この世界では密室殺人事件が違った意味で迷宮入りになり易い
「この部屋は完全に密室だったのです」
裁判で弁護士が声高らかにそう述べた。
「終わった」
僕は肩を落として譫言のように呟く事しか出来なかった。そもそもどうしてこんな事になったのだろうか。
事の始まりはこうだった……
僕は何処にでもいるような平凡な大学生だった。その日もバイトを終えていつも通り深夜に帰宅した。玄関を開けると眩い光に包まれた事までは覚えているのだが。
薄れゆく景色の中で玄関の鍵を閉めた様な気がする。でもこれもいつも通りだ。
ただ目を覚ますと、そこはいつもの六畳一間の僕の部屋では無く、煌びやかで豪奢な書斎だったのだ。
それだけでも戸惑うと言うのにも関わらず、なんと目の前の机には血を流し突っ伏している人がいたのだ。いや、既に呼吸も脈も無く冷たくなっていたので正確には死体と言うべきであろうが。
そして、あれよという間に僕は捕まって、今まさに裁判を受けている所だったのだ。
「何だと、みっ、密室だと」
検察官が焦っている。
そこで僕はおかしい現状に漸く気が付いた。何故弁護士が僕に不利な証言をして、それを聞いた検察官が動揺しているのだろうか。
「更に、被害者の死亡時刻は午後9時27分ですが、被告人がこの部屋に入ったのは翌午前0時5分です」
確かに僕が家に帰り着いたのはその位の時間だったが……何かがおかしい。
そうだ、普通こういった時は『死亡推定時刻』と言うのではないか。分単位で断定するなどあり得ないのじゃないかと朧げなドラマの知識で考える。
「では、部屋は密室では無かったと」
検察の焦り方は尋常ではなかった、何かこの事件に後ろ暗い事が有るのだろうか? 弁護士の方を見ると微かに微笑んだ気がした。そして大きく頷いて見せてくれた。それだけで何だか安心出来たのだった。
「聞きましたか、今の発言から推測すると警察及び検察は初動の捜査を怠ったと考えられます。密室なのを良い事に態と迷宮入りに持ち込もうとしたのでは無いでしょうか? その証拠として魔法捜査の資料を提出いたします」
結論から言うと僕は無罪放免になった。
しかし、どうやらここは僕の元いた世界では無いらしい。異世界に転移してしまった様だ。
魔法が存在するこの世界では密室を作る方法があり過ぎて、元の世界とは違った意味で迷宮入りになる事が多いらしいと猫耳の弁護士さんが教えてくれたのだった。