35.旅
次の日、オトニエル国に戻る宰相と共に移動することになったが、
出発する時点で問題が起きた。
ランとレンを宰相たちが連れて行くと言い出したからだ。
「その者たちは犯罪者です。
すぐに引き渡して下さい」
「ランとレンは何もしていません!」
「何を言っているのですか。
今の時点ではオトニエル国から指名手配された犯罪者です。
速やかに引き渡すのが当然でしょう」
「そんなのは認められません!」
私は誘拐などされていないと何度も言っているのに、
頑なにそれを認めようとしない宰相。
そんな相手にランとレンを渡してしまったら、
何をされるかわからない。
必死で抵抗していたら、私たちの間に入ったのはオディロン様だった。
「宰相、そちらのランは私が連れて行く」
「何を言っているのですか?」
「ランは私の恋人だ」
「「「は?」」」
あまりのことに宰相だけではなく、私とシル兄様も驚く。
オディロン様は表情一つ変えないまま続ける。
「王宮でランをかくまっているうちにそういう関係になった。
私の子を身ごもっているかもしれないので、そちらに任せることはできない」
「犯罪者ですよ!?」
「それはそちらだけが言っていることだ。
ハーヤネン国は認めていない。
ランとレンはパジェス侯爵家の使用人だ。
ランは元貴族だし、この国の法では問題ない」
「なんということを……」
「宰相殿が何を言おうと恋人のことは守らせてもらう。
オトニエル国の王宮には私が責任もって連れて行く。
問題はないはずだが?」
「……わかりました。それでは男のほうはこちらで連れて行きます。
それでいいですね?」
ランは守れたけれど、レンは守れなかった。
引き渡しを求められて、仕方なくうなずく。
「レン、守れなくてごめんなさい」
「大丈夫ですよ。オトニエル国に行けば解放されます。
俺のことは気にしないでください」
「レン……」
大丈夫だと私を安心させるように笑うと宰相のほうへ向かう。
それに声をかけたのはシル兄様だった。
「宰相殿、その者はパジェス家の使用人です。
こちらからも監視員をつけましょう」
「監視員ですと?」
「ええ、念のため。こちらにいるキールを一緒に行かせます。
いくら指名手配されているとしても、罪が確定したわけではありません。
客人として扱ってください」
「……わかった」
キールが私に安心させるように片目を閉じて笑ってくれる。
よかった。レンだけじゃないのならひどい目にあうことはなさそう。
何かあればキールの目がある。
両国の関係に傷をつけるようなことはしないはず。
馬車と荷馬車を何台も連ねてオトニエル国へ出発する。
馬車には私とシル兄様、オディロン様とランが一緒に乗った。
「兄上、さっきのは嘘だよな?」
「ああ、ああいうしか守る方法はないと思ってな。
驚かせて悪かった」
「ランを守るためにあんなことを……。
オディロン様、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
あれがランを守るためだったと聞いて、私とランが頭を下げる。
表情一つ変えないオディロン様は何を考えているのか読めないけれど、
使用人を守ってくれるほどやさしい人なのはわかる。
「あの宰相は何を企んでいるかわからない。
女性を引き渡すのは避けたいと思ったんだが、
レンのほうはいい手が思いつかなかった。
すまないな」
「いえ、レンもキールがいてくれたら大丈夫だと思います。
キールをつけてくれてありがとう、シル兄様」
「ああ、キールが見張っていれば下手なことはできないだろう。
だが、あの宰相はあきらめそうにないな。
アンリがオトニエル国について国王に話したとしても、
素直に認めないような気がする」
「そうかも……。
陛下がわかってくれるといいんだけど」
「最悪の場合は逃げてしまえばいい」
「え?」
オディロン様にそう言われて、
あまりにも簡単に言うものだから驚く。
「私もシルヴァンも貴族に固執しているわけではない。
シルヴァンはアンリエット嬢を失うくらいなら、
逃げてでも守るつもりだろう?
ならば、私もそれに賛成するまでだ」
「兄上、それでいいのか?」
「そろそろ貴族でいるのに疲れてきた。
捨ててしまっても構わないよ」
「そうか。じゃあ、本当にそうするしかなくなったらそうする」
「ああ」
私を連れて逃げたら、シル兄様だけでなく、
その場にいたオディロン様もただでは済まない。
貴族を捨てる覚悟だという二人に何も言えなくなる。
その日の夕方。暗くなる前に野営地に着いた。
大きなテントをいくつも張っていると、
また宰相が文句を言いに来た。
「アンリエット様は私どものテントでお休みください」
「いえ、こちらのテントを使います」
「令息と同じテントを使うなんて、何を考えているのですか!?」
シル兄様と同じテントに入ろうとしたら、
オトニエル国側のテントで休むように言われる。
それを止めたのはシル兄様だった。
「宰相殿、今さらですよ。
俺はアンリエットと婚約してからずっと同じ部屋に寝ています」
「なんですと!?」
「純潔を疑われるとかいうのなら、
毎日一緒の寝台で寝ているんだから、疑われても仕方ないですね」
「なっ!?」
それはそう。毎日一緒に寝ているし、起きた時には抱きしめられているし。
口づけ以上のことはまだしていないけれど、してもいいと思っている。
身体はともかく、もうすでに心はシル兄様のものだ。
「アンリエット様!こんなことをオーバン様が知れば!
どれだけ悲しむことかっ!」
「あら、オーバン様が悲しむなんてありえません。
私よりジョアンヌと婚約したいと言っていたのだから、
ジョアンヌと婚約出来て喜んでいるのでしょう?」
「そんなものはオーバン様の嘘に決まっているじゃないですか!」
「うそ?婚約者の目の前でいちゃついておきながらそれはないと思います。
それに、今の私は婚約者でもない。これは間違いないでしょう?
何一つ契約していないし、私はオトニエル国の貴族でもない」
「……それは」
「シルヴァン様と同じテントにいても、
文句を言われる筋合いはないと思いませんか?」
「……後悔しますよ」
「しません」
悔しそうにしながらも納得したのか、宰相は自分たちのテントへ戻っていった。
「ああ、ランは私のテントで引き受けるがいいか?」
「オディロン様のテントに?」
「恋人だと言ってあるし、こういう場で女性を一人にはできない。
かといって、お前たちのテントに入れるのは難しいんじゃないのか?
もちろん、私はおかしなことをしない」
「兄上がそういうのであれば……アンリ、それでいいか?」
「オディロン様なら大丈夫よね。
ラン、オディロン様付きの侍女になったと思って」
「わかりました。それではオディロン様のテントに参ります」
オディロン様なら大丈夫だろうし、侍女として仕えると思えば、
一緒のテント内にいてもおかしくはない。
オディロン様のあとをついていくランを見送って、
私とシル兄様もテントに入った。




