44.到着した人
「ええ、結界をもっと広げればいいのです。
アンリエット様がいればそれも可能です」
「……なんて馬鹿なことを」
私が戻ったとしても、それほど広げられるわけではない。
オトニエル国すべてを結界に入れるつもりなのか。
「いい加減にしてください。
私は戻らないと言っているじゃないですか」
「アンリエット様、素直に従っておいた方が良いですよ。
ランとレンでしたか。それにヴァネッサ。
平民が何人死んだところでこちらは何とも思わないのですから」
「……人質にするつもりなの?」
「ええ、足りなければ何人でも。
どれだけ殺したら本気だとわかってくれますか?」
宰相が私を脅すのは想定内だが、陛下も王妃も黙ったまま。
オーバン様ですら顔を青ざめたまま何も言わない。
私を取り戻すためならそれも黙認するということらしい。
さすがに黙っていられなかったのか、シル兄様が口をはさむ。
「宰相殿、他国の貴族である俺がここにいることを忘れていませんか?
アンリエットを無理やり王太子妃にしたとして、
そのことを俺は他国で話しますよ?」
「黙ってもらう契約をしてから帰します」
「俺がそんな契約すると思うんですか?」
「オディロン様を無事に返してほしかったら契約してください」
「っ!……」
オディロン様の命まで脅す材料にするとは。
……なるべく時間を引き延ばしたかったけれど、そろそろ限界か。
どうしよう。ここからシル兄様と逃げるのは簡単だけど、
オディロン様たちは逃げられただろうか。
行動に移すなら謁見の日、そう話し合って決めていた。
「さて、アンリエット様。
さっさと契約をしてしまいましょう。
ルメール侯爵、書類を」
「アンリエット、ここに署名するんだ」
叔父様がにやにや笑いながら近づいてくる。
書類を手渡そうとしたから、その手を振り払った。
「何をするんだ!」
「何があっても、二度と契約なんてしないわ!」
「アンリエット様!……では、ここに使用人を連れてきましょうか。
目の前で殺されたら考えを改めるでしょうから」
ここに連れて来てくれるなら好都合。
拒否続けていたら、四人とも連れて来てくれるかも。
少なくとも、連れて来る間の時間はかせげる。
その時、謁見室の扉をあけて近衛騎士が飛び込んできた。
よほどの緊急時でなければありえないことだ。
「何事だ!?」
「陛下!王宮が兵に囲まれています!」
来た!間に合ったんだ!
「兵だと!?どこの者だ!」
「オビーヌ侯爵家の私兵です!
手練れが多くて王宮騎士ではかないません!」
「オビーヌ侯爵家だと!どうしてそんなところの……」
途中で気がついたのか、陛下と宰相が私を見る。
「お祖父様が迎えに来てくださったようですね」
「アンリエットの仕業なのか!」
「私のせいではありません。たまたま私がここにいただけです。
もともとお祖父様は陛下に用があったようですから」
「なに?用とはどういうことだ?」
「すぐにここに来るはずです」
その言葉の通り、廊下が騒がしくなってくる。
私兵と共にお祖父様は謁見室を目指しているはずだ。
どやどやと私兵に囲まれたままお祖父様は謁見室に入って来る。
陛下に挨拶もなく、まずは私に話しかけた。
「おや、アンリエットまでいたのか」
「お祖父様、お待ちしていましたわ」
「そうか。用が終わったらゆっくり話そう」
「オビーヌ侯爵!これはいったいどういうことだ!
なぜ私兵をこんなに連れて来ている!無礼だぞ!」
「オトニエル国王、この度は独立を宣言しに来た。
オビーヌ侯爵領はパジェス侯爵領と一緒に独立をする」
「はぁぁぁ?」
お祖父様が王宮に来たのは、オトニエル国から独立して、
ハーヤネン国から独立するパジェス侯爵家と共に、
新たに国を作ると宣言するためだった。
もうすでにオトニエル国は国の安全を維持できていない。
王家の下についている意味がないのだ。
私がさっき説明したけれど危機感がなかったらしく、陛下も宰相も驚いている。
おそらく独立するのはオビーヌ侯爵家だけじゃないと思うけど。
「なぜだ!独立など認められぬ!
王家への忠誠はどうしたのだ!」
「忠誠だと?そんなものは無くなった。
そこにいる宰相が私の娘と義息子を殺したのだから」
「……は?宰相が殺した?」
「オビーヌ侯爵、いったい何を言っているんですか。私が殺したとは?」
「最初のきっかけは領地に入り込んできたネズミを捕まえようとしただけだった。
ルメール侯爵家の手の者だと思っていたが、その中には宰相の手の者もいた。
アンリエットを取り戻すために、宰相が手の者を放つとはどういうことなのか、
徹底的に調べたところ十年前の事件を吐いた」
あの時、お父様たちが殺されたのはオトニエル国の貴族だと思われていた。
叔父様たちのことは疑っていたけれど、犯人は宰相だった。
「その者が嘘をついたのでしょう」
「嘘はつけないように魔術で縛ってある。
そして、宰相が犯人だということはルメール侯爵も知っていると。
二人は十年前から共犯関係にあったそうだ。
オトニエル国王よ、そんな宰相と侯爵がいる国に従う気はない」
「ま、まて!本当に宰相が殺したのか?前の侯爵夫妻を?」
「間違いはない。証人は連れて来てある。
ここに連れて来て証言させようか?」
「……いえ、けっこうです」
「では、認めるということだな?」
意外とあっさりと認めるのに驚いていると、宰相は大声で笑い出した。
「さ、宰相?」
「あの時、オビーヌ侯爵令嬢だった時に、
陛下の側妃になっていればよかったのですよ」




