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13.目覚めた場所は

ずっと夢を見ていた気がする。

どんな夢だったのかは覚えていないけれど、

身体がものすごく重くなったと思えば、軽くなったりして。


自分の身体が、自分のものじゃないみたいに感じていた。


……目が覚めたら、なんだか頭が痛い。


「あ、目が覚めたか?」


「……シル兄様?」


「そうだよ。あぁ、また覚えていないのか」


「覚えていないって?」


どこかの部屋に寝かされていたようで、

寝台の横に椅子を置いて座っていたシル兄様が私を見下ろす。


起き上がろうとしたら、身体に力が入らない。


「無理をするな。もう一か月近く寝たままだったんだ」


「え?」


シル兄様に抱き起されて、後ろから抱きかかえられる。

一人では座れないから仕方ないけど、

シル兄様に会うのも久しぶりなのに、抱きしめられているみたいで緊張する。


「そうだ……村の人たちに閉じ込められて。

 シル兄様に助けられたんだった……」


「馬車で移動する間に高熱で気を失って、寝たきりになっていた。

 何度か目を覚まして会話もしていたんだが、

 次に起きるとそのことを覚えていなかった。

 起き上がろうとしたのは初めてだから、ようやく目が覚めたって感じか」


「だから、また覚えていないって言われたのね。

 シル兄様が一か月も看病してくれていたの?」


「俺だけじゃないぞ。着替えとかは侍女がしていた。

 ここはオビーヌ侯爵領にあるパジェス侯爵家の別邸だ。

 オビーヌ侯爵夫妻も何度か見舞いに来ていた」


「お祖父様とお祖母様が……」


お祖父様とお祖母様に会ったのは十年前、

パジェス侯爵領に向かう前にオビーヌ侯爵家に立ち寄っていた。

その時はお父様とお母様と一緒だった。


お父様とお母様が亡くなった後、

シル兄様に王都に連れて行ってもらった時には、

オビーヌ侯爵領は通らなかったために会っていない。


「何度か王宮に会いに行っていたそうだ。アンリに会いに」


「え?」


「その度にアンリは夫妻に会うのを嫌がっていると言われて、

 会わせてもらえなかったと言っていた」


「そんなの知らない!」


「そうだろうな。ランとレンから話を聞いて、

 オビーヌ侯爵夫妻も納得していたよ」


「そう……」


いつのことなのかはわからないけれど、

お祖父様とお祖母様が王都に来ていたなんて知らなかった。

誰が勝手に断ったのだろうか。叔父様か宰相なのか。


そういえば、ランとレンの姿が見えない。

いつもならどちらかは必ずそばにいるのに。


「ねぇ、ランとレンは?

 何か他の仕事をしているの?」


「……アンリが王都を出た後、

 ルメール侯爵家の商会で働いていたオビーヌ侯爵領の者たちが、

 契約が切れたことでオビーヌ侯爵領に戻ってきていた」


「ああ、私がいなくなったら、銀細工を売れなくなるものね」


「それで王都の住まいを引き払って戻って来る時に、

 ランとレンが探されていることに気がついたそうだ」


「え?ランとレンが?私じゃなくて?」


「ああ、茶髪茶目、長身で目つきが悪い、ランとレンという名の双子だと」


「どうしてそんなことに」


私は探されると思っていたけれど、

どうしてランとレンだけ?


「わからないが、王都にいないとわかれば、

 追手はこちらにも来るかもしれない。

 その時にアンリまで見つかるとまずい。

 だから、ランとレンは先にパジェス侯爵領に向かってもらった」


「え?二人はパジェス侯爵領に行ったの?」


「ああ。アンリもパジェス侯爵領に行く予定だったと聞いた。

 俺のところに来るつもりだったんだろう?」


「うん……この国にいたら見つかるかもしれないから、

 シル兄様のところに行こうと思っていたの」


「そうか。だが、まだアンリの熱は下がったわけじゃない。

 もう少し体調が安定してからパジェス侯爵領に行こう」


「うん」


よかった。来るなとは言われないと思っていても、

本当に行っていいのか迷いはあった。


今後、私がいることで迷惑をかけるかもしれない。

だけど、シル兄様はあの頃と同じように優しく微笑んでくれている。


あの頃はまだ少年だったシル兄様の横顔が、

完全に大人のものに変わっていて、

十五歳の時でさえ色気がある人だったのに、二十五歳の今は……。


切れ長の紫目を細めて笑うシル兄様は、

泣き黒子が似合いすぎて色気のかたまりのように見える。


「ん?どうかしたのか?」


「ううん、なんでもない」


「お腹減ったのか?」


「お腹は減ってないみたい……だけど、汗でべたべたする」


「あぁ、さすがに湯あみは俺じゃ無理だな。

 侍女を呼んでくるから少し待ってて」


「うん」


そばを離れるため、また寝台に寝かされる。

シル兄様と身体がふれたままでいるのは心臓に悪い。

とっさに汗のことを言ったけれど、ずっと寝たきりだったのなら、

かなり汗臭いかもしれないことに気がついた。


「アンリエット様、起き上がれますか?

 ああ、無理はしないでください」


「え?ウラ?リリも」


「はい、覚えておいででしたか」


「うん、久しぶりだね」


ウラとリリはオビーヌ侯爵家の侍女だ。

お母様が子どもの頃からいたそうで、もう高齢に近い。


「この別邸は人を置いていないんだ。

 今回の旅は侍女を連れて来ていなかったから、

 オビーヌ侯爵にお願いしてウラとリリを貸してもらった。

 信用できる侍女じゃないとアンリは任せられないからな」


「ありがとう、シル兄様」


「ああ。浴室までは俺が連れて行くよ」


さすがにウラとリリでは私を抱き上げるのは無理だ。

まだ身体が動かず、立つことすらできないから、

シル兄様に抱き上げてもらうしかない。


自分が汗臭いかもしれないと思ってしまったら気になる。

どうかシル兄様が気にしていませんようにと祈る。


シル兄様は浴室の中にある椅子に私を座らせると、

浴室から出て行った。


「さぁ、アンリエット様、服を脱がせますよ」


「うん」


自分で脱ぎたいけれど、腕をあげるだけでも疲れる。

二人に服を脱がせてもらっていると何か違和感がある。


「あれ……髪が伸びている?」


「ええ、かなり伸びましたわね」


背中までだった髪が腰まで伸びている。

一か月でこんなに伸びるの、おかしくない?


「アンリエット様は成長が止まっていたと聞いています。

 それが魔力が戻ったことで、一気に成長したと」


「あ!そういえば、そう言われてた……」


今まで魔力を奪われていたから、成長できなかった。

一気に成長したのなら……


「なんで胸はたいして大きくなってないの!?」


「……アンリエット様、まだ成長期はこれからですわ」


「ええ、そうですとも、まだこれからです」


「……本当に?」


 「「ええ!」」


本当かなと思いつつ、ないものは仕方ない。

これから成長してくれることを願いながら、身体を洗ってもらう。


湯船から出て、服を着た時にはまた熱が上がり始めていて、

シル兄様が部屋に戻してくれた時には、半分夢の中に引きずり込まれていた。


「……シル兄様」


「ああ、ゆっくり休め。俺は別に成長してなくてもいいからな」


「……なんて言ったの?」


「なんでもないよ、おやすみ」





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