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失敗……。
これで二九三四度目だ。
爆発して散らかった工房を軽く片付け、立ち上がる。
腰に手を当てて工房を見回すが、相変わらずひどいものだ。
思わずため息が出る。
もっとも、その工房の主は俺なのだが。
錬金術一筋――その界隈で知らぬ者はいないと言われる、天才に精神力と技術を叩き込まれて十年。
今日も今日とて、俺は自分の工房に閉じこもり、配合を変え、何度も錬金する。
次、失敗すれば二九三五回目。
近頃、あまり調子がよくないのは事実だが、それでも、数千回と失敗することはざらにある。
その程度で折れる精神力では、錬金術師は務まらないのだ。
師匠に叩き込まれた強靭な精神が生きてきている。
「さて、次の配合だ」
あえて声に出し、自分を奮い立たせる。
さぁ、やるぞ!
❖❖❖
「竜の末裔を知っておられるか?」
酒場の一角に腰を下ろした、一人の老人が問いかけた。
相手は、向かい側に座るガタイのいい男だ。
豪快な髭と褐色の肌、片目の視力を失うほどの切り傷が特徴的で、見た目は四十程。
荒々しい印象を受けるが、一方で堅実そうな印象も抱く。
暴力的な反面、約束は守りそうな男だった。
男は、やや赤らめた顔を横に振る。
男としては、仕事帰り。
疲れた体に、ようやく酒が沁みてきたところを邪魔されたのだ。
その表情が、ムッとしているの無理はなかった。
老人は、そのことを見抜いてか、ゆっくりと首を横に振る。
「ジジイの話は、酒の席では邪魔ですかな?」
「あぁ、今は、一人で静かに酒を飲みたい」
何が面白いのか、老人は愉悦を噛み殺すようにククッと笑う。
「最近の若い者は……」
「何だ?」
「いやはや、何でもござらん」
老人は慌てて首を横に振ると、ジジイの妄言と思ってくだされと言って誤魔化した。
何でもないと老人が言うと、男は話が終わったと思ったのか、再び盃を口へ運ぶ。
そして、老人に邪魔された不快感を露わにし、一気にグビッと飲み干した。
二杯目を注ぎながら、男は目の前の老人を睨みつける。
老人は、白髪に白髭、異様に細い――だが、それでいて、生命力に満ち溢れていて、どこか人間離れしていた。
老人が、ニヤリと黄色い歯を見せる。
男は、自分の視線が気づかれていたことに、無用にイラつき、盃に注いだ焼酎を飲み干しかけ――。
飲みかけ、ふと止まる。
老人がいつまでも自分の方を見ているからだ。
「……なんの用だ?ジイさん?」
「フェッフェッフェッ……おぬしには死相が見える」
男は、戯言と取って、酒を喉に流し込もうとしたが、押しとどまった。
死相と言う言葉が、どうしても引っかかるのだ。
「どういうことだ?」
「さぁて、どういうことでござんしょうな?」
「……ジイさん、今、俺は殺気立っている。今でこそはぐれ者冒険者だが、昔は戦場で武功を上げた身だ。怒らせない方が得だぞ?」
老人は、少し考えるような仕草をしてから自分の盃を男の前へ、ポンと置いた。
「……ここに、何が見えますかな?戦場で死ぬ姿?魔物に殺される姿?いやはや、違おうな……」
老人の何か知っているような口ぶりが引っかかる男だったが、ひとまず、言われるがままに盃を覗き込んだ。
すると、摩訶不思議、薄酒の水面に男の姿が浮かび上がる。
それから、巨大な竜の姿が映し出された。だが、その竜の体はどうにもボロボロだ。
そして、その竜は自分に助けを求めてくる。
男は、もう、そこから目が離せなくなっていた。
竜は、必死に助けを乞うが、水面に映る男は助けようとしない。
見捨てて、その場を去っていく。
男は、更に身を乗り出したが、水面の絵が、パッと散り去った。まるで、溶けた墨が時間がたち、広まるようにだ。
その後は、赤く濁った、薄酒だけが残された。
男は、衝撃的な出来事に呆然としていた。
映像が消えたことを察しとった老人が口を開く。
「見えましたかな?」
「今のは……?」
「さぁて、何でござろうな。貴殿自身が見た、妄想か、はたまた、予知夢か……」
中々、話の本筋も見えず、至福の時間を邪魔された男が、机をドカッと叩きつけた。
浮いた盃の中身が老人の白い服にピシャリとかかる。
気づけば、酒場はシンと静まり返っていた。
男と、老人の間にあった机は、真っ二つに割れている。
周りの視線を気にせず、男は問い詰めた。
「あんた、一体何なんだ?」
男は激憤しているが、老人はそれさえも楽しんでいるようだった。
「フォッフォッフォ、流石は白虎。引退した今も、腕力は衰えておらぬと見た」
割れた机を見て、ニヤニヤと、黄色い歯を見せて笑う。
男は、無性にイライラしているようだった。
「どこでその名を……」
「やはり、酒が入ると若い者は饒舌になる。寡黙と聞いておったが、そうでもないようだな」
「何が言いたい……」
「端的に申そう。お主は、旅路で竜の末裔と出会う事があるだろう。その際、その者を助ければ、そなたは富めるが、見捨てれば、地獄へ落ちる。ジジイの戯言と思ってもらっても構わんが、後悔することになるぞ、え?」
「……」
男は無言で立ち上がり、老人を睨みつけた。
相変わらず、老人はニヤニヤとする。
それどころか、笑いが堪えきれなくなったよう、吹き出した。
服を汚されようが、罵倒されようが、お構いなしだ。
男は怒りの絶頂を迎え、机を叩きつけ、酒場を後にする。
その後ろを追う者はおらず、ただ、呆然と今の出来事を見守っている。
酒場の亭主は困惑し、多くの客は男の覇気に圧倒され、そして老人だけが愉快そうに黄色い歯を見せて高笑いしていた。
その異様な光景に、目を疑わない者はいなかった。
辺境の小さな酒場での出来事である。
まずは、読了ありがとうございます。
えぇっと……また思い付きで連載を始めてしまいました。が、今度こそは完結させて見せます!(と言って、筆を折ったことは何度あるのやら……)
まぁ、過去は兎も角、執筆の励みは、自信の実力の向上の実感と、そして……!
ポイントとブックマークです。
やはり、これがないと、面白くないのでは……と考え、筆が進みません。
今度こそ、完結を願って――