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50 魔王

 階段を上り、二階のリビングのソファーに目を向けると、後ろ姿の白い髪の女性が見える。それに対面して座っている委員長がいた。

 委員長の表情は険しい。最初にこの店で会った時みたいだ。


 あの白い髪……まさか。みーちゃん僕の手から降りてが警戒モードに入ってるから、これはもう間違いないだろう。


「白ヨルさんですよね? 色々とお世話になってます。本日はどの様な趣で?」

 僕の声を聞いて振り返る白ヨルさん。何故かとっても嬉しそう。


「お前か、丁度良い。この娘を何処かにやってくれ。目障りだ」

「恨まれて当然の事をしたからだろ。委員長に謝ったのか?」


『何故謝る必要がある。それよりもお前に話がある。そこに座れ』

 委員長は何か言いたい感じだけど、んーんー言って身振り手振りで自分の口を指してるだけだった。


「もしかして、委員長を喋れなくしてるの?」

『煩いからな。捨て置けばそのうち動けるようになる』


 どうやら足も動かないらしく、仕方ないから、委員長の手を取って立ち上がらせて元僕の部屋へお姫様抱っこで連れて行った。

 中では千代田さんがソファーに座って震えていた。その隣に委員長を座らせ、リビングへと戻る。


「それで話とは?」

『簡潔に言えば、もう一つの世界を維持する事が出来なかった。ゆえに統合した』

「えっと、僕に理解出来る言い方で頼む」


『お前がソニアとなって行った世界が維持できなかったという事だ。お前が面倒事を持ち込んだせいだ』

「それは……悪かったと思ってるけど。それで統合ってのは?」


『そのままだ。二つの世界を統合したのだ』

「つまり、この世界に何か変化があるってこと?」


『お前に関わる事だと、お前も既に気付いてる様に、スキルがソニアのものと一緒になった。肉体的にお前はソニアと統合してしまった為に、どちらでも好きな姿になれる』

「え? ソニアに変身出来るってこと? じゃあ、こっちの世界のソニアさん消えちゃったの?」


『ソニアはそのまま居るぞ。特に変化はない。統合されて何も変わってないのはアイテムボックスのスキルだけだ』

「なるほど……。今日はそれを僕に伝えに来たの?」


『それもあるが、本題は日本でお前を襲った奴らについてだ。あれは地球の元管理者の使徒共だ。そいつらがお前を異物と判断している』

「要するに、僕に地球から出ていけって地球の管理者だか神様が怒ってるということ?」


『現在地球に管理者は居ない。神は居るが、神は何もしない。管理者は既に地球に見切りを付けて去った。だが、その意思を継ぐ使徒が残っているのだ』

「えっと……これって僕が聞いて良い話なの?」


『構わん。我とお前が地球の管理者となれば問題ない』

「え? 僕が?」


 その瞬間、みーちゃんが巨大なフェンリルへと変化した。凄まじいパワーが荒れ狂う。

 何処から現れたのか、バルデュアスさんも顕現する。


『コウイチを番にするつもりか! 許さんぞ!』『エリオはわたしの番になる予定よ』


 三すくみの状態で、色々な思惑がぶつかっている。ちょっと止めてほしい。

 この店が壊れちゃうし、とんでもないパワーを撒き散らしてるから、高レベルの僕ですら意識飛びそう……。


「みーちゃんとバルデュアスさん、落ち着いて! 近くに心臓の弱い人が居たらショック死しかねないよ!」


『すまんニャ……』『ごめんなさい』

 意外に素直に謝られて拍子抜けした。


『エリオは既に我のものとなっている。貴様らが口を挟む余地は無い』

『弱みを握って言いなりにするとは卑怯な!』『全て計算通りって事かしらね。ほんと蛇みたいに陰湿』


「あの、管理者になるってのは今すぐの話なの?」


『お前が生きる事に飽きてからで良い。どうせ2~300年も生きたらそうなる』

「気になるのは、僕が管理者になるのをみーちゃんが阻止しようとしてる理由って何?」


『人の理を外れるからだろ。犬はいつまでもお前に飼い主である人で居てほしいのだ』

「よくわからない。人の理を外れると僕の何が変わるの?」


『それを知る権限は今のお前に無いが、特別に教えてやろう。それは……』

『やめろ! それ以上言えば、刺し違えてでも貴様を地の底に沈める!』


『フフ。まぁ良い。それまで精々甘えて可愛がって貰う事だな』

『グルルルル……』


 僕はみーちゃんに駆け寄り、抱きしめて落ち着かせる。詳しくはわからないけど、僕はいつまでもみーちゃんと一緒だ。

 それだけは絶対に変わらない。


 猫の姿に戻ってくれたみーちゃんを抱きしめ、もう一度白ヨルさんと向き合う。バルデュアスさんは僕の横に座った。

 

『これで話は、ほぼ終わったな。地球の元管理者の使徒は我が対処しても良い。世界を統合して力に余裕ができたからな』

「……」


『お前がその手で復讐したいのか? それでも構わんが』

「いや、対処してもらえるなら……そうして欲しい」


『いいだろう。ソニアに姿を変えたければ聖女の秘密箱を使え。話は以上だ。何か質問あるか?』

「黒い方のヨルさんはどうなってるの? 手紙出してもまだ返事来ない」


『我々を観察してるだけだな。お前はそんな事を考えなくて良い』

「……」


『我は行くぞ。まだしばらく調整に時間が掛かる。それと、これをお前にやろう。上手く使いこなせ』

 そう言って白ヨルさんが二つの玉を投げてよこした。僕は両手でキャッチする。それは白と黒の市松模様の野球ボール大の玉だった。

 両手のひらに乗せた玉を見る。何か魔力の流れみたいなのを感じる。


「何これ?」

『すぐ解る』


 その言葉を最後に白ヨルさんは消えた。転移でも使ったのだろうか。

 この部屋の緊張感も消え、深呼吸してソファーの背にに身を沈めた。


「みーちゃん、この玉は何かわかる?」

 みーちゃんは僕の手のひらの上の玉を覗き込み、バルデュアスさんはひょいっと僕の手から玉を取って観察し始めた。


『テスとは違う力を感じるわ』

 バルデュアスさんが玉を指で転がしながら呟く。


『コウイチ、スマホを出してみるニャ』

 みーちゃんに言われてスマホを出してみる。え? 5Gのアンテナが表示されてる……。ヨーツーブのお知らせ告知が出てきたからネットに繋がってるんだよな。

 ネットワーク設定見てみたら、WiFiを繋げる候補があるし、WiFiに繋がった。つまり、この玉ってフリーWiFi機能もあるのかよ。

 恐る恐るネットに繋げてみると、ヨーツーブの僕の動画が見れて変な笑いが出た。

 

 ただし、電話は一切繋がらない。美月の番号に掛けてみても、117とかに掛けてみてもダメだった。

 ちなみにSNSや掲示板は見ることは出来ても書き込みは出来なかった。

 

 でも、ネットに繋がるだけでも有り難いな。まさかフリーWiFi装置をくれるなんて予想もつかなかったよ。


「なんでこんな物くれたんだろう。まさか親切心?」

『地球の管理者権限を使えつつあるアピールだと思うニャ。むしろこれはミー達に向けての牽制ニャ』


『ねぇ、わたしもスマホ貰えないかしら』

「え? 何に使うんですか?」


『地球の事を知りたいし、エリオの動画見たいわ』

「そうか……。この玉があると、みんなに僕の動画見られちゃうんだよね。恥ずかしいな。よし! この玉は封印しよう」


『ちゃんと使ってあげないとアレは何するか解らないわよ~』

『それはあるかもしれないニャ。少なくない労力で作った筈だからアイテムボックスの肥やしにしたら何をしてくるか解らないニャ』


「仕方ないな……。でも二つ玉がある意味はなんだろう? 一個だけではヨルネル大陸全部はカバー出来ないのかな?」

『玉は此処に置いて、ヨルバンに転移してスマホが使えるか確かめてみればいいニャ』


 みーちゃんの言葉に従い、ヨルバンに転移したけど、さすがにここまでは電波は届かないみたいだ。

 つまり、ヨルバンとドルフィノ用に玉を二個用意してくれたのか? サービス良すぎない? なんか気持ち悪いわ。


 転移でドルフィノへ戻り、再びスマホを見る。アンテナ立ってるな。

 僕のスマホはちゃんと契約してる物だから5Gも使えるけど、本体だけ買ってきたスマホはWiFiしか使えない。何か不都合とかあるかな?

 僕はスマホとかに関しては詳しくないんだよね。ソシャゲもやらないし。それでもネット使えるみたいだから問題ないだろう。


「玉は一つドルフィノに置いて、もう一つはヨルバンに置くよ。こっちのみんなもスマホ使いたいだろうし」

『わたしも使いたいわ』


「精霊さんの肉体事情はわかりませんが、そもそもスマホ使えるんですか? 使い方もわからないだろうし」

『使えるわよ。ちょっと貸してね』


 バルデュアスさんは僕からスマホを奪い取るとポチポチ押し始める。

 ぎこちないけど一応使えてるみたい? 画面は確か静電気みたいなものに反応してると聞いたことがある。精霊さんにもそれがあるのか。


『あ! 画面割れた』

「えぇぇ……。どんなパワーで押してるんですか!」


『ごめーん。直すから許してね。それと、これ欲しいわ』

 バルデュアスさんがキラキラしてる不思議な力を使うと、時間が巻き戻るように画面が元通りになった。

 さすが精霊王ってだけあるな。


「それなら、これをあげるので、僕のは返して下さい」

 アイテムボックスの中から適当なスマホを出して渡す。あ、これタブレットじゃん。まぁいいか。


『嬉しいわ。エリオの動画楽しみ』

 バルデュアスさんはタブレットを大事そうに抱きしめて空中でくるくる回っている。その姿は幻想的で、とても美しい。

 ていうか、充電どうする気なんだろう?


「みーちゃんもスマホ要る?」

『要らないニャ。ミーは日本の事はそんなに興味無いニャ』


 この後、委員長たちの部屋に行くと、二人は失神していた。起きたら色々と説明が面倒だから寝かせておこう。

 下に降りると、お店のお客さんも失神してるみたいで、シイリスさんが介抱していた。さすが元ローズ隊の隊長さんだけにみーちゃんの圧に耐えきったみたいだ。

 僕もそれを手伝って、聖女の奇跡を広範囲にかけてお客さんを介抱する。


 介抱後、食事代は無料にして次回無料券を渡してお客さんには帰ってもらった。二階から委員長たちも降りてくる。

 みんな揃ったところで、僕は今起こったことの説明をすることになった。


「すみません。僕からも先に聞きたいのですが、あの白い髪の人はどうやってお店に来たんですか? 普通に入り口から?」

「いきなり二階に現れたのよ。ヨルさんですか? って聞いたら、お前達が破壊神と呼ぶ者だって。ニヤって笑ったあの醜い笑顔見覚えあったから……頭に血が上って色々叫んじゃって……」

 委員長は今でもまだ興奮気味だ。村のみんなを笑いながら食べた仇が目の前に来たんじゃ仕方ないだろう。


「ごめん。ちゃんと話すべきだったかも。倒しはしたけど、破壊神はこの世界の生みの親だから死なないし、殺せないんだ」

「じゃあ、あの化け物は今でも野放しなの? なんとかしないと……」


「委員長、落ち着いて。破壊神は、もうこの世界の住人を食べたりしないと約束してくれた。理解し難い思考の持ち主だけど、嘘はつかないと思う」

「……」


「今回の騒ぎについてみんなに説明しますね。破壊神は単純に僕に会いに来ただけみたいです。それで話がこじれちゃって、みーちゃんとバルデュアスさんが怒ってあんな状態になってしまったんだ」

『悪かったニャ』『申し訳ありません』

 突然姿を現したバルデュアスさんと、僕に抱かれたままのみーちゃんが謝る。


「精霊王様は貴族街のお店で見て知ってましたが……以前から気にはなっていたのですが、そちらの喋る猫さんは何者なのですか?」

 シイリスさんは鋭い視線でみーちゃんを見る。


「みーちゃんはフェンリル王と呼ばれる存在です」

「……なんと言っていいのか、言葉を失いますね。もう一つ、その腕輪の事をお聞きしても?」

 シイリスさんは僕の剣聖の腕輪をじっと見ている。今気がついたけど、シイリスさんの腕にも剣聖の腕輪があった。でも、僕のとは少しデザインが違うな。


「これはヨルバンに居るミストライナーさんに貰った物です」

「そうですか。後ほど是非お手合わせをお願いしたいのですが」


「え? 本気ですか?」

「ええ。本気です」


『ちょっといい? 騎士達がこっちに向かって来てるわ』

「な、なんで?」


『わたしとフェンリルのせいでしょうね』

 バルデュアスさんは、そんな他人事みたいな言い草で空に浮きながらタブレットをいじってる。


 次第に店の周りが騒がしくなる。店から出ると、白い鎧で統一された騎士たちが店を取り囲んでいた。

 その中から一人の騎士が歩いてくる。僕も剣を学んだから雰囲気でわかる。この人は強い。


「尋常ではない闘気が溢れたのは、この店で間違いないか?」

 白い騎士さんの目が僕を射抜く。思わず息を呑んでしまう程の迫力だ。前の僕なら腰砕けになってたかもしれない。


「はい。ご迷惑おかけしてすみません」

 面倒事は困るので、ここは素直に謝っておく。でも、この人ちょっと怖いのでシイリスさんの方を見てヘルプした。

 シイリスさんはニコニコしながら僕の横に来て、騎士さんに話しかけた。


「ルデルク、大丈夫よ。問題は解決したから」

「シイリス様がそう仰るなら……ですが、何が起きたかはお聞かせ下さい。ドルフィノ白騎士隊長としても知っておく必要があります」


 シイリスさんはルデルクさんだけを店に招いて、今起きたことを話した。

 ルデルクさんは僕とみーちゃんを交互に見て、困惑している様子だ。この猫がフェンリルになりますとか言われても普通は信じられないよね。


「みーちゃん、フェンリルの姿になってくれる?」

『わかったニャ』

 抱かれてる僕の腕から降りると、店の中というのを考慮して大型犬ぐらいのフェンリルになった。

 ルデルクさんはそれを見て一瞬驚いたが、すぐ冷静になる。


「わかった。しかし、今後はこの様な事が無いように注意して欲しい」

「はい。すみませんでした」


「君はフェンリル王と懇意にしているみたいだが、ヨリュア様の使徒なのか?」

「いいえ。みーちゃんとは一緒に育った家族みたいなものです」


「なるほど。ハイエルフならばそういう事もあるのか。もう一つ聞きたい。君は剣聖の儀に挑むつもりなのか?」

「剣聖の儀とは?」


 ルデルクさんの話によると、剣聖の腕輪を持つ者だけを集めて戦うイベントがあるらしい。勝ち抜くと剣聖になれるのだとか。

 今は付けてないけど、ルデルクさんも剣聖の腕輪持ちとのこと。


「僕は大切な人を守りたいから修行を乗り越えただけで、剣聖になろうとは思ってません」

「そうか。少し残念だな。では、シイリス様失礼します」

 ルデルクさんはそんな言葉を残し、お店から出ていった。何が残念なんだろう。


「ルデルクと店長の試合を見たかったです。参加するだけでも価値のある義ですよ。是非参加しましょう?」

 シイリスさんはニコニコしながら、やたら参加を推してくる。


「いえ、さっきルデルクさんに言った通り、剣聖に成る為に修行したわけではないですから」

「そうですか。ならば私との手合わせはお願いします」


「なんでそんなに僕と戦いたいのですか?」

「私が七代目剣聖、シイリス・クライスだからです。そして、ミストライナーは好敵手だった男。店長がその弟子ならば戦いたいと思うのはご理解いただけると思います」


「ミストライナー師匠は八代目剣聖って言ってたから色々あったのでしょうね。納得しました。けど、僕としては戦う理由が無いです」

「多くの者との試合は剣を高めますよ。誰かを護りたいのならば、そうするべきだと思います」


「……わかりました。でも、それは後ほどで良いですか?」

「はい。楽しみにしてます」


 なんとか場が収まってホッとしたところで、今度はローズ隊のシモーヌさんとエリーシアさんが店に飛び込んできた。

 僕を見付けると、早足で接近する。


「また何か問題を起こしたのですか? 諜報部隊から緊急の連絡が来ましたわ」

「すみません。ですが、もう解決したのでお引取り下さい」


「そうですの? ん? その腕輪は何処で手に入れたのかしら」

「ミストライナーさんという人に貰いましたよ」

 なんかこのやり取り飽きてきたよ。みんな帰ったら腕輪は外しておこう。


 シモーヌさんはシイリスさんに目配せしてるけど、明確な答えを貰えなかったみたいで挙動不審になってる。

 エリーシアさんも僕の近くに来て腕輪を観察している。なんか面倒になって腕輪をアイテムボックスに収納した。


「あ、消えた!」

 エリーシアさんは僕の手を取って腕輪を探している。いや、そんな所に無いから、股間に手入れないで!

 目的のものを触ってニヤニヤしてるし、結構ヤバイ人だな……。


「でも、隊長。旦那様の手は剣を扱っているようには見えないですよ」

「そうね。とても綺麗な手ですわ。剣聖の腕輪は本当にミストライナー様に認められて頂いたのですか?」


「本当ですよ。手が綺麗な理由は、聖女の奇跡という魔法で治りますので」


 そんな話をしたけど、まだ疑われている感じだな。どうしようかと考えていると、何処からかローズ隊の部下っぽい人が来て、こっちを見ながらシモーヌさんに耳打ちしている。

 子供の時、仲間はずれにされてみんなに内緒話された過去を思い出して、あまり気分は良くない。変なトラウマが蘇った。


(わたくし)達がテレシア姫の護衛でセイラに行ってた間にヨルバンで派手に暴れたようですわね」

「暴れた? 特に何もしてないですよ」


「闘技場でお客入れてミストライナー様と決闘して勝つなど、異常事態ですわ」

「それは、成り行きでそうなっただけで、僕が意図してやったわけじゃないです」


「貴方は剣聖(・・)というものが、如何なる存在か理解してないのですのね。それでは行きましょう」


 ニヤッと笑ったシモーヌさんとエリーシアさんに僕は腕を掴まれ、捕まった宇宙人状態でローズ隊訓練場までドナドナされた。

 どうやら僕と剣の試合をやりたいみたいだ。騎士団はなんでこんな戦闘民族なんだろ? シイリスさんも当然の様に同行してる。


 訓練場に着くと、好きな武器を選べと言われたので、適当なショートソードを二振り手に取る。

 剣聖の腕輪貰った後に数日エマさんから双剣術を習ったので、練習試合なら丁度良い。

 二振りの剣を構えると、剣の感触を確かめる為に演舞をする。まだ型を三つしか覚えてないけど、もっと覚えたい。


「その双剣術は誰から習ったのですか? ミストライナーではないですよね?」

 シイリスさんはミストライナー師匠とライバルだったみたいだから気になるのかね。


「うちでメイドしてもらってるエマさんという女性ですよ。かなり強いです」

「エマ? なるほど」

 シイリスさんは納得したのか、すぐ引き下がった。何か納得できるポイントがあったのだろうか?


 準備運動が終わって待っていると、エリーシアさんがブロードソードを持ってやってくる。

 エリーシアさんも副隊長というぐらいだから、当然強いのだろう。でも僕には彼女に脅威を全く感じなかった。


「はじめっ!」


 シモーヌさんの声がかかると、エリーシアさんが低い姿勢から走ってきて剣を横薙ぎにはらう。遅いな。

 避けるまでもないので剣の腹の部分を蹴り上げると、剣をかち上げられて無防備になったエリーシアさんの首に剣を当てる。


「エリーシア、手を抜き過ぎですわ」

「そんな事を言うなら隊長が試合してくださいよ! 試合だとしても将来の旦那様に剣を向けたくないです」


「私情で剣を鈍らせるなら、今すぐ騎士を辞めて国へ帰りなさい」

「ぐぬぬ……」


 エリーシアさんは剣をロングソードに変えると、僕に向けて真剣な顔をした。ここからが本気らしい。

 

 先程とは比べ物にならない速さで接近すると、コンパクトに上下左右から攻めてくる。

 時折突きを織り交ぜてこちらのスキを伺っているようだ。エリーシアさん自体も中々スキが無い。流石は副隊長。


 僕はエリーシアさんの剣をあえて全て避ける。まだ剣で受ける程の脅威は感じなかったからだ。

 全てを躱されたせいか、少し焦り始めたエリーシアさんの剣速が上がる。そしていよいよ剣技を使うみたいだ。


 一度退き、剣を構えると闘気をまとい、水平に一閃する。いくら刃を潰した剣とはいえ、これが当たれば怪我では済まない。本気になった証拠かもしれない。

 僕もそれに合わせて剣を水平に一閃する。ギィッン! と、派手な音を立てて剣技が無効化されたエリーシアさんが呆然としている。


「軽く振るったショートソードで剣技を打ち消されました……」

 エリーシアさんは続けても僕には勝てないと悟ったのか、一礼して下がった。


「次は(わたくし)が行きますわ」


 ゆっくりと歩いてくるシモーヌさん。スキが全く無い。騎士隊長というだけの事はあるな。

 シモーヌさんは左手に小さな盾を装備し、右手の片手剣を不思議な軌道で振るう。まるで剣が独立した生物のようだ。

 僕はそれをショートソードで受け流していく。彼女はまだ本気ではないから今の所は凌げている。


「貴方からも攻めて来ても良いのですよ? 演舞で見せた双剣術はお遊戯ですの?」

 挑発的な表情で剣速を上げて煽ってくる。それなら僕もエマさんに習った成果を見せてやる。


「いきますよ!」

 僕は攻撃の前に一声かけると、両手に持つ剣を舞わせた。エマさんの剣は美しさと実用性を両立している。それに僕も惚れ込んだのだ。

 シモーヌさんは僕の流れる様に舞う剣を受け流して、両者膠着状態かと思われた時、彼女の剣技が発動した。


「はぁぁぁ!」

 それは先程とは比べ物にならないスピードで襲い来る複数の剣。さながら咲いた薔薇のように複雑な軌道で全方位から迫りくる。

 後ろに飛んで逃げられなくもない。でも、この剣を受けてみたくなった。僕も剣の楽しさを知ってしまったようだ。


 金属同士のぶつかる激しい音と火花が連続で弾ける。いつ終わるとも知れない暴力の嵐を二振りの剣が舞いながら弾き続ける。

 そして最後の剣を滑らせ彼女の懐に入り、首へ剣を押し当てた。


「負けましたわ。貴方に嫁ぐ事が出来るのを誇りに思います」

 シモーヌさんも剣を降ろし、一礼して下がった。


「ついでに私もお手合わせお願いできますか?」

 次はシイリスさんが前に出てくる。ここまで来たら拒否する理由も無いな。彼女は師匠のライバルだった人だ。

 それなら付け焼き刃の双剣じゃなくて、ミストライナー師匠に教わった剣で戦おう。僕はショートソードを返し、片手剣を装備した。


「店長、準備はよろしいですか?」

「はい。いつでも」


 その瞬間風が吹いた気がした。以前、シイリスさんとごーさんが出会った時の事を思い出す。一瞬でごーさんの首へ剣を振るっていた。

 あの時と同じ様に神速の剣が僕に迫る。なんとか剣を間に入れて防ぐが、その神速は一撃では終わらない。

 

 シイリスさんの動きに目をこらし、剣を目で追う。僕の強みは動体視力の良さなのだ。

 さすが剣聖……強い。ミストライナー師匠はパワーとテクニック型という感じだったけど、シイリスさんはスピード特化型みたいだ。

 だからと言ってテクニックが無いわけではない。わかってはいても反応出来ない剣速であらゆる方向から迫ってくる。


 しかも、たまにわざとスピードを落としたりしてフェイントも織り交ぜてくるから非常に厄介だ。

 既に僕の身体には何度か剣がかすっている。これが実戦ならば、出血で僕の動きが鈍っていたかも。実質もう僕は負けているのかもしれない。


 だが、これは試合だ。そして、どんな速さでも慣れてしまえば対応できる。今の僕にはそれが出来る下地があるのだ。

 激しい剣戟は続くが、試合開始してから10分を過ぎた辺りで、シイリスさんは少し動きが鈍ってきた。スキをわざと見せて僕を誘うつもりかな?


 しかし、シイリスさんは剣を下ろし、いつものニコニコした表情で話しかけてきた。


「私の負けです。是非これを受け取ってください」

 シイリスさんは自分の腕から外した剣聖の腕輪を僕に渡してくる。


「これって弟子に渡す腕輪ですよね? 僕はシイリスさんの弟子ではないですよ」

「それは少し誤った認識です。剣聖の腕輪は認めた相手に渡す物なのですよ」


「そうなのですか? それと、負けたのは僕の方だと思いますよ。僕はシイリスさんの剣を凌いでいただけで、四回攻撃が掠りました。それにシイリスさんはまだ剣技を見せてないです」

「限界を超えた速さを引き出すのが私の剣技。一定時間内に倒しきれなかった時点で私の負けなのです。それに引き換え、店長は戦いの中で速さに順応して行きました」


「そうなのですか……。正直に言うと、以前僕のゴーレムとの戦いを見ていなかったら、最初の一撃に対処出来なくて負けていたと思います」

「初見殺しは強みになりますから、店長がその気ならば私の剣技も学んでみませんか?」


「え? あ、はい。よろしくお願いします」

「承りました。それでは私の授けた剣聖の腕輪はしっかり付けて下さいね。ミストライナーの腕輪は付けなくてもいいですが」


「もしかしてミストライナー師匠と仲悪いのですか?」

 シイリスさんは何も言わずにニコニコしている。それ以上聞くなオーラが凄い。


「わ、わかりました。腕輪は付けますので」

 シイリスさんに貰った腕輪を左腕に付けたら、右腕に無理やり付け直された。なんか意味あるのだろうか? 逆らうと面倒だから言われた通りにしておこう。


 しかし、今日はほんと疲れたよ。白ヨルさんの来訪だけでも濃いのに、三連続も試合させられるなんて。もう屋敷に帰って寝たい。



◆◇◆◇



 お店に戻ってきた僕は、今度は委員長に色々と問い詰められた。結果的に委員長を騙すみたいな形になったし、謝るしかない。

 他のみんなは、特に破壊神に何かされたという事もないので、委員長程は深く考えてはいない。

 尤も、バス事故の原因が破壊神によるものの可能性があるから、それを知ればどうなるかはわからないが。

 今はそれは伏せておこう。正確には言う勇気が無い。


「それとね、スマホでネットが見れるようになったんだ。スマホ欲しい人居る?」

「矢吹ちゃん、なに言ってるの? 剣の試合してきて頭打った?」

 田中さんは僕の額に手を当てて熱を見ている。頭にぶつけた跡がないかも確認している。


 とりあえず皆には、僕が破壊神に日本へ飛ばされたこと、日本のネットに繋がる道具を手に入れたことを話した。

 日本ではヨーツーバーしていたのは意図的に隠した。どうせネット見てればそのうちバレるけどね。


 全員スマホ欲しがったので、欲しい色を渡していく。後で片山ファミリーにも渡しに行こう。


「凄い……。本当にネット見れる。あれ? この動画の子って矢吹君じゃない?」

 おっと、早速あゆみにヨーツーバーやってたのバレたぽい。恥ずかしいから逃げたい。逃げようかな。


「矢吹君、日本で何やってたの?」

 委員長がジト目で僕を見てくる。やめて、そんな目で見ないで。


「わたしは可愛いと思うよ」「うん。私も可愛いからアリだと思う」

 ママと千代田さんはフォローしてくれる。嬉しいけど恥ずかしい。


「矢吹ちゃんヨーツーバーやってたんだ。いいなぁ……私も日本帰れるなら一緒にやりたい」

 ごめん、田中さん。破壊神はみんなを日本に帰すとは思えない。仮に帰れても、死んだ筈の生徒がゾロゾロ戻ってもある意味ホラーだろうし。


『この動画のエリオが可愛いわよ』

 そんな会話の中、バルデュアスさんが突然現れて僕のオススメ動画をみんなに見せている。もう完全にタブレット使いこなしてやがるな。

 ていうか、布教するのやめて欲しいんだけど……。


「それで、エリーちゃんは今度いつ日本に行くの?」

「委員長……エリーちゃんは勘弁して。次いつ行くかは破壊神の気分次第だからわからないよ」


「そう。買ってきて欲しい物あるから、リスト作っておくわ」

「委員長、凄い冷静だよね。私も帰りたい! とか言うかと思った」


「あの悪魔が私の言葉に耳を貸さないのは思い知ったわ」

「僕も振り回されて遊ばれてる感じだよ。でも、真剣に頼めば聞いてくれる事もあるから委員長も試してみては?」


「あれに頼るなんて嫌よ」

「まぁ、そうなるよね……」



 次の日から数日お店を休みにして、海の家とエリオ商店の電力化の改装に尽力した。

 海の家は発電機を置く場所が無くて、地下を作って設置した。エリオ商店も倉庫として使っている地下の一角に発電機を設置した。

 藤野先生はネットで色々と調べられるから錬金術が捗ると喜んでいる。


 問題は、不良の大平君だ。イマイチ反省してるのかわからない。とはいえ、彼だけスマホあげないのもアレなので一応渡した。

 先生の話によれば、大平君は真面目に働いてるみたい。反省してるならスキル返してあげてもいいのかもね。


「みーちゃん、大平君から奪ったスキルって返してあげることできるの?」

『ヨルがその気なら再付与してる筈だから、まだ信用には値しないのかもニャ』


「それなら仕方ないか。でも、この世界でスキル無いって辛いからさ」

『スキルは努力次第で幾らでも身につけられるニャ。コウイチが双剣術と剣聖術のスキルを得られたようにニャ』



 後は、片山ファミリーと、例のレストランに居る里中先生と声優の日和さんにもスマホあげた方がいいよね。

 片山君たちの家は賃貸契約だから、コンセント付ける改装して良いのかわからないので、スマホとゴーレム式小型発電機だけ渡しておこう。


 問題はキスビッチサキュバスの居るあそこだ。あの店にはあまり行きたくないのだけど、仕方ないか。


 お店の前に着くと、まず窓から中の様子を伺う。店長さんがホールやってるな。一番入りにくいパターンだ。

 ちなみに今日は僕とみーちゃんだけで来た。あの店長は公衆の面前でのキス魔だから、ユリナとアリスの教育に悪いから置いてきた。

 まぁいいや。さっと行って、さっと帰ろう。覚悟を決めてお店に入ることにする。


「すみません。里中先生と日和さんに用があるのですが。すぐに終わるので話してきて良いですか?」

「あら、いらっしゃい! 今日はお食事? それともこっち?」

 店長さんは可愛くウインクしながら自分の唇を指差す。プルプルとして吸い付きたくなる唇だ。

 と、思わせられた時点でサキュバスの術にかかってるんだよね。恐ろしい種族だ。


「いいえ。さっきも言った通り、里中先生と日和さんに……むぐっ」

 店長さんは、そんなこと知らんとばかりに、目の力を使って僕の動きを封じて一瞬で近づき、問答無用で僕の唇を奪う。

 最近は吸うだけじゃなくて舌まで入れてくるのだ。それがまた気持ちよくて即アレがパオーンしてしまう。


「ぷはぁ。美味しかったぁ……」

 唇を離すと唾液が繋がって伸びる。舌を出してトロンとしてる店長さんの顔はとてつもなくエロい。やり場のない僕のアレはイライラしっぱなしだよ。

 相変わらずお客さんたちはそれを見て大喜びだ。どういう店なんだよ。

 

「あの、それで二人に会いたのですが……」

「ねぇ、二階に行こ?」

 店長さんは僕の耳元で小さく囁く。そしてペロっと耳を舐められてゾクゾクする。


「な、何故二階に?」

「それ、飲みたいの」

 意味深な言葉を放ちつつ、店長さんは僕の耳をペロペロしながらローブの中に手を伸ばし、焼き立てきりたんぽを握る。それだけで爆発してしまいそうだ。

 傍から見たら女同士の濃厚接触なので、お客さんたちもそれを見てテンション爆上げだ。


「店長! また何やってるんですか!」

 そんな時、助っ人が登場。キッチンから里中先生が出てきて店長さんを僕から引き剥がす。

 それに伴い、お客さんのテンションが下がる。みんな親指を下に向けてブーブー言ってる。なんなんだ、ここの客は。


「ありがとうございます。里中先生が来てくれて助かりました。あ、今日はこれを渡しに来ました」

「何これ、スマホ? どうしてこんな物が?」


「詳しく話すと長くなります。日和さんは上ですか?」

「うん。上で寝てると思うよ。最近また落ち込んでるから慰めてきてあげて?」


「わかりました。では、スマホを手に入れた経緯は日和さんに話しておきます。後で日和さんに聞いて下さい」

 僕はイライラして収まらないアレのポジションを直して二階へ向かう。


 相変わらず日和さんはベッドで寝ている。いや、目は開いてる。こっちをガン見してるのがちょっと怖い。


「今日はスマホ持ってきたました。電話などは無理ですがネットは使えます。スマホどうします?」

「要らない。それよりこっち来て」

 

 僕が日和さんのベッド脇に座ると、掛け布団から身体を出して抱きついてくる。まだ精神的に不安定なのかな?


「あれ? この固いのなに?」

 イライラしっぱにしのソレが丁度顔にあたりに当たったらしく、日和さんは僕のローブに潜り込んで中身を確認しだした。

 魔女っ子衣装なのでスカートめくられたら即パンツだから色々やばい。顔を近付けているせいで息が当たる。それがくすぐったくて更に大変な事になる。

 そして、最後の壁も日和さんの手により下ろされた。


「……これって、こうなるんだ」

 布団かぶってるから中は見えないが、店長さんに強引に爆破寸前にまで持っていかれたソレは今、きっと日和さんの眼前にある。

 熱い息を暫く感じていると、温かい感触を感じるとともにヌルっと何かに包まれた。

 布団の中からスペアリブを味わう音を聞きながら身を任せていると、すぐにペットボルトルロケットが発射された。


「うぐっ……」

「す、すみません……」

 それでもスペアリブは美味しかったのか、お食事は続く。だんだんスペアリブの食べ方が上手になる日和さんに身を任せるのだった。

 相変わらず何も言わないみーちゃんと目が合う。なんか気まずい。僕は目を瞑って何も考えないことにした。


 


「本当にスマホ必要ないですか? ネット見れますよ?」

「うん。要らない」

 日和さんは布団から出てお口を布で拭いてる。それが妙に艶かしくてまたヤツが目覚める。我ながら節操ないな。


 スマホ要らないみたいだけど、一応スマホを手に入れて経緯を簡単に伝える。日本には未練が無さそうだけど、日和さんは結構真剣に僕の聞いてた。


「まだ精神的に落ち着かない感じですか?」

「不安になるのはずっと変わらないよ。でも矢吹君と一緒に居る間は幸せに感じた。薬はもう要らないから、たまにでいいから来て……」

 

「……わかりました」

 僕の言葉を聞いて日和さんは再び布団に潜ってしまった。帰ることを告げると布団の中から少しだけ顔を出して何も言わずに僕を見ている。


「ま、また来ますので」

「うん」

 

 僕は軽く手を振ってから一階に降りる。ふぅ……。また嫁さんたちに言えないことをしてしまった。

 ていうか、モリモリに知られるのが一番ヤバイかもしれない。

 そんな思いにふけっていると、店長さんが軽い足取りで近付いてくる。満面の笑みだ。


「どうだった? スッキリした感じ?」

「おかげさまで、まだこんなですよ」

 店長さんは僕の電撃イライラ棒を見ると嬉しそうにしている。


「それなら収まるまで私が相手してあげる。こっち来てぇ」

 僕は強引にキッチンのへと連れ込まれて休憩用と思われる椅子に座らされる。それからは店長さん専用ドリンクバーと化した。

 お店がどうなってるのかわからないけど、里中先生は来ない。驚きの吸引力と触手の様に這い回るタン塩によって僕のあんかけスープは吸い出される。それは夕方まで続いた。


「500年分ぐらいの精力貰っちゃった。お礼は私の処女でいいかな?」

「いえ、結構です。ていうか、ジンジンして痛いので帰ります」


「まぁまあ、遠慮しなくていいの」

 店長さんは妖しい笑みを浮かべて僕に跨る。ヤバイ……。しかし、その瞬間ドカァッ!という音と共に棚の扉が開いて里中先生が飛び出してこっちに走ってくる。 


「てんちょーーーーーーーーーー!」

 里中先生の空手チョップが、店長さんの頭頂部にヒットする。店長さんは「グエッ」っと変な声を出して白目剥いたスキに、僕はその場から離れた。


「何で里中先生そんな所に居たんですか?」

「店長が私を棚に閉じ込めたの! 目の力を使われたみたいで動けなくさせられてたけど、突然動けるようになったのよ……」


「あちゃー。最高の相手で処女卒業出来ると思ったら興奮しちゃって術を維持できなかったみたい」

 店長さんはテヘペロしている。ちょっと可愛いのがムカツク。


「みーちゃん流石にこれは止めてよ……」

『こいつ程強いサキュバスは番にした方が便利ニャ。小間使いにでもしてやれば良いニャ』


「え? みーちゃんが強い認定する程に店長さんは強いの?」

『そいつは昔、魔王と呼ばれてた女ニャ。今はヨルに色々な成約を課せられて落ちぶれてるだけニャ』


「私が本気を出せれば、フェンリル王なんかに負けないわよ」

 店長さんはドヤ顔で胸を張る。みーちゃんが特に否定しないところを見ると本当に強いのか?


『本気出せてから言えニャ。今のお前は名も無きサキュバスでしかないニャ』

「それでも今の弱ったあんたになら勝てるかもよぉ?」


 弱った? みーちゃん弱ってるの?


「みーちゃん! 弱ってるってどういうこと?」

『何でも無いニャ。以前、破壊神にやられたダメージが残ってるだけで、すぐに回復するニャ』


「それならいいんだけど……。またみーちゃんに置いていかれるのは絶対嫌だからね」

『大丈夫ニャ。ミーも破壊神やバルデュアス同様に不滅の存在に近いから死なないニャ』


 それでも言いしれない不安に襲われた僕はみーちゃんを抱きしめる。自然と溢れる涙がみーちゃんにこぼれ落ちた。


「その気になったら、いつでも私を抱きに来てね。あ、それと私にもスマホとかいう魔道具ちょうだい」

「店長さんには必要ない物では?」


「面白そうだし欲しいの。ダメ?」

「まぁ……いいですけど」

 

 こうして里中先生と店長さんにスマホを渡し、ゴーレム化小型発電機を店の裏に設置した。コンセントも室内に通したからこれで良し。

 この店では米の料理は出してないけど、せっかくだからお米と炊飯器を渡しておいた。里中先生と日和さんはお米食べたいみたいだったし、これで気軽に食べられるだろう。



◇◆◇◆



 こうしてスマホ関係の仕事は終わった数日後、僕たちはドルフィノの海岸に来て寛いでいる。

 ここは街から結構離れている海岸で、基本的に人は居ない。

 砂浜にレジャーシートを敷いてユリナとアリスと僕とみーちゃんでお弁当を食べてる。これは日本の料亭で作ってもらった豪華なやつだ。

 

 そういえば、セイラの二人にも最近会いに行ってない。セーラさんの低魔力症は白ヨルさん曰く、実は特製ポーションで治るらしい。それで治してしまうのでも良い。

 ただ、みーちゃんに嘘を問いただすのも嫌なので、それは聞かなかったことにしておこう。明日あたり行こうかな。


 あ、忘れてたけど、ソニアに変身出来るんだっけ。急に思い出した。よし、ちょっとやってみっか。

 

 僕は立ち上がって海の方へ歩いていく。えーと、聖女の秘密箱をどうすればいいんだ? あれから何度も聖女の秘密箱使ってるけど、そんな機能無かった気がする。

 特に気にせず使ってたせいかな? スキルを立ち上げ、秘密箱を強く意識すると、キラキラした飾り付いた手のひらサイズの宝石箱が浮かぶ。蓋の上には花の形のボタンがついてる。

 もしかしてこれが性転換スイッチか? とりあえず押してみるか。あ、ポチっと!



 シャラララララ~♪ 謎のキラキラエフェクトと、謎の光が僕の身体を覆う。しかも謎のBGM付きだ。



 光が収まるとセーラーな戦士の変身後みたいなポーズをキメた僕が現れる。もちろんソニアの姿だ。なお、ポーズは僕の意思に関係なくやらされるみたい。

 服はソニアの身体に合わせたのを着ている。白いドレスだ。


「お兄ちゃんがお姉ちゃんになった……」「ママ……」

「えっとね……変身できるスキルを手に入れたんだ。中身は僕だからね」


 ユリナとアリスは走ってくると、僕の身体をベタベタ触る。いきなり長身の美女になったから無戸惑うかと思ったけど、意外に平気そう。

 アリスはむしろソニアの姿が気に入ったのか、服の中に潜り込んでちゅーちゅー始める。あ、これはあかん。感度が以前とは違ってあかん。


 変な気分になる前に戻ろう。戻るにはまたボタン押せばいいのかな? 同じ要領で秘密箱を出してボタンを押すが、反応なし。

 冷や汗が頬を伝う。もしかして戻れない?


「み、みーちゃん……どうやったら戻れるかな?」

『……ヤツに聞くしかないと思うニャ』

 

 その後、戻り方の教えを乞う手紙を白ヨルさんに出したが、返事は来なかった。

 仕方なくソニアの姿のまま海の家に戻る。


「こ、こんにちは」

 突然店に入ってきた謎の美女に、お客さん含めた全員が固まる。みーちゃんを肩に乗せてユリナとアリスと手を繋いでいるので、田中さんはなんとなく察してくれたみたいだ。

 店がザワついてきたので、店の奥に入ってやり過ごす。


「もしかし矢吹ちゃんなの?」

「うん。スキル使って変身したら戻れなくなった……」


「へぇぇ……すっごい美人さんだよね。身体も女なの? 矢吹ちゃんが成長した姿なのかと思った」

「矢吹君、取れちゃったの?」

「……これじゃ、もう甘えて貰えないかな……」


「この体格があれば、私の剣は完全再現可能ですね……いえ、もっと高みに……」

 様々な意見が飛び交う中、シイスリさんはちょっと違った。僕の身体を観察して触っている。 

 いや、今は剣のこととかどうでもいいので……。


 そんな中、野菜の買い出しに行ってた委員長と千代田さんが帰ってくる。二人も僕を見て驚いてるみたいだ。

 でも、委員長はすぐ正気に戻って僕の下に歩いてくる。


「もしかして矢吹君?」

「うん。よくわかったね」


「顔の系統が似てるしね。それよりも買い物の途中で同級生を見つけたの。行く場所が無いみたいだから、この店に連れて来たのだけど、良いかな?」

「あ、もちろんいいよ。何人居るの?」


「二人よ。三郷君と大野さん。どうせ覚えてないでしょ?」

「は、はい。聞いたこともないです」


 その二人も店に入ってくる。三郷君は170センチぐらいのそこそこイケメン。大野さんは顔は可愛いくて背が低くて少しぽっちゃりしてる。


 三郷君は僕を見ると、一目散に僕へと駆けつける。


「一目惚れした! 俺と付き合って欲しい!」

 どうやら傾国の美女パワーを発揮してしまったらしい。


「僕は矢吹光一だよ。肉体的には女だけど、中身は男だからね。付き合うとか無理だから」

「は? 矢吹? 嘘だろ? 仮にそうでもいいよ。全然アリ!」


「アリじゃないよ。あまりしつこいと店から出て行ってもらうよ?」

「それなら俺と一緒に駆け落ちしよう!」


 ダメだこいつ話聞いてない。


『ねぇ、今お取り込み中? ラ・ガーンの調査終わったから報告に来たよ』

 涼やかな水の香りとともにアオイが突然姿を現す。


「そっちの青い髪の子も綺麗だ! 俺達と一緒に来ないか?」


『何言ってるのこいつ。頭おかしいの?』

「その人は放置でいいよ。それよりラ・ガーンのこと聞かせて? ていうか、僕だってわかるの?」


『魂と契約してるから、外見がどれだけ変わってもわかるよ』

「なるほど」


 僕たちは二階に上がり、ラ・ガーンの内部事情をアオイから細かく説明された。

 ちなみに三郷君はシイリスさんに店から放り出された。普段は優しいのに、我慢の限度を越えるとやたら厳しい。お客さんだろうと容赦はしない。


「ふむふむ、つまりラ・ガーンの王は既に死んでいて、その影武者がやりたい放題やってると?」

『そんな感じ。影武者と知ってる者は全員殺して、王の家族すら殺したみたい』


「それなら話は早いね。その偽物の王を懲らしめよう」

『やっちゃう? 殺っちゃう? アオイが殺ってもいい?』

『ミー達の食事を邪魔する奴は、処分して埋めればいいニャ』


 相変わらず、この世界の不思議生命体の皆さんは発想が物騒だ。

 でも、そうした方が後腐れなくていいのかもね。


 こうして僕たちはラ・ガーンに向かうことになった。

 偽物の王様が話わかってくれる人ならいいんだけどね。聞いた限りでは無理そう。



 だが、この行動が世界に波紋を呼ぶことになるとは、この時誰も予想してなかった。

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