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17.一夜明けて

見上げたら、すぐそばにシル兄様の整った顔があった。

目を閉じた状態だとまつげが長く見える。

左目の下には泣き黒子。

無意識に指でふれそうになっている自分に気がついて、そっと手をひく。


シル兄様に勝手にふれるなんて、ダメに決まっている。

でも、少しだけ……ふれても


「起きたのか?」


「あ……」


「ん?俺を起こそうとしたんじゃないのか?」


「あ、うん」


私がシル兄様の顔にふれようとしたのは、起こそうとしたからだと思ったようだ。

誤解だけど、その方が都合がいいと思ってうなずく。


シル兄様は寝起きは悪くないはずなのに、まだ私を抱きしめたまま。

起きたのなら、恥ずかしいから離してほしい。


「……シル兄様、どうして抱きしめたままなの?」


「だめか?婚約したんだし、別にいいだろう」


「え……そうだけど」


婚約したのを思い出したけれど、仮の婚約者なんじゃないの?

あれ、でも、同じ部屋に寝ていたわけだし、

そういうことをするのも含めて仮の婚約者なの?


侯爵令嬢を納得させるためには、このくらいしていないと説得力がないのかも。


考え込んでいたら、シル兄様にぎゅうっと抱きしめられる。

何をするのかと思えば、シル兄様は私の額に口づけして離れた。


「お腹すいただろう。食事の用意をさせるよ。

 ラン、そこにいるんだろう?」


シル兄様がランを呼ぶと、ドアが開いてランが入ってくる。


「お呼びですか?」


「ああ。食事の用意をさせてくるから、アンリを着替えさせてくれ」


「かしこまりました」


シル兄様は起き上がって自分で着替えると部屋から出て行く。


「さぁ、アンリ様、お着替えしましょう」


「ええ」


用意されたのは見覚えのない紫色のワンピースだった。

レースが縫い込まれていて上品なデザインのワンピースは高価なものだ。


「こんなワンピース持っていたかしら」


「こちらのワンピースは侯爵夫人が用意されたものです」


「え?夫人が?」


「はい」


ランとレンを先にパジェス侯爵家に来させたから、

私が来るのはわかっていたとしても、こんな素敵な服まで準備してくれるとは。


「朝食の席でお会いできると思いますよ」


「お礼を言わなくちゃね」


夫人に会うのも十年ぶり。

あの時は娘がいない夫人に可愛がってもらったのを覚えている。


着替えが終わるとシル兄様が部屋に戻ってきて、

私を抱き上げて食事室へと連れて行ってくれる。


食事室にはパジェス侯爵と夫人がそろっていた。

金髪青目の美しい夫人は十年たっても美しいまま。

私を見ると笑顔で迎えてくれた。


シル兄様に抱き上げられたままだけど、お二人に挨拶をする。

これからしばらくお世話になるのだし、

まずはお礼をと思ったら途中で夫人に止められた。


「アンリエット、お礼なんていらないの。

 あなたはもうパジェス侯爵家の一員なのよ。

 私のことはお義母様と呼んでちょうだい!」


「え、あ、はい。お義母様」


「ああ、うれしいわぁ。

 アンリエットにお義母様と呼んでもらえる日が来るなんて。

 お買い物したりお茶したり、楽しみましょうね」


「は、はい」


そういえば十年前もドレスを贈られたのを思い出した。

息子ばかりで買い物がつまらないと言って。

ワンピースのお礼を言うと、満面の笑みで喜ばれた。


「アンリ、悪いが母上につきあってあげてくれ。

 娘と一緒にドレスを選ぶのが夢だったらしい」


「私でよければ、いつでも」


「ああ、頼んだ」


席に座らせてもらおうとしたけれど、一人ではまだ不安だ言われ、

二人掛けの椅子にシル兄様と一緒に座る。


寄りかかった状態のまま、シル兄様に食事を口元まで運ばれ、

食べさせられているのが恥ずかしいけれど、

侯爵夫妻は楽しそうに見ていた。


「シルヴァンとアンリエットの婚約を王宮に届けるため、

 昨日のうちに使いを送った。

 あとはお前たちが仲良くしているところを見せれば、

 カトリーヌ嬢もあきらめるだろう」


「ウダール侯爵家にも知らせを?」


「ああ。今日中に使いを送る。

 シルヴァンは長年求婚していた相手と婚約を結んだ、とな」


「それで素直にひいてもらえるといいんだが……」


「無理だろうな」


どれだけ強烈な令嬢なのか、侯爵が大きくため息をついた。


「アンリエット、見せつけてやればいいのです。

 シルヴァンとべったりくっついていれば大丈夫よ!」


「べったり……わかりました」


どうやら侯爵令嬢は夫人にも嫌われているようだ。


シル兄様とべったりくっついていれば、と言われて考えてみたけれど、

今のこの状態がそうじゃないかと思う。

まだ身体に力が入らないから抱き上げられて移動しているし、

食事も食べさせてもらっている。


私の事情を知らなかったら、

シル兄様といちゃついているようにしか見えないわよね。


食事が終わると、屋敷の中を案内される。

十年前に来てはいるが、やはり衝撃的な事件が起きたからか、

覚えていない場所も多かった。


通り過ぎる使用人たちが頭を下げているが、

たまに同情するような目で見てくる者がいる。

おそらく十年前の事件を知っている者たちだ。


あの日、私はこの屋敷で留守番をしていた。

前日はしゃぎすぎたせいで体調を崩してしまったから、

鉱山への視察には行けなかった。


別の仕事と重なってしまったらしく、

侯爵夫妻ではなく、シル兄様がお父様たちを案内していた。


二台の馬車で鉱山に向かう途中、何者かに襲われ、

シル兄様たちが乗っていた馬車が足止めされた。


お父様とお母様が乗った馬車はそのまま走り、

数時間後、二人と御者が殺された状態で見つかった。


盗賊なのか、貴族の恨みなのか、犯人は未だに捕まっていない。


ただ、途中まで一緒だったシル兄様には謝られた。

俺が一緒の馬車に乗っていたら助けられたかもしれないのにと。


魔力の糸が使えるシル兄様なら、お父様たちを守れたかもしれないけれど、

助けられなかったとしてもシル兄様のせいじゃないのに。


責任感の強いシル兄様は私をオトニエル国の王都まで連れて行ってくれ、

家族の証までくれた。


あの時のシル兄様に恩返しするためにも、

まずは仮の婚約者として侯爵令嬢を追い返さなくては。




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