48 美月さん
立ち眩みのように意識が一瞬揺れると、そこは白い世界だった。
『お帰り。と言うべきかな』
「やっぱり転移の罠も全部お前が仕組んだのかよ」
『それは違う。お前達が転移罠と呼んでるモノは移動手段だ。過去にはそれで移動していた時代があった』
「本当か? みーちゃんは知らなかったみたいだぞ?」
『口を開けばみーちゃんみーちゃんと煩い奴だ。何か困り事があれば、すぐ犬の顔色を伺う。お前の考えで行動しなくて異世界に来た意味はあるのか?』
「僕はみーちゃんに会いたくて異世界に行くと決めたんだ! 今はそれだけじゃないけど……」
『ふふ。犬がお前にメスと交尾を推奨する理由、解るか?』
「なんだよ突然……」
『犬はお前と一緒に居たいが為に、お前をあの世界に縛り付けようとしている。嫁という楔でな』
「そうだとしても、悪気はないだろ」
『そうだな。しかし、犬は嘘も付いてるぞ。エルフの低魔力症は闇の雫で治せる。死産したメスの件もな。薬の効果は全てヨル次第なのだ』
「悪気のある嘘じゃないならいいよ」
『盲目的に犬を信じるのは構わんが、正直、嫁が増えすぎて困っているのも事実だろう?』
「それは……」
『少し犬から離れて暮らしてみてはどうだ? お前の、もう一つの望みを叶えてやってもいい』
「もう一つの望みってなんだよ」
『日本に帰りたいだろ?』
「え? そんなこと可能なの?」
『我の肉体の一部は今も日本にある。それゆえに異世界通販なるスキルも可能にしたのだ。我ならば、お前を帰してやる事も出来る』
「……帰らなくていいよ。日本に戻っても、みーちゃんやユリナや恵たちも居ない。戻る意味なんて無い」
『まだ解ってないようだな。我が決めれば、お前の意見など無意味だ』
「ほんとに何がしたいんだよ……」
『なに、我をあの犬の様に可愛がってくれれば良い。簡単だろ』
「僕のヘイト溜めるだけ溜めさせて、それは……もしかしてアホなの?」
『それもまた良いスパイスとなろう。人間の心はそういうモノだと我は考えている』
「もういいよ……。僕が日本へ飛ばされるのは決定事項なのだとして、戻ってこれるの?」
『戻してやるぞ。我が満足したらな』
「またそれかよ……」
『だが、一つだけ忠告しておく。次に死ぬば本当の終わりだ。それを忘れるな』
「日本で死ぬことなんて、まず無いでしょ」
『そうだといいがな。精々油断せぬ事だ』
「ていうか、僕はこのまま行くの? それとも元の姿で? あと、スキルとかは……」
『話すのはもう飽きた。行け』
「あ、ちょ……」
眩しい……。
なんか臭いな……。それと人が多い。
ビルに囲まれた大きい交差点。ここは渋谷か? 以前モリモリと来た事がある。とあるアニメのイベントがあったからだ。
その交差点に僕は立ってる。周りの人が僕を見ている。ていうかスマホで撮られてる。まさか、エリオのままなのか?
身体を見ると、セイラで買った魔女っ子服だから背格好はエリオのままだろう。顔はわからないけど。
多くの人が僕を見てざわざわと何か話している。
「きゃわいいー」「なんかの撮影?」「すっげ、パねぇクオリティのコスプレじゃんTwi○terに載せよ!」「ほんもの?」
など、様々な声が飛び交うが、信号が変わり、人が流れていく。
僕も駅の方を歩みを進める。あれはハチ公像か。間違いなく渋谷みたいだ。
その近くにあるビルまで行き、ショーウインドーに自分を写してみる。うん……エリオだね。
そのまま駅に歩いていくが、注目度がハンパない。日本には肖像権などないかの様にスマホを向けられる。
外国人と思われてるのか、話しかけては来ないけどね。
ふと、思う。僕の家は何処だっけ? 全く思い出せない。仮に帰った所で、姿が変わった僕を受け入れてもらえるのだろうか?
僕はしばらく途方に暮れてしまった。白ヨルさんは僕をこんな所に放り出して何がしたいんだよ……。
「Can I take your picture?」
突然声をかけられて、その人を見る。外国の人ってのは、ひと目でわかった。
それと随分と早口で言われたのに、何を言ってるのかも理解出来た。
「僕の写真を撮りたいのですか?」
「そう! ユーは素晴らしい!」
勝手に日本語に聞こえるし、僕の言葉も勝手にその人に向けて解る言葉で話している。
異世界に行った際の自動翻訳みたいなのが日本でも使えているみたいだ。
日本に観光に来てくれた外国人さんかもだし、サービスしておくか。
「いいですよ。これでいいですか?」
それっぽいポーズを取ってみる。
「オー! まるで本物の妖精みたいだ!」
そんな事をして写真撮られていたら、周りも便乗して写真や動画撮られまくった。
鬱な気分を晴らすかのように、モデル気分を味わっていると、警察が来て怒られた上に補導されてしまった。
そして今僕は駅前の交番に居る。
「お名前はー? 日本語わかるー? 何処の国の人? 歳は? お母さんは?」
色々と話しかけてくるが、どうするべきか……。適当にごまかしつつ、話すしかないか。
「エリオです。日本語わかります。日本に住んでます。一人で渋谷に来ました」
「うん。そうなんだ。日本語上手だねぇ。じゃあ、家の電話か親の携帯の番号教えてくれる? 家族に迎えに来てもらうから」
やっぱそうなっちゃうのか。僕の見た目は10~13歳ぐらいの子供に見えるらしいからね。
いきなり詰んだぞ。どうする? 黙秘したままだと、どうなるんだ?
そうだ、もしかしたら聖女のゆらめきを使えるかもしれない。発動させてみよう……。
つかえ……そうだな。でも、あっちの世界へは行けない。場所のイメージが浮かばないからだ。まぁ、当然そういう制限はかけるよね。
行けるのは、さっきのスクランブル交差点と、ハチ公前と……。
なんだここは? 港? いや、これは横浜の山下公園か? 遠くに見える独特な形のビルや、遊園地の観覧車、ずっと係留されてるフェリーが見える。
何で山下公園に行けるんだろう? 中華街に行った後に散歩で行った記憶はあるけど、そこまで印象には残ってなかったはずなのに。
白ヨルさんのそこに行けっていう、メッセージなんだろうか。悩むな。
「どうしたのー? 親呼ばれるの嫌?」
「はい。嫌です。一人で帰れます」
「まいったねー。そういう訳にもいかないんだよ。このままだと、今日お家に帰れなくなっちゃうよ?」
「それはもっと嫌ですね」
仕方ない。山下公園へ転移しよう。それしかないな。
「あ、あんな所に巨大なアシダカグモが!」
僕は警官たちの背後の壁に向けて指を指し、大きな声で叫んだ。三人居る内の二人は振り向いたが、一人は僕を見ていた。本職さんに、こんな子供騙し効かないか。
だが、もう後には引けない。小柄のボディを活かし、ダッシュで交番から逃げ出して、アイテムボックスから布を出して被る。そして転移発動!
後には布だけが残った。手品と思ってくれたらいいんだけど、こんな場所じゃ監視カメラいっぱいあるだろうし、難しいかもね。
◆◇◆◇
転移した場所は、例のフェリーが係留されてる場所の近くだった。
僕は服を着替える為に急いで公衆トイレに駆け込んだ。偶然男子トイレに人が居なくて助かった。個室に入り、どの服にするか考える。
僕の場合、男の服だと逆に浮くので、高校の女子制服にした。もうすっかり女装に抵抗が無くなってしまったな。
しかし、いくら服を変えようが、顔はどうやっても目立つ。こればかりはどうにもならないので諦めるか。
トイレから出て、山下公園のベンチに座る。アイテムボックスの中身やスキルを確認しておこう。
アイテムボックスには、日本円で450万円入っていた。どういう基準なんだ?
魔法も、特に制限もなく使えるみたい。とりあえず、中華街の方に行って帽子とメガネでも買うか。
中華街には中華風の服が売ってるお店も結構ある。チャイナ服とかね。結構可愛いし、今の僕なら……いや、それは後で良い。
色々見ていたら、お土産用の白い虎モチーフの可愛い帽子が売ってたので、それを買う。頭にすっぽり被って耳も隠せる。
それと、少し色が入った丸メガネが売ってたので、それも買う。あと、可愛い腕時計も買った。
それを装備してお店の鏡で自分を見てみる。ギリ、観光客で通せるかな? 微妙なところだ。
もういいや。開き直ろう。異世界に行ってから僕は結構図太くなったな。
中華街を歩き、食べ歩きしながら久しぶりの日本を堪能してみる。
肉まん大きいし美味いな。ここでも結構人から見られてるけど、スルーするしかない。
しばらく食べ歩きを楽しんだ後、また山下公園に来てみた。そういえば以前も満腹のお腹を休めるためにここに来たんだったけ。
少し休んでから、遊園地のコス〇ワールドまで散歩がてらに来てみた。
ジェットコースター、以前は怖くて乗れなかったけど、今なら乗れる気がする。ここは某ネズミの国みたいに入場券買えばアトラクション乗り放題ではない。
アトラクションに乗るにはチケットを買わなくてはならない。その代わり入場無料だけどね。
チケット買って、ジェットコースター待ちの列に並ぶ。いざ、乗ろうとしたら帽子を取れと言われて困った。仕方ないので乗るのはやめて、観覧車に乗ることにした。
いいよね。観覧車。出来れば彼女と乗りたかったよ。一人虚しく遊んでから山下公園へ戻った。
結構遊んだから16時を過ぎ、辺りはもう赤く色づいている。日本の夕焼け懐かしいね。
ベンチに座って赤い海を眺めてみる。いつまでもここに居ることはできない。また補導されちゃうからね。
制服着てるから中学生ぐらいに見える僕一人でホテルに泊まるなんて出来るのかな? 通報されるだろうか。
どうしたものかなぁ……。何処かの空き地に作った家を出すか? 何処かのビルの屋上に小屋出して住むとか?
どうするべきか頭を悩ませていると、辺りは真っ暗になった。もうすぐ20時か。
寒くなってきたし、そろそろ何処かへ行かないと、と思いベンチから立ち上がると、柵越しに海に向けてリバースしているOL風の女性が居た。
「おげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。うぅえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
うわぁ……。こういうの見るの苦手なんだよね。見てると僕まで嘔吐いてしまう。もらいゲ○はしたくない。
でも、なんか苦しそうだな。お酒飲み過ぎかな? 病気なら困るし、一応声かけてみるか。
「大丈夫ですか?」
「……ダメかも。ぅ……死にたい」
真っ青な顔で口元は要モザイクな顔を僕に向ける。美人ぽいけど、酷い状態だ。
「ちょっと失礼しますね」
見るに耐えなかったので聖女の光と聖女の癒やしを使い、OLさんを綺麗にして癒やした。
「あれぇ? なんか元気になっちゃった。口の中最悪だったのにスッキリした。あれれ?」
「それは良かったですね。では」
僕はその場を離れて関内駅に向かう。長い時間考えたけど結局何処に行くか決まらなかった。
最悪、年齢ごまかしてネットカフェにでも泊まろう。駅前ならネカフェはあるかな? 無いなら別の駅に行くか……。
歩き出したその時、海から強い風が吹いてトラの帽子を吹き飛ばす。それを偶然キャッチしたOLさん。
「……エルフ! うっそでしょ、本物エルフ!?」
OLさんは目を丸くして僕を凝視している。走ってきて僕を捕まえ、耳を触ったり、勝手にメガネ外したり、やりたい放題だ。
「エルフ可愛い! あははは……とうとう私、頭おかしくなっちゃった。 もう死にたい……」
そして彼女はついに泣き出す。彼女に掴まれたままガチ泣きされてるので嫌でも注目されてしまう。
すぐ帽子とメガネを付け直したから、多分人に素顔は見られてないとは思うが……。
僕は彼女をベンチに座らせて、その隣に腰掛ける。手はしっかり握られたままだ。暫くして泣き止んだのを確認してから話しかける。
「何かあったのですか?」
「妄想エルフさんに心配されちゃった。私いよいよやばいね」
また泣き出した彼女が、少ししてから語った話は社会人の辛さを象徴したような話だった。
広告代理店に務める彼女は、今日の午前中に取引先会社で対談中に、上司に連絡ミスを押し付けられて、取引先相手の前でこっびどく叱られたそうな。
その時は我慢して悪くないのに取引先に謝ったけど、会社に戻ってからその上司に暴言吐きまくって飛び出してきたらしい。
そして、ヤケクソになった彼女はお酒飲みまくって今に至るみたいな感じだ。
「無責任なこと言うようですが、人はもっと自由でいいと思います。辞めて次を探すのも良いのでは」
「うん。そうかもね……」
「僕みたいな子供が偉そうなこと言ってすみません」
「ていうか、君って私の妄想じゃなくて現実?」
「どっちでもいいんじゃないですかね。では、僕はそろそろ行きますね」
「待って! 連絡先教えて! 妄想じゃないなら、もっとお話したい」
「それは無理ですね。スマホ持ってませんし、家も無いですから」
「も、もしかして異世界から来たとか? それにしてはJK制服着てるし、スマホとか知ってる意味わからないか」
「……まぁ色々ありまして」
お互いこんな状況だから、僕はなんとなくこの人なら話していいかなって思い、事故で死んでから今までの経緯を彼女に伝えた。
彼女は僕の話を茶化すでもなく、真剣に聞いていた。
「それって、あの事件でしょ? 高校生の乗ったバス二台が事故で殆どの生徒が死んだっていうやつ。不自然な事故という理由でネットで色々な噂が立ってた」
「不自然? 何か怪しい部分あります?」
「なんだったっけなー? ドラレコ見ると事故の瞬間、異常に加速されたとかなんとか? アクセルをベタ踏みしてもそうはならんやろ? みたいな感じ」
「……それは怪しいかもですね」
「うろ覚えだからちょっと違うかもだけどね。それより行く場所ないならうちに来ない? 女の子が夜の街をふらふらしてたら補導されちゃうよ?」
「僕が行けば迷惑かけてしまうかもですし、お気持ちだけ有り難く受け取っておきます。あと、僕は男ですので」
「大丈夫! 私、一人暮らしだから問題ない。てか、男の子!? 嘘でしょ? 触っていい?」
「いやいや、やめて下さい」
身体を触ろうとする手を振り払い、彼女と少し距離を置く。
「いいじゃない、うちに来てよ……。誰かと一緒に居たい」
「僕が男ってこと忘れてません? 中身は高校生男子です」
「君が無理やり迫ってくるようには見えないよ。まぁ、されてもいいけどさ」
「確かに無理やりなんてしませんけど」
「ならいいじゃない。うちに来よ?」
「……そうですね」
とはいえ、他に行く宛もないんだよな。行く場所見付けるまでお世話になるのもいいかもしれない。
「わかりました。落ち着くまでお姉さんの家においてもらえますか?」
「よっしゃ! 早く帰ろ! そして一緒にお風呂入ろ!」
色々あって、自暴自棄になってるぽいハイテンションのお姉さんに連れられ、東京の入谷にある1Kの一人暮らしマンションに連れられて来た。
あまり掃除しないのかキッチンとか汚いし、ゴミが袋に詰められたままいっぱい放置されてる。
「ごめんねー。忙しくて帰って寝るだけ生活してたんだ」
「そうなんですか、社会人はやはり大変なのですね。それならば僕がパパッと片付けちゃっていいですか?」
「いいよ、掃除は頑張って自分でやるよ」
「でも、大量にあるゴミが気になって仕方ないです」
「あはは……ついゴミ出し億劫になっちゃってね」
「とりあえず、ほいっと、それから聖女の光を発動」
ゴミは全部アイテムボックスに収納して、聖女の光で部屋を一発浄化した。
「……まじ? 一瞬で部屋片付いちゃった……異世界の魔法まじ便利」
部屋も片付いたので僕用の小さいベッドを出す。ここでさっき会ったばかりの女性と暮らすのか。
世の中何があるかわからんものだね。
来る途中にコンビニで買ってきた弁当を食べて一息ついて、お互い心の余裕も出てきた。
「ねぇ、あれもう一回やってもらえないかな?」
「あれとは?」
「吐き気が急に無くなったやつ。すっっっごく気持ちよかったの」
「聖女の癒やしですね。いいですよ、そこに座って下さい」
座って目を閉じた彼女にそこそこ魔力を込めて聖女の癒やしを発動させる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……これは天国だわぁ……あっ何か口の中に……」
お姉さんは口の中にあったものを手のひらに吐き出す。銀色の何かだ。
「嘘でしょ……歯が治ってる。押し出されるように歯の被せものが取れたんだ……」
「これで歯医者行かなくて済みますね」
「君、便利過ぎだわ。結婚しよ?」
「歯が治ってプロポーズする人初めて見ました」
そんな笑い話で、お互いの距離が縮んだ気がした。
では、そろそろ寝ましょう。ここは秋葉原からも近いし、明日は買い物とかしたい。
僕たちはそれぞれのベッドに入り、照明を消しても静まり返ったはしない。車の走る音が常にしている。これが都会のマンションなんだね。
ちなみにお風呂は入らなかった。聖女の光で一発洗浄だしね。
ユニットバスだし、ゆっくりお風呂入る気にもなれなかった。お姉さんの話によると、1Kでユニットバスの部屋でも月7万も家賃かかるそうな。都会はお金かかるね。
「そういえばさ、私達お互い名乗ってなかったよね?」
「あ、そうでしたね。僕はエリオです。日本名は矢吹光一ですよ」
「へぇ、じゃあエリオ君って呼ぶね。私の名前は山城美月だよ。美月って呼んでね。ちなみに沖縄出身、25歳」
「わかりました美月さんと呼びますね。僕の出身地はわかりません。異世界に飛ばされた時に記憶を弄られたみたいで」
「それって事故の件で矢吹くんを検索すれば解るんじゃないの? 被害者リストとかあるだろうし」
「そうですね。明日検索してみます。パソコン使っていいですか?」
「あ……それはちょっと待って欲しいかも。えへへ」
「パソコンは人に見られたくないものですしね。それなら明日買ってきますよ。お金は神様的な人がそこそこ入れてくれたので」
「明日はすぐ帰ってくるから一緒に買物行こ?」
「わかりました。待ってます。ではおやすみなさい」
「おやすみー」
◆◇◆◇
翌朝、美月さんが寝てる間にアイテムボックスから出したご飯を並べる。
これは芽衣子と渚が作ってくれたものだ。早くあっちの日常に戻りたいよ。
「なんか美味しそうな香りがするぅー」
美月さんがだらしない格好で起き出す。大あくびと共に身体を伸ばす仕草はどことなく猫っぽくて面白かった。
「僕が持ってる料理をアイテムボックスから出しました。朝ごはんはしっかり食べましょう」
「うわぁ。ほんと美味しそう。私、いつも朝はラン○パックとか食べてた。こんなちゃんとした家庭料理は久しぶりー」
軽く支度をしてから二人で食事する。美月さんは料理を気に入ってくれたようで、朝からガツガツ食べていた。
その後、化粧して髪をセットしてと、女の人は毎日大変だよね。男は朝起きて服着替えてすぐ外出しても問題ないしね。
「じゃあ、すぐ戻ってくるから待っててね? パソコン見ちゃダメだよ?」
「解ってますよ。絶対触りませんから。では、いってらっしゃい」
美月さんは仕事に行き、僕は特にやることが無い。ヒモ生活かな。
この部屋は3階で日当たりもいいのでカーテンを開けて外を見てみる。都会に来ちゃったなーって感じがする。
元々僕は地方に住んでいたのだろうか?
ベッドに横になり、色々と考える。どうすれば白ヨルさん満足するんだろう。
ただ、ダラダラと生きてる僕を見て満足するのだろうか?
この平和な日本で僕にいったい何を期待してるのだろう。
「おきてー!」
あれ? 寝ちゃってたのか。美月さんが僕を覗き込んでる。
昨日出会った時と違って、スッキリした顔している。何かイイことあったのかな?
「会社辞めてきた。しばらくゆっくりするよ」
「思い切りましたね。生活費は払えますから必要なら言ってくださいね」
「てかさ、エリオ君、ネットで有名になってるよ」
「え?」
美月さんが見せてくれたスマホで確認したら、僕を撮った動画の再生数がエグいことになってる。
渋谷で目立ち過ぎたな。てか、僕じゃなくて勝手に動画載せた人が広告収入で儲かるって、なんか納得いかないよね。
「ほら、7ちゃんでもスレ建ちまくってる。渋谷のエルフちゃんスレ。もう、その5だし」
「ほんとだ……」
内容を見てみると、リアル○ッコロちゃんとか、ママーとか、山下公園でも見たとか、耳が本物なのか検証する書き込み等様々だ。
こういうの勢いつくと、もうどうにもにらないよね。困った。
「昨日渋谷に居たの? 電車に乗って移動したなら渋谷の動画や画像以外出てないのは不思議だね」
「あ、それは転移使って山下公園に行ったからですよ」
「転移!? まさかワープ的な? って、エリオ君が消えた!」
「後ろですよ。こんな感じに転移が使えます」
「も……もしかして、私を連れて転移出来たりする?」
「はい。出来ますよ」
「いや、まじで結婚しよ?」
「異世界に帰れなかったら、それもいいかもですね。あはは……」
そんな冗談とも本気ともとれない会話の後、僕たちは秋葉原に来た。ノートパソコンとスマホを買うためだ。
スマホは最新のやつにした。パソコンも25万円の良いものを購入。ゲームしたいから高スペックにした。
スマホの登録は美月さんがしてくれた。僕は戸籍も身分証もないから凄く助かったよ。美月さんに会えて本当に良かった。
それから上野で服を買ったり、食材買ったり、まるで同棲してる彼女と買い物みたいだ。
だんだん楽しくなってきた。傍から見たら姉妹の買い物みたいに見えるのだろうか。
買い物でいっぱい歩いて疲れたので、ファミレスに入る。注文したのはハンバークとサラダとドリンクバー
もはや懐かしいと感じるドリンクバー。いいよね。結局たいして飲めないのにね。
一息ついたので、事件の事をスマホで検索してみるか。……あれ?
「美月さん、僕の名前が検索にひっかからないですね。あと、事件に関する記事も殆ど見つかりません」
「うそ? 一時期テレビで凄かったのに」
美月さんも気になったのかスマホで調べている。しきりに首をかしげているから、同じ不信感を覚えているのだろう。
もしかして、何かの力が働いた? 白ヨルさんはこの世界のネットにも影響力があるのだろうか。
「高校名は覚えてるので、一宮高校で検索すれば……。ふむふむ……ふむふむ……なるほど……む?」
「どうしたの?」
「一宮高校は全国に3校あるみたいなのですが、どのホームページへ行っても事故の件は書かれてません。普通なら謝罪文とか哀悼の意とか載せますよね?」
「うん。載せない筈が無いと思う。なんか気持ち悪いね。隠蔽する理由があるのかも」
「被害者の一人は、あの七星財閥の直系の娘ですよ。隠蔽なんて出来るのでしょうか?」
「日本3大財閥の一つか……むしろ、七星財閥が隠蔽工作に動いたってのならば納得できるかも」
「……なんとなく調べない方が良い気がしてきました。美月さんも検索は中止して下さい」
「そうだね。それがいいのかも。人為的に隠された何かには興味あるけど、変なのに目付けられてエリオ君との生活を失いたくない」
「美月さん……ありがとうございます」
その後は普通にデート? を楽しんだ。有名デパートに行ったり、ゲーセンに行ったり、久しぶりの日本を漫喫する。
そして今はカラオケ中。以前の僕は人前で歌うなんて恥ずかしいこと絶対出来なかったのに、異世界行って精神弄られたせいか、アニソンを歌っても平気だった。
デュエットでのアニソンは、それは楽しいものだった。苦手と思ってものでも、やってみたらこんなに楽しいことも世の中にはあるんだね。
「美月さんって、エルフのこと知ってたり、アニメ詳しかったり、結構オタク気質ありますよね」
「仕事のせいで夜眠れなくて、よく深夜アニメ見てたからね。このままだったらストレス死してたかも」
「せっかく楽しい雰囲気の中で話すことじゃないですが、次の仕事は何にする予定なんですか?」
「そーねー……何にしようか迷ってる」
注文したポテトをつまみながら美月さんはため息をつく。
「それなら、ドカンと一気に稼いで、お大尽生活なんてどうでしょう?」
「えー? そんな事が出来たら誰も苦労はしないさー」
「それが出来るかもしれませんよ。フフフ」
「な、何か悪い顔になってるよ?」
実は僕のステータスを確認した時に、『聖女の祈り』というスキルが追加されてたのに気付いた。依子と初めて会った時に、そのスキル使って僕を探したと言ってたやつ。
日本に来るにあたって、白ヨルさんが追加してくれたのだろう。効果は『あらゆる事象の未来を88%の確率で当てる』だった。
つまり、このスキルを使えば株やFXなんかもいける気がする。競馬だって当たるだろう。
でも、僕が狙っているのはロ○7とかの宝クジだ。88%の確率が7つの数字それぞれに働くのか、それとも7つまとめて働くのかはわからない。
それでもやってみる価値はあると思うんだ。
それを美月さんに話すと、うーん……と考え込んでしまった。
「それって、凄く魅力的だけど、ダメ人間になりそうだよ」
「いいんじゃないですか? 遊んで暮らすというのが性に合わないにせよ、お金持ってるという安心感あれば心に余裕もって働けるかもですよ」
「エリオ君が悪魔に見えてきたよ。可愛い可愛い悪魔の囁き! もう私を好きにしてぇーって感じ」
「悪魔みたいな人に加護もらってるから、あながち間違いではないかも。あはは」
「そもそも当たるかわからないですし、試しに帰りに買っていきましょう。仮に当たっても僕では換金できないので、美月さんに買ってもらうしかないですが」
「うん! わかったよ。エリオ君に会ってから、楽しくてびっくりする事ばかりで、その悪魔みたいな神様に感謝したいよ」
くじ売り場に行くと、やり方がよくわからなかったので美月さんが店員さんに聞いてる。単純に7つのマスに入れる数字を選んで当てるだけだった。
てっきり空欄に数字書くのかと思ってたけど、マークシートを塗りつぶす方式。これはこれで都合が良い。毎回聖女の祈りを使えば、そこそこの確率で当たるはず。
とりあえず、10口ほど買って聖女の祈りを使ってみた。毎回似たり寄ったりの数字を指してるから、これはいけるのでは? そんな期待が膨らむ。
抽選日は木曜日らしい。明後日に結果がわかる。ワクワクだね。
そんなワクワクを二人で分かち合いながら、手を繋いで仲良く帰宅するのであった。
◇◆◇◆
「ね、ねぇ……こ、これって……あ、あ、あ、当たってない? キャリーオーバーで10億以上とか見えるんだけど……」
木曜日の夕方、何気に一番気にしていた美月さんがネットで当選番号を調べていた。手はプルプルしてるし、汗がやばい。
僕も結構ドキドキしてる。
「当たってるぽいですね。も、もう一回確認してみましょう」
「う、うん……」
何回確認しても当たっている。美月さんは10億だぞ、コラァ!って意味不明なセリフ叫んでる。
「こ、怖くなってきた……。どうしよエリオ君。こういうの当たると、変な連中からお金を無心する電話来るとか聞くし……」
「電話番号変えればいいですよ。あと引っ越ししましょう! 秋葉原駅近くのタワマン、あそこにしませんか? あそこ住んでみたかったんです」
「え? そんな高そうなとこぉ? お金勿体なくないー?」
「10億だぞコラーって美月さんも言ってたじゃないですか。仮に月50万ぐらいだとしても……計算弱いんでわからないですけど当面平気でしょう」
「えっと、そ、そうだね……。当面と言うか、80年住んでも5億ぐらいかな? ごめん、わ、私も自信ない」
そんな感じに僕たちは、怖いけど面白そうな未来を描いて震えるのだった。
書く時間がなくて大変ですが、ぼちぼち更新していきます。




