46.帰路
私兵を引き連れて、お祖父様たちとオビーヌ領を目指す。
王都の人たちは私兵に囲まれるようにして進む馬車を見て驚いているけれど、
何が起きたのかいずれ王家からの発表で知るのかもしれない。
「お祖父様、王家はきちんと処罰すると思いますか?」
「一週間待つ。それで処罰を公表しなければ、
こちらは独立した宣言と一緒に事件をすべて公表する」
「公表しないでいたことを他国に知られたら恥でしょうね。
どちらにしても王都以外の領地は独立するでしょうし、
国としてのつきあいは続けられないかもしれませんが」
「どのみち終わるだろうな。
それを国王がわかっているとは思えないが」
王都にいる貴族たちさえ抑えていればいいと思っていた陛下。
政治には何一つ関わらず、王都貴族の夫人たちを取り仕切っていた王妃。
勉強も仕事もさぼって何も考えていなかったオーバン王太子。
実質、この国を動かしてきた宰相がいなくなれば、
すぐに困り果ててしまうのは目に見えている。
「あ、そういえば、少年少女を捕まえているって宰相が」
「大丈夫だ、アンリエット嬢。
護衛の者に助け出すように指示を出しておいた」
「オディロン様、知っていたのですか?」
「私とランが捕らえられていた場所の近くにいたんだ。
王都の孤児院では養えないだろうからオビーヌ領まで連れて行く。
だが、ヴァネッサという少女は置いてきた」
「え?ヴァネッサだけ?どうしてですか?」
「母親に会わせてもらうまで王宮にいると言っていた。
その母親は捕まえて牢につきだされたと言っても信じなかった」
「牢に?まさか宰相の手のものって」
「そうだ。パジェス侯爵家でクルトの息子を操り、
ヴァンサンとシャルロットを連れ出して殺害させた。
その時の協力者でもある。証拠も渡してきた。
宰相も捕まることになると説明したのに聞かなかったそうだ」
「……そうでしたか」
ヴァネッサはオディロン様よりも宰相の言葉のほうを信じたんだ。
母親に会わせるって約束して連れてきたのかな。
落ち込みそうになったら、シル兄様になぐさめられる。
「アンリ、もう気にしないほうがいい。
何のかかわりもないのに無理に連れて帰ることはできない」
「……うん、そうだね」
少女だと言っても、もう十三歳だったはず。
納得してもらえなければ連れて行くことはできない。
宰相と母親が捕まったとわかれば、王宮から出されることになる。
その時にオビーヌ領を覚えていれば、訪ねてくることもあるかもしれない。
「あ、そういえば、オディロン様、シル兄様。
パジェス侯爵家もハーヤネン国から独立するって本当に?」
「本当だよ。オビーヌ家が独立するという知らせを受けた時に、
私たちが国を出ている間に独立してほしいとパジェス侯爵家に連絡した。
今頃はハーヤネン国の王宮でも騒ぎになっているんじゃないかな」
「……まさか、本当だったとは」
「もういい加減うんざりだったから。
仕事ができない王太子にもつきまとう王女にも。
私は何度もパジェス領に帰りたいと言っていたのに、
学園を出てから一度も帰らせてもらえなかった」
「それは……うんざりするかも」
「本当はもっと早く独立したかったくらいだ」
オディロン様が真顔でうんざりだというのを見て、
本当に限界だったんだと思った。
オディロン様の才能が惜しくて、パジェス侯爵家の嫡子だというのに、
学園を卒業した後、無理やり側近にした王太子。
許可も取らずに婚約者にしてしまおうとした王女。
独立したら、もう王宮に行く必要はない。
国交はあるだろうけど、夜会に行くこともなくなる。
「だけど、そんなに簡単に独立できるもの?」
「大丈夫だと思うよ。父上と母上も怒っていたから」
「そうならいいけど、王太子と王女が黙って認めるのかな」
「一度くらいは押しかけてくるかもしれないね。
その時は縛り上げてでも帰ってもらうことになる」
「縛り上げて……」
魔術の腕はシル兄様よりもオディロン様の方が上らしいし、
王太子と王女を縛り上げるくらいは簡単にできそう。
「とりあえず、オビーヌ領に着いたら独立した祝いだ。
処罰の公表を待たなければならないし、
しばらくはアンリエットもオビーヌ領にいなさい」
「はい、お祖父様」
「今後の話し合いもしたいし、オディロン殿とシルヴァン殿も、
今回はオビーヌ家の屋敷に滞在して欲しい」
「わかりました」
今後の話し合い。
オビーヌ領とパジェス領をつなげて一つの国に。
もともとこの二つの領地は一つの国だった。
ハーヤネン国が所有していたパジェス領から、
一部をオトニエル国が戦争で奪い、オビーヌ領とした。
そのため国が違っても二つの領地は交流を続けていた。
親戚のような関係だから領民たちも仲がいい。
お祖父様はもう高齢だし、叔父様はまだ若い。
パジェス家のお義父様が新しい国の王になるのかもしれない。
そして、オビーヌ領に着いて三日後。
オトニエル国から処罰の公表があった。
宰相と叔父様は終身刑。
牢の中で魔力を吸われ続ける刑にされるそうだ。
捕まった他の者たちも同じように魔力を吸われ、
その魔力で結界を張りなおすらしい。
宰相たちの魔力で結界を張るとなると、
身動き一つできなくなるかもしれないな。
「アンリエットのために刑を厳しくしたのかもしれない。
そうすれば戻って来るかも、とか思っていそうだ」
「嫌よ。絶対に戻らないんだから」
「わかっているよ。向こうがそう思っていそうだなって」
「ルメール侯爵家はどうなったの?」
「侯爵が罪を犯したことで爵位は取り上げ、夫人と娘は、
夫人の生家の子爵家に戻ったそうだ。
だが、もう貴族ではないから使用人として生きていくんだろうな」
義叔母様とジョアンヌは平民になって子爵家に……。
ジョアンヌが生まれた時は叔父様は伯爵だった。
それが宰相と手を組んでお父様を殺し、侯爵になり、
最後は平民になって処罰を受け続ける。
ジョアンヌは王太子の婚約者だったけれど、
あの契約はルメール侯爵家の長女だった。
ジョアンヌ自身が契約していたわけではないから、
あっさりと追い出されてしまったに違いない。
「王太子も降ろされたよ。
新しい王太子は第二王子だそうだ」
「ああ、エミール王子ならまともだと思うけど、
このままでは継ぐ国も無くなりそうだわ」
お祖父様が言った通り、続々と地方領地が独立を宣言している。
エミール王子がどこまで頑張れるだろうか。
それももう、私には関係ないけれど。




