め寄られていた。
全部、アンリエットがいなくなったせい。
こんなに大変なことになるなら無理だって言えば良かったじゃない。
あんなに簡単に署名して逃げるようにいなくなるなんてひどい。
それでも、アンリエットはどこかで死んじゃったんだと思い、
仕方ないから許してあげようと思い始めていた時だった。
まさか今さらアンリエットが帰って来るなんて。
オーバン様は私に見向きもしなくなってしまっている。
アンリエットを側妃にしたら、私はいらないと言われないだろうか。
「なんだ、まだアンリエットが戻って来るのが嫌なのか?」
「だって、オーバン様がアンリエットのことばかり気にするから」
「ああ、そういうことか。
わかった、アンリエットには仕事以外の会話はできないようにしよう」
「え?そんなことできるの?」
「できるさ。もう一度契約させるときに条件を増やせばいい。
側妃と言っても名ばかり、オーバン様と閨を共にしないように命じておく。
そうすれば正式な妃はお前だけだ。それでいいんだろう?」
「お父様!ありがとう!」
そんな素敵な契約ができるのなら戻って来てもいいわ。
早くオーバン様もアンリエットのことは見捨てて、
私のことだけ想ってくれないかしら。
お父様が王宮に行った日、報告を楽しみに待っていたのに、
帰ってくることはなく私とお母様が呼び出された。
もしかして、正式に婚約者として王宮に住む話かもしれない。
そうよね、アンリエットだって王宮に住んでいたんだもの。
お母様と正式なドレスを着て王宮に向かったら、
謁見室で待っていたのは陛下でもオーバン様でもなく、
第二王子のエミール様だった。
「ルメール侯爵夫人とその娘ジョアンヌで間違いないか?」
「はい」
「……はい、そうです、エミール様」
銀色緑目でオーバン様よりも整った顔立ちのエミール様。
側妃が生んだ第二王子でなければ、オーバン様よりも結婚したいくらい。
思わず見惚れていたら、なぜか冷たい目で見られる。
「さきほどルメール侯爵は捕まった」
「「え?」」
「十年前、先のルメール侯爵夫妻を殺した罪に問われている。
実行犯は宰相だが、侯爵も協力者だったことがわかっている」
「……まさか、本当ですか?」
お父様が伯父様たちを殺した?そんなの知らない……
ああ、だけど、アンリエットのことも従わないのなら殺すって言ってた。
「ついでに言っておくが、オーバンも別件で処罰を受ける。
王太子ではなくなるから助けてもらえるとは思うな」
「……オーバン様が王太子でなくなる?
では、エミール様が私の婚約者になるのですか?」
「は?」
「え、だって、あの契約は王太子とルメール侯爵家の長女の婚約でしょう?
王太子が変わっても、そのまま婚約は継続ですよね?」
オーバン様が処罰されたのは驚いたけれど、
婚約相手がエミール様に変わるのは大歓迎。
だって、エミール様のほうが素敵だし、優秀だって話だもの。
エミール様ならアンリエットを側妃にする必要もなくなるよね?
仲良くしてほしいなと思ってにっこり笑ったら、
エミール様は大きくため息をついた。
「これほどまで愚かだとは思っていなかったな。
どうしたらアンリエット様の代わりになると思っていたのか。
いいか?ルメール侯爵が捕まったからには爵位を取り上げる。
つまり、夫人たちは爵位なしとなる」
「……そんな」
「……え?爵位がなくなる?」
お母様は崩れ落ちるようにして泣いているけれど、ちょっと待って。
お父様の罪でどうして私たちまで爵位が無くなるの?
「罪を犯したのはお父様でしょう?
私たちは関係ないわ」
「君たちは罪を犯していないから捕まらない。
だが、そもそも爵位を持っているのは侯爵だけだ。
その侯爵が爵位を取り上げになったら、家族も爵位が無くなる。
こんな当然なことも知らないのか?」
「え……お母様、本当?」
お母様はもう声がでないのか、うなずくだけだった。
……え、本当に爵位が無くなるの?
「話は終わったな。二人とも出て行け。
ああ、侯爵家の屋敷には戻れないぞ。
今までアンリエット様の予算を勝手に使い込んでいたのは調べてある。
横領していた分、屋敷の物はすべて売って補填してもらう」
「そんな!どこに戻れというのですか!?」
「生家のイルーナ子爵家に戻れ」
「……そんな」
イルーナ子爵家?お母様の生まれた家よね。
身分が違うから関わったこともなかったのに、そんな家に?
騎士たちに追い出されるようにして用意されていた馬車に乗せられた。
着いた場所はとても小さな屋敷だった。
今日からここで子爵令嬢になるの?侯爵令嬢で王太子の婚約者だった私が?
屈辱だと思っていたら、実際はもっと最低だった。
令嬢として迎え入れてくれたのではなく使用人としてだった。
しかも侍女ではなく、下級使用人。
けっして表には出ないようにと伯父様にきつく言われた。
「いいか?お前たちのせいでアンリエット様がいなくなった。
王都の結界が消えたのはそのせいだとわかっている。
しかもアンリエット様の両親を殺した犯罪者の家族だ。
ここにお前たちがいることが知られたら、平民たちの暴動が起きる。
俺たちは巻き添えをくって殺されるのはごめんだ。
従いたくないなら出て行け、二度と世話はしない」
「お兄様……どこにも行く宛なんてないのよ?」
「なら、おとなしくここで働け。
うちはよけいな使用人を雇えるほど金持ちじゃないのは、
ここを馬鹿にしていたお前がよく知っているだろう!」
お母様と仲が良くなかったからか、伯父様は私たちにつらく当たった。
伯母様も従姉妹たちも私たちに優しくしてくれない。
きっと誰かが助けに来てくれるはず……。
そう思っていたけれど、お母様が病気で倒れて死んでも、
何一つ生活は変わらなかった。
私はいつまでここで働かなくてはいけないんだろう。




