カラオケボックスにて
昌也はトイレで用をたしている慎也にそっと近づき、両手で慎也の両肩を「ポン」と叩き声をかけた。
「慎也さん、キャバクラ行きませんか?」
「おわっ!ぶっくりした!」
「なんすか『ぶっくりした』って!」
「だってお前、トイレで用たしてん時に後ろから肩なんか叩かれたらびっくりすんだろ!」
「あぁびっくりね」
「危なく便器についちゃうとこだったじゃねぇか!」
「なに見栄はってんすか!慎也さんのそんなにデカくないでしょ?」
「アホ!そっちじゃねぇよ!服が便器についちゃうって言ってんの!」
「じゃあキャバクラ行きましょう!」
「じゃあキャバクラ行きましょう!ってなんだよ!」
「まぁいいじゃないですか!」
「いつ行くのよ?」
「今です。カラオケつまんなくないですか?」
「俺これからDEEN歌う予定なんだけど...」
「DEEN?曲はなんすか?」
「このまま君だけを奪い去りたい」
「いい曲っすね!でも部屋におっさんしかいないのにそんないい歌うたってどうすんですか!誰か奪い去りたいおっさんでもいるんすか?」
「アホか!俺は女が好きなんだ!」
「じゃあキャバクラ行きましょう」
「マジで?」
「マジです」
「ほんじゃこのまま行っちゃう!」
「えっ!このまま出ちゃいます?大丈夫ですかね?」
「平気だべ!みんな酔ってんし月曜まで覚えてるやつなんて誰もいねぇよ!でも俺、けっこう酔っ払ってんからワンタイムだけね」
今現在、慎也と昌也が勤めている会社の歓送迎会での三次会に突入している真っ只中だった。二人はとある製薬会社の品質管理部に所属していて、慎也52歳、昌也30歳。一世代違うが共通の趣味がパチンコという事もあってしょっちゅう遊んでいる仲だった。
慎也はバツイチ子持ちだが、子供は母親と暮らしているので本厚木で一人暮らし、毎月の養育費は大変だったが、ある意味気ままな独身貴族だった。昌也は結婚しておらず、伊勢原にある実家で両親と暮らしている本当の独身貴族だった。慎也と昌也はトイレでの協議の結果、カラオケビックエコーの大部屋で歌っている会社の上司、同僚を置いてけぼりにし店を出ることにした。
「んで?どこ行くのよ?」慎也は昌也に尋ねた。
「フィリピン行きましょう!」
「ん?」
「フィリピンです。」
「フィリピン?」
もちろん海外旅行の話ではない。フィリピンとは最近、昌也がはまっているフィリピンパブの事である。
「キャバクラってフィリピンパブのこと言ってたの?」
「はい」昌也は元気よく答えた。
「俺もちょっと行きたいキャバクラあんだけど...」
「国はどこですか?チャイナ?韓国?」
「く・国は日本です。熟女パブ...」
「えっ日本人ですか?」
「はい...」
「日本人だったら毎日どこかしらで会ってるじゃないですか!だったらフィリピンで良くないですか?」
昌也はよくわからい理屈をごね、自分の行きたいフィリピンパブへ慎也を誘導しようとしていた。
「慎也さん!僕がフィリピンパブに行くのには理由があるんです」
「はぁ...なんすかね?」
「僕は英語の勉強も兼ねてるんです!」
「へっ!英語?」
「彼女たちは英語、話せるんですよ!」
「はぁ...」
「慎也さんも英語勉強したいって言ってましたよね?」
「はぁ...」
「だったらフィリピンでしょ!」
「はぁ...」慎也の口からは「はぁ...」と言う単語しか出なかった。
「だからフィリピン行きましょう!」
昌也はまたもやよくわからい理屈並べ、自分の行きたいフィリピンパブへ慎也を誘導しようとしていた。
「ちなみにそのフィリピンパブには昌也さんのお気に入りの娘がいるんですよね?」慎也はなぜか昌也に対して敬語だった。
「はい!僕専属の英会話教師がいます」昌也はそう言って「ニヤッ」と笑い、ウインクをしながら右手の親指を立てた。
すると慎也が「ほんじゃ別々に好きなとこ行く?」と言うと昌也が「それはダメです!僕は一人だと女の子のいるお店には入れないんです。」
「なんじゃそりゃ!」慎也は心の中でつぶやいた。
「え~!俺、熟女がいいよ~!」慎也にも熟女パブで指名している専属教師がいた。(なんの専属教師でしょ...by天の声)
「だったらじゃんけんで決めましょう!僕が勝ったらフィリピン!慎也さんが勝ったらチャイナです!」
「おい!それってどっちも外国...」と言おうした慎也を昌也は無視し、勝手にじゃんけんを始めた。
「最初はブー!」昌也は「ブー」の時、体をくの字に曲げ、おしりを慎也の方に突き出した。
「なんだそりゃ!」と慎也はつっこみを入れたが昌也はこれもまた無視し、じゃんけんを続けた。
「じゃんけんポイ!」慎也は「続けるんかーい!」と言いながらもグーを出した。昌也はパーだった。
昌也は「よっしゃー!フィリピン!」と言って軽快にツイストを踊りだした。そして「フィリピン・フィリピン」と連呼している。
「この踊りわかります?」
「パルプフィクション?」
「さすが慎也さん!ドン・チョラボルタです!」
「ジョン・トラボルタね、ひっくりかえっちゃってますけど」慎也は小さくつぶやいた。
「じゃあこれわかりますか?」昌也は両手で股間をおさえ「あぉー!」と奇声を発した。
「なんじゃそりゃ?」
「えっ?わかりませんか?」
「はい...」
「ジャイケル・マクソンです!」
「それもひっくりかえっちやってるけどね」慎也はまたまた小さくつぶやいた。
昌也は再び「イェーイ」と言って今度はゆっくりとしたツイストを踊り始めた。
踊っている昌也の横を通り抜けていく人が「この人にかかわっちゃいけない」オーラを出しながら下を向いて通り過ぎていった。
「おい!わかったからもう踊んな!!」慎也は昌也の腕を引っ張りツイストをやめさせ「こっちだっけ?」と顎で行く方向をしめした。
「いえ〜す!ナマステです!」
二人は本厚木駅からすこし離れたイトーヨーカドー近くにあるフィリピンパブ「ナマステ」へと歩き始めた。
慎也は小さくつぶやいた。「なんでフィリピンパブなのにナマステなんだよ?」このお店のオーナーはインド人で奥さんがフィリピン人だった。
この時、時刻はすでに午前1時をまわっていた。
第二話へと続く...






