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第1章エピローグ「メイドがメイドとなった時、一体誰が主人であったか」


勇者であるご主人様と、魔王の娘である私。

本来相容れぬ存在であったはずの私達の、奇妙な共同生活が始まったのは、魔王(お父様)が私を人質として勇者(ご主人様)に差し出したのがきっかけだった。

正確には、お父様が差し出した…というよりは、私がそうするようにお父様を説得したのだけれど。


「政略結婚であるならばまだしも、人質として差し出すなど…その様な事を認める訳にはいかない」


「…父親として?」


「そう。父親として、許可する訳にはいかぬ」


父親としては満額回答であったが、魔界を統べる王の言葉としては失格だった。

我が身を案じての発言とは知りつつ、思わずため息を漏らしてしまった。


「父親としては許可出来ないのだとしても、魔王としては許可すべきなのではありませんか?お父様が優先すべきは娘一人よりも魔界の民全てでは?」


「それはそうだが、だからと言って人質など…どの様な目に遭わされるか分からぬぞ…?人質としてお前を受け取るだけ受け取って、その後我々を滅ぼすかもしれん。お前も殺されるか、慰み者となるか…人質如きで素直に許してくれるとも思えん。せめて結婚ならば良かったのだが…」


「お父様、現状を理解していらっしゃいますか?我々は敗れたのです。このままでは魔界は滅びてしまうでしょう。このままでは魔族は皆殺しか、良くても全員奴隷行きです。そして、どの様な手を使ってでも許しを請い、魔界を守るのがお父様の使命です。…まだ結婚なぞと生温い事を仰るとは。流石に考えが甘過ぎます。我々は、結婚などと偉そうに言える立場にはありません。どうぞ娘を差し出すから赦してくれ、と懇願する立場にあるのですから。今は出来る事は何でもすべきです」


「我が命で(あがな)う覚悟なら既にある。しかし、娘を犠牲にするなど…非道な勇者に娘を差し出すなど…」


お父様は、優し過ぎるのだと思う。

平時ならばそれがプラスに働いただろうが、戦時中の指導者としては相応しくなかっただろう。

戦争初期の我々が優勢だった時期にも、お父様は無駄な犠牲を恐れて安全牌ばかり選んでいた。それが最終的に人族に時間を与えてしまう結果となり、今日の敗北に至るのである。


「お父様は勘違いしておられます。確かに、勇者以外の人族に私を差し出せば、お父様の憂いておられる様な事も起こりましょう。しかし勇者に限っては、その様な事は起こらないでしょう。私はそう確信しています」


「根拠も無しに確信出来るのか?」


「根拠ならございます」


「どんな?会った事もないのにか?」


「会った事がございます。お話しした事も。一緒にお食事した事さえもございます」


今度はお父様がため息をつく番だった。


「もう良い…止めてくれ。根拠が無いのは分かっておる。お前が勇者と知己であるはずがない。勇者がお前の存在を知っているかすら怪しいものだ」


それに関しては認めねばなるまい。私が勇者という人物をよく知っているつもりでいるのは本当だが、勇者はそうではないだろう。…いや、間違いなく知らないだろう。


「それ程心配なら、こちらも保険をかければ良いのです。私に隷属の首輪を嵌め、私のあらゆる能力を封じて下さい。ただし、その封印は“勇者が魔王に敵対した時”解けるよう設定するのです。勿論、それについてはきっちり勇者にも明かします」


「つまり、人質となると同時に、勇者に枷を嵌める…という事か」


勇者からすれば、私という魔王に対する人質を得ると同時に、人質の皮を被った爆弾を常に抱える事になる。

私の潜在的な魔力は相当なものだ。勇者が魔王に対して牙を剥けば、人質は即座に爆弾に早変わり。…という寸法だ。


これならば、双方にとって抑止力となって、人質としての本来の役割を果たせる。

私個人にとっても、勇者に近付けるのだから何ら不利益は無い。


「しかしそれでは、あちらにとって不利益ばかりではないか?とても受け入れてもらえるとは思えん。先程のお前の言葉を借りると、その様な事を偉そうに言える立場にはないのではないか?」


お父様の言い分は尤もだった。

しかし同時に、私には自信があった。


「交渉次第ですが…勇者はこちらの申し出を受けるでしょう。勇者はああ見えて考え無しな一面があります。その場の勢いに任せて押し通せば、すんなり上手くいくでしょう。それに、勇者は魔族とこれ以上争いたくないでしょうから。私という抑止力は、勇者にとって願ってもない理想の存在でしょう。勇者は必ずしも人族の利益だけを判断基準にしている訳ではないのです」


「…お前は何故そうも自信があるのだ?お前は勇者の何を知っている?」


お父様は、私が本当に何も知らないと思っていたのだろう。

滑稽な事だったが、私は笑いを抑えた。

代わりに、こう言ってやった。


「──私は、勇者の全てを知っていますよ」





魔王軍の敗北は、本当に呆気なかった。

長きに亘る戦争の幕引きにしては、何とも味気ないものであった。


戦争末期、魔王軍は魔界各地に抵抗線を張り、待ち伏せを主体としたゲリラ戦を行う事によって何とか人族の侵攻を遅らせている状況だった。

この時点で魔王軍は完全に消耗し切っており、かなり無理をして数だけは何とか揃えていたが、開戦前には人族を圧倒していた兵の質も、最早目も当てられぬものとなっていた。

お父様は起死回生の一撃を模索していたが、決戦用に温存していたはずの飛龍すらも既に底が見え始める始末。策を打とうにも手駒が足りなかった。


結局、我々が選べたのは消極的な策だけだった。

即ち、敢えて敵の全戦力を一か所に集中させ、なけなしの飛龍を使って敵後方補給線を荒らし回り、これを分断。補給不足に追い込み、強制的に撤退させる作戦だ。

要は、大戦最初期に我々魔王軍が使い古した手だ。しかし、それでいて効果的。

補給は軍隊にとって血液に等しい。補給を滞らせる事は、敵主力部隊と真っ向から交戦するよりも遥かに簡単でありながら、遥かに効果的だ。


人族の魔界侵攻部隊は、のべ数十万の規模。人族の国一つ分くらいの人数が揃っていたのだ。

あれだけの大軍を一日支えようと思えば、仮に兵糧だけを考えてもとんでもない量になる。急造の後方補給線はてんてこ舞いのはずだった。

既に魔界の国土は荒れ果て、略奪による現地調達もままならない。補給線を分断すれば、魔界侵攻部隊は撤退するか飢え死にするか以外に選択肢が無くなる。


私も──戦争の勝ち負けには全く興味が無かったのだが──遊ばせておくには勿体ないという事で、少し協力する羽目になった。主に情報方面が私の担当であった。

精鋭部隊を引き連れ、敵の斥候や前哨、小規模な別働隊、補給に従事する者達を片っ端から襲った。

出来る限り生け捕りにし、捕虜を尋問。敵情把握に努めた。

また、捕虜は解放する前に全員洗脳し、スパイとして利用した。おかげで、敵の内状は手に取る様に判った。

無論あちらも内通者には警戒している様だったが、洗脳という手段の存在には気付けなかった様で、彼らの警戒は全て徒労に終わった。

…唯一、肝心の勇者に関する情報だけは役に立つものが殆ど手に入らなかったが。情報戦に於いても勇者は手強かった。


明らかになった中で特に重要な情報は、人族は結束している様に見えていたが、実はてんでバラバラだったという事。

指揮系統もバラバラ、補給もバラバラ。果ては戦略目標までバラバラ。まさに烏合の衆だったのだ。

人族が本当の意味で一丸になって戦っていたのは、どうやら序盤の苦戦中だけだったらしい。


「勝てるやもしれん」


お父様が嬉しそうに、そう呟いたのを覚えている。

同時に、無理だろう、と思った事も。


いくら策を弄しても、全て看破されるだろう、という確信があった。

いつでも“あの男”は隙間を縫う様に我々の作戦の穴を突いてきた。

まるで運命がそうさせているかの様に、あの男は毎回手段は違えど勝利に辿り着く。

──まさか、未来が見えているのだろうか?…いや、そんなまさか。それは流石にあり得ない。


…だとすれば、前者か。()()か。運命──私の好きな言葉。 私の好きな概念。それが存在するというのか。

だとすれば何と素晴らしいのだろう。運命…良い響きだ。

本当に運命とやらが存在し、我々の未来がそれに縛られているのなら、それは美しくも残酷だ。

私と勇者は常に出逢う運命にあり、常に共にある運命にある。そして彼の最期を見届ける運命に、私はある。

…残酷で、心地好い運命。


運命という概念は私にとって好都合だ。

だから、私は運命を信じる事に決めた。


魔王軍は運命に抗おうとした。だが、運命は無情であった。

運命は我々に、勇者という名の刺客を送った。

勇者は“また”、私の予期せぬ方法で、私の前に現れた。


城を囲む大軍は全て囮だった。

本命たる勇者は、何と単独で魔王城に忍び込んでいたのだ。

そして、これは勇者による完全な独断専行であり、私の張った諜報網には全く引っ掛からなかった。


私とお父様の前に現れた勇者は、私達に血塗れの剣を向け、降伏を迫った。

私達にイエス以外の選択権は無かった。


──そして私は、人質となった。





最終的に勇者が戦争に終止符を打った事で、戦後処理の大半は勇者に委ねられる事となった。

勇者は寛容であり、出来る限り穏便に済ませたい様だったが、周りがそれを黙って見ているはずもなく、勇者は板挟みに苦しんでいた。

我が身の上に関しても同様で、それを免れる事は出来なかった。


「そちらの申し出を受け入れた後で申し訳ないが、お前を公式的に人質として扱うのは難しそうだ」


「…と、言いますと?」


「どいつもこいつも…魔王の一族は皆殺しにしろ、の一点張りなんだ。勿論、お前も含めた魔王の一族だ。魔王は世襲制ではないから、一族郎党皆殺しなぞ無意味だと何度も言っているんだが…自分達の価値観が抜け切らないんだろうな、聞いてくれやしない。あろう事か、魔王の代わりに私を王にして魔界に国を建てよう、などとぬかしおる。魔族は全て奴隷にして、人間界から貧農を連れてきて入植させたいそうだ」


「では、私を殺すのですか?魔族は皆奴隷にされ、男は労働力として酷使され、女は犯される、と?…私は慰み者にされた後、公開処刑でしょうか」


無論、そうはならないであろうという事は分かっていた。

勇者がその様な事を許すはずがない、という確信──否、信頼があった。


「いやいや、まさか。魔王に敵対しない事が降伏の条件だったろ?魔王もお前も、殺させないよ。大体、連中が私を王に担ぎ上げようとしているのは、(てい)の良い厄介払いだ。功労者たる私に何も与えない訳にもいかないだろうし、アリラハン王国以外の国からすれば私の存在は強大過ぎて、脅威でしかないだろうからな。私に褒美を取らせ、私という脅威を遠ざけ、ついでに面倒な戦後処理は私に一任し、予め自国民を植民させておく事で後で甘い汁を吸おうという魂胆だ。…つくづく嫌になるなぁ。良い商売してやがるぜ…」


「私を守って下さるというのならありがたいですが…いくら勇者様といえど、全ての国を敵に回す訳にもいかないのでは?魔族という共通の敵がいなくなり、今の人族にとって最大の脅威は──同じ人族ではありますが──勇者様でしょう。あまり歯向かい過ぎると殺されてしまうのではありませんか?」


戦後直ぐのこの時期こそが、最も勇者の立場が不安定だった頃だ。

庶民からの人気は鰻登りであったが、それに比例して、為政者からすれば目障りな存在となるのだから。


「ふふ…奴らに私が殺せるものか。まあ、もしそうなったら堂々とは暮らせないだろうから、強制的に隠居生活にはなりそうだがな」


「では、真っ向から逆らうのですか?」


「いや、そこまでは流石に無理だ。お前には悪いが、私も自分が可愛いのでね」


「はあ…」


「でも妥協案として、私は嘘つきになる事にしたよ」


「…?」


「私はこれより魔界の王になる。魔界の安定した統治のために、前魔王は殺さずに死ぬまで働いてもらう事にしよう。お前も殺さずに、奴隷として私に仕えさせ、父の前で辱めを受けさせよう。魔族はそのまま国家所有の労働力として、戦争で荒廃した国土の復興に従事させよう。ちなみに、入植者の受け入れはしない。未だに魔界各地で反勇者テロリズムが横行していて、非常に治安が悪いからな」


それを聞いて、私は思わず笑ってしまいそうになった。それはあまりにも苦々しい言い訳の列挙であったからだ。

聞く人が聞けば、魔界のトップが名目上勇者に変わるだけで、実質的には旧体制が完全に残されたままになるという事は明らかだ。

()くも穏当な戦後処理で、反勇者テロリズムなんて起こるはずがない。寧ろ感謝されるだろう。


「最初の方は兎も角…テロですか。もう少しマシな言い訳は思いつかなかったので?」


「これが限界だ。名目上のトップは私になるが、他は現状そのままだろ?これで良いのさ。魔王の肩書きが元魔王になって、お前の立場が人質ではなく奴隷になるだけだ。それぐらいは我慢してもらわねば困る」


「なるほど。では、勇者様は今日からご主人様ですね」


こうして、私はご主人様の奴隷という事になった。

結局、奴隷というよりかはメイドか何かになってしまったが。


その後、私は半年程ご主人様としがない田舎で二人暮らしていたのだが…それはまた別のお話である。

これにて第1章は終わり!(既に第7章まで書き終わっていますが)続きはゆっくり投稿していきます。

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