探偵は助手の手も借りたい
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その男はミイラのようにガリガリに痩せていた。
ぎょろりと大きな目玉だけがぎらぎらと探偵とその助手を見ている。
「あの大量殺人鬼って言うから、もっと人の生き血を啜って生きてらっしゃるような強そうな人だと思いましたよー! この人栄養足りてるのか心配になりますよー、ねぇせんせー」
「うーん、殺人犯の栄養を考えてあげる雫ちゃんはいい子だねぇ」
探偵は助手の頭を撫でた。
「えへへー」
「でもね、この犯人さんは、栄養を採ろうにも採れなかったんだ。この体型を維持し続ける必要があったんだなぁ」
「どういうことですかー? 鍵がかかった密室のドアの隙間から出入りするためですか?」
「惜しい! そうするにはお腹と背中がくっつくくらい断食しなきゃいけないからねぇ、そこまでじゃあないよ」
「じゃあ……」
助手は口をへの字に曲げて首を傾げた。
「ケース3を思い出してみてごらん」
「焼死体が発見されたもののその場にいたはずの全員が無事で、誰が被害者なのかすら分からなくなった事件ですか?」
「そう。その時犯人はどこに隠れていたと思う?」
「うーん」
「被害者にあの時なり替わっていたんだ」
「ええっ、だってあの事件は皆さん顔見知りで殺人犯が化ける余地なんてなかったはず……このガリガリくんが変装上手だとも思えないし」
「雫ちゃんそれは商標だよ。後でアイス買ってあげようねぇ」
「わーい!」
「実は『変装』なんてしていなかったんだ。あの時、ちょっと小太りの婦人がいただろ」
「分かった、二人羽織りですね?」
「惜ーしーいーなぁ! 犯人が羽織ってるのは内臓くり抜いた婦人の皮膚でしたー!」
「わーグロいですー!」
助手は両手を上下にぱたぱたさせて驚いた。
「マグロの解体技師をやってたこの殺人犯には、人を殺してそっくりその中身をくり抜いて、焼死体と着ぐるみに分けるなんて簡単なことだったんだ」
「えっこの人マグロ解体技師だったんですか? 見えなーい」
「生臭さに耐えているから死体の中の人になることだって容易だったんだろうねぇ。この他にも何度も人を殺しては中の人になり続けてきたのがこのガリガリ殺人犯だったというわけさ。他人になり替わり続けた彼は、いつしか本当の人生を見失ってしまったのかもしれないねぇ……」
探偵は憐みのこもった目で男を見やった。
「あの」
殺人犯はか細い声をあげた。
「さっきから何を一人で喋ってらっしゃるんですか」
探偵の眉がぴくりと動いた。
「一人?」
探偵は少女の人形を嵌めた手を殺人犯に向けた。
「私がちっちゃいからって、殺人犯のガリガリくんにまで存在をシカトされるなんて!」
助手少女の人形は泣き真似を始めた。
殺人犯は唖然として、困り顔の探偵と、泣き真似を続ける助手人形を見比べている。
「せんせー、さっきみたいに撫で撫でして慰めてくださいよ」
助手人形はキッと探偵を睨みつける動作をした。
「うーん、それは今はちょっと出来ないかなぁ」
探偵は苦笑いを浮かべながらもう片方の手を出した。
その手には、女刑事の人形が嵌まっていた。
「はいはい探偵さん達の出番はおしまい。ここからは警察のし・ご・と」
女刑事の人形は、探偵に投げキッスを送った。
「ひっどーい! せんせーったら二号さん作っちゃって!」
助手人形はぷりぷりと怒った。
「やれやれ、困ったものだなぁ」
探偵は高らかに笑った。殺人犯という名の観客に、その姿を見せつけるように。
お題:有名な殺人犯 必須要素:二号機