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47 二つの世界

 木々の間にユリナがいる。絶望した暗い瞳で僕を見ていた。

 パンをくれるおばちゃんだと思ったら知らない女で、しかも突然泣き出したら反応に困るよね。


 落ち着こう。アイテムボックスからハンカチを出して涙と汗を拭う。

 僕はスッと立ち上がって、ユリナの方へ歩みを進める。


 ユリナはヨロヨロと後ろに下がり、その場から立ち去ってしまった。

 病気が移らないための配慮なのか、それともボロボロの身体を人に見られたくないのかはわからない。

 ともかく、ユリナを見失う訳にはいかない。慌てずに追いかけよう。


 ユリナが進んだ方向に歩いていくと、木の枝を集めて作ったかまくらみたいな家があった。

 その中にもぞもぞと入っていくユリナ。後ろ姿から見えるその尻尾は毛が抜け落ちて、まるでゴボウの様だった。

 あのフサフサでキュートな尻尾を思い出して、また泣きそうになるが我慢する。

 

 よし、声をかけよう。


「街道沿いにお腹空かせている子が居ると聞いてパン持ってきたよ」

「……おばちゃんに聞いたの?」

 ユリナは少しだけ顔を出して問いかけてきた。


「そうかも。それより美味しいパンがあるんだ。おいで」

「びょうき、うつり……ます」


「移らないよ。それに、その病気も治しに来たんだ」

「なおらないのは知ってるよ」


「治るよ。ガラシ病は治した事あるしね」

 僕はしれっと嘘をついたが、治す自信はある。

 

「ほんとう……に?」


「うん。早く治しちゃって、一緒にパン食べよ?」

「……」


 ユリナはゆっくりと枝のかまくらから出てくる。

 僕もユリナに近づき、手で触れられる距離まで来た。

 ユリナはじっと僕の顔を見上げているが、その目は期待している様には見えない。


「それでは、ぱぱっと治しちゃおうね?」

 僕はユリナに、ほぼ全力で聖女の奇跡をかける。まるで時間が巻き戻るように肌の疾患が消え、尻尾と頭にフサフサの毛が戻ってくる。

 時間にして見れば数秒、ユリナはすっかり元通りになっていた。


「はい、治ったよ。見て?」

 僕はアイテムボックスから大きい鏡を取り出して、ユリナに自身を写して見せた。


「あぁ……うわぁぁ……」

 ユリナは泣き出して座り込んだ。僕はユリナを抱っこして持ち上げ、アイテムボックスから昨日寝る前に作った旅用の小さな家を出す。

 そのまま中に入り、ソファーに座ってユリナが泣き止むまで頭を撫で続けた。


「落ち着いた? 少し土とかついてるから魔法で綺麗にするね」

 広範囲に聖女の輝きを使うと、辺り一面綺麗になり、僕もユリナも肌と髪がツヤツヤしていた。無論お口もスッキリだ。凄いな、この魔法。

 あとは服だな。これを想定してなのか、アイテムボックスには子供服もたくさん入っている。至れり尽くせりだ。感謝しておこう。

 ユリナは魔女っ子服が大好きだったので、それっぽいのを出して着せた。正直あの店で買った魔女っ子服より可愛い。

 認めたくないが、白ヨルさん凄いわ。


「お姉ちゃん……ありがとう」


「いいよ。はい、これ美味しいから食べて」

 僕がサンドイッチを差し出すと、おずおずと受け取り、食べ始めた。最初は遠慮した感じだったけど、余程美味しかったのかサンドイッチを一気に6個平らげた。

 解るよ。このサンドイッチまじで美味いもん。黒ヨルさんの美味しいパンを食べ慣れてたから僕はあまり動じなかったけどね。


「びょうき治っておなかいっぱい……家もある。これ、ゆめなのかな? こわいよ」

 またグズり出したユリナを抱っこしてベッドに連れて行き、ユリナを抱きしめて一緒に横になった。

 今日はこのまま一緒に寝ちゃっていいか。おやすみ。



◆◇◆◇



 翌朝。


 ユサユサ……ユサユサ……


 目を開けるとユリナが僕の顔を覗き込んで肩を揺すっていた。


「ん? あ、おはよう」

「お、おはよう……お姉ちゃん。お姉ちゃんすごい美人さん……」


「ありがとう。ユリナも凄い可愛いよ」

「どうしてユリナのなまえ知ってるの?」

 あ、ミスった。どうしよう。適当にごまかすか。


「えっと、鑑定を使えるんだ。だから名前も病名も解ったの」

「お姉ちゃんすごい! あ、それとね……おしっこしたい」

 おっと、朝はしたくなるよね。急いでユリナをトイレに案内した。以前の世界でユリナは紙で拭くの知らなかったので使い方を教える。


 朝食にまたサンドイッチを食べ、二人で家の外に出た。


「ゆめじゃなかった……」

「夢じゃないよ。これからユリナは幸せになるんだ」

 抱きついてくるユリナを受け止めて撫でる。



「あの……」

 声がした方を向くと、おばちゃんことエマさんが居た。


「おばちゃん!」

 ユリナはエマさんの下に走っていくが、手前で急に立ち止まった。

 ガラシ病だった時のクセなのかもね。移らない様に気を使う子だから。


「もしかしてユリナちゃんなの……?」

「そうだよ。お姉ちゃんがびょうき治してくれたの」

 エマさんはユリナに走り寄ると抱きしめて泣き出した。

 ユリナも一緒に泣いてる。しばらくそっとしておこう。

 

 少し落ち着いたのか、エマさんが語りだす。


「ごめんね、ユリナちゃん。おばちゃんはもう来れないの」

「どうして?」


「……遠くに行くことになってね」

「おばちゃん……」


 彼女は、所持金が底をついて身売りしたのを、僕は知ってる。

 ならば彼女を雇おう。ユリナの面倒を見てもらうのに最高の人だ。


「少しよろしいですか? あなたとユリナは親しいみたいですので、出稼ぎは中止して私に雇われませんか?」

「雇うとは、どういう事でしょうか?」


「私はユリナを面倒見ると決めましたが、日中仕事に行きます。だからユリナのお世話をお願いしたいのです。月に1万ゴルでどうでしょう」

「そ、そんな高額な給金頂けません!」

 そういえば、1万ゴルは日本円にザックリ換算すると、月給100万みたいなもなのか。確かにそんな高給は逆に怪しいよね。


「それなら3千ゴルでどうでしょう?」

「それでも高額ですよ……」


「お金はあって困るものではないですし、これでいきましょう。どうですか?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 エマさんが世話係と決まってユリナはとても嬉しそう。僕も嬉しい。

 

 二人は嬉しそうにお話している。さて、住む場所はどうするか。

 とりあえずはヨルバンに行こう。それから考えれば良い。



◇◆◇◆



 街までは転移でも良かったけど、いきなりそんな意味不明な魔法は止めておいた。


 そんなわけで、僕たちはユリナを挟んで三人手を繋いで仲良くヨルバンまで歩いた。

 約1時間程歩くとヨルバンに着き、僕が泊まっている高級宿へ招いた。


 今泊まってるのは二人部屋だから、四人部屋に変更して一週間分前払いした。


「こんな立派な宿に私なんかが……服もこんなですし」

「気にする必要ないですよ。それなら……はい、これに着替えて下さい」

 確かにエマさんの服は見窄らしかった。食べる物も買えないのに服なんて買えないもんね。

 差し出したのは若い子向けのワンピースだけど我慢してもらおう。シックな色だから多分いけると思う。


 でも、エマさんって微妙に年齢不詳なんだよね……。ちょっと失礼して鑑定!



---------------------


エマ ウルス



レベル 71



種族 人間



年齢 31



スキル 家事 双剣術


   

配偶者 無し 処女



※多臓器不全進行中

  予想寿命 残60日


-----------------------


 

「えぇぇぇぇぇ!?」



「ど、どうされました?」

「お姉ちゃん?」


 色々驚きすぎて大声上げてしまった。

 どうやら内蔵があちこちやられているらしい。早急に治そう。ていうか31歳? ぱっと見50歳ぐらいなのに……。

 すると、あっちの世界のエマさんもマズい事になってたんだな……。


「すみません。失礼かと思いましたが、エマさんを鑑定しました。その結果、重病である事が解りました」


「……そうですか」

「おばちゃん!」


「相当無理してたのではないですか? 普通なら寝たきり生活になるレベルだと思うのですが」

「すみません。不調なのは解ってはいたのですが、最後まで頑張りたかったのです」

「おばちゃん、死んじゃやだ! お姉ちゃん、おねがいたすけて!」


「もちろん治すから安心してね。では、そこのベッドに横になって下さい」

 エマさんは指示通り横になる。少し不安そうだ。

 今回も手加減なしで行こう。エマさんへ向けて魔力マシマシ聖女の奇跡を放つ。


 それは驚きの瞬間だった。時間が巻き戻されるように若返っていくエマさんを見て、僕もユリナも呆然状態だ。

 内蔵がダメになると、人をあそこまで老化させてしまうものなのか。


「おばちゃんが、お姉ちゃんになった……」


「あの……私はどうなったのでしょう? 身体が羽の様に軽くなりました」

「病気前の身体に戻ったみたいですね。鏡で見て下さい」

 エマさんは軽い足取りで部屋に備え付けられてる姿見へ行くと、そこに映る自分を見て固まってしまった。


「こんな事って……。もしかして、ソニア様はユリュア様なのですか?」

「いいえ。ただのハイエルフです」

 

「なんとお礼をしたらいいか……ありがとうございます」

 涙ながらにお礼を言い続けるエマさんを宥めてから、昼食を摂りに宿のロビーに向かった。




「おばちゃ……お姉ちゃんその服すごくにあってる!」

 昼食のパンを食べながらユリナがエマさんを褒めまくっている。

 確かに似合ってる。治療前だと、その服着たら若作りおばさんみたいな感じだったかもだけど、今は落ち着いた大人の女性って感じだ。


「あと、エマさんは双剣術使えるみたいですね」

「あ、はい。病気になってからは力と闘気が衰えて使えませんでしたが」


「双剣術は、その名の通り二振りの剣で戦う剣術なんでよね?」

「はい。ですが剣はもう売ってしまって……」


「剣は後で私が用意します。ちなみに、双剣術使えばユリナの護衛も可能ですか?」

「はい。病気前に戻ったのならば問題ないと思います」

 

 よし。これでユリナの安全度も上がったな。これなら僕も安心して色々な所に行ける。

 念の為にミスリルゴーレム作るのもいいかも。アイアンでも十分過ぎるかもね。後でゴーレムが居る遺跡に行こう。

 

 昼食が済んだので行動しないとだね。やる事はたくさんあるのだ。




「それでは、私は出掛けてくるのでユリナをお願いします」


「はい。行ってらっしゃいませ」

「お姉ちゃん、いってらっしゃい! はやくかえってきてね!」

 ユリナをなでなでしまくって満足してから僕は宿から出た。


 まずは……みーちゃんに会いに行こう。みーちゃんさえ居てくれれば心強い。

 それに僕はみーちゃんが居ると思ったからこそ、異世界に行くのを決めたと言っても過言ではない。



 ドルフィノ東にある森に転移すると、木に素早く登り、てっぺん付近から思い切り飛び上がった。

 ソニアの身体能力は、エリオとは比べ物にならない。超人的な跳躍力で辺りが見渡せる程の高さに飛び上がる。


 そして空中からの~、連続転移! 目視出来る限界距離の転移を繰り返し、実質空を飛んでるみたいな移動で東へと突き進む。

 これが可能になったのも白ヨルさんの与えてくれた聖女のスキルのおかげだ。以前の聖女のゆらめきは、一回使うと三分ぐらいのクールタイムが必要だった。

 今はいくらでも連続使用可能だ。チート過ぎる。


 かなりのスピードで東に突き進んだ結果、広い草原へと辿り着いた。一度地上に降りて一息つく。

 いい風だな。みーちゃんはどの辺りにいるんだろう? 普段からあの大きさだとしたら、かなり遠くからでも見える筈なんだが……。


 辺りを見回していると、何かに見られている気配に気付く。そして、どこから湧いて出てきたのか、像ぐらいの大きさのフェンリルに取り囲まれた。

 

 敵意を見せると殺されると聞いた事あるので、僕は両手を上げて無抵抗アピールする。

 しかし、フェンリルは一向に警戒を解かないばかりか、ジリジリと距離を詰めてくる。おいおい……もしかしてまずい展開なの?


 一触即発の中、僕を取り囲む群れの中で一番大きいフェンリルが話しかけてきた。


「貴様からは蛇王の匂いがする。此処へ何をしに来た?」

「蛇王? って、なんですか?」


「貴様らが破壊神と呼ぶ者だ」

「あぁ……なるほど。私は、その破壊神に異世界から転移させられた者です。フェンリル王に会いに来ました」


「王に会ってどうする気だ?」

「信じて貰えないかもだけど、私とフェンリル王は異世界で一緒に暮らしてました。その時はみーちゃんと呼んでましたが。だからもう一度会いたいのです」


「確かに信じられんな。何か言い残す事はあるか?」

「待って下さい、こっちは戦う気はないですって」


 そんな僕のセリフはお構いなしって感じでフェンリル達は飛びかかってくる。速い! 僕は咄嗟に上空へと転移する。真上だと転移の目安が無いために雲まで来てしまった。

 僕は落下しながら考える。ここは一旦引くのが得策かもしれない。そうしよう。


 そう思った時、僕の身体に衝撃が走った。


「え?」


 僕の胸から氷の塊が見える。後ろから氷柱に貫かれたのか……。

 急激に意識が遠のき、その心と身体は闇へと落ちて行った。



◆◇◆◇



 気がつくと真っ白な空間に居た。

 白ヨルさんがゲーミングチェアに座りながら、やれやれだぜって顔で僕を見てる。


『あっさりと死んだな』

「……僕のせいだけではないと思うぞ。お前の匂いのせいでフェンリルに攻撃されたわけだし」


『我とフェンリルが敵同士なのは、お前も知ってたんじゃないのか?』

「……忘れてた」


『まぁ良い。だが、今回の修復のせいで、お前を維持できない。作業終わるまで一時的にあっちのヨルへ権限を譲渡する』

「一時的? あっちのヨルさんがお前に権限を譲渡しなければ戻って来れないのでは?」


『いや、お前が我の世界に来たいと思えば来れる。それに、お前は戻って来る事になる』

「どういうことだ?」


『いずれ解る』

「そんな意味深なフリはやめろよ。気になるだろ」


『ふふ。しかし、随分と楽しんで居たように見えたぞ。我の世界も存外悪いものでは無かったのではないか?』

「話そらすなよ……。まぁ、正直に言えば楽しかったかもな。エマさんの事も、このままだったら死なせてしまったかもしれない。それは素直に感謝する」


『ほほう。可愛い事を言ってくれるな。では、そろそろ時間だ。行け』

「待って! まだ聞きたいことが……」









「エリオ?」


 戻ってきたのか……。僕は覆い被さるミリさんと見つめ合っていた。

 左手はたわわな果実を掴んだままだ。柔らかい。


 そしてミリさんの顔が近づき、唇同士が触れ合う。軽く触れたそれはすぐに離れた。


「エリオ、わたしの事嫌い?」

「……嫌いじゃ無いですよ」


「それなら抱いてよ。お願い」

「少し待ってもらえますか?」

 

 ミリさんを抱きとめながらも上体を起こし、錬金術の上位権限を使ってミリさんを眠らせた。


 僕は辺りを見渡す。ソファーの上でみーちゃんがこっちを見ていた。


「みーちゃん、僕はさっきまで破壊神の世界に居たんだ」

『加護に動きがあったのは感じたニャ。でも、破壊神の世界とはどういう事か意味がよく解らないニャ』


「破壊神に加護を上書きされて、最初からやり直したんだ。僕がこの地に降りたあの日から」

『ヤツが時を遡る程のチカラを使ったというのニャ?』


「実際そうだったからね。僕は姉のソニアとなってやり直した。そして、トラブルに合って僕は死んでしまい、その修復で手一杯だからと加護をヨルさんに譲渡されたんだ」

『――!! トラブルってなんニャ! 誰かに殺されたのニャ?』


「いや、それは……」

『正直に話して欲しいニャ。何かあってからじゃ遅いニャ』


「……みーちゃんに会いに東の森へ行き、フェンリルに殺されたんだ。フェンリルたちは蛇王の匂いがすると言って問答無用で襲ってきた」

『くっ……許して欲しいニャ……ミーの責任でもあるニャ』


「みーちゃんの責任じゃないよ。怨敵の匂いをプンプンさせなからフェンリルの住処に突っ込んで行った僕が迂闊過ぎた」

『……』


 みーちゃんは僕にくっつくと、スリスリしてくる。僕もみーちゃんを抱き上げてスリスリモフモフクンカクンカをしまくる。

 この温かさと、大好きな匂いが僕を落ち着かせてくれた。




『話を纏めると、ヤツはあの時点から始まる別の世界を作ったという事ニャ。それは、ヤツ程のチカラがあっても容易な事では無いニャ』

「つまり破壊神は、この世界と、あっちの世界を両方管理してるって事?」


『そうなるニャ。相変わらず何を考えてるのか解らないヤツだニャ』

「ヨルさんなら解るかな? 元は同じ人なんだし」


『考えを予想しても意味なんて無いニャ。ヤツはずっとコウイチを見ているからニャ』

「そういえば、ヨルさんの手紙にそう書いてあったね」


『とにかく今はゆっくり休むニャ。死ぬという事象は魂を大きく疲弊させてしまうニャ』

「わかった。みーちゃん一緒に寝よ? おやすみ」


 僕はみーちゃんを抱きしめ、横にミリさんを放置したまま眠りに落ちた。



……。



……。



 ん? 下半身に違和感が……あ、エリカが来たのか。


「いったぁ……これ、動くのつらいかも……」

 

 頭を上げて、足の方を見ると、ミリさんがモゾモゾとゆっくり動いていた。

 ゆっくりゆえに、もどかしいが、彼女なりに頑張っているみたいだ。


「ミリさん……」

「あ、エリオ。ごめんね、わたしいつの間にか寝ちゃったみたい」


「それは……それより、これは」

「エリオがはぐらかすから、悪いんだよ……」


 ゆっくり……ゆっくりと、桃と二つのたわわな果実が連動して動く。それはとても淫靡な空間だった。


 そして行為が終わったのは、もう朝日が差し込む時間帯だった。

 みーちゃんが言ってた魂の疲弊なのかは解らないけど、とにかく気怠い。


 疲れて横で眠ってしまったミリさんの頭を撫でてから、僕は一階にあるリビングへと降りて行った。




「おう、エリオ。昨日はどうだった? ミリのやつ来なかったか?」

「おはようございます。ええ、来ましたね。まだ寝てますよ」


「そうかそうか」

「ところでディンさん、遺跡の調査はいつ行くんですか? 申し訳ないのですが、少々体調が優れなくて、数日安静にしたいのです」


「ミリのやつそんなに激しかったのか!? いやー、俺が言う事ではないが、スマンな」

「あ、そういうのではないです。ぶっちゃけると昨日の夜に破壊神と精神的な接触があって魂が疲弊したらしいです。攻撃されたとかではなく僕のミスみたいな感じです」


「おいおい……大丈夫なのか?」

「暫く休めば問題ないみたいです。そういう事ですので僕は屋敷に帰りますね。グレーマはまだ寝てるみたいなので、起きたらそう伝えて下さい」


「わかったぜ。無理すんなよ?」


 

 こうして屋敷に戻ってきた。そこはいつもの日常で、だけど凄い懐かしく感じた。

 白いヨルさんの世界では数日しか経ってないのに、結構濃い日々だったらかな。


「お兄ちゃん、なんか疲れてる?」「ママ眠そう」

 ぼけーっとしてるものだから、二人に顔を覗き込まれて心配されてしまったよ。


「あ、そうだ! エマさんはどうしてる?」

「おばちゃん? さっきは食堂に居たよ」


「ちょっとエマさんに用があるんだ。行ってくるね」

 僕は急いで食堂に向かう。ユリナもアリスも何事かとついてくる。


 食堂に着くと、エマさんはテーブルを拭いていた。一見体調悪そうに見えないのが罠だよね。

 どんだけ精神力強いんだこの人。


「エマさん、ちょっといいですか?」

「はい。なんでしょうか?」


「いきなりですが、そのイスに腰掛けてから、これ飲んで下さい」

「これは?」


「エマさん、相当体調悪いですよね?」

「……はい。すみません」


「それ飲めば丸っと全て解決するので、ささ、どうぞグイっと一本」


 エマさんは少し遠慮がちながらも、僕に言われた通り、ゴクっと一気に飲み干した。

 そして闇が広がる。それは小さな宇宙の様だ。星々の代わりに猫の目だから、怖がってユリナもアリスも僕にしがみついてくる。


 闇が晴れると、そこにはあっちの世界でも見た綺麗なお姉さんが居た。


「え? おばちゃんなの?」「……」

「エマさんはお腹の病気があって、そのせいで歳を取ったように見えていただけで、本当は若いんだよ」


「身体が……軽いです。すみません、失礼します」

 エマさんは屋敷の入り口近くにある大きい鏡の前まで走っていった。

 しばらくしてエマさんは戻ってくる。涙で顔がクシャクシャだ。


 ユリナもだけど、周りで見ていたメイドさんも困惑しまくている。


「旦那様……なんてお礼を言ったらいいか……」

「いえ、むしろ気付くの遅れてすみません。失礼かとは思いましたが、勝手に鑑定して、それ見て気付いた次第です」


「本来、私は旦那様の奴隷のはずでした。失礼な行為などありえません」

「それなら良かったです。あと、双剣術も使えるんですよね?」


「はい。今ならば使えます」

「これを使って、剣術見せてもらえませんか?」


 僕はエマさんに二振りのアイアンゴーレム素材で作った片手剣を差し出す。

 エマさんはそれを受け取ると、柄を握ったり重さを確認したりして感触を確かめているみたいだ。


「はい。これならばいけそうです」

 エマさんはキリっと顔を上げて僕の目を見た。これは武人の目だ。


 興味を示したメイドさんや執事さんまで引き連れて屋敷の庭に出る。

 庭で自宅警備していたごーちゃんを見つけたので、エマさんの相手をしてもらうことにした。


「ますたー。この人だれ?」

「エマさんだよ。若返ったの。この刃を潰した剣でエマさんと試合して欲しいんだ」


「いいよー。ガンガンいくね」

「ぼちぼちでいいよ。怪我させないでね」


「おー」

 

 わかってるんだか、わかってないんだか相変わらず掴み所がないごーちゃんだ。

 

 エマさんの方を見ると二振りの剣を使い、舞うように演舞をしている。 

 凄い。思わず見とれてしまった。美人が使う美しい剣技は、芸術の域にあるね。


「エマさん、知っての通り、ごーちゃんは全身ミスリルなので、剣を当てても問題ないです。思いっきりやって下さい」

「はい!」


 そして始まる試合。

 最初に作った人型ゴーレムではあるけど、ごーちゃんは決して弱くない。

 エマさんはそのごーちゃんと渡り合えている。いや、むしろ押してる?


「ちょっ、この人速いよ。めんどくさい」

 ごーちゃんは一振りの剣でエマさんの猛攻を何とか凌いでいるが、スコーンと良い音させて頭に一本取られてしまった。


「マスターずるいよ、こっちも剣も二本ほしい!」

「いや、もういいよ。これで終わり」

「えぇぇぇぇぇぇ。そんなぁ」


 悔しがるごーちゃんを宥めつつ、エマさんを見る。イイ! 凄くイイ!

 双剣を携えた、美人武装メイド。すんばらC!


 僕は謎の達成感に微笑むのだった。



◇◆◇◆



 夕方になり、みんなが帰ってきた。


 少しの間、安静にする。との報告をみんなにするが、モリモリと佐藤君はそんな事知るかって感じで、若返ったエマさんをガン見している。

 わかるよ。エマさんは脂が乗ってるお年頃の美人だしね。そういうタイプの女性はこの屋敷に居ないし。


 最初戸惑っていたユリナは、もうすっかり元通りエマさんと仲良くしてる。

 クセでどうしてもおばちゃんと言ってしまうのを必死に直そうとしてる姿も微笑ましい。


「コウちゃん、エマさんの病気ってなんだったの?」

「ここだけの話、多臓器不全で、もってあと一ヶ月も寿命が無かったぽい」


「それを治しちゃうんだから、さすがコウちゃんだね。コウちゃんも身体は本当に大丈夫なの?」

「そうだよ。矢吹っち顔色悪いし」「ヤバくなる前に休んでね?」

 

 嫁さんたちは全員心配してくれてる。やっぱこういうのは嬉しいよね。


「なぁ、矢吹。エマさんって旦那さん居たりするのかな?」

「お、俺も気になる!」


「本人に聞けばいいじゃん。それと佐藤君、彼女出来たとか言ってなかった? 目移りしてるとフラれるかもよ」


「おぅ、そうだった。明日ユーナを連れてくる。本当にここに住んでもいいんだよな?」

「もちろん、いいよ。でも、モリモリみたいにハッスルし過ぎないようにね」

 

 和やかに夕食も終わり、ユリナとアリスとお風呂に入り、自室に戻った。


 数日は夜のお仕事も休むと伝えているので、今日はもう寝るだけだ。

 しかし、どうしても白ヨルさんの世界のことが気になって寝付けなかった。


 そんな中、誰かが部屋にやってくる。部屋の明かりは落としてあるけど僕には見える。唯だ。

 唯は足元からベッドの潜り込むと手際よく日課に励みだす。


「おふぅはぁへはぁはぁれふ」

「きょ……今日も来たんだね」


「ぷはぁ……皆勤賞目指してますよ、はむっ」

「き、勤勉な唯はご褒美あげないと」


「ぷはぁ、何くれるんですかぁ? はむっ」

「そ、それは今度二人でする時のお楽しみで……」


「ふぁふぉひぃふぃひふぃふぇふぁふへ」

「あ、……ふぅ」


 今日もバール娘は土日返上の社畜釘抜き機だった。

 

……。


……。


 ユサユサ、ユサユサ


「始める。はむっ」

 エリカは僕の首筋に噛み付くと同時に人工衛星の如くドッキングする。昨日のミリさんとは違って激しい。

 マイリボルバー拳銃のシリンダーが空になるほど撃ち尽くした頃、やっと止まった。


「すまない。貴方様の負担になりたくはないが、止まらなかった」

「いいよ。エリカにっとては食事を兼ねてる行為だし」


 しばし、時の止まった空間でお食事会は続くのだった。



◆◇◆◇



 翌朝、朝食後に庭のガーデンチェアに座り、ぼーっとしながら空を眺めていた。

 ちなみに対面の席には、朝から屋敷に遊びに来たミリさんが座っている。


 ミリさんはニコニコしているが、僕は結構テンパっている。

 膝の上に乗せたみーちゃんを撫でまくって心を落ち着かせる。


「エリオ体調悪いんでしょ? お世話してあげるよ」

「僕は……ほら、メイドさんがお世話してくれるから大丈夫ですよ」


「じゃあ、アレしてあげる」

「あれ?」


「お口でするやつ。今日はまだ痛いしね」

「おっと……。ミリさんちょっといいですか?」


「なに?」

「いずれ僕の嫁達に紹介しますので、しばらく時間もらえませんか?」


「いいよ。わたしだってエリオの迷惑になってる事ぐらいわかってるし」

「……すみません」


「気にしなくていいよ。お嫁さんにしてくれるとわかって嬉しいし」

 そう言って笑うミリさんは凄く可愛い。しかし、困ったな。僕があちこちでお嫁さん作りまくったら、最終的には収集つかなくなる。

 何か良い方法は無いだろうか……。



ピロン♪ ピロロロロン♪


 

 おや? これはヨルさんからのお手紙だな。どれどれ……。

 

 !? これはまさか白ヨルさんからの手紙か?

 アイテムボックスに入っていたのは、白い手紙というものだった。僕は恐る恐る手紙を開く。


---------------------------------------------------------------


我がお前の手助けをしてやっても良い。

なに、簡単な事だ。我がお前の加護を調整してやる。

特に何のデメリットも無い。


お前を作ったのは我だ。我ならばそれも可能なのだ。

我に身を委ねよ。それが一番だ。

ほれ、↓遠慮なく押せ。


【調整してよ】


---------------------------------------------------------------


 そっ閉じ、余裕でした。

 いや、こんな怪しいの押すわけないでしょ。 

 ていうか、あんた修復作業で忙しいんじゃなかったの?


 でも、あれだな。ついにアイテムボックスの権限まで奪って来たみたいだ。

 ジワジワと白ヨルさんに追い詰められている気がする。


 前回もミリさんが側にいる状態からのトラブルだったので、もしかして狙ってやってるのかな?

 とんでもない存在に目付けられちゃったよ。

 

 そして、お茶会後、お昼も近くなってミリさんは帰って行った。


 それと入れ違うように、佐藤君が彼女さんと思われる人を連れてやって来た。

 すれ違いざまにミリさんは、佐藤君の彼女さんを見て驚いてる感じだったのが気になる。知ってる人なのかな?


 

「矢吹! ユーナを連れてきたぞ」

 ユーナさんか。確か雑貨屋で働いてるとか聞いた覚えがある。

 見た目は……え? 羽生えてる? そういう飾りなのかな?


「はじめまして。エリオさんですよね? 私、ユーナと言います。本当にこんなお屋敷に住んでいいのですか?」

「こちらこそ、はじめまして。もちろんいいですよ」

 羽が気になって顔よく見てなかったけど、かなり美人だ。それと相まってまるで天使みたい。

 あれ? 今、羽が動いたように見えたぞ……。


「羽、気になりますか? 私、有翼人なんです」

「すみません、正直かなり気になってました。もしかして飛べるのですか?」


「いえ、滑空には使えますが、舞い上がる程の力はありません」

「なるほど。綺麗な翼ですね」


「おいおい! ユーナをナンパすんなよ矢吹!」


 慌てて間に入ってきた佐藤君はユーナさんを抱きしめて僕と少し距離を開けた。


「そんなつもりは全く無いから大丈夫だよ。でも、有翼人さんは初めて見たよ」

「ほんとかー? まぁー確かに俺も初めて見たけどな」


『有翼人は、南の大陸に住んでるニャ。どうしてヨルネル大陸に居るニャ?』

 僕に抱っこされたみーちゃんがユーナさんに問いかける。みーちゃんが疑問に思う程の事なのかな?


「話には聞いてましたが……本当に猫さんが喋るんですね。私がこの大陸に居る理由は……私も解らないのです」


 詳しい話を聞いていくと、ユーナさんは気がついたら南の海岸付近に倒れてたらしい。

 それまでの記憶も曖昧で、かろうじて妹が居た事ぐらいしか思い出せないらしい。

 それと、飛べないのは翼を痛めているからで、治れば飛べる気がすると言ってた。


「みーちゃん、特製ポーション飲めば欠けてる記憶って治るの?」

『治るニャ。でも治していいのニャ?』

 僕は小さい声でみーちゃんに問いかける。みーちゃんも察してくれて小さい声で返してくれた。


「記憶戻ったらユーナさんは佐藤君置いて帰ってしまうかもだもんね」

『記憶というのは、ある日突然戻る事もあるニャ。ここで治した方が傷は浅くて済むかもしれないニャ』


「それは後で僕から佐藤君に聞いてみるよ」

『それがいいニャ』


 佐藤君たちの方を見ると、ユーナさんはごーちゃんに話しかけられて腰が引けてる。あの子結構グイグイくるしね。

 この分なら、みんなとも馴染んでもらえそうだな。


「それから、翼は治せるかもしれないです。どうしますか?」

「治療師さんには治せないと言われました……治るならば有り難いですが」


「それでは、失礼しますね」


 僕はユーナさんの背中側に回り、羽に向けて聖女の癒やしを魔力多めで放った。

 不思議な七色の光がユーナさんを包む。羽がキラキラして綺麗だ。


「終わりました。飛べそうですか?」

「……試してみます」


 ユーナさんは少し離れて、翼を小さく羽ばたかせ、次第に強く羽ばたく。

 そして、大きく羽を広げると、空へ飛び立った。見た感じ翼が作り出す揚力で飛んでるようには見えない。

 とても不思議な光景だった。


「あ、ぱんつ見えた」

「オイコラ! 俺のユーナのパンツ見んな!」


「それより佐藤君。ユーナさんの記憶も治せるよ。どうする?」

「なんだって? マジかよ……」


「記憶戻ったら、ユーナさんがどういう行動に出るかわからないから、それは佐藤君次第でいいよ」

「……おぅ」


 しばらく飛んで嬉しかったのか、ユーナさんは笑顔で佐藤君の胸に飛び込んで行った。

 あの様子なら記憶戻っても大丈夫なんじゃないかなって、そんな気がした。


 ユーナさんからは何度もお礼言われた。無事に治って良かったよ。



◇◆◇◆



 それから結局一週間休んで、そろそろ活動しようと思った矢先に事件が起こった。


 新しく見つかった遺跡の調査に行ったディンさんたちから、途中でグレーマとミリさんが行方不明になったと屋敷にやって来たディンさんたちに報告を受けたのだ。

 どうやらトラップがあって、何処かに飛ばされたらしい。まさか転移トラップなんてものがあるとは……。

 僕と依子も転移使えるから、あり得ないトラップでもないのかな?

 

「すまねぇ……俺のミスだ」

 斥候のロイさんが申し訳無さそうにしている。ゴメットさんは魔法陣が描かれた紙を見つめて何かを考えているみたいだ。

 ディンさんは遺跡内の制作したマップを見て、エリカと話し合っている。

 エリカは万年単位で生きてる吸血鬼だから、こういうのに詳しいみたいだ。


「みーちゃん、転移のトラップってどういう所に飛ばされるの?」

『……グレーマとミリが大事なら、ミーよりヤツに頼った方がいいかもしれないニャ』

 みーちゃんの表情は苦々しい。本当は破壊神なんかに頼って欲しくないもんね。


「この大地を管理してるのは実質破壊神ってことか。迷ってる時間は無いな」


 僕はヨルさんに送る手紙と同じ要領で、白ヨルさんに手紙を送った。

 すると、一分も経たずに返事が来た。


---------------------------------------------------------------


メス達が何処に飛ばされたのか教えてやっても良い。

その代わり、我の望みも聞いて貰う。


了承ならば押せ。


【我に身を委ねる】

 

--------------------------------------------------------------- 


 くそぉ……全部白ヨルさんが仕組んだんじゃないかと思ってしまう。

 でも、ここで押さないという選択肢も無い。


 黒いヨルさんに頼ってみるという手もあるのか?

 ヨルさんに頼れと、みーちゃんが言わなかった時点でダメってことだよな。


 

 よし、押そう。やるしかないんだ。


 みーちゃんを降ろして、深呼吸する。


『どうしたニャ?』

「すぐ戻るよ」


 

 そして僕は破壊神に身を委ねた。

前回二部開始と書きましたが、自分的にはくっそ長いプロローグが終わってやっと本編に入ったという感じです。


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