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3.誓約書の破棄

思っていたよりも早くお茶会が終わったので、

王宮内にある私に与えられた区画へと戻る。

私室に入った瞬間、双子のランとレンが出迎えてくれた。


「「おかえりなさいませ!」」


ランは笑顔で出迎えてくれたけれど、レンはちょっと機嫌悪そう。

貴族ではない二人はお茶会に連れて行けないから留守番させていたけれど、

私がいない間に何かあったのかな。


「ただいま。私がいない間、何かあった?」


「……はい。ルメール侯爵が来ました」


「ああ、お金を取りに来たのね?」


「はい」


現在のルメール侯爵は私の叔父だ。

お父様に弟がいるなんて知らなかったけれど、

幼い頃に伯爵家に養子に出されていたらしい。


お父様が亡くなったことで、叔父は伯爵家から戻され、

ルメール侯爵家を継いだ。

そのついでに私を養女とするように陛下から命じられたのだが、

ずっと王宮で暮らしているために世話になったことはない。


時折こうして王宮に来ては、

私に支給される王太子の婚約者としての予算を持って行ってしまう。


部屋の中を確認すると、

引き出しの中にしまっておいた金貨は全部持って行ったらしい。


「ルメール侯爵のこと、陛下に言わなくてもいいんですか?」


「誓約書があるから言えないのよ」


王宮内で叔父と交わした誓約書はいくつかあった。

内容を読むことも許されず、署名するように脅され、

八歳の私は抵抗することができずに署名してしまった。


あの時、署名しないで逃げればよかったと何度思っただろう。


「でも大事なお金は二人が預かっているでしょう?

 全部持っていかれたわけじゃないし、大丈夫よ」


「それはそうなんですけど……」


「お嬢様はもっと怒って良いと思うんですけどね」


「そうね。怒りたいわ」


自分のものを奪われたくない、そんな当たり前のことさえ言えない。


だから、ランとレンにお金の大半を預けてあった。

そうすれば取りに来られても見つからない。


ランとレンは元は男爵家の妾の子だった。

茶髪茶目で目つきが悪いのと双子は縁起が悪いという迷信のせいで、

男爵家ではひどい扱いを受けていた。


叔父が借金の形に引き取ったらしいが、二人とも魔力がない。

その頃ちょうど王宮に私が保護されたことで、

使用人としてここに連れてこられている。


当時十五歳だった二人は、それから侍女と護衛として働いてくれている。


本当なら侯爵家からも王家からも、

もっと人員がつけられてもおかしくないのだが、

信用できない使用人が増えても落ち着かないので断っている。


それに二人は今まで役立たずだと思われていたようだけど、

魔力はなくても収納スキルがあった。

スキルとは魔力がない平民がまれに授かる能力で、

二人は異空間に物をしまっておける。


二人はそのスキルを誰にも言わずにいたそうだが、

侯爵にお金を奪われてしまう私にはとっても役に立つスキルだった。

必要なものを購入した残りを収納しておいてもらっているので、

かなりの金額が貯まっているはずだ。


いつか、ここから逃げ出せる時が来たら、

そのお金は三人でわけるつもりでいた。


そのいつかが来ないまま、もう十年も過ぎてしまったけれど。




一週間後、めずらしくジョアンヌが一人で私を訪ねてきた。

オーバン様と一緒ではないことに驚いたけれど、

とりあえず部屋の中に入れてお茶を出す。


いつもと違って機嫌の良さそうなジョアンヌは、

今にも踊りだしそうなほど落ち着かない。


「何か用があったの?機嫌が良さそうね」


「ええ、とってもいいわ!お義姉様は前に言ったわよね?」


「言ったって何を?」


「侯爵家の養女になる誓約書を破棄できるのなら、

 喜んで署名するって」


「……ええ、言ったわよ」


まさかと思いながらも、逸る胸を落ち着かせる。

ジョアンヌは満面の笑みで書類を私に見せた。


「じゃあ、これに署名してちょうだい!」


「これって、本物の誓約書……」


「本物よ。お母様にお願いして誓約書を渡してもらったの。

 お義姉様がいなくなれば私が王太子妃になれるって言って。

 ちゃんとお母様が署名してあるから、

 お義姉様が署名をすれば破棄できるでしょう!」


「ええ……そうね」


嘘じゃない。しっかりと侯爵夫人の署名がしてある。

そうか……侯爵夫人は契約を知らなかったんだ。


あれは侯爵が考えたのか、宰相が考えたのか。

いずれにしても、気がつかれないうちに行動しなければ。


ジョアンヌに差し出されたペンを受け取り、署名をしようとする。

手が震えるのを抑え、なんとか署名をする。


次の瞬間、誓約書が塵になって消えていく。


あぁ、本当に解放されたんだ……。


「これで私がオーバンの婚約者ね!

 お義姉様は早くここから出て行ってよね!」


「ええ、わかったわ。今すぐ出ていくから安心して」


「そう?案外おとなしく従うのね。

 もっと嫌がるかと思っていたのに」


「喜んで署名すると言ったでしょう?」


「本当はオーバン様のこと好きなくせに強がっちゃって」


「は?」


誰がオーバン様を好き?

これまでのことを見ていたはずなのに、どうしてそんな誤解をするのか。

聞き返したかったけれど、今は一刻も早くこの部屋から出て行って欲しい。


何も言わないでいると、ジョアンヌは笑いながら部屋から出て行った。


「ラン!レン!」


「「はい!」」


「逃げるわよ!急いで準備をして!」


「待ってください!お嬢様。ランが荷物を用意している間に、

 俺は街で馬車と食料を買って来ます!

 徒歩でお嬢様を連れて逃げるのは無理ですから」


「あぁ、そうね。そのほうが早く逃げられるものね。

 よろしくね、レン!」


「はい!」


レンが走って出ていくと、ランは荷物を片っ端から収納に入れ始める。

みるみるうちに部屋の中の物が減っていく。


「これで……シル兄様に会いに行ける」


久しぶりに解放されて身体が軽い。

魔力が戻ってきたのを確認して指先に魔力を流す。

左小指にはまだしっかりと糸が巻き付いていた。


「よかった。まだ糸はつながっている……」



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