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4.逃亡

久しぶりに解放されて身体が軽い。

魔力が戻ってきたのを確認して指先に魔力を流す。

左小指にはまだしっかりと糸が巻き付いていた。


「よかった。まだ糸はつながっている……」


キラキラ光る糸の輪に右手でふれた時に、腕輪に気がついた。

この王都に住む貴族なら誰でも身につけている腕輪。

この腕輪ともお別れだ。


あんなに外れなかった腕輪がするんと抜けて落ちる。

それを拾い上げて、窓際に置いておいた。


私たちがいなくなった後、この部屋に来た者は驚くだろうな。

家具さえ無くなった部屋に、ぽつんと貴族の象徴でもある腕輪だけ。

まぁ、これで私が貴族であることを捨てたと思ってくれるはず。




レンが戻ってきたのは夕方近くになってからだった。

買ってきた馬車は私の区画の馬車着き場に置いてきたらしく、

私とララのために平民が着るようなワンピースも用意されていた。


「馬車に移動する前にこの服に着替えてください」


「お嬢様、髪はスカーフで隠しますか?

 その髪色では目立ってしまいますよ」


「ああ、そうよね。このままじゃダメだったわ」


私の銀色の髪も青い目も、見られたら貴族だとすぐにバレてしまう。

王宮から出る間、スカーフで隠してもいいけど怪しまれるに違いない。


「ちょっと待っていて」


久しぶりだからうまく使えるかなと思いながら、髪と目の色を魔術で変えた。

ララとレンと同じように茶髪茶目に変えておこう。

これなら見られたとしても平民だと思われるはずだ。


「お嬢様!今のは!?」


「もしかして魔術ですか!」


「ええ、使えるようになったのよ。でも、説明は後でね」


今はゆっくり二人に説明している場合ではない。

急いで着替えて馬車着き場へと向かう。


基本的に私が馬車に乗って出かけることはないので、

このあたりには護衛騎士はいない。

それでも他の使用人たちに会わないようにこっそり移動して、

私とララは馬車に積んだ木箱の中に隠れる。


木箱の上の方には開けられても大丈夫なように、ドレスを何枚か入れておく。

中身まで確認されることはないと思うが、念のためだ。


レンが御者になって馬車を走らせ、王宮から出る門を通過しようとする。

門番に馬車を止めるように命じられ、ゆっくりと止まった。


「こんな時間に出かけるなんて、どこの馬車だ?」


「ルメール侯爵家からの使いですが、屋敷に戻るところです」


「王太子殿下の婚約者様の家か。何の用だ?」


「先週、旦那様が王宮に来た際に荷物を引き取るのを忘れたそうで。

 お嬢様の着なくなったドレスなどです」


「あぁ、そういえば先週に侯爵が来ていたな。よし、通れ」


「ありがとうございます」


荷物の検査もされずに通され、まずはほっとする。

王宮から離れたところでレンに木箱から出してもらって座席に座る。

さすがに木箱の中にずっといるのはつらい。

邪魔になるので木箱はランが収納してくれた。


「お嬢様、大丈夫でしたか?」


「ええ、問題ないわ。急いで王都から出たいの。

 二人も一度外壁の外に出てもらってもいいかしら?」


「一度ってどういうことですか?」


「え?だって、もう私に仕える必要はないのよ?

 外壁から少し離れたところまで行ったら、

 預けてあるお金を三人でわけるから、それまでつきあってくれる?」


今はいち早く王都から離れたい。

だから、お金をわけたり、別れを惜しんだりするのはもう少し後で。

そう思って言ったのだけど、二人は大きなため息をついた。


「お嬢様、どうして私たちが離れると思っているんですか?」


「え?」


「お嬢様だけで逃げられるわけないでしょう。

 最後までお供しますよ」


「ラン……レン……いいの?」


今なら好きなところに行けるのに。

私を連れて逃げてくれるという二人に、涙が出そうになる。


「ああ、ほら。お嬢様、泣いている場合じゃないですよ」


「ええ、早く行き先を言ってください!」


「じゃあ、隣国ハーヤネンのパジェス侯爵領を目指すわ。

 まずは、パジェスと接しているオビーヌ侯爵領地まで」


「わかりました!行きましょう!」


「ありがとう!」


もう夜になるのに王都の中は混雑している。

大通りは馬車が走れるが、少し横道に入ると人だかりで無理そうだ。

十年はこんなに多くの人はいなかったのに。


王都の門では中に入る者の検査は混んでいたが、外に出る者は誰もいなかった。

並ぶものがいないので、そのまま通過しようとしたら止められた。

さすがにおかしいと思ったのか、レンが行き先を聞かれている。


「今から外に出るなんてどこにいくんだ?」


「兄妹で出稼ぎに来ていたんですが、母親が倒れたと手紙が来て……。

 これから急いで帰るところなんです」


「そうか……出稼ぎの人間か。わかった。

 気をつけていくんだぞ」


「はい!ありがとうございます!」


茶髪茶目のレンはどこから見ても平民にしか見えないからか、

たいして疑われることなく通された。


門から少し離れて、御者席にいるレンに話しかける。


「ねぇ、この馬車はどこから手に入れたの?

 よくこんな旅に出るのにちょうどいい馬車があったわね?」


「こういう馬車ならいくらでも売っているんですよ」


「ええ?いくらでも?」


「はい。地方から王都までやってきた後、馬車は売ってしまうんです。

 王都内で馬車を置いておくのはお金がかかりますからね。

 いらなくなった馬車はまた地方に持って行って売られるんですけど、

 ちょうど買いに行ったら売りに来た者がいて」


「……そうだったの。

 王都の中に入ろうとする人の数、すごかったものね」


「ええ、結界があれば安全ですから。

 どんどん地方から集まってきているんでしょう」


「……」


王都の外壁内に結界が張られたのは八年前だ。

その前は王宮の周辺にだけ張られていた。

魔獣が入り込まないだけでも人々の暮らしは安定する。


地方では魔獣の数が増えて大変だと聞いていたが、

思っていた以上に深刻なのかもしれない。


「お嬢様、今日はどこまで走らせますか?」



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