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15.パジェス侯爵領に向けて

私が目を覚ましたことを知って、

すぐにお祖父様とお祖母様が来てくれたそうだが、

会えたのは次の日になってからだった。


私は王太子妃教育の一環として、

オビーヌ侯爵家以外の貴族との交流を禁じられていたため、

お祖父様とお祖母様に手紙を送ることすらできなかった。


だから、お祖父様とお祖母様が私に会うために、

何度も王宮に来てくれていたのも知らなかった。


「ああ、アンリエット!」


「お祖母様!」


シル兄様に支えられてソファに座る私を見て、

お祖母様が駆け寄ってくる。


両頬に確かめるように手を添えて、

私の顔をしっかりと見たお祖母様ははらはらと泣きだした。


「やっと会えたわ。シャルロットに似てきたのね」


「お母様に?」


「ええ。あなた、そう思わない?」


お祖母様が振り返ってお祖父様に聞く。


「ああ、そうだな。目がそっくりだ」


「そうなの?」


お母様も私と同じ青い目だったのを思い出す。

明るくて優しくて、お父様のことが大好きだったお母様。


オビーヌ侯爵家の長女だったお母様は、

学園に入るまで嫡子として育てられていた。

それが、十六歳離れた弟が生まれたことで嫡子ではなくなり、

学園で出会ったお父様と結婚した。

 

本当かどうかわからないけれど、陛下の側妃に求められたが、

その時にはもうお父様と恋仲になっていたために断ったとか。


「ずっとオビーヌ侯爵領にいてほしいと思うが、

 そうもいかないのだろうな」


「侯爵、王家があきらめていない限り、無理でしょう。

 アンリもそれがわかっているから、

 パジェス侯爵領に来るつもりだったんだろう?」


「ええ……いくらオビーヌ侯爵領が王都から離れていても、

 王家が本気で探したら見つかってしまうかもしれないし、

 そうなったらお祖父さまたちに迷惑をかけてしまうから……」


それはパジェス侯爵領でも同じことだけど、

他国では王族の権力は使えなくなる。


もし、私を差し出せと命じられて、

お祖父様が断ったとしたら処罰されてしまうかもしれない。


「わかっているよ、そうしたいと願っただけだ。

 数日前から、オビーヌ侯爵領に不審な者たちが入り込んでいる。

 おそらくルメール侯爵の手の者だ」


「まさか、ここにいることが気がつかれたの?」


「この屋敷にいるとはわかっていないだろう。

 だが、オビーヌ侯爵家に入り込んで来ようとしていた。

 もうそれほど猶予はない。

 急いでパジェス侯爵領に向かった方がいいだろう。

 シルヴァン、アンリエットを頼んだ」


「わかりました。用意ができ次第、向かいます」


まだ数日はここに居られるのだと思っていたのに、

すぐにでも向かわなくてはいけないらしい。


せっかく会えたのに、もうお別れ。

お祖母様もそう思ったのか、そっと抱きしめられる。


「侯爵夫人、またすぐに会えます。

 王宮と違って、パジェス侯爵家ならすぐそこですから」


「ええ、そうだったわね。今度はすぐに会えるのよね。

 アンリエット、手紙を送るわ」


「はい、お祖母様。待っていますね」


名残惜しかったけれど、本当に時間がないのか、

お祖父様とお祖母様は帰っていった。


そしてシル兄様が指示を出して、

一時間後にはパジェス侯爵家に向けて出発した。


「身体がつらいだろうから、俺にもたれかかって」


「うん、大丈夫」


まだ熱が下がっていないし、身体がうまく動かない私は、

シル兄様に抱えられて馬車に乗る。


オビーヌ侯爵領から国境を越えてパジェス侯爵領に入る時、

警備の者に止められるかと思ったけれど、

馬車は止まることなく通過する。


「止められないのね」


「ああ、侯爵が前もって伝えておいてくれたのだろう。

 普段なら、侯爵家の馬車でも顔を見せてから通過していた」


「そうなの」


叔父様の手の者がうろついているから、

なるべく私の顔が見られないようにしてくれたようだ。


「パジェス侯爵領に入ればもう大丈夫。

 屋敷までは数時間もすれば着くよ」


「うん」


ずっと私を縛り付けていたオトニエル国を出て、

ハーヤネン国へと入ったことで気持ちがかなり楽になる。


隣にはシル兄様もいるし、心配することは何もない……


「ねぇ、シル兄様」


「どうした?」


「私のせいで一か月以上帰らなかったのでしょう?

 怒られたりしないの?」


「大丈夫だよ、連絡はしてあるし」


「でも……」


シル兄様はパジェス侯爵家を継ぐ嫡子のオディロン様の補佐をしているはず。

突然いなくなって困っていないだろうか。


「実は、アンリを迎えに行く前、困った事態になっていて」


「困った事態って?」


「ああ。兄上が第一王女の夫に選ばれてしまった」


「え?えええ?」


ハーヤネン国には王太子の他に第一王女と第二王女がいる。

オディロン様は私がパジェス侯爵領にいた時は、

王都の学園に通っていたために会っていない。


金髪青目のとても美しい令息だとは聞いていたが、

たしか二十七歳になるはず。

まだ結婚していなかったことにも驚く。


「じゃあ、降嫁されるの?」


「それが、第一王女は王族に残したいと陛下が言っていて、

 兄上が王族入りすることになりそうなんだ」


「ええ?パジェス侯爵家はどうするの!?」


「だから、困った事態なんだ。

 俺が継ぐことになるのはいいんだが、見合いの話が殺到していて……」


「殺到……」


見合い話が殺到しているということは、

二十五歳にもなるのに婚約者もいなかったんだ。


再会してからシル兄様のことは聞かなかった。

無意識に避けていたのかもしれない。

もし結婚していたら、婚約者がいたとしたら、

そばにいたいとは言えなくなってしまうから。


まだ婚約していなかったことにほっとしつつ、

見合い話が殺到していると聞いて心がざわめく。


「とりあえず兄上の話も正式に決まったわけじゃないし、

 見合いは全部断ったんだけど、屋敷まで押しかけてくる者もいて。

 俺はいないほうがいいかなって話していたところだったんだ。

 だから、一か月いなくても問題はないんだ」


「そう、なんだね」


「俺が屋敷にいないのは令嬢たちに伝わっただろうし、

 落ち着ていてくれるといいんだが」


大きくため息をつくシル兄様に、まだ結婚したくないのかなと感じた。

見合い話が来るのが本当に迷惑そう。


「……」


「眠くなったか?休んでいいぞ」


「……うん」


これ以上話していたら、よけいなことを言いそうで黙る。

眠くなったと誤解されてちょうどよかったと目を閉じたら、

本当に寝てしまったみたいで、起こされた時には屋敷に着いていた。



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