あの子と同じになりたい?
制限時間:1時間 文字数:1453字
運転手がゆっくり右折しようとした時だった。
「待って、止まって」
無造作に伸びた髪を押し付ける重そうなランドセルを背負い、一人ぽつねんと帰っていく少女を見つけた。少しだけ、私に似ているところなんてぴったりだ。
楽しいことなんてこの世にないような顔をして歩いていく庶民の子。
安いチェーン店で買いそろえたような服装も薄汚れている庶民の子。
――この子に決めた。
私はハイヤーの窓からこっそりほくそ笑んだ。
「岬明日香」という名前や、家族構成など、彼女にまつわるすべてを探偵に調べさせた。
あとは彼女の学校に転入するだけ。
「岬今日香」という偽名を使って。
担任が黒板に私の偽名を大きく書いた途端、教室がざわついた。
「あす……?」「きょう……?」
クラスメートたちはちらちらと明日香に視線を向ける。明日香は睨むような目つきで私を見ている。
なかなか、いい目をするわね。
明日香本人に話しかける生徒がいないのは想像通りだった。
私は明日香を睨み返して、ぶっきらぼうに言う。
「はじめまして。よろしくお願いします」
明日香の隣の席が空くように、そこに元々座っていた生徒は転校させておいた。
グループを作る時は必ず明日香と同じ組になれるように根回しした。
容姿も出来る限り彼女に近づけるよう、調査を続けた。
周りからごく自然に私たちは双子のような扱いをされるようになった。
「あんた、なんなの?」
私から逃げるようにショートヘアにした明日香は、ついにしびれを切らした。
「あんた、なんなの?」
口調を真似て言い返してみると、さすがに怯んだ声色で、
「どこまで真似する気なの?」
と尋ねてきた。
「あなたが私と入れ替わる気になるまで」
とりあえず、そういうことにしておいた。
「えっ?」
「王子と乞食って話、知ってる? よく似た王子と乞食がお互いのふりをして入れ替わるの」
「入れ替わり……」
「そう。本当は私、大財閥の令嬢で、庶民の暮らしを体感してみたいの」
私はくるりと一回転してみせた。一瞬で高級ドレスに着替え、明日香の前に現れる。
まるで、手品のような鮮やかな変化。
私はゆっくりと明日香の反応を確かめる。明らかに動揺していて、憧れすら見てとれた。
彼女の家庭の生活レベルの低さはよく分かっていた。
「それで、あなたと入れ替わってみることにして、まずはあなたみたいになれないか確かめているの」
「でも、顔が違いすぎる」
「顔くらいちょっといじればなんとかなるわ」
私はウインクした。出来るだけ魅力的に見えるように。彼女がこの顔をもったいなく思えるように。
「わた……、私が整形する!」
明日香が小さな目に決意を込めてそう宣言した。
「あら、いいの?」
「あんたに……、今日香になれるのならっ」
「よく言ったわ。じゃあ、後は私の召使いの言うように過ごすのよ。そうしたらあなたは私になれる……」
そっと耳元で囁いた。
こくんと明日香は頷いた。
じきに彼女は明日香ではなくなる……。
朝、目覚めてすぐ私は鏡をチェックする。
数日前まで庶民のフリなんかしていたのが信じられないくらい、完璧な美しさがそこにあった。
「やっぱりこうでなくっちゃ」
優雅にほほ笑む私だが、鏡の私はその目に涙を溜めているようだった。
「まだちょっと、完璧に足らないかもね?」
私は鏡の頭を撫でた。
せっかくこんなに素晴らしい鏡を作ったんだから、ちゃんと手入れしないとね?
今までみたいに、割っちゃったりしないように気をつけないと。
お題:素朴な嫉妬 必須要素:プチ整形