49 剣聖
聖女の祈りのおかげでロ○7キャリーオーバーを当て、その金額はなんと13億4千3百万だった。
何度確認しても間違ってはなく、美月さんはその確認で震えながら銀行へ行った。
戻ってきた美月さんは、まだ青い顔をしていた。いまだに夢半分みたいに思ってるらしい。
「エリオ君って本当に私の前に居るんだよね? あの時ヤケになって海に飛び込んで、集中治療室で見てる夢じゃないよね?」
「夢じゃないですよ。ほら」
僕は美月さんの手を取る。震える美月さんの手は冷たかった。
「あたたかい……ねぇ、現実だって私に実感させてよ」
美月さんは僕に抱きつくと唇を合わせてきた。口腔内で舌が絡まる。
静かに水音が続く空間が、やがて激しく肉のぶつけ合う音へと変わった。
……。
……。
「あはは……ごめんね。こんな歳なのに初めてだから上手くリード出来なかった」
「いえ、僕もいきなり激しくしてしまってすみません。美月さんみたいな美人さんが初めてだったとは思わなくて……」
「美人? 嬉しいかも。でも、エリオ君は手慣れた感じだったよね? 彼女居るの?」
「彼女と言うか、異世界に嫁が居ますね」
「そっか、ごめんね。こっちから無理やり関係迫るみたいになっちゃって」
「僕も本音は怖かったんです。日本に戻ってきたはいいけど、頼れる人も居なくて不安で、美月さんと抱き合って安心しました」
「もし……帰れるなら異世界に帰っちゃうの?」
「そうですね……。そうすると思います」
美月さんは泣きながら僕を抱きしめ、ずっと一緒に居たいと言葉を繰り返すのだった。
それに対して素直に肯定できない自分が悩ましかった。
その後も、お互いの不安を打ち消し合うかの様に何度も体を重ね、しばらく乱れた生活が続いた。
あれから三週間が過ぎ、ネットで僕のウワサが落ち着いて、美月もやっと現実を受け入れ、お金の使い道を考え出した。
一線を越えてしまった僕たちは、お互いに距離が縮まり、呼び捨てで呼び合う仲になって口調もくだけた。
「美月の家族のこと聞いてなかったけど、居るなら両親にお金あげたりとかするの?」
「両親は居ないの。船の事故でね。叔父夫婦の家に妹は居るけど、お金をあげたりはしないよ。贈与税で半額持っていかれるぐらいなら、呼んで一緒に暮らした方がいいかも」
「そっか。辛いこと聞いてごめんね。でも、贈与税ってなんでそんなに高いの? ぼったくり過ぎじゃない?」
「気にしてないから平気。贈与税無かったら相続前に家族に財産をあげちゃえば相続税を回避で出来ちゃうでしょ?」
「なるほど……。てか、妹さん居るんだね。僕には兄が居たはずなんだけど、もう殆ど思い出せない。お互い身内は少なくて結果的には良かったかもね」
「そうだよねぇ。高額当選の事を誰にも話せなくて、お金はあっても孤独で精神病むなんてのもよくあるみたいだし。私はエリオが居るから幸せだけど……」
「うん。僕も美月が居てくれて幸せだよ」
「エリオ……」
お互い依存状態というのかな。僕たちは明るい未来を考え始めた。
世の中お金が全てじゃない。それは詭弁だけど、信頼できるパートナーだけはお金でどうにかなるものではないと痛感していた。
そして今僕たちは、六本木にある高級ホテルで豪遊している。最上階にあるプレジデンシャルスイートで一泊80万円だ。
「美月見て、人がゴミのようだ!」
「こら、ム○カー! って、殆ど人見えないよ。どんな視力してるのさ」
「ほら、プール行こう。プライベートプールだから裸で飛び込んでも平気」
「オッケー、泳ぎながらしちゃう?」
「ここは例のプールじゃないんですぞー! まぁ、するけど」
「やーらしかねぇ」
「何で佐賀弁? ちなみにそれって可愛いって意味らしいよ」
「この前ゾンビのアニメやってて好きだったの。エリオは可愛いから意味合ってるじゃん。ここは凶暴だけどねー」
今や慣れた手付きとお口で凶暴な魔人を退治し始める美月。僕は水面に揺れながら夢心地で高い天井を眺めていた。
「今でも夢なんじゃないかって思うよ。こんな別世界の住人しか泊まれないホテルに好きな人と泊まって、豪遊してるなんてね」
ワイン片手に夜景を眺めつつ美月は話し出す。
「僕も初めて異世界に飛ばされると知った時は、夢なんじゃないかって思ったよ。でも、現実なんだよね」
「うん。流石に現状を受け入れられるようにはなって来たけどね。エリオと会う前は仕事のせいで死にたいと思う程悩んでたの何だったんだろうって感じ」
「僕だって、美月が部屋に誘ってくれたおかげで助かったんだよ。お互い様だね」
「じゃあ、そういう事にしておく」
その後、豪華なホテルに二泊して、タクシーに乗って秋葉原まで帰った。
僕たちは既に秋葉原駅近くのタワマンに引っ越している。30階の角部屋で家賃は月60万円だ。部屋は3LDKで二人で住むには十分広い。
買っても良かったけど、タワマンは住んでるうちに不便に感じるかもと美月に説得されて賃貸契約にした。
ちなみに最上階狙ってたが、空きが無かった。残念。
「私、やっぱり働こうと思うんだ。高層マンションで毎日エリオとイチャイチャするだけの生活もいいけどさ、本気でダメになりそう。ていうか、太りそう!」
「スポーツジムに通えばいいのでは? でも、それもいいのかもね。人は働かないとダメになるって言うしね」
「そんなこと言って、エリオは私の事ほっといてゲーム三昧のくせして……もっとかまってよ」
「僕は働けないし、いいんだよ。ごめんごめん、ほらおいで」
こうしてまた乱れた生活が始まるのだった。
◆◇◆◇
「また面接で落ちた……」
「どうしてだろうね?」
「私、気がついちゃったかも。履歴書に書いてる住所が秋葉原駅前マンションの高層階のせいじゃないかって」
「うーん? 変に思われるポイントかな? 親がお金持ちの可能性もあるし」
「そうなのかなぁ。だんだん解らなくなってきた」
「それなら起業してみては? 株で今の資産を安全にもっと増やしておけば、事業失敗しても問題ないし」
「あはは……金銭感覚がおかしくなりそう。起業かぁ……我儘みたいな事を言うけど、忙しくなるのは嫌かも。エリオとの時間が欲しいし」
「それじゃあ、僕の趣味と美月のスキルを組み合わせた……こんなのはどう?」
それは、僕が動画配信サイトのヨーツーブでゲーム実況などをして、美月に編集を任せるというものだ。美月は広告代理店で努めていたから動画編集は得意らしい。
エルフっ娘が顔出しゲーム実況なら話題になるだろう。百万回再生も余裕かもしれない。耳は作り物という事にしておけば良い。
ぶっちゃけた話、僕は今の生活に満足してるけど、何かしなければとも思ってきてたんだ。
僕はハイエルフだから、この世界では異端。いつまでも老けない謎の生命体というのを隠して生きるか、美月が居なくなった後はどうするのか、色々考えてしまう。
時間の感覚が人とかけ離れている白ヨルさんの満足が一年後か百年後かはわからない。満足してもらえるように僕としても、この世界に何か一石投じてみようと思う。
「それって本気? そんな事したら、もう外を歩けなくなるかもよ?」
「有名税ってやつかな。懸念材料としては、僕が有名になってしまったら芋づる式に美月も有名になるだろうけどね。どうする? この計画に乗る?」
「ごめん……ちょっと考えさせて」
美月は悩んでいる。多分、自分のことより僕がネットで全世界に周知されるリスクについてだと思う。
リスクについては僕も考えている。僕を本物と見抜いた不老不死を研究してる変な組織に拉致されるとか? それとも異端な知的生物を排除する組織に命狙われるとか?
様々な最悪パターンがあるかもしれない。対してメリットはお金ぐらいしかない。既にいくらでもお金増やせる手段がある僕にとって、ネット配信はリスクしかない。
それでもやろうと思った理由は、白ヨルさんへの嫌がらせかな。恐らく事故を隠蔽してるのは白ヨルさんの仕業だろう。日に日にネットから情報が無くなっている。
僕が最初調べた時にあったヨーツーブの事故解説動画や疑惑動画もあったのに今は全て無くなった。こんな事を出来るのは白ヨルさんしか居ない。
事故の原因だって白ヨルさんの仕業だろう。これはもう僕の中で確信になっていた。
そんな火消しで忙しい破壊神様が、僕がネットで有名になった時にどんな顔をするのか見てみたい。
今、この会話を見ているはずの白ヨルさんが何も言ってこないのは、案外『やってみろよ』と楽しんでるのかもしれないね。
あとは美月次第だ。
「エリオはネットで動画配信者をやってみたいの? それとも私の仕事のため?」
「両方だよ。でも、これはリスクの方が大きい。それはわかってるつもりだよ」
「そっか。ならやろうよ。あの時、私がエリオに出会った時に生まれ変わって普通じゃない人生に変わった。これからもそう。覚悟を決めるよ」
「わかった。やるなら派手にいこう」
こうして始まった僕たちの動画配信、投稿初日はそこそこ登録者数が増えただけだったが、SNSと紹介動画で取り上げられて一週間後には爆発的な登録者数となった。
今はもう登録者数50万人だ。再生回数も凄いことになってる。ゲーム実況ばかりじゃなくて、お菓子や料理作ったり、ラーメン屋巡りなんかも動画にした。
カメラマン雇って動画も本格的に作り、その勢いは留まることを知らなかった。
『はーい。東の森出身、ハイエルフのエリーだよ! 今日はこの激ムズと言われるアクションゲームのブラック社畜道をガチでクリアします!』
僕はノリノリでエルフ娘を演じる。ゲーム画面だけじゃなくて手元も写す。そういうヤラセ出来ない姿勢がウケてゲーマーにも支持されている。
しかも僕は自慢じゃないがゲームが得意。それにエルフの身体能力、動体視力も加わり神レベルへと進化した。
ただでさえ難しいゲームをVery Hard等の最高難易度設定で次々クリアしていく神プレイに、メーカーからもCMに起用したいと問い合わせが来たりしてた。
『エリーだよ! 今日はね、ラーメン御郎、神保町店に来てます! たまたま前に並んでたエリーのファンのお兄さんと早食い競争したいと思います! 負けませんよ!』
小柄な少女が大豚盛りをゴロリアンとの早食い対決で破り、またまた話題を呼んでいく。
その存在は社会現象となり、一ヶ月後には登録者数が400万人を突破していた。
ネット掲示板でもかなり盛り上がっている。アンチスレや、本物では? という検証のスレもいくつかある。
有名になれば当然こういうのも出てくる。それは覚悟してはいたけどね。
どれどれ……ちょっと見てみるか。
251 名無しの守り人 2023 04 15 19.08
今日エリーちゃんアキバで見かけた。マジで可愛いのな。
252 名無しの守り人 2023 04 15 19.09
>>251
あったりめーだろ。しかも話しかけても気さくに対応してくれるぞ。まじ天使。
253 名無しの守り人 2023 04 15 19.09
動画再生数ヤバイよな。毎回数百万再生とか、どんだけ稼いでるんだろう。
254 名無しの守り人 2023 04 15 19.10
噂ではアキバのタワマンに住んでるらしいぞ。しかも動画デビューする前からな。
255 名無しの守り人 2023 04 15 19.10
やっぱ金持ちの道具とかだったりするのかな? なんか興奮する。
256 名無しの守り人 2023 04 15 19.11
やめろ! 俺のエリーちゃんは絶対処女だ。
257 名無しの守り人 2023 04 15 19.11
俺はエリーちゃんガチでエルフだと思ってる。初めて渋谷に現れた時に俺も交差点に居たんだ。本当に急に現れた。きっと異世界から……。
258 名無しの守り人 2023 04 15 19.12
>>257
その話有名だよな。連れて行かれた交番前からも突然姿を消したと言われている。俺的には可愛いからどっちでもいいよ。
259 名無しの守り人 2023 04 15 19.12
普通にアキバとか歩いてるから耳を見るチャンスあるけど、とても整形とか作り物には見えない。本人は否定してるけどガチでしょ。
260 名無しの守り人 2023 04 15 19.12
足もめっちゃ速いよな。ホグマンに凸された時に逃げ足超早かったwww 残されたホグマンポカーンとしてやんのwwwwwww
261 名無しの守り人 2023 04 15 19.12
迷惑系やアンチに潰されて欲しくないから凸はやめて欲しいわ……。
262 名無しの守り人 2023 04 15 19.12
エリーちゃんにアンチなんて居るの?
263 名無しの守り人 2023 04 15 19.13
>>262
アンチスレがあるぐらいには居るよ。
264 名無しの守り人 2023 04 15 19.13
それより、よく一緒に歩いてる美人さん誰なんだろう。いつも手繋いで仲いいのな。百合な想像捗るわw
265 名無しの守り人 2023 04 15 19.13
普通に考えればマネージャーとかじゃね? もしくは百合友。
266 名無しの守り人 2023 04 15 19.13
おい、おまえらそろそろエリーちゃんの生配信始まるぞ。
そうそう。これから生配信なのだ。僕も有名になったものだ。白ヨルさんはどう思ってるんだろう。
それと、やはり美月の事も書かれてたりするな。ゴーレム出して護衛なんて出来ないし、いっそ護衛を雇うか? SPみたいなの個人で雇えるのかな?
動画収入も凄まじいから、お金なんて湯水のように使えばいい。このままじゃ増える一方だ。
こんな生活が続き、半年を過ぎた頃、事件は起こった。
それは僕と美月がホテルのレストランで食事をしていた時だった。外国人風の男が長いナイフの様な物を持ってこっちに走ってくる。
ナイフなんて収納してしまえば簡単なんだけど、人前であまり不思議な力を見せるわけにもいかないので、座ってたイスを持ち上げ、武器にして対処する。
美月も立ち上がり、僕を庇うように側に来る。そして男と交差する。
僕にイスで殴られた男は何も出来ずに吹っ飛んだが、客の中に仲間が二人居た。その仲間たちは二方向からナイフを構えて襲ってくる。
本気で僕を殺す気みたいだ。だが、こうなっては仕方ない。二人の持つナイフを収納して、低い姿勢で突っ込み一人の男の股間を蹴り上げる。
あとは、もう一人の男を倒せば終わりと思ったその時、パン! パーン! と、乾いた音がレストランに響いた。
そこには僕を庇うように立ってる美月。その向こうには拳銃を構えてる男が居た。銃も隠し持ってたのか……。
やがて力なく崩れ落ちる美月。僕はイスを思い切りぶん投げて銃を持った男を無力化すると、すぐに美月に駆け寄った。
「美月! しっかりして」
全力で聖女の癒やしをかけるが、どんどん体温が失われていくのを感じる。
嫌だ。絶対嫌だ! 美月を絶対死なせたくない!
「エリォ……」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
「見てるんだろ! 白ヨルさん! 頼むよ、助けてくれ!」
僕は人目も憚らずに叫んだ。泣きながら叫んだ。それは虚しく辺りに響くだけだった。
◇◆◇◆
『だから気をつけろと言っただろ』
「あれ? ここは……白い世界」
『強制接続は消耗するから、あまりやりたくないのだがな』
「ごめん。お願いします。美月を、美月を助けてくれ」
『あの女は心臓と脊椎を損傷している。助からん。お前の判断が招いた結果だ』
「僕が悪いのはわかってる! それでもお願いします。助けて下さい!」
『都合の悪い時だけは頼るんだな。だが、いいだろう。我の物となれ。それが条件だ』
「わかった。お前の好きにしてくれ」
『フフフ。言ったな? 一度だけその言葉を取り消すチャンスをやろう。女の事は忘れてテスに戻るか、我の物になるか。選べ』
「考えるまでもない。僕はお前の物になる」
『いいだろう。これからお前の加護は完全に我が書き換える。もう後には引けんぞ』
「いいからやってくれ」
『……書き換え完了だ。だが、あまりに消耗が激し過ぎた。このままでは世界を維持出来ん。暫くはこんな頼み事は聞けんぞ』
「わかった。こっちで頑張る」
『一度ヨルに加護を譲渡する。完全に我の加護ゆえに、もうお前の意思は関係ない。送るも戻すのも我次第だ。これからは我だけを楽しませるが良い』
気が付くと、地面で僕を見上げているみーちゃんと目が合う。あの時間に戻って来たのか……。
「みーちゃん……」
僕はみーちゃんを抱き上げると、お腹に顔を埋めて泣いた。周りも気にせず泣いてしまった。
『コウイチ! ヤツに何かされたのニャ?』
「やっぱり……僕は蛇王の匂いになっちゃってるの?」
『いや、そんな事は無いニャ。それより何があったニャ?』
みーちゃんに破壊神に加護を完全に書き換えられた事を告げる。淡々と聞いてはいるが、難しい顔をしている気がする。
『加護は変わっても、コウイチが今まで通りならミーは構わないニャ』
「僕は変わらないよ。いつまでもみーちゃんと一緒だ」
少し落ち着くと、転移で飛ばされたグレーマとミリさんの事思い出した。
そういえば、白ヨルさんから結局二人のこと聞いてないじゃん!
僕が急に焦り始めたその時。
「おーい!」
屋敷の門からミリさんとグレーマが歩いてくる。どうゆうこと? 白ヨルさんが助けてくれたのかな?
「ミリ!」「無事だったのか!」「転移罠で飛ばされた地が近かったの……か?」
ディンさんたちはミリさんとグレーマに駆け寄って体を触ったりして心配してた。体触ったロイさんはビンタされてたけどね。
僕もみーちゃんを抱っこしたまま二人に駆け寄る。
「二人とも何処に飛ばされてたの?」
「ヨルネットの遺跡だよ。いきなり目の前にアイアンゴーレム居て焦ったよ。鈍いから逃げるの余裕だったけど」
「殴ってみたけど手が痛いだけだった。でも少し凹んでたよ」
「良かった……」
てか、グレーマはアイアンゴーレム殴ったのかよ。凹ますとかどんだけ……。あれ? なんか目の前が真っ暗に……。
僕はそのまま意識を失った。
◆◇◆◇
目を覚ますと、屋敷の僕の部屋のベッドの上だった。
お腹の上にはみーちゃん、両脇にはユリナとアリスが寝てる。日本に随分と長く居たから、この温もりと、みんなの匂いが酷く懐かしい。
美月……。思い出すとまた涙が出てくる。僕が有名人になったから変なのに目を付けられてしまった。
二人でゆっくり食べたいから護衛の人を外したのも僕のミスだ。白ヨルさんに油断するなと言われてたのにな……。
白ヨルさんの思考は理解し難いけど、僕に嘘は吐かなかった。きっと助けてくれるはずだ。今は信じるしか無い。
「お兄ちゃんだいじょうぶ?」「ママないてるの?」
心配して僕の顔を覗き込む二人を抱きしめて、今は何も考えない事にした。
僕はそのまま寝てしまい、起きた時はもう夜中だった。両脇にはユリナとアリスが寝てる。二人を起こさないように起き上がり、ベッドを降りる。
そのまま部屋を出ようとした所で、唯とバッタリ合う。
「矢吹君何処に行くんですかー?」
「お腹空いたから食堂に行こうとしてたんだ」
「唯も一緒に行きますね」
唯は腕を絡めて僕を食堂までエスコートしてくれる。
席に着くと、アイテムボックスから秋葉原で買った○世のカツサンドを出すと皿の上に乗せる。
「美味しそうですね」
「唯も食べる? いっぱいあるから好きなだけ食べていいよ」
「一個だけ貰います。んー美味しい。でも、これってどうしたんですかぁ? 買ってきたものに見えますけど」
「買ってきたんだよ。秋葉原でね。そうだ、これお土産」
僕はアイテムボックスから最新のリンゴっぽいマークの入ったスマホを出す。女の子向けに可愛い色のやつもたくさん買ってきたんだ。
電波は入らないけど、写真撮ったり何かしら出来ることはあると思って買っておいた。
スマホを受け取った唯は興味深そうに画面をいじってる。
「矢吹君、まさか日本に戻ったんですか?」
「うん。破壊神に無理やり転移させられてね。半年以上日本で過ごしたよ。でも、戻された時には元の時間だったから、こっちでは一瞬しか経ってなかった」
「きっと日本で辛い事があったんですね。ずっとそんな表情だから心配です」
唯は僕を抱きしめると頭をよしよしと撫でてくれる。悪いのは僕なのに気遣ってくれるその優しさが少し辛かった。
◇◆◇◆
翌朝。
「矢吹っち、なんで唯だけスマホあげたの? ズルくない?」「そうだよ。ヤバい贔屓」「コウ、あたしのスマホもあるんだよね?」「わたしは白いのがいいわぁ」
嫁たちはスマホが欲しいみたいだ。まぁ貰えるなら欲しいよね。
「唯は矢吹君の特別だから当然です」
唯はドヤ顔でスマホをいじってる。電波も入らないのにね。なにしてるんだろう?
「コウちゃん……」「矢吹様、私達も頂けるのですか?」
「唯にはたまたま夜中に会って先に渡しただけだから。みんなの分のスマホあるよ。あと全員分のノートパソコンもあるから」
「マジかよ? 確か、精密機器を創造錬金すると死にほど消耗するんじゃなかったのか?」「パソコン……エッチなサイトは見れないか」
「実は日本に行ってきたんだ。芽衣子と渚に渡そうと思って調味料や料理本なんかも買ってきた」
僕は日本へ行った経緯をみんなに話した。日本で何してたのか、どうやって暮らしてたのか、美月の事も隠さず話した。
反応は様々だったが、事故の件が隠蔽された話はみんなショック受けてた。
美月の話をした時は嫁ズがちょっと怒ってる感じだったけど、その状況なら仕方ないと唯が庇ってくれた。唯はどんな時でも優しいね。
でも、美月が撃たれて強制的に戻された話をした時は、みんなも一緒に泣いてくれた。
「でもよー。ヨーツーバーになるのはやり過ぎだったんじゃないのか? 金あるんだから、高級マンションで女と札束風呂でも入っていれば良かっただろ」
「もしかして羨ましいとか思った?」
「あったりめーだろ! ふざけんな。俺だったら毎日とっかえひっかえデリ○ル嬢呼びまくるわ!」
「サトシ、デリ○ル嬢ってなに?」
「破壊神が何を以て満足するかわからないから派手に動いてみたんだ。半分は嫌がらせみたいな感じかな」
「けどよ、美月って人を助けて貰う約束してるんだから悪口言わない方がいいんじゃないか?」
「破壊神はまるっと何もかもお見通しだから言葉を選ぶ意味はないよ」
「ふーん。そういうもんかね。ところで、スマホやノーパソくれるのは嬉しいけど、充電どうすんだ?」
「ビルとかに付ける非常用の発電機買ってきた。ゴーレム式に改造したから騒音出さずに無限に電気を作り続ける。もちろん機械の寿命までだけど。発電機自体いくつも複製してあるからそれも問題ない。その他色々な家電も買ってきたから配線して屋敷に設置しよう」
「それはありがてぇな。お、テレビとブルーレイのプレーヤーもあるじゃん! ゲームもあるのかよ!」
「ねぇ! サトシ、デリ○ル嬢ってなにーー?」
モリモリはしばらくリリさんにしつこくデ○嬢の意味を聞かれたのだった。人前で迂闊な発言は止めようね。
これで僕の屋敷は、異世界でも日本と同等の暮らしが出来るようになるはず。
ドルフィノの店も、電力化の改造しとこうと思う。魔法は便利だけど、家電の方がかゆい所に手が届く感じで便利なんだ。
そうそう、僕の加護が書き換えられてアイテムボックス以外のスキルが変わってしまった。
聖女のスキルはソニアの時と同じになり、錬金術も格が上がり、なんと、異世界通販も追加されてる。
ただし、今のところ灰色表示で使えない。多分、白ヨルさんに余裕ができないと無理なんだろう。もしくは加護を黒ヨルさんから取り戻さないとダメなのかもしれない。
特製ポーションは今でも普通に使えるみたいだし、黒ヨルさんと僕は今どういう関係なんだろう……。
黒ヨルさんに手紙送ってみようかな? 日本のお酒もいっぱい買ってきたから丁度いい。
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ヨルさんへ
見てるはずだから今の状況語るまでもないですよね。
僕はこれから白ヨルさんの言いなりに動いて良いのでしょうか?
僕としては黒ヨルさんにたくさんお世話になったので、
可能ならば、これからも連絡は取り合いたいと思ってます。
何かアドバイスなどありましたら、よろしくおねがいします。
追伸
日本で買ったお酒をいっぱい入れておきますね。
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これで、一応一息つけたかな。
屋敷の改装を進めつつ、これからの事を考えよう。白ヨルさんに余裕できたら多分また日本に行かされる気がする。
僕としても、行って美月の無事を確認したいし、しなければならない。
それには解決しなければならない問題がいくつかある。僕を襲った連中はどういう目的があったのだろう?
あいつらは躊躇なく僕の命を取りに来た。プロの仕業なのかどうかは素人の僕にはわからない。でも、連携組んで殺しに来る連中が素人のわけがないと思う。
見た所、アジア人ぽくは見えたけど、日本人とも少し違った気がした。
そうそう、何故か日本では鑑定出来ないんだ。白ヨルさんが作った世界じゃないからなのかもね。
まぁ、僕が三人とも無力化したから警察に逮捕されて調べもつくだろう。
護衛を増やすのもアリだけど、もっと何か決定的な抑止力が欲しいな。
その後、僕は屋敷の改装に尽力した。発電小屋を作り、部屋の全ての照明をLEDにして、各部屋にコンセントを設置した。
金に物を言わせて、レンタルビデオ店開く気かよってレベルで映画やアニメの円盤も買ったから、しばらくは飽きたりせず楽しめそう。
ゲームもハードも大量に買ってきた。これまたゲーム屋でも開く気かってレベルで。
それに伴い、誰も使ってない図書室を改装して円盤置き場部屋にした。
100インチの大型テレビも買ったので、シアタールームも作った。音響にも拘ったからかなりの出来かも。
モリモリと佐藤君はアダルトビデオ買ってこなかった事に不満タラタラだったけどね。
大画面サラウンドでそんなの見てどうすんだよ。いや、案外臨場感あっていいのか?
そうこうしているうちに一週間が過ぎ、僕は今ヨルバンの冒険者ギルトの地下に来ている。教官に鍛え直してもらうためだ。
「今日はどうした? まぁ、話はギルマスから聞いてるが」
「教官に鍛え直してもらいたくて、再び来ました」
「……ほお、前とは覚悟が違う面構えだな。必死になる程守りたい人でも出来たか?」
「はい。僕はいつも誰かに護られて危機感に対して麻痺してました。突発的な事にも自分で対処できるようになりたいです」
「俺はそういう個人的な事情に付き合う役職じゃないんだが、ギルマスに直接頭下げられたら受けないわけにも行かない。逃げ出してギルマスの顔に泥塗らないようにな」
「はい。頑張ります」
そして始まった地獄の特訓。運動部を真剣にやってる人が、疲れすぎて失神するとか血尿出るとか聞いたことあったけど、そんなの誇張してるだけだろと思ってた。
でも、思い知った。本当に限界まで続けるとそうなるんだ。血反吐を吐き、それでも続けた。
そして、そんな特訓を続けて二週間が過ぎた頃、自分の中に何かが繋がった感じを受けた。自分が思い浮かべてるゲーム脳の動きに肉体のが追いついたのだ。
それから僕は覚醒した。思い通りに動く自分に心が踊っている。
「ここまで化けるとはな。いくぞ!」「はい!」
訓練場にぶつかり合う二つの閃光。誰もが目で追うのがやっとの攻防。
それはギルマスに止められるまで続いた。
「はぁぁ……。腰に来た。俺はもう55なんだぞ。老体に無理させるな」
「何言ってるんですか。まだ余裕に見えましたよ」
「打ち合えているのは、俺の経験がお前とは比べ物にならないからだ。身体能力ではもう到底追いつけん。対応する為にどんだけ精神すり減らしてると思ってやがる」
「後は技術と経験を積めば僕でも教官に勝てるようになりますか?」
「調子に乗るな。だが、強さで言えばもう十分だろう。今のお前ならヨルネットのバレットに剣だけでも勝てる」
「あの顔の怖いAランクの人ですか? 地竜を剣でボコボコにしてましたよ、あの人。あんな人に勝てるかな?」
「何言ってる。アイツは俺に手も足も出ん。お前はその俺と打ち合えている。お前がアイツに勝てない訳がないだろう」
「なるほど……。でも、もう少し修行続けてもらえませんか? 妥協したくないんです」
「……やれやれ。だが、いいだろう。俺を超えて行け。お前は俺の最後の愛弟子に相応しい!」
◆◇◆◇
一ヶ月が過ぎ、かつて剣聖と呼ばれた男は大地に身体を放り出して満足そうに倒れていた。
その傍らには小柄のハイエルフも寝そべっている。
全力と全力、そのぶつかり合いは壮絶なものだった。
剣技のスキルも開放する為に、室内では対処出来ないので最後は街の闘技場で戦った。かつての剣聖、その弟子の卒業試験。
話題が話題を呼び、観客が集まって賭博まで行われた始末。
そして小さな弟子は見事に師を超えた。大歓声と拍手の中、二人は大地に転がって空を見上げていた。
「よくやった。本気を出し切った俺に見事お前は打ち勝った」
「……ありがとうございました!」
僕たちは立ち上がると握手をする。
「まだ名乗ってなかったな。ドルフィノ八代目剣聖ミストライナーだ。超えて行った男の名を心に刻んでおけ」
「はい。絶対忘れません」
そしてミストライナーさんは僕に剣聖の腕輪というのをくれた。これは剣聖が三つだけ持つ事を許される。認めた三人の弟子に渡す印なんだそうな。
その最後の三つ目の腕輪なんだそうだ。だから最後の愛弟子と言ってくれたのか。
僕は嬉しさと達成感で涙を止められなかった。
修行は上手く行ったと思う。これで油断さえしなければ美月の時のような悲劇を回避できる確率は上がったはず。
後は、危険の目を摘まなければならない。僕を殺しに来た組織を何としても潰したい。
連中のアジト見つけ出して僕が乗り込んで全員斬り倒す? ……何故か自然にこんな物騒な思考に流れしまった。
これも白ヨルさんの加護のせいなんだろうか。
そもそも僕には情報収集能力が無い。外国にあるかもしれない組織を見つけ出すというのが一番難しい問題だ。
考えれば考える程、行き詰まってしまう。
『コウイチ何を考えてるニャ?』
朝食後、ガーデンチェアで寛ぎ中の僕の膝の上にいるみーちゃんが顔を上げて話しかけてきた。
「正体のわからない敵を見付けるにはどうしたらいいかなって」
『……コウイチ。そういうのは警察に任せるニャ。暴力による報復行為は違法。日本はそういうルールなのを忘れたのかニャ?』
「そうだよね。でも、どうしても物騒な方向に考えが行っちゃうんだ」
『心配だニャ。コウイチが日本に行く時はミーもついて行きたいニャ……』
相変わらず過保護なみーちゃんに甘やかされながらゆったりした時間を過ごしている時に、突然水の精霊のアオイが現れた。
『反乱軍に占領されたグレリベの動きが変わったよ。ラ・ガーンの使者が来て色々指示出してる。ラ・ガーンの軍を無抵抗で受け入れる準備させてるみたい』
「アオイ、教えてくれてありがとう。それって、クーデターはラ・ガーンの手引だったということかな?」
『恐らくそうニャ。どうするニャ?』
『アオイに命令してくれれば、ラ・ガーンの兵を全員水没させる事もできるよ。やっちゃう? やっちゃう? やっちゃお?』
僕の決断一つで、カルアミの平和は維持されるかもしれないのか。その代わり多くのラ・ガーンの兵が死ぬ。相手が盗賊だったらそれでもいいだろう。
しかし、兵士たちには守るべき家族が居て、独裁国家の命令に従っているだけで好き好んで戦場に出てきてるわけじゃない。
「うーん……。ラ・ガーンの一番偉い人って誰なのかな?」
『ミーは詳しい事は解らないニャ』
『アオイがラ・ガーン調べて来てあげよっか?』
「じゃあ、お願いできる? ラ・ガーンの一番偉い人を説得出来たら、カルアミへの侵略を回避出来るかもだし」
『平和交渉が一番ニャ。ダメならミーが姿を見せれば良いニャ。ただ何もせず居るだけなら人の争いの関与にはならないニャ』
「ものは言いようだね。その時はお願いね」
アオイはラ・ガーンに行ったし、僕も活動を始める。最近全然行ってなかったドルフィノに行くためだ。
日本でいっぱい買ってきた食材使って完璧なラーメンを出したい。
カレーも本格的なのも作れる。いや、海の家にそういうのは求められてないかな? でも、本格カレーあってもいいよね。
読み書きの勉強してたユリナとアリスを連れ、みーちゃんを抱っこしてドルフィノの海の家に転移した。
食材の運搬などは全部依子がやってくれていたので、僕がドルフィノに来るのは本当に久しぶりだ。
日本の海とは違う綺麗な海だ。しばし、海を眺めて美月のことを思い出す。
そんな感傷を振り払い、お店に入る。「おはようございまーす」元気に挨拶しつつ入る。
すると田中さんやママたちが慌てている様子が見える。何かあったのかな?
「何かありました?」
「矢吹ちゃん! 久しぶり……って、それどころじゃないよ。今お店に凄い人来ちゃってるよ!」
「凄い人?」
「とにかく二階に行って!」
田中さんに押されるように二階に向かう。なんなんだよいったい……。
そこには、まさかの人物が待っていた。それは新たなるトラブルの予感をさせるものだった。




