第12話 春盛りあゝ始まりはドイツ軍(5)「勇者の労働条件改善を求む!…え?勇者は被雇用者ではなく個人事業主扱いだから長時間労働でも問題ナッシング?ンな馬鹿なっ⁉︎」
※前回までのあらすじ
[ゆうしゃ]
*「しょくみんち ほちい?▽
ほちくない?▽」
[しきかんどの]
ほちい
▷ほちくない
[ゆうしゃ]
*「あんちゃん うそ は あかんで うそは▽
おっちゃん なぁ そういう の すぐ わかってまうねん▽
おっちゃん の ちょっかん がなぁ ビビビッ! と きてな
それぐらい なら な わかってまうねん▽」
[しきかんどの]
*「………▽」
[ゆうしゃ]
*「………はなしあおか………?▽」
※注釈
*ベア
ベースアップ。
超簡単に言えば給料アップの事。
※登場人物紹介
*カイル・アリラハン・サッカーモンド
本作主人公。
本名、坂本 珂依。
聞き間違えられてカイルとかサッカーモンドになった。
異世界に転生し、アリラハン王国唯一の勇者として魔王を倒す。
本作は魔王を倒したその後のお話である。
アリラハンの名は王から授かった。
自称21歳だが、それは転生前の話であり、精神年齢的にはもっと歳を食っているし、現在の肉体年齢的にはもう少し若い。
*ドイツ軍
本作の真の主人公。勇者のラノベ主人公特有のチート能力に対抗出来るだけのチート主人公補正を有している。
真の主人公なので、ただの主人公である勇者如きには絶対に負けない事が世界の理によって確定している。
一時的に追いつめられる事もあるが、それは演出の都合上そう見えるだけであって、最終的には勝つので特に心配は要らない。
また、第二次世界大戦で負けたのも、それは演出の都合上そう見えるだけであって、既に勝っているので特に心配は要らない。
好きな軍隊はフランス軍。※ドイツ軍に毎回ボコられるが、何度も懲りずに挑んでくるモブキャラである事が世界の理により確定している。実はドイツ軍に片想いしている。
嫌いな軍隊はソ連軍。※ドイツ軍が真の主人公である以上、本作に於けるラスボスである事が世界の理により確定している。実はダークサイドに堕ちた父親である事が最終話で判明する。
そしてアメリカ軍。※ドイツ軍とは因縁のライバルだが、最後は協力して一緒にソ連軍を倒す事が世界の理により確定している。実は血を分けた兄。
更にイギリス軍。※ドイツ軍をいじめてくる悪の女幹部だが、根は優しい。最終決戦でドイツ軍を庇って死ぬ事が世界の理により確定している。
同盟軍はイタリア軍。※互いに気付いてはいないが実は両想い。つまり本作のメインヒロインである。しかし最後は闇堕ちしてドイツ軍と戦う事が世界の理により確定している。
そして日本軍。※大好きなドイツ軍先輩のために役立とうと頑張る後輩キャラ。ずっとドイツ軍が好きだったが、途中から敵であるはずのアメリカ軍が好きになってしまい、照れ隠しでウッカリ真珠湾を攻撃する。最後まで自分の気持ちに正直になれずにいたが、ソ連軍に無理矢理NTRされそうになったところをアメリカ軍に助けてもらい、最終的に結婚する事が世界の理により確定している。
*エイラ
カイルとともに住む魔族の少女。ていうかぶっちゃけ魔王の娘。
何やかんやあって今は勇者と一緒に住んでいる。
その“何やかんや”に関してはまたいずれ。
首輪に何か秘密があるらしい。
*リアナ・ディア
元勇者パーティーの魔法使い。
元々はボインなお姉さんだったがいつの間にか子供になっていた。
エイラからは「ロリアナちゃん」と呼ばれて小馬鹿にされているが本人はそれが気に食わないご様子。
*オリンダ
アリラハン王国第一王女。
──だが、男だ。
それを知っていて周りは敢えて「姫様」とか「姫」とか呼んでいる。
ちなみにピッチピチの16歳。
*アンティカ
アリラハン王国第二王女。ていうか事実上の第一王女。
大丈夫、普通の女の子です。
カイルとの結婚を目論む肉食系幼女らしい。
「異世界から来た軍隊だって?それもカイルが知っている国?それで勝手に話し合いの場を設ける約束をしてきたって?」
「そうですよ、姫。優秀な勇者で助かったろう?私の咄嗟の脅しとハッタリが無ければ、今頃戦争になっていたかもしれん」
そのまま王城にとんぼ返りした我々は、早速オリンダに経緯を話した。
女性陣二人は別室で待機中。どうせお菓子でも啄んでごろごろしているに違いない。
やっぱり私の報告を受けた“彼女”の表情は複雑であった。
「まだどうなるか分からないだろう?話し合いの結果上手く話が纏まってくれなければ、これから戦争になるやもしれん」
彼女はムムムムム…と机に頬杖をつきながら、何を考えているのやら、ひたすら唸っていた。
「カイルはその、ドイッチュラントとかいう国の事に詳しいのだろう?戦争になったとして勝てると思うか?」
「いかな剽悍アリラハン王国軍といえども歯が立たんだろうな。基本的に、どの要素を比べても全てに於いてこちらは劣っている。そうだな…地の利があるくらいか…」
いくら地の利がこちらにあろうとも、武器の差を覆せるはずがないが。
ただし、接近戦に持ち込めるよう策を弄しに弄せばまだ可能性はある。
市街地戦に持ち込めばあるいは…
しかし我が軍にとって最も致命的な要素は、地上ではなく、空だ。
制空権を完全に握られているのは、はっきり言ってもうどうしようもない。
現代戦に於いて制空権を相手に完全に握られる事は、陸上での大規模な作戦行動が不可能である事を意味する。
「一般の兵では、だろう?騎士団を投入すればあるいは──」
騎士団とは、要は貴族の次男やら三男坊の寄せ集めだ。
長男は家督を継げるから良いが、年少の弟君達はそうもいかない。
家業を継げないなら、食っていくには貴族といえど働きに出るしかなく、他所の大貴族や王に出仕する他ない。
王への出仕の場合は、官僚(ただし、残念ながらアリラハン王国の官僚制度は未熟な代物である)か騎士団員としてかの二通り。
ただ、騎士団員だから貴族かと云うとそうとも限らない。
貴族ではないが貴族に近く、実態としては傭兵である“騎士”という階級が存在し、彼らも騎士団に所属している。
官僚にも騎士団員にもなれる貴族の坊と比べ、騎士は騎士団に入るしか道が無いので、幼少期からみっちり武術の腕を磨いている事が多く、騎士団員を見て強そうだったら騎士、ヒョロそうだったら貴族、と簡単に見分けられる。
一般の兵と比べて騎士団が優れている点と云えば、騎兵であるという事と重装備である事。
つまり、銃火の前にはあまりにも無力だ。
そもそも数もロクに揃っていないので、仮に有用だったとしても大勢を決する事は出来ない。
「──残念だが、騎士団も同様だ。騎士達の持つたったの数メートルの槍は、ドイツ兵の持つ数百メートルの槍に手も足も出ないだろう」
ぐぬぬぬぬ…とオリンダは更に唸る。
「では、カイルよ…そなたならどうだ?勝てるか?」
「勝てるか?」と質問の形でありながら、「勝てると言え‼︎」という強い圧力を私は感じた。
「勝てる、勝てるぞ。私なら勝てる。私のみならず、リアナの魔法も充分通用する」
まあ、そこはほら、勇者ですから。
リアナは…ほら、ああ見えて勇者パーティーの火力供給係ですから。
「おお!ならば──」
何か言いかけたオリンダを制し、私はぶっきらぼうに告げた。
「──しかし、私とリアナが頑張ったところで勝てる確証は無い。あちらの本気度にもよるが、もし連中が本気を出してきたら私の奮闘如きでは盤面をひっくり返せない。戦術的勝利は戦略的勝利には敵わない」
つまり、いくら私とリアナが、いけいけどんどーん!と一騎当千の力を発揮したところで、本気のドイツ軍相手には多勢に無勢だという事。
そもそもWWII期の軍隊はとんでもなく広く薄く散開している事が多いので、リアナの範囲攻撃魔法も効果が薄い。
塹壕さえあれば、歩兵はちょっとした核兵器にも耐える事が出来るのだ、いくら強力とはいえ魔法如きでは一気に殱滅とはいかない。
殊にドイツ軍は機動の権化とも言える様な存在であり、私とリアナが待ち構えていてもその地点は避けて、横から迂回していってしまうだろう。
私とリアナだけを頼みにして戦争をすれば、フランスの二の舞い。
マジノ線の如く華麗にスルーされて、気付いたら後方に展開・集結・準備中の部隊が蹂躙されている事だろう。
要は、象が蟻の大群と戦う様なものだ。
ん?魔法で瞬間移動出来るんじゃないかって?
敵部隊の数だけ瞬間移動する羽目になるぞ?現実的に考えて無茶だ。
「では、あちらが本気を出してこなければ?」
「本気を出さずに戦争など出来ない。戦争をするならあちらは本気で仕掛けてくるだろうし、そうでないならそもそも戦争にまで発展しないだろう。…つまり、戦争をすれば負けるし、しなければ負けない。外交的努力で戦争を防ぐしかない。しかし、だからと言って外交で弱気になれば不条理な要求を呑まされて、結局は姫様の王国は乗っ取られる事になるだろうな。うう、嘆かわしい」
「まるで他人事だな…戦争にならぬように強気の外交を、と言いたいのか?」
“戦争にならぬように強気の外交を”というのは矛盾している様だが、矛盾していない。
強気の外交が戦争に必ずしも直結する訳ではないのだ。寧ろそれが戦争を防ぐ要因となった事例も多い。
「口が達者で優秀な人間に任せるんだ。私がそいつを補佐してやるから」
しょーがねえ、一肌脱いでやるか…と思っていたら、オリンダは想定外の言葉を口にした。
「じゃあそなたに全部任せれば早いな」
…あれれ?
「全部…って?」
「外交の全てだ。責任重大だなぁ、勇者よ」
待て待て…勇者が外交官をするとか見た事も聞いた事も無いぞ?
私のせいで目立たない、他国擁立の勇者達は芸能人みたいにカフェを開いたりして生活費を稼いでいるらしいが…
RPGの勇者はモンスターを倒すだけでお金がザクザク手に入るので、簡単に大金持ちになれるが、現実ではそうはいかない。
スポンサーからお金を貰うか、他の手段を自分で探して稼がねばならないのだ。
私の場合は副業をしていないので、安定した収入はスポンサーであるアリラハン王国からの援助金のみ。
しかしこれは世界を救った勇者からすれば微々たる量で…寧ろ私の稼ぎの大半は臨時収入としてのものだ。
臨時収入──つまり、私を勧誘しようと現在進行形で頑張っている、アリラハン王国以外の国からの“袖の下”だ。
賄賂で潤う勇者って…
しかし亡き母の「タダで貰えるものは貰えるだけ貰っとけ」という教えを墨守している私としては、貰わない訳にもいかんのだ。
それに、贅沢三昧している訳でもない。
そういった収入の大半は戦争で荒れた地域の復興を推進すべく投資に回し、残りは貯金。
生活費として使っている量は、この世界の平均的な農民よりちょっと多いくらいである。
要は実質賃金(?)で見れば、私はとんでもなく薄給だ。
「責任を私に押し付けないで欲しい。昔から責任にはそれなりの報酬が伴うものだ、企業でも責任に応じてお給料が高くなる。だが私の場合は殆どタダ働き!ボランティア!それも自主的なものではなく半ば強制!おじいちゃん、もう戦争は終わったんだよ⁈引退の時期だろ⁉︎」
「だから、褒美に王族にしてやるって散々言っておろうが?それに今なら可愛いお姫様が嫁としてセットで付いてくる!」
「…要らん」
それ、報酬どころか寧ろ赤字だもの…
生意気幼女とセットで責任と義務が付いてくるなんて、誰得である。
「それにそれに、戦争になれば戦うのはそなただ。他の人間が交渉に失敗して戦争突入!…という事態よりも、自分が交渉に失敗して戦争突入!…というシチュエーションの方がまだ納得も行くだろう?」
「いや、何れにせよ納得行かんぞ?」
どう転んでも、私が身を粉にして働く事は決定事項か…
「だが、そなたは我が軍の大将軍ではないか。アリラハン王国軍が戦う時、大将軍が不在では困る。士気はガタ落ち、統率も取れず敗北まっしぐらだ」
“大将軍”とは、アリラハン王国軍に於ける私の地位である。
言ってしまえば、ただのお飾り名誉職。
以前も述べたが、抗魔大戦時に私が偶然アリラハン王国軍を指揮する羽目になった時、「勇者様に相応しい地位を!」とかぬかしたどっかの馬鹿のせいで臨時に設けられた軍の最高位。
臨時だったはずなのにズルズルと引き延ばされ…今に至る。
それが実質的な権限は無いくせに、こういう時に協力の口実として使われる罠だったとは当時の私に気付けようものか…ヨヨヨ…
「統率とは聞いて驚く。私は統率などした事は一度たりとも無いぞ」
ええ、本当の本当にただのお飾りなんです。
「何でも良い、交渉だ。お得意の恐喝外交で戦争を未然に防ぐのだ!」
酷い言い草である。
「もう嫌だよぉ…疲れたよぉ…責任のある仕事に就きたくないよぉ…働きたくないでござる…」
イヤイヤ期の子供の様に、我ながらちょっと恥ずかしい駄々をこねていた私を睥睨しながら、オリンダはまた何やら思案中の様であった。
たぶん、「この幼児退行ニート勇者をやる気にさせるにはどんなもので釣るのが良いだろうか?」とか考えているんだろう。
しかし物などで釣られるものか!勇者はそんなに安くはないのだぞ!私はそんなに安い男ではない!
「よぉし、分かった。そこまで言うなら仕方ない…この手は使いたくなかったが、致し方あるまい…国家のため、私も身を切る他ないか…最終手段だ」
「最終手段だと?ベアか?」
「フンッ…我が国の財政状況を知らんのか?戦争中の多額の出費で国庫は底を尽き、復興にも金がかかる。それなのに働き盛りの男が大勢戦死して労働力不足、畑は荒れ放題、都市の工房の大半も動いていない。つまり税が入ってこない。健在なのは商人どもだけだ!そのせいで借金まみれなのだ。そなたにやる金はこれ以上びた一文たりとも増やせない」
借金大国ジャパン出身の私としては、アリラハン王国の背負う借金など、どうって事はない様に見える。
大体、今回の敵であるドイツ先輩も元はトンデモ借金帝国だったんですよ?
「だからな、金はやれん。その代わり私は泣く泣く身を切る改革ってヤツを断行する事にした」
「もしかして…使わなくなった中古品を押し付けて誤魔化そうという魂胆か?」
自分がクリア済みのゲームを友達の誕生日プレゼントに再利用する、みたいな…?
「ふふふ…中古品ではない、新品だ」
やけに偉そうに彼女は胸を張った。
「物で私を釣れると思うなよ?」
「物ではない、人だ」
「は?」
人身売買ですか?人身ByeBye?いや、それを言うなら人身BuyBuyか。
「私のお気に入りのメイドを3名…貸してやろう。いや、貸すというかあげるというか…人事異動?」
「メイド?何故ここでメイド?」
ちょっと意味が分からないですね…
「よく考えてみろ、メイドだぞ、メイド!私のお気に入りの、可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんだぞ⁈本職もバッチリ!夜のお供にも良し!膝枕で耳掻きしてくれる!メイドさん最高‼︎」
「待て待て待て…貴様、メイドさんに夜のお供とか膝枕で耳掻きとかしてもらってるのか⁈可愛いくて清楚で優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんに⁉︎見損なったぞ!裏山──じゃなくて、恥を知れ!恥を!」
「まあまあ落ち着けって。物の例えだよ、あくまでメイドさんにやってもらえる事の一例を提示したに過ぎない。別に実際にしている訳ではない。…ふっ、着替えは全部メイドにやってもらっているがな」
くっ…羨ましい…!
「欲しいだろう?可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんに耳掻きしてもらいたいだろう?」
「メイドさんで釣るとは…卑怯な…!可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんとか反則だろ…!」
「ドイッチュラントとの交渉をそなたが引き受けてくれさえすれば、可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさん3名は明日からそなたのお家に異動だ。住み込みだ!」
明日から可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんが我が家に来る、だって…⁈
それも、住み込みで…!
「無論、私は紳士だからな。(エッチなイタズラはしたけど)彼女達には手を出していない。つまり、生娘だ。そこは安心してくれ給え」
彼女は羊皮紙と羽ペンを取り出し、何かガリガリと書いていく。
「勇者カイルは、今後のドイッチュラントとの外交及び紛争に関して責任を持つ。その約束が果たされる限り、アリラハン王国はその対価としてメイド3名を譲る。メイドに関する諸経費はこれまで通りアリラハン王国が負担する…これでどうだ?」
ほくそ笑むオリンダを前に、私は歯噛みしながらサインをした。
全ては可愛くて清楚でボンキュッボンで優しくて甘えさせてくれてちょっとエッチなメイドさんのためだ、仕方ない。