23.勘違いした理由
「シルヴァン様、申し訳ありません」
見れば、クルトが深々と頭を下げていた。
「クルト、ヴァネッサはどうしたんだ?
あんな感じの娘ではなかったはずだが……」
「それが私にも理由がわからないのです」
「カトリーヌ嬢に失礼なことを言ったと聞いた時も驚いた。
屋敷に入り込んでいたというのは大目に見てもいいが、
客人に勝手に会うのも無礼を働くのもありえない。
それまではそんなことはしていなかったのにどうしてなのか……」
「二か月ほど前からだんだんとおかしなことを言うようになって……。
お屋敷のほうにも勝手に行くようになって、
何度も止めたのですが私の話をまったく聞かないのです。
ついにはシルヴァン様と結婚すると言い出して」
「……は?」
シル兄様と結婚?平民なのに?
さすがにそれは無理なのではないだろうか。
下級貴族ならともかく、パジェス侯爵家はこの国でも上位の貴族だ。
侯爵夫人の仕事が務まるとは思えない。
「どうしてそんな風に思い込んでいるんだ……」
「シル兄様、一度きちんと話をしてみたほうがいいのでは?」
「ヴァネッサと?」
「ええ、だって、このまま誤解したままだと、
また何か問題を起こしそうなんだもの」
「それは……ありそうだな」
「誠に申し訳ございません。
私が監視できればいいのですが……」
「クルトがそんなことをすれば、この加工場は仕事にならないだろう」
「……はい。ですが、ヴァネッサの親が亡くなって以来、
あの子の面倒を見る者がいなくなってしまって。
おかしくなったのはそのせいもあるのかと……」
「たしかにそれはあるのかもしれないが」
どうやらヴァネッサの家族はクルトだけらしい。
だが、職人頭の仕事が忙しく、あまりかまってやれなかったと。
変なことを言い出したのもそれの影響なのではないかと思っているようだ。
「もしシルヴァン様がヴァネッサと話をするのであれば、
私も立ち会わせてもらえませんか?」
「ああ、そのほうがいいだろう。
レン、キールに事情を説明して、ヴァネッサをここに連れて来てくれ」
「わかりました」
レンがキールとヴァネッサを連れて戻すために部屋から出て行く。
「シルヴァン様、話をしてもヴァネッサがおかしいままならば、
あの話をしようと思います」
「あの話か……ヴァネッサを追い出すつもりなのか?」
「私はパジェス侯爵家の家臣です。
孫娘であろうと、名を傷つけるものを許すわけにはいきません」
「……そうだな。今後も迷惑な行動をやめないようであれば、
すべてを話してしまうのもありだろう」
暗い表情のクルトとシル兄様。
ヴァネッサには何か隠していることがあるようだ。
それが何か聞く前に、レンとキールがヴァネッサを連れてきた。
おそらく私に危害を加えさせないためだと思うが、
レンとキールがヴァネッサの腕をつかんだままだ。
それが不満なのかヴァネッサは不貞腐れた顔をしている。
「シルヴァン様!どうしてなの!?」
「何がだ」
「どうしてその人が金属を糸にできるの!」
「……なぜって、俺が家族の証を授けたからだ」
「どうして!私と結婚してくれるんじゃないの!?」
本当にヴァネッサはシル兄様と結婚するつもりだったらしい。
それを聞いたシル兄様は真顔で聞き返す。
「なぜ、俺がお前と結婚することになっているんだ?」
「え……だって、私と結婚してくれるって……」
「誰が言った?少なくとも俺は言っていないぞ」
「うそ……」
シル兄様の言葉が信じられないのか呆然としているヴァネッサに、
キールが呆れたように横から質問する。
「何を思ってシルヴァン様と結婚できると思ったんだ。
ただの平民が侯爵家嫡子と結婚できるわけないだろう?」
「私はただの平民じゃないわ!
おじいちゃんが貴族なら、シルヴァン様と結婚しても問題ないはずよ!」
ああ、やっぱりクルトは貴族なんだ。
たしかにこの国の法では貴族の孫なら貴族と結婚できるけど。
「そりゃあ、問題はないだろうが、
貴族の孫娘がこの国に何人いると思っているんだ?
その前に、シルヴァン様との結婚を望む貴族令嬢が何人もいるのに、
どうして自分が選ばれるだなんて思う」
「だって、使用人たちが話しているの聞いたんだもの。
シルヴァン様が十年前にお父さんが亡くなったことに罪悪感を持っていて、
結婚して償おうとしているって」
「……え?」
十年前に亡くなったことに罪悪感を持って。
それって、もしかして……
シル兄様は知らない話だったようで、即座に否定した。
「使用人が勝手にそう思ったんだろう。
俺がそんなことを言ったわけじゃない」
「じゃあ、違うっていうの?」
「ああ。ここにいるアンリエットが俺の婚約者だ。
十年前の事件で両親を亡くしている。
俺がアンリと婚約すると聞いた使用人が勝手にそう思ったんだろう」
「……嘘。その人の親も亡くなっているって、まさか……」
「そうだ。お前の父ゲルトと一緒に殺された侯爵夫妻の娘だ」
「……じゃあ、あの話はその人のことなの……?」
自分の勘違いだと気づいたのか、へなへなと座り込む。
だが、それでもあきらめきれないのか、私と目が合ったらにらまれる。
それに気がついたクルトが大きなため息をついた。
「シルヴァン様、やはりヴァネッサには話しておいた方が良さそうです」
「そうだな。このままだとアンリに何かするかもしれない」
「ええ。そう思います。
……ヴァネッサ、お前は私の孫娘ではない」
「は?おじいちゃん、何言っているの?」
「お前は私の息子と暮らしていた女の連れ子だ」
「……え?」
さきほど隠していた話というのは、
血のつながりがないということだったようだ。
「あの事件の一年ほど前、ゲルトは子連れの女と結婚したいと言い出した。
止めたのだが、よほど惚れていたらしく言うことを聞かなかった。
私が結婚を認めないでいるとその親子と暮らし始めた。
そのうち飽きて戻って来ると思い、放置していたのが悪かったのかもしれない」
「私がお母さんの連れ子……そんなの違う!」
「あの事件でゲルトが殺された後、家に行ってみれば女はいなかった。
三歳のお前だけが残されていた」
「お母さんは病気で亡くなったんじゃないの!?」
「それは嘘だ。もしかしたら、その女は事件の犯人側かもしれない。
そう思って死んだことにしておいたんだ」
「犯人って……」
御者をしていたゲルトと一緒に暮らしていた女性が消えた。
あの事件と何か関係があったと思われてもおかしくない。
シル兄様を見ると、謝られる。
「ゲルトのことを黙っていて悪い。
犯人側の疑いはあるんだが、証拠が何も出てこない。
その女の足取りもつかめていないんだ。
不確かな情報を伝えるのはよくないと思って言わなかった」
「そうだと決まったわけじゃないのなら、黙っていても仕方ないと思うわ」
ゲルトと一緒に暮らしていた女が犯人側なら、
もしかしたらゲルトも犯人の命令で動いていた可能性がある。
それを言ってしまえば、父親であるクルトの責任問題になりかねない。
職人頭のクルトを失うことはできなかったのだろう。
「ヴァネッサ、お前は貴族の血筋ではない。本当に平民なんだ。
貴族相手に対等に口を利くなんて、処分されてもおかしくないことだ。
死にたいのか?」
「……そんな。だって、知らなかったから……」




