21.行きたかった場所
カトリーヌ様が帰った後、数日はまた来るんじゃないかと警戒していた。
だが、意外にもカトリーヌ様からは手紙すら来なかった。
パジェス侯爵家での生活も慣れ、
ようやく一人で歩けるほど身体も回復した。
気がつけば、オトニエル国の王宮を出てから二か月が過ぎていた。
「シル兄様、一つお願いがあるの」
「ん?なんだ?」
「……お父様とお母様が亡くなった場所に行ってみたいの」
「……ああ、そうか。あの時は行けなかったんだな」
「うん……」
十年前、お父様とお母様が乗った馬車が襲撃され亡くなった。
当時、八歳だった私には耐えられないと思われたのか、
詳しい状況は教えてもらえなかった。
だけど、ずっと気になっていた。
どうしてお父様とお母様は殺されなければいけなかったのか。
盗賊だとしても、金品を盗まれるだけで殺されることはめったにない。
貴族を殺した場合、国を挙げて捜索されることになる。
自分が捕まる可能性が高くなるのに、わざわざ殺すような盗賊は少ない。
だとしたら、お父様とお母様を殺したのは誰なのか。
両国で調べたのに犯人が見つからなかったのだから、
簡単にわかるものではないだろうけど。
少しでもその時の状況を知りたいと思っていた。
「わかった。行こうか」
「ありがとう」
昼食を食べた後、馬車が用意されていた。
私とシル兄様が並んで座ると、向かい側にレンとキールが座る。
二人は護衛としてついてくるようだ。
ランも行きたがっていたけれど、残念ながら今回はお留守番。
いつも休みなくそばにいるので、たまには休んでほしい。
馬車は山に向かって進んでいく。
「あの時は馬車を二台にわけていた。
ルメール侯爵夫妻が乗った馬車と、俺と護衛が乗った馬車。
ルメール侯爵夫妻が乗った馬車は、
パジェス侯爵家の使用人が御者を務めていた。
行先は鉱山と金細工の加工場だ。
他家の使用人に場所を教えることはできない。
だから、ルメール侯爵夫妻には護衛がついていなかった」
「もしかして、私が体調不良じゃなかったとしても、
連れて行ってもらえなかったの?」
「ああ。もともと連れて行かないことになっていたよ。
まだ小さかったこともあるが、
アンリエットはどこに嫁ぐことになるかわからない。
だから知らせるわけにはいかなかったんだろう」
今は、いいのかな。
一応はシル兄様の婚約者としてパジェス侯爵家の一員になっているけれど、
仮の婚約者なのに。
いや、鉱山と加工場の場所を人に言うようなことは絶対にしないけど。
「この先の分かれ道になっている手前で俺の乗った馬車が襲撃された。
おそらくルメール侯爵夫妻が乗った馬車の御者は、
襲撃から逃れようと違う道の方に逃げて行った」
「本当に行く道ではないほうに行ったということ?」
「そうだ。もうすぐ、その分かれ道になる」
御者に言ってあったのか、分かれ道の手前で馬車が止まる。
窓からのぞくと、左側に大きな道、右側はあまり馬車が通らないのか細い。
「左に行くと鉱山と加工場になる。
右は山を越えるための道で、あまり人は通らない」
シル兄様が説明すると、馬車はふたたび動き出して右側の道へ進む。
道が悪いのか、ごとごと揺れて、椅子から落ちそうになる。
「ああ、アンリは危ないな。
俺につかまっていて」
「うん」
抱きかかえられるように抑えてもらい、
椅子からずり落ちないようにとしがみつく。
しばらく進むと馬車は止まる。
「降りるよ」
抱き上げられて馬車から降りると、そこは道が少し広くなっていた。
「この道は馬車が一台通るのがやっとだ。
めったにないけれど、馬車がすれ違うために、
こうして広くなっている場所がいくつかある」
「馬車とすれ違うための場所なんだ」
「ルメール侯爵夫妻が乗った馬車が見つかった場所はそこだ」
そこは馬車が避けるための場所だった。
それには違和感があった。
「お父様が乗った馬車が避けたってこと……?」
「そうだ。俺もおかしいと思った。
侯爵が乗った馬車が避けるのはありえない。
向かい側から馬車が来たとしても、避けるのは相手の方だ。
こんな場所で公爵家や王家の馬車が来るはずもない。
ほとんどが平民相手のはずなのに、どうして馬車が避けたのか」
「向こうが停まっていたとしても、避けるように言うよね?」
「パジェス侯爵家の使用人が御者だったんだ。
侯爵家の馬車の扱い方には慣れていたはずだ。
どうして避けたのか、当時も疑問に思っていた」
疑問に思っても、どうしてなのかはわからなった。
それはその使用人も一緒に亡くなっているから。
シル兄様と手をつないだまま、お父様とお母様が亡くなった場所まで歩く。
馬車が残されていた場所に花を手向け、祈りを捧げる。
お父様、お母様、ようやくここに来ることができました。
心穏やかにお眠りください……
「……あまり詳しく話さないほうがいいのかとも思ったが、
アンリは本当のことを知りたいのだろう?」
「うん、知っていることがあるのなら、教えて?」
「御者は背中を切られて倒れていた。
ルメール侯爵は最後まで戦って力尽きていた。
そして、夫人は自決していたんだ」
「お母様が自決……」
「犯人に女性として狙われたのなら、
汚されるくらいならと思ったのかもしれない。
服も乱れることなく、綺麗なままで亡くなっていた」
「そう……」
お母様が汚されることなかったのは幸いだった。
お父様が最後まで戦っていたのも、
お母様を守ろうとしていたのだと思う。
とても仲がいい夫婦だったから、
最後まで一緒だったというのは幸せなのかもしれない。
「ここまで来たのだから、加工場も案内するよ。
ルメール侯爵夫妻が見たかった場所だ」
「そうね。行きたいわ」




