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第2章エピローグ「初陣」Part1


抗魔大戦最初期、後に“ニュールロゥ・ブリッジの戦い”と呼ばれる事になる、小さな戦闘があった。

ニュールロゥ・ブリッジとは、その名の通り──橋である。戦争が無ければきっとその橋の名が世に知られる事はなかったであろう、山中にある小さな吊り橋だ。(正確には、“ニュールロゥ”とは吊り橋を意味する現地語であり、“ブリッジ”は余計である)


大戦全体からすれば、ほんの小さな小競り合いに過ぎないはずのこの戦闘が、後に有名になるのには理由(わけ)がある。

それは、この戦闘を以って勇者カイル・アリラハン・サッカーモンドの輝かしい栄光が始まるからだ。


──即ち、この戦闘が勇者の初陣であった。


ニュールロゥ・ブリッジの戦いは、時系列順ではメイラーゼブン会戦の直前に当たる。

それもそのはず、このニュールロゥ・ブリッジの戦いはメイラーゼブン会戦のために行われた陽動作戦のうちの一つだったのである。


当時は魔王軍飛龍軍団が最も活発に活動していた時期で、大規模な軍事行動は全て無力化された。

大軍を集結させて魔王軍を迎え撃とうにも、集結中や集結完了後に飛龍によって上空から一方的に襲撃を受け、人族地上部隊は魔王軍地上部隊と交戦する前に、為す術も無く壊滅していった。

状況打開のため、人族は魔王軍飛龍軍団の無力化を図るが、飛龍を撃破するに充分な戦力を集めようにも、充分な戦力集め切る前に壊滅してしまう始末。

飛龍軍団の目を逸らすために、スケープゴート(陽動部隊)が必要だった。


当然、陽動部隊は少人数でなければならない。それと同時に、魔王軍の注意を逸らす程度には戦えなければならない。

必然的に、陽動作戦に従事するのはエリート部隊となった。そしてそれは多くの場合騎士団であり、各国の騎士の多くはこの陽動作戦で戦死してしまう事となる。これが後々練度の低下として人間国家連合軍に重くのしかかってくるのだが、それはまた別のお話である。


精鋭達に加え、各国選出の勇者達も大抵はこの陽動作戦に加わった。

勇者は優秀な戦力でありながら、国家からすれば切り捨てやすい傭兵に近い存在。勇者が陽動作戦に加わるのは必然であった。

陽動部隊は更にいくつもの小部隊へと分割され、敵戦力分散と陽動効果・生存率向上のために別行動をとった。勇者達はその前線指揮官とされ、勇者カイル・アリラハン・サッカーモンドも、その一人として加わった。


彼に与えられたのは、アリラハン王国軍近衛軍団所属の一部隊──後に彼らを母体に、大戦中に勇者麾下の最精鋭として名を上げた、アリラハン王国軍第7軍団(レギオー)が編成される──五十余名。

名目上は勇者が指揮を執る事になっていたが、この時はまだ実戦経験など無かったため、彼は兵士達のトップであった下士官に指揮権をすんなりと移譲してしまった。彼は自分が指揮するよりもベテランの近衛兵達に任せた方が良いと判断したのだ。


よって、ニュールロゥ・ブリッジの戦いに於いて勇者は全くと言って良い程指揮を執っておらず、それどころか部隊長の指示に盲目的に従っていた。

アリラハン王国は戦中・戦後を通して、この戦いで勇者が指揮を執ったと主張しているが、複数の証言がこれを否定している。

ロマンは無いかもしれないが、それが歴史的事実である。


ニュールロゥ・ブリッジはピラ王国東部のピラニャータ山脈に端を発する、名も無き川に架かる橋である。

この川は本来無名であったが、橋があまりにも有名になってしまったせいで、今では勝手に“ニュールロゥ川”と呼ばれるようになってしまった。


ニュールロゥ川は、水深は然程深くはないものの、流れがかなり急で、少なくとも武装した兵士が泳いで渡る事は非常に困難であった。

特に、ニュールロゥ・ブリッジの架かる一帯はそれが顕著で、この橋が吊り橋なのも、通常の橋では架橋自体困難だからという理由があった。

ニュールロゥ川は山脈に沿う様に流れ、海まで続いていた。山脈のもう片側にも同じ様な川が流れていたので、ここを越えたければ必ず川を渡らねばならない。

大陸東部から西進してくる魔王軍にとって、ピラニャータ山脈とニュールロゥ川は大陸西部のヴァレヌ半島への進軍を妨げる最大の障害だったのである。

事実、ピラニャータ山脈越えを嫌った魔王軍は、ヴァレヌ半島攻略へのルートには海路を選択し、山脈越えを決行したのは山岳戦に特化した部隊だけであった。

そしてこれは同時に、陽動作戦自体がどれも殆ど無意味なものであった事を意味する。陽動も何も、敵の主力は最初から別ルートを選択しており、陽動部隊に釣られた魔王軍の部隊はごく少数だったからである。


よって、ニュールロゥ・ブリッジの戦いに代表される、この時の諸陽動作戦は主として山中に於ける人族側の少数部隊と魔王軍の少数部隊との、数的にはほぼ互角の戦闘となった。この時以前までは人間諸国家の足並みが揃っていなかった事と、魔王軍飛龍軍団の存在、そして魔王軍の巧みな戦力集中の手腕により基本的に人族は数的劣勢に立たされる事が多く、大戦最初期に於いては初めて人族が数で魔王軍を(ほんの少しではあるが)上回った稀有な事例であった。

ただし、基本的な戦闘力という点で人族は魔王軍に大きく劣っていた事と、山脈越えを決行してくる魔王軍が少数である事を知らなかった人族は全滅を避けるために戦力を分散させていた事により、全体としては数的に互角でも、局地的には数的不利に陥っていた。

結果として、ニュールロゥ・ブリッジの戦い以外の同時に勃発した戦闘は、全て魔王軍側の圧倒的勝利に終わっている。


この時、唯一華々しい戦果(…と言うのは少々大袈裟だが)を挙げた勇者カイル・アリラハン・サッカーモンドとその部隊は、士気鼓舞の目的で殊更に称えられ、勇者はこれをきっかけに名を上げた。


ニュールロゥ・ブリッジの戦い自体は小さな小競り合いの一つに過ぎない。

勇者の初陣であり、勇者が世に知られる契機とならねば、誰も注目しなかったであろう小さな戦いである。

だが、確かにそれは──歴史の転換点であったには違いないのだ。

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