第13話 春盛りあゝ始まりはドイツ軍(6)「可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんが我が家にやって来る前に、色々面倒な事が──」
※前回までのあらすじ
[オリンダひめ]
*「かわいくて せいそ で ボンキュッボン で やさしくて ちょっと エッチ な
メイドさん ほちくない?▽」
[ゆうしゃ]
▷ほちい
ほちくない
[オリンダひめ]
*「では ゆうしゃ よ せいやくのしょ に サイン を するのだ!▽」
※注釈
*
※登場人物紹介
*カイル・アリラハン・サッカーモンド
本作主人公。
本名、坂本 珂依。
聞き間違えられてカイルとかサッカーモンドになった。
異世界に転生し、アリラハン王国唯一の勇者として魔王を倒す。
本作は魔王を倒したその後のお話である。
アリラハンの名は王から授かった。
自称21歳だが、それは転生前の話であり、精神年齢的にはもっと歳を食っているし、現在の肉体年齢的にはもう少し若い。
*ドイツ軍
本作の真の主人公。勇者のラノベ主人公特有のチート能力に対抗出来るだけのチート主人公補正を有している。
真の主人公なので、ただの主人公である勇者如きには絶対に負けない事が世界の理によって確定している。
一時的に追いつめられる事もあるが、それは演出の都合上そう見えるだけであって、最終的には勝つので特に心配は要らない。
また、第二次世界大戦で負けたのも、それは演出の都合上そう見えるだけであって、既に勝っているので特に心配は要らない。
好きな軍隊はフランス軍。※ドイツ軍に毎回ボコられるが、何度も懲りずに挑んでくるモブキャラである事が世界の理により確定している。実はドイツ軍に片想いしている。
嫌いな軍隊はソ連軍。※ドイツ軍が真の主人公である以上、本作に於けるラスボスである事が世界の理により確定している。実はダークサイドに堕ちた父親である事が最終話で判明する。
そしてアメリカ軍。※ドイツ軍とは因縁のライバルだが、最後は協力して一緒にソ連軍を倒す事が世界の理により確定している。実は血を分けた兄。
更にイギリス軍。※ドイツ軍をいじめてくる悪の女幹部だが、根は優しい。最終決戦でドイツ軍を庇って死ぬ事が世界の理により確定している。
同盟軍はイタリア軍。※互いに気付いてはいないが実は両想い。つまり本作のメインヒロインである。しかし最後は闇堕ちしてドイツ軍と戦う事が世界の理により確定している。
そして日本軍。※大好きなドイツ軍先輩のために役立とうと頑張る後輩キャラ。ずっとドイツ軍が好きだったが、途中から敵であるはずのアメリカ軍が好きになってしまい、照れ隠しでウッカリ真珠湾を攻撃する。最後まで自分の気持ちに正直になれずにいたが、ソ連軍に無理矢理NTRされそうになったところをアメリカ軍に助けてもらい、最終的に結婚する事が世界の理により確定している。
*エイラ
カイルとともに住む魔族の少女。ていうかぶっちゃけ魔王の娘。
何やかんやあって今は勇者と一緒に住んでいる。
その“何やかんや”に関してはまたいずれ。
首輪に何か秘密があるらしい。
そして人質(?)、あるいは奴隷(?)らしい。
*リアナ・ディア
元勇者パーティーの魔法使い。
元々はボインなお姉さんだったがいつの間にか子供になっていた。
エイラからは「ロリアナちゃん」と呼ばれて小馬鹿にされているが本人はそれが気に食わないご様子。
*オリンダ
アリラハン王国第一王女。
──だが、男だ。
それを知っていて周りは敢えて「姫様」とか「姫」とか呼んでいる。
ちなみにピッチピチの16歳。
*アンティカ
アリラハン王国第二王女。ていうか事実上の第一王女。
大丈夫、普通の女の子です。
カイルとの結婚を目論む肉食系幼女らしい。
次の日の朝。
私はご機嫌ルンルンで朝食を取っていた。
勿論、今日はメイドさんがやって来る日だからである。
普段なら私とエイラの二人っきりだが、リアナもいる。
リアナにはお帰り願いたいところだが、一応ドイツとの戦争が勃発する可能性も無くはないので…仕方なく泊めている。
「ご主人様、今日のご予定は?」
「…特に無し」
「じゃあ今日は何をなさるのですか?」
「まだ正確には判らんが、そのうちアリラハン王国とドイツの会談がある。それまでは英気を養うべく家に篭っておく事にする。休養などではなく、精神統一のために」
「つまり、一日中グータラして過ごす訳ですね」
戦争終結後暫くしてから今に至るまで、私はずーっと、こうやってゴロゴロ三昧でダラダラと過ごしてきたのだ。
もう抗魔大戦で一生分働いたので。
僕もう疲れたよ、パトラッシュ…
「つまりそういう事だ。…ふう、ご馳走さま」
料理名は忘れたが、朝食はバゲットの上に緑色のバジル的なヤツと赤い何かと塩とガーリックのかかったものであった。
シンプルながら美味だった。
魔王の娘たるエイラは、意外にも最初から家事全般がこなせたので、家事がからっきし駄目な私に代わり、これまで彼女が我が家の炊事・洗濯・掃除等々を担当してきた。
私のダラダライフを支えてきたその手腕は認めてやるにやぶさかではない。
彼女曰く、魔族の王たる魔王は血統ではなく実力で決まるのであって、エイラの父親が偉いからといってエイラまで偉くなる訳ではないのだそうだ。
彼女の肩書きが“魔王の娘”という何とも微妙なものなのも、そのせいである。
人間の王ならばその娘は姫となる訳だが、彼女の場合はそうではないのだ。
つまり、民主主義国家の大統領の娘の様なものだ。フィクションだと、よく誘拐されちゃうポジションだ。
そんな事情で、彼女は一般人として生きていけるように、家事全般をそつなくこなせるだけの能力はしっかり身に付けていたのだとか。
今になって思えば、彼女は私を“ご主人様”と呼ぶので、考え様によってはメイドみたいなものなのかもしれない。
実際にはメイドではなく、人質…名目上は奴隷なのだが…
「あ、そろそろ言っておくべきか」
「何をです?」
反対されるに決まっているので、今まで黙っていたが…流石にもう限界だろう。
オリンダに曰く、今日の朝から例のメイドさん達はやって来るらしいので。
「落ち着いて聞いてくれ。取り敢えず、危ないからそのナイフは回収」
パンを切る用のギザギザナイフは予め回収しておく。
機嫌を損ねて魔王の娘が投擲しかねないからな。
流石に数ヶ月共に過ごせば、この女の行動パターンも大体判ってくるってもんだ。
「…私がナイフを投げねばならなくなる様な話をする、という事ですか?」
エイラは警戒して眉をひそめた。
「ナイフを投げる義務がお前に生じた事など無いがな。あと、お前が本気で物を投げると家の壁なんて簡単に穴が開くから、頼むからやめてくれ」
「じゃあ私にナイフを投げさせないで下さい」
何だ、その“俺にお前を殴らせるな!”みたいな理屈は。
「兎も角、大人しく聞いてくれ。…今日は朝から客が来る」
「お客人…それが諸悪の根源ですか。何者です?」
「メイドだ」
「メイド…」
嫌な予感がしたのか、彼女はピクッと小さく反応した。
「それは、もしやここで働くための?もしかして、私とご主人様の愛の巣に住み込みで働くとか…そういう事ですか?」
「察しが良いな、そういう事だ。これから住み込みで働いてもらうメイドが3名だ」
努めて何て事はない風を装いつつ、そう一息に告げた。
「…」
エイラは、無表情で黙った。
たぶん、これはかなり怒っている。
「…なるほど。現在この家の家事の一切を引き受けている私に、何の相談も無く、勝手にその様な重要事項を決めてしまった訳ですね。そしてそれを直前になって知らせて下さるとは、何とお優しいのでしょう。メイドが3名もいれば、私は用済みでしょうか。…そうですか、ええ、そうですか」
ああ、完全に怒ってるな…
たぶん、仕事を奪われて怒ってるんだろう。
「快い気味だわ。今まで生活力皆無のカイルの代わりに料理やら掃除やらをして点数稼ぎしてたんでしょうけど、それももう出来なくなったって事ね」
リアナが挑発めいた事を言うと、エイラはそちらを向きもせず、私に目を向けたまま静かに呟いた。
「…部外者は黙っていろ」
…怖い!
「ご主人様、何故メイドなど雇う必要が?私一人で充分家事はこなせていますよ?何かご不満があったのですか?」
今度は急に笑顔になって、そう訊いてきた。怖い。
「いや、不満など無い。全く」
「では何故?」
ここで正直に「可愛いメイドさんは男のロマンだから」とか答えたら間違いなく殺される。
何と言おうか…
「ほら、お前に家事を任せっきりだったし、それはちょっと申し訳ないというか…ねえ?」
言い訳がましい言い訳相手にも、エイラの笑顔は崩れなかった。
張り付いた様な全く動かない表情が不気味を誘う。
「あら、私のためですか?お気遣い感謝します。しかし、無用です。メイドに関しては今ならまだ間に合うでしょう?お断りになって下さい」
「それは無理だ」
「何故です?」
「もう契約してしまったからだ」
「クーリングオフして下さい」
「無理だ」
「可能でしょう?まだ来てすらいないのですから」
「じゃあ嫌だ」
ここまでくると言い訳すら思い付かなくて、半分駄々になってきた。
この間も依然笑顔のままのエイラ。
「ただでさえ、そこの居候だけでも迷惑なのに、住み込みのメイドが3人?…冗談ではありません。私とご主人様以外の人間はこの家に必要ありません。どうしてそこまでしてメイドを──」
ここで、彼女はようやく表情を変えた。
もしかして…と小さく呟きながら。
「──もしや、単にメイドに憧れて…とか、そういうつまらない理由ではありませんよね?」
図星である。
「まさかとは思いますが、男のロマンとかそういった類のどうでも良い理由で私から仕事を奪う訳ではありませんよね?」
図星だった。
「え、カイル…まさか、ねえ?」
リアナも便乗してきた。
阿呆を憐む憐憫の表情がその顔には浮かんでいる。
「…まさか、そんな理由のはずがないだろ?はっははは…」
バレバレであった。
私は嘘が下手なのだ。
「これだから男って…」
リアナが溜め息をつき、エイラは怒って良いのか悲しめば良いのか、それとも呆れるのか…どう反応すれば良いか解らずポカンとしている。
「もしかして朝からご機嫌に見えたのって、“メイドさんが来るぞ〜ワクワク!”みたいな感じだったって事?」
「…ノーコメントで」
リアナはもう一度深い溜め息をつき、頭を抱えた。
「ここまで来ると、魔王の娘とはいえちょっと憐れね。まさか、こんなしょーもない理由で捨てられるとは」
たぶん、この台詞は半分煽っている。
「いや待て待て!別に誰も捨てるなどとは言ってないだろうが!」
私はメイドさんがいてくれればそれで良いのだ。
決してエイラをどうこうしようとは思っていなかった。
「じゃあ、どうするの?このままコイツから仕事奪って、その後どうするの?日がな一日仕事も与えず放置しておくわけ?それじゃあタダ飯喰らいに成り下がっちゃうじゃない。快い気味ではあるけど、それはお勧め出来ないからね?」
お勧め出来ない、とは?
「世間では、そういうタダ飯喰らいを何て呼ぶか、分かる?」
「ニート?NEETだろ?」
「馬鹿、それはカイルの事でしょう?」
ああ、私の事か…
ちなみに、厳密に言うと私はニートではない。
だって、NEETとは、現状働いていなくて働く気力も意志も能力も何も無い人間の事を指すのであって、私は一応働く能力は十二分にあるので、一応ニートではない。ニートでは…ない。
「んー…分からん。教えろ」
早々にギブアップ。
分からん事はいくら考えても分からん。
「愛人よ」
「は?何だって?」
「あ、い、じ、ん‼︎愛人って言ったの!男が囲うタダ飯喰らいの女、それが愛人以外に何だって言うの⁈」
あー、なるほど。
「実際には愛人でも何でもないにしても、周りはそうは思ってくれないのよ?勘違いに過ぎないにしても、何も知らない人からすれば真実になってしまうの!勇者が、魔王の娘を、愛人として、囲ってる‼︎…ってね!」
「お前の言う通りだ…しかし、エイラは奴隷という名目があるから──」
「──じゃあ、愛人じゃなくて性奴隷ね。どっちにせよ大差無いけど」
否定は出来なかった。
寧ろ、エイラもそんな事は考えていなかった様で、「ふむ、それはそれで悪くはないですね…」とか呟いている。
「つまり、メイドを雇うならエイラに代わりの仕事を与えろ、と?」
「そういう事」
こう見えて勇者パーティー随一の知能の持ち主で、参謀役であったリアナの提案は、やはり的を射ていた。
「代わりの仕事か…」
何も思い浮かばなかった。
身の回りの世話はメイドさんにしてもらうとして…他に特にこれといって求めているものは無い。
…いっそ、エイラもメイドにしてみるか?
元々コイツ、メイドみたいなものだし。
「──おっと、誰か来た様だ」
おそらく、メイドさん達が到着したのだろう。
最初くらい彼女達を失望させないように威厳を見せようと、私はしゃきっと背筋を伸ばして立ち上がった。
「お客人ですか…」
「彼女達に罪は無い、嫌がらせ等は厳に慎むように。良いな?」
エイラにそう念押ししつつ、私は一番威厳を発揮出来そうな登場方法を考える。
結論、応接間の椅子に座ってペルシャ猫を膝の上に乗っけて待ち構えるのが最善だと判断したが、ペルシャ猫なぞここには存在しない。
「悩むのなら、自分で出迎えれば?」
…とは、私の心境などお見通しのリアナの提案である。
「でも、それだと威厳が──」
「──ンなもん、元から無いでしょ?大体、3日もすればバレるから」
でも、ハロー効果ってのもあるし…うーん…
逡巡の末、私は“優しいご主人様”に方針転換する事に決定。
自ら出迎える事にした。
リンリン、と玄関ドアの隣にかけてあるベルが鳴った。
お客様のお越しだ。
そして私は、ドアを開けた。