ロイドの婚約者(後)
一月が経ち、ランチミーティングの日がやってきた。
ロイドはいつもより早めに会議資料をまとめ、王宮の庭園へと向かう。
約束通り、ディアーナはそこにいた。今回はアヒルを連れていないようだった。
「あっ!ロイド!」
嬉しそうに駆け寄るディアーナ。
「ご機嫌麗しく。ディアーナ殿下」
「ん」
今日もディアーナが右手の甲を差し出すので、ロイドは跪き忠誠の挨拶をする。
「うふー」
ご満悦なディアーナは次に手を伸ばし「抱っこ」とせがんだ。
これは毎回必須なのか?と思いもするが小さなレディに好かれるのも悪い気はしない。
「仰せのままに」
ロイドは側にいた乳母に書類を預け、ディアーナを抱き抱えた。
アヒル小屋は、温室の中に設置したらしくそちらへ向かって歩く。
ロイドの腕の中のディアーナのおしゃべりを聞きながら、五分ほど歩くと目的地に到着した。
温室の中に木の柵で囲まれた人工池と小さな小屋。そして六羽のアヒルが自由に動き回っていた。
黄色のふわふわだった雛はすでに白い羽根に生え変わり、すっかり普通のアヒルへと成長していた。
ディアーナは近くで控えていた飼育担当の者から葉物野菜を受け取ると、「ロイド見て見てー!」とわらわらと六羽のアヒルを引き連れながらそれを与えていた。
───たかがアヒルでこんなにも喜ぶとは思わなかったな。しかも大切に育ててくれている。
ロイドは目を細めてディアーナの楽しそうな様子を眺めていた。
そろそろ仕事へ戻ろうとしたところで乳母に話しかけられた。
「パッセンジャー様、ディアーナ様に素敵な贈り物をありがとうございました」
「いえいえ、珍しくもなんともない只のアヒルで良かったのかと…」
「ディアーナ様はとても喜んでおられます。上のお兄様方は馬や猟犬、そして鷹狩の鷹まで飼っておられて、いつも羨ましがっておられました。
パッセンジャー様のおかげでディアーナ様の機嫌が悪くなることも減りましたし」
「そうでしたか。白いドレスを着てぷりぷりと怒るディアーナ殿下がアヒルようだと思ったので、ついアヒルを贈ると言ってしまったのですが、良い結果に繋がってよかったですよ」
「まあっ、それでアヒルを?確かに似てますわね」
ロイドが実情をばらすとアヒルと戯れるディアーナを見て乳母はころころと笑った。
「そうそう、ディアーナ様が忠誠の口付けをせがんだり、抱っこをせがんだりするのはパッセンジャー様に対してだけですのよ。ディアーナ様にとってパッセンジャー様はとても特別な存在のようです」
意外なことを聞き、少しの驚きと少しの優越感。幼い王女に特別に気に入られるのも悪い気はしない。
「光栄なことです」
そろそろランチミーティングの準備に行かなければならない時間となり、ロイドはディアーナに簡単に挨拶をすると急ぎ業務へ戻るのであった。
その後もロイドと幼い王女との交流は続いた。
毎月一回、ランチミーティングの準備の前にほんの五分ほどの僅かな時間だが、ロイドが通りかかる庭園で必ずディアーナは待っていた。
アヒルを連れている日もあればそうでない日もあり、ロイドにとって幼い王女との逢瀬がささやかな心の癒しとなりつつあった。
三年が経ち、ディアーナが七歳、もうすぐ八歳という年齢になっても、ロイドと幼い王女とのささやかな交流は続いた。
そして季節は秋。
その日もランチミーティングの準備ために王宮の庭園へ赴き、いつものようにディアーナを抱っこしていた。
「ロイド、何だか疲れてるわ」
ロイドは先日、仕事で面倒を見てやっている美しい後輩にアプローチをして見事玉砕したばかりだった。
しかもその女性の婚約者は同じ職場の上司。目の前でイチャイチャすることはしないが、二人の醸し出す空気感が少しだけ桃色になっているのがロイドの神経をガリガリと削った。
「そうなんです、ディアーナ殿下慰めて下さい。好きな令嬢に振られたばかりで傷心中なんです」
「ほんとう?!」
「何で嬉しそうにしてるんですか」
「今度ね、お茶会するから、ロイドをいっぱい元気付けてあげるからロイドも来て?」
例え王女の招待とは言え、ロイドはディアーナの交友関係に自分が馴染めるとは思えなかった。
「いえ、私が行って殿下のご友人らに気を使わせてはいけませんので」
やんわりと断るがディアーナは引かない。
「先に帰ってもいいから。ロイドのために特別に甘くて美味しいお菓子たくさん準備させるから。ちょっとだけでも来て」
ディアーナがここまでわがままを言うのも珍しかった。
今までロイドに対して忠誠の口付けと抱っこをせがむ以外は何かを求めるようなことはなかったのだが、今日ばかりは引きそうにない。
「分かりました。少しだけ顔を出しましょう」
「約束よ!」
「はい、約束します」
この約束が、ロイドの今後の人生を変えてしまうとはこの時はまだ知らなかった。
数日後、ロイドのもとへ王家からの正式な招待状が届く。
ディアーナからの個人的なお茶会のお誘いにしては重厚な封筒に違和感を覚えた。
封筒の封を切り、内容を確認してロイドは固まった。
『ディアーナ王女の婚約者及びご学友選定のお茶会へのご案内』
想像もしなかった文字がそこには記されてあった。
お茶会当日。
そこには子供に混じって浮きまくるたった一人の大人ロイドと、ロイドの膝の上から動かないディアーナ。そして「おじさん誰?」と怪訝な目を向ける子供たちで和やか?な時間が過ぎていった…らしい。
ー 完 ー
ロイドくん幼女にロックオンされる