19.赤いドレスの令嬢
「カトリーヌ嬢、久しぶりだな。今日は何の用だ」
「あら、何の用だなんて決まっているでしょう。
私がパジェス侯爵家に嫁いであげるって言っているのに、
どうして断るのか文句を言いに来たのよ」
「どうして文句を言われなきゃいけないんだ?」
「あなた、高位貴族を継ぐ覚悟が足りないんじゃないの?
他国の貴族でもない者を婚約者にするなんてありえないわ!
今すぐ婚約を解消しなさい」
どうやら私が貴族ではなく、お祖父様の孫という身分なのが気に入らないらしい。
高位貴族ならばしっかりとした家の令嬢を娶れと言いたいのかな。
「それは心外だな。
俺は誰よりもパジェス侯爵家にふさわしい令嬢と婚約した。
他家のお前に言われる理由はない」
「何を言っているの?
たとえ貴族の血が流れていたとしても、
貴族としての教育を受けていなければ意味がないわ。
高位貴族としての社交ができるわけないもの」
「それは同意だが、一つ間違っている」
「何が間違いなのよ」
「パジェス侯爵家は必要以上の社交をしない。それはこれからもだ。
何せ血縁者が王族になるし、筆頭公爵家とも親戚づきあいすることになる。
これ以上のつながりなんて求めていないんだ」
兄であるオディロン様が王族入りすることで、
パジェス侯爵家の社交は厳選されることになる。
そうでなければ、近寄ってこようとする貴族たちに食い物にされてしまう。
もともと金細工で有名なパジェス侯爵家は社交する必要がない。
品物の取引だけで十分に他家とつながりができるし、
下手に関わって金細工を売ってくれと頼まれたとしても、
新規の客には売れないほど予約があるそうだ。
それにしても、シル兄様はわざとカトリーヌ様を怒らせている気がする。
口調がいつもと違って、馬鹿にしているように聞こえる。
「だとしても、恥をかくのはパジェス侯爵家だけではないわ。
高位貴族が平民を娶るなんてことをしたら、
下位貴族たちは高位貴族を敬わなくなるでしょう?
そんなのは同じ侯爵家として見逃すことはできないわ!」
「平民、平民というが、俺の婚約者は平民育ちじゃないぞ」
「は?」
「侯爵家で生まれ育って貴族として教育を受けている。
お前よりも礼儀作法がしっかり身についている。
心配してもらう必要はない。帰ってくれ」
「嘘をつかないで!王宮に問い合わせたのよ。
婚約者は家名のない貴族の孫娘だったじゃない。
平民育ちではないというのなら、ここに連れて来てみなさいよ!
私が化けの皮をはがしてあげるから!」
「先に言うが、もうすでに婚約している。
侯爵家の一員として認めていることを忘れるなよ」
「そう言って誤魔化すつもりなの?」
「そうじゃない。発言には気をつけろと言ったんだ。
連れてくるから待っていろ」
一人で説得するのをあきらめたのか、シル兄様がこちらへと戻って来る。
「ごめん、アンリ。来てくれ」
「ええ、私の出番よね。任せて!」
とはいえ、まだ一人では歩けない。
シル兄様に抱きかかえられて応接室へと入る。
そこには赤い派手なドレスを着た赤髪の美女がいた。
王太子の側妃を狙っていたというだけあって美人だが、
なぜか……胸が半分見えている。
夜会ではこのようなドレスを着る夫人もいると聞いていたけれど、
この令嬢は一度も結婚していなかったはずだけど。
私が部屋に入るとぎろっとにらまれる。
抱きかかえられたまま入室したことが気に入らないのかもしれない。
茶色の目は少しつりあがって猫の目のようだ。
「その少女が婚約者だって言うの?
一人で歩けないくらい幼いのかしら」
あ、今、私の胸を見て笑った。
馬鹿にするような目を見て、こちらも反撃することに決めた。
「少女じゃない、ちゃんと成人している。
今は足を怪我しているため歩かせないようにしている。
オトニエル国のオビーヌ侯爵家の孫アンリエットだ」
「アンリエットです」
「やっぱり平民なんじゃない」
こちらが名乗ったのにカトリーヌ様は名乗ろうとしない。
仕方ないのでシル兄様に聞いてみる。
「シル様、この夫人はどちらの方なの?」
「夫人じゃないわよ!」
「ええ?夫人ではないのですか?
オトニエル国では令嬢が肌を露出させることはなかったので、
つい夫人なのかと思ってしまいました。
この国では令嬢が胸を丸出ししても恥ずかしくないのですね」
「丸出しなんてしていないわよ!」
「きゃっ。そんなに激しく動いたら見えてしまいますわ」
「っ!見え?」
急に立ち上がろうとしたからか、
ドレスを足で踏んだらしく胸が今にもこぼれそうになっている。
シル兄様が見ないように目を隠そうとしたけど、
それよりも先にシル兄様は顔をそむけていた。
そして、シル兄様はしかめっ面のままカトリーヌ様の方は見ないで注意する。
「そんなみっともないドレスを着てくるからだ。
夜会でも令嬢がそんな胸を丸出しのドレスなんて着ないだろうに」
「だから、丸出しじゃないわよ!」
「ウダール侯爵夫人は注意しなかったのか?
それこそ高位貴族として恥ずべき行動だろうに」
「……くっ」
どうやら母親には注意されていたのか、悔しそうに黙る。
「それで、アンリエットには会わせた。満足だろう?」
「いいえ、アンリエットとやらに聞くわ。
あなたパジェス侯爵家に嫁いで、夫人としてやっていける自信はあるの?」