39.費用
「私は十年間、王都の結界を維持してきました。
オーバン様の仕事も代わりにしてきました。
その分の給料を払って下さい。
そこから教育費と生活費を払いましょう」
はっきりと言ったからか、陛下も宰相も黙り込んでしまう。
沈黙の中、私の味方になったのはシル兄様だった。
「オトニエル国王も宰相殿も、気がつきませんか?」
「気がつく?何にだ?」
「アンリエットが成長していることに。
これだけ背が大きくなったというのに何も思わないのですか?」
「そういえば……」
けっこう大きくなったと思うのに、宰相も陛下も気がつかなかった。
あまり会うことはなかったから背たけなんて覚えていないのかもしれないけど、
婚約者だったオーバン様まで気がつかないんだから。
どれだけこの国の人は私自身を見ていなかったのか、よくわかる。
「アンリエットは魔力を奪われていたせいで、
満足に成長することができていませんでした。
まだ八歳の令嬢の成長を止めるほど働かせたのですから、
それだけの報酬は渡すつもりだったのですよね?」
「いや、それは知らなかったから」
「え?宰相は知っていたはずですよ」
宰相は私がルメール侯爵家の養女になった書類の内容から知っていたはずだ。
それなのに、自分は関係ないという顔をしているのが腹が立つ。
「王宮に保護されてすぐに魔力を奪われ、
その時は三日ほど寝込んだはずです。
そして結界を拡大した時は二週間も起き上がれなかった。
気がつかないほうがおかしいのでは?」
「……ただの体調不良だと報告されていた」
「まぁ、それだけ私には興味がなかったってことですよね。
誰一人見舞いに来なかったくらいですから」
「……」
「もう新しい婚約者がいるんですから、ジョアンヌに頑張ってもらってください。
私はハーヤネン国に帰ります」
もういいだろうと思ったら、またしても宰相に止められる。
「お待ちください」
「まだ何か?」
「アンリエット様が働いた分の報酬を計算します。
そして、王宮でかかった費用を引いてお渡しします。
それまで王宮で待っていてください」
「どうせ私の報酬の方が多いので、お釣りはいりません」
「そういうわけにもいかないのですよ。
それに使用人たちの指名手配の解除にも時間がかかります。
審議して書類を廃棄しなければいけないのですぐに解放できません」
そうだった。ランとレンの指名手配も解除してもらわないと。
すぐにでも出て行きたいのにと悔しがっていると、
シル兄様が宰相に期限を求めた。
「宰相殿、こちらとしても暇ではないのです。
アンリエットをいつまでも引き留められていてはかなわない。
五日で終わらせてください。その後、ハーヤネン国に戻ります。
それでよろしいですね?」
「……わかりました」
五日か……仕方ない。それまで王宮に滞在することになる。
オディロン様とシル兄様と部屋に戻ろうとすると、
オーバン様に止められる。
「アンリエット!どこに行く気だ!お前は自分の部屋に戻れ!」
「嫌です」
「男と一緒の部屋に寝る気か!?」
「いつも一緒に寝てますから」
「はぁ!?」
「シル兄様とはずっと一緒の寝台で寝ているんです。
私のことは気にしないでください」
「嘘だろ…………」
興奮し過ぎたのか、オーバン様は真っ青になって後ろに倒れた。
護衛騎士たちがオーバン様のもとに駆け寄ろうと騒ぎになっている間に、
私たちは客室へと戻った。
「ラン、戻って来たわ。開けてくれる?」
「はい、お待ちください」
部屋の外から声をかけると、それほど時間を待たずにドアが開けられる。
「おかえりなさいませ」
「遅くなってごめんね。五日ほど王宮に滞在することになっちゃった」
「そうでしたか……」
「ここに誰か来た?」
「来ました。ドアを何度もノックしたり、鍵を開けたりしていましたけど、
ドアの前に置いた大量の家具を押しのけることはできず、あきらめたようです」
「そう……」
一人で残して行ったら何かされるかもしれないと思っていたけれど、
ドアの鍵を勝手に開けて入ろうとするなんて。
ランをどうするつもりだったんだろう。
「人質を増やそうとしたのかもしれないな」
「人質?ランを?」
「レンとキールだけではアンリエットを脅すのに足りないと判断したんだ。
五日間の間にまた狙われるかもしれないな」
「問題ないよ。ランは私の恋人なんだ。
ずっと一緒に行動していれば狙うことはできない」
「オディロン様、ランをお願いします」
「ああ、わかってる」
ランは魔力がないし戦うこともできないから、一人にしておくことはできない。
オディロン様なら安心して任せることができる。
「食事も気をつけたほうがいいな。携帯食にするか」
「あ、ランの収納の中に食糧はたくさん入ってます。
ラン、食事を用意してくれる?」
「わかりました」
ランの収納の中には大量の食糧が入っている。
五日間、向こうには頼らずに生活できる。
四人で食事をしていると、ドアがノックされ、
陛下たちとの食事に誘われたがオディロン様が断った。
滞在中の食事の用意はしなくていいと。
断られるとは思わなかったのか使用人は困っていたけれど、
食事に薬を混ぜられても困る。
食事が終わり、オディロン様とランは自分の部屋へ帰って行った。
もう一度湯あみをして寝る支度をして寝台に転がったら、
ドアの外からオーバン様が叫んでいるのが聞こえた。
「アンリエット!出てこい!今なら許してやるから!」
「……許してやるって、なに?」
「浮気を許すって言っているんじゃないのかな」
「はぁ?」




