言えなかった言葉
修学旅行の夜と言えば?怪談?枕投げ?それとも恋バナ?
恋バナをするのが苦手だ。だから聞き役に徹する。それでも、話を振られることはある。
「初恋の相手はだぁれ?」
決まって私はこう答えるの。困ったように眉を下げて。
「初恋はまぁだ。」と。
初恋は未経験なんて、そんなものは真っ赤なウソ。本当は初恋だって経験しているし、好きな人はその時から変わっていない。明かすつもりはないけれど。
初恋は小学校4年生の時。彼は眉目秀麗で、成績優秀、人柄が良くいつも人に囲まれている。全てが平々凡々な私は釣り合わない。だからこの気持ちはぐっと飲み込んだ。
その年の6月、急に転校が決まった。クラスの皆はお別れ会を開いて、手紙もくれた。彼は違うクラスだったけれど、帰り道にいつも大切にランドセルに付けていたストラップをくれた。シルバーのそろばん。
「お守り。」たった一言、そう言って。
今になって思う。最後なら伝えてしまえば良かったのに。でも、言えなかった。最後にこの心地よい空気を壊すことがあまりにも怖かった。だから私はこの気持ちに蓋をした。溢れてこないよう、きつくリボンを締めて。
一度話せば、この思いはきっと溢れて、私を蝕んでいく。せめてこの思い出を美しいままにするために、心の奥深くに沈めるのだ。それでも、もし、もう一度彼に会えた時は。この箱を取り出して、薄紅色のリボンを解こう。そうして、ずっと言いたかった、たった一言を紡ぐのだ。
「大好きだよ!」