表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/56

41 歌

 あれ? 僕はどうなったんだっけ?

 破壊神を出し抜いた後に特製ポーション飲んで、みんなにも飲ませて回って、逃げた破壊神を追って蒲焼きにして食べた……ゲェェェ。

 そこから記憶がない。


 今、僕は真っ黒い空間に居る。あの時と同じだ。僕はまた死んだのかな?


「矢吹よ。こうして直接会うのは久しぶりじゃの」

「ヨルさん……色々聞きたい事あるのですが、僕は死んだのですか?」


「死んではおらぬ。お主の身体に限界を超えた経験値が入らないように魂を離し、身体は隔離してある」

「破壊神を倒した経験値入るとまずい事でもあるのです?」


「例えるなら、お主は小さな水風船じゃ。その中に湖の水を全部入れたらどうなるか言わなくても解るであろう」

「なるほど。では単刀直入に聞きますが、破壊神とヨルさんはどういうご関係で?」


「ヤツはわしの半身じゃ。世界を創る為の材料にした……わしの肉体そのものなのじゃ」

「ヨルさんは自分の肉体を犠牲にして、あの世界を、テスでしたっけ? ヨルネル大陸を創ったというのですか?」


「そうじゃ。他に何か聞きたいことはあるか?」

「僕を騙して生贄にした……みたいな事を破壊神に言われましたが本当ですか?」


「……意図は違ったが、それは事実じゃ」

「もうハッキリ言ってくださいよ。どうせ僕はヨルさんに逆らえないし、全てはヨルさん次第なんですから」


「わかった。何が起きたかは自分の目で見るが良い」


 ヨルさんが片手を上げると僕の意識は遠い過去の時間へと飛ばされて行った。





 視界が明るくなると、今まさに決戦の場だった。山のように大きい狼と、巨大な精霊、そしてそれに対峙してるのは破壊神だ。


 戦いは苛烈を極めた。一つだった大地は破壊され尽くし、いくつもの大陸へと変化した。


 破壊神は狼の肉体を食い破り、精霊も砕け散った。だが、狼が最後の力を振り絞り、破壊神へ食らいつき心臓を引きずり出す。


 ずっとニタニタ嗤っていた破壊神もそれは腹が立ったのか、光り輝く謎の攻撃で狼を自分の心臓ごと消し飛ばした。


 その攻撃で狼は次元を越えた。狼は目覚める。その目には人間がぼんやりと映っていた。


 異世界で三毛猫に転生した狼は、人間に拾われ一緒に暮らし、幸せな日々が続いた。だが、ある日、ヨルの声が聞こえた。戻す準備出来たと。


 三毛猫は幸せな日々に別れを告げ、人間を見送る。そして魂は戻された。


 それから長い戦いの始まりだった。砕け散った精霊は世界中に樹を張り巡らせ破壊神より大地を護り、再び狼として生まれた彼女は破壊神と戦い続けた。


 破壊神は嫉妬していた。狼に芽生えた愛という感情に。破壊神は求めてやまない愛という感情への渇望を止めることが出来なかった。


 だから求めた。狼に愛を植え付けた人間を。破壊神は敗北の演じ、体を粉々に砕き地の深くへと潜った。


 破壊神の予想は的中した。ヨルとは元は同じ人格。長く戦ってくれた狼の為にあの人間を呼び寄せるのは解っていた。


 我が死んでない事はヨルも解っている。我があの人間を求めてる事も知ってる。それなのに人間を呼び寄せたのだ。


 喰いたい! アノ人間は我のモのダ! 我の! ワれの! 我ノ! ワれの!





 幾つもの記憶をごちゃ混ぜにしたものが頭の中に流れ込み、最後は破壊神の強い感情にかき消され、僕は意識を取り戻した。


「断片の記憶からでは解らぬかも知れぬが、これが全てじゃ」

「正直意味が解りません。結局なぜ僕を呼び出したのですか? 破壊神を地の底から引きずり出す為ですか?」


「それもある。だが根本は違う。わしとヤツは同じなのじゃ。わしも嫉妬したのだ」

「……」


「ヤツもバカ狼も樹も、元はわしから分裂したものだ。その一つに愛が芽生えて、わしも樹も……そしてヤツも嫉妬したのじゃ」

「なんて言って良いかわかりません……僕はどうすれば良いのでしょう」


「ヤツを完全に殺す事は出来ん。世界の核みたいなものだからな。だが、今回の敗北でヤツは暫く無力じゃ。もしまた出会う事があるならば……許してやって欲しい」

「僕が聞いただけでも200人以上の村人を嗤いながら食べた奴を許せと言うのですか?」


「ヤツが弱れば、それだけ外世界からの干渉を受ける。これ以上追い詰めないでやってくれ」

「……外世界とは?」


「それはお主が知る必要は無い。権限が無い言うべきか。ヤツと上手く付き合い、平和を維持して欲しい。これが、わしの望みなのじゃ」

「わかりました。でもぶっちゃけ全然解りません。一番解らないのは、ヨルさんって何者なんですか?」


「それもお主が知る権限はない。ただ、一つ言えるのは、わしも人間の様に感情に振り回された哀れな者に過ぎぬ」

「神様ぽい人も色々大変なんだと言うことだけはわかりました。では、そろそろ戻してもらえますか?」


「経験値はやれんが、バルデュアスを開放してくれたので精霊魔法の制限を解除してやろう。それから……色々すまなかったの」



◆◇◆◇



 意識が戻る。僕は何処かわからない森の中に居た。僕に向かって何かが急接近してくる気配があるな。

 木と藪を突き破って現れたのは狼姿のみーちゃん。僕は両手を広げて三毛猫に変身して飛び込んで来るみーちゃんを受け止めた。

『コウイチ……コウイチィ』

 みーちゃんは物凄い甘えっぷりでスリスリしてくる。僕も負けずにスリスリ、モフモフ、クンカクンカだ。

「みんなは大丈夫そう? 結構ギリギリなラインだった気がする」

『大丈夫ニャ。心配してるから戻るニャ』

 僕は下に落ちてる破壊神の片割れを収納すると、みーちゃんに乗って戻った。

 

 戻ると全員で抱きつかれた。片足吹き飛んでいた仁科さんはスカートもパンツも吹き飛んでるから色々ヤバイ。

 花澤さんに至っては上も下も丸出し状態。エリカも無事回復出来たみたいだ。

 

 泣いてる二人を落ち着かせて、アイテムボックスから新しい制服と下着を出して二人に渡す。目のやり場に困るしね。

「貴方様が破壊神を倒したのか。惚れ直したぞ」

 エリカは僕に抱きつき濃厚な口づけをする。クールないつもの姿は消えて興奮気味だ。


「あたしらにもキスしろよな」「そうよぉ。ズルいわ」

 着替え終わり、ボロボロになった制服を放り投げたギャル二人も参戦してくる。

 飛び付いてきた仁科さんと花澤さんに体が仰け反りそうになった。ブラ見て知ってたけど凄い山脈だ。


「んー!」

 僕は仁科さんに顔を掴まれ下手くそなキスをされる。見た目とのギッャプが凄い。タコチューかいな。

 今度は花澤さんに捕まり、やたらエッチな感じで濃厚にキスされた。プロだな……本当に処女なの?

 

 そんな感じの攻防が何回か繰り返され、僕の唇がべちょべちょになった頃、皇帝や兵士が起きてきた。

 やば……この人たちの事をすっかり忘れてたわ。僕はみーちゃんを肩に乗せ、三人を抱き寄せると聖女のゆらめきで逃げようとした。


「待たれよ」

 こちらに手を向けた皇帝のシルビアさんが僕を制する。

「一応伝えておきますが、僕は帝国に敵対するつもりはありません。城で暴れた件はお目溢しして頂けると幸いです」

「無論だ。私の中に途中までの記憶は残っている。神樹と世界を守ってくれたのであろう?」


「そんな大それた事してないですよ。みんなに助けられてギリギリで撃退できたに過ぎません」

「フフ……良いぞ貴殿。私の夫にならぬか? 私が貴殿をこの大陸の覇者にしてやる」


「すみません。覇者に興味が無いのでお断り申し上げます」

「ならば、側で見ているだけで良い。私が覇者となり、この大陸を治める。その姿を」


「いや、なんて言うか本当に僕には荷が重いので失礼します」



 皇帝はまだ何か言ってたけど、面倒だから聖女のゆらめきを発動した。その場から消える瞬間、神樹に大きな精霊が見えた気がした。



 屋敷のエントラスに転移すると、メイドさんたちと目が合う。みんな安心したのか駆け寄ってきて泣き出した。

 それに気付いた嫁たちも集まってくる。僕はみんなにもみくちゃにされながら、自室に移動した。

 僕はキングサイズのベッドに腰掛け、みんなも僕の周りに集まった。モリモリたちはソファーに座り、僕の話を待ってる。


 服の中に潜り込んでチューチューしてるアリスと、膝に顔を埋めて泣いてるユリナを撫でながら、帝国で何があったかを集まった全員に話した。

 ギリギリで行き違いにならなかった依子は、バルディアスさんと融合してたゆえに知り得た情報もあってか複雑そうな顔をしている。

 僕に隠していた情報もあったのだろう。


「でも、これでもう安心出来るんだよね?」

 恵は不安そうに僕の腕を抱きしめる。恵以外の嫁たちもくっついてるから人口密度が高い。


「一応は問題無いみたいだよ。ただ、僕も詳しい事はわからないんだ。ヨルさんの言い分は理解し難い部分も多かった」

『安心して良いニャ。破壊神はもう戦う気も無いみたいニャ』


「みーちゃん破壊神は今何してるの?」

『力を失い、ふわふわと空を漂ってるニャ。放置しておけば良いニャ』


「それで矢吹よぉ、べったりくっついてるギャルコンビとはもうヤったのか?」

 ドストレートなモリモリの質問に嫁たちからも視線が集まる。彼女たちは僕の命の恩人だ。だから嫁にする? それは何か違う気がする。

 でも、命をかけて助けに来てくれた二人の覚悟に僕は応えたいとも思っている。


「みんなが許してくれるなら仁科さんと花澤さんもお嫁さんになってもらいたいと思ってる」


「コウちゃん。私はいいよ。今は押し切られたからじゃなくて、コウちゃんを守ってくれた二人だから受け入れたい」

「矢吹っちの嫁が増えるのは困るけど、二人が居なかったらもうここに戻って来なかったと思うと反対なんて出来ないよ」

「仁科さん達みたいな見た目ヤバい良い人と、自分を比べて落ち込むけど、変わらずうちを愛してくれるならいいよ」

「唯は反対です。と言いたい所ですが、一人悪役になりたくないので許します」


(わたくし)も構いません。ですがお二人には矢吹様の妻としての自覚を持っていただきいたいですわ」

「洗濯物を散らかすのはしたないです」「下着姿で歩くのもいけません」


「わーってるよ。もう矢吹だけのあたしなんだからさ」

「でもぉ下着姿は矢吹君にしか見せないようにしてたわぁ」


「は? 俺にも見せろよ」「そうだそうだ!」「サトシーーーーーーーー!」

 モリモリと佐藤君は相変わらずだな。そしてリリさんは毎回大変そうだ。



 それから暫く話し合い、夕飯を食べてユリナとアリスと一緒にお風呂に入った。

 今日は二人で僕をよく洗ってくれる。ちょっとくすぐったいけど、娘二人に洗ってもらってるみたいで嬉しいね。

 僕も二人をよく洗ってあげよう。綺麗にするだけなら聖女の光でいいけど、お風呂はリラックス効果あるから好きだ。


 二人と一緒にベッドに入り、両脇に抱きしめて寝る。このまま寝てしまいそうになったけど僕にはやる事があるんだ。

 起こさないようにそっとベッドを出て、恵の部屋へ向かう。


 部屋に着くと笑顔でこっちを見てる恵とソワソワしてる仁科さん、ニコニコしてる花澤さんが居た。

「じゃ……じゃあ来ていいよ。ほら」

 仁科さんはガチガチになって僕を招き入れた。


 ……。


 ……。


「いぃーーー! 痛い痛い痛い痛ぃぃ!」

 仁科さんは腰を跳ね上げ暴れまくった。僕がスピードシューターだったから最後まで出来たものの、普通なら大変そうだ。

 終わったらお股をくねらせて泣いている。恵は仁科さんの頭を撫でて慰めていた。なんだろう……僕が酷い事したみたいな構図だな。


 僕が仁科さんを心配そうに見ていると、花澤さんに手を引かれ押し倒された。

 行った事ないけど、そういうお店に行ったらこういうサービスされるんじゃないかと想像してしまう凄さだった。

 なにこれ、プロすぎる。こういう体験は初めてで、僕は戸惑いまくった。


「凄い痛かった……。めぐが気持ちいいって言うから騙されたよ。ていうか真美って実は経験豊富だったん?」

「わたしも初めてよぉ。でも毎日イメージトレーニングは欠かさなかったのぉ。おかげであまり痛くなかったわぁ」

「ほんとかよ、そんなレベルじゃ無かったような……痛たた」


 正直僕も本当かよ? と思って鑑定してみたら、全員配偶者の項目にはエリオとしか表示されてなかった。

 天才ってのはどの世界にも居るものなんだね。この後、恵とも三戦してから全員で自室に戻った。



 そして丑三つ時の妖怪バール娘がやって来た。


「ふぉふぁふぇひぃふぁふぁい」


「うおっ……唯、今日も来たのか」

「ぷはぁ、矢吹君はいつだって唯だけのものなのです。はむっ」


 僕はそんな唯が可愛くて頭をなで続ける。

 今日のバールは釘を抜くのも程々に、材木をゆっくりと自分の工具袋に収め始めた。

 静かにその作業は続いたのであった。



◇◆◇◆



 翌朝、僕は両脇で寝てるユリナとアリスを撫でながらアイテムボックス内でお店に卸す商品を作り始めた。

 足元を見ると唯も寝てる。仁科さんは全裸で寝てるし、花澤さんは胸を全開にして寝てる。恵は寝てる姿も可愛い。


 あまり見てると起動したクレーンがオイル漏れを起こしてしまうのでポーション作りの作業に集中した。



 芽衣子と渚の作る美味しい朝食を摂りながら今日の事を考える。

 委員長に破壊神の事をどう話せばいいかな。ヨルさんに言われた通り、許してやってくれなんて、とても言う勇気は無い。

 みんなで協力して倒したと言っておくか。そうすれば寝不足でいつも目が赤い委員長は安心して眠れるようになると思う。


 でも、今日は何処にも行かずに嫁たち全員とまったりと過ごした。たまはこういうのもいいよね。

 まったりしながらも壊れたゴーレムを直したり、ひん曲がってしまった対物ライフル直したり弾を作ったりと作業は続けた。


 ふと気がついたが、アイテムボックスに入れたはずの破壊神の割れた核は無くなっていた。ヨルさんが回収したのかな?

 巨大な蛇の躯は残ってる。加工してみると超不思議な素材だった。オリハルコン以上の強度を持ちながら押せば指が沈むほど柔らかい。

 素材の硬さは魔力の込め方で変わるようだ。どんだけ柔らかくしてもスキルの加工以外では傷もつかない。

 車のタイヤとか着るゴーレムに使うといい感じかもしれないね。着るゴーレムの内側に使おう。でもアレの素材と密着は気分的に微妙かも。


 お昼は巨大蟹を出してみんなで食べる。熱してそのまま食べたり、芽衣子と渚が蟹チャーハンや蟹スープも作ってくれた。

 いいよね蟹。特にミリアスさんは初めて食べる美味しさに驚いていた。メイドさんも早く食べたそう。一緒に食べればいいのに。


 ついでに、カニ捕獲ゴーレムのあまさんも修理と核を改良しておこう。全体をミスリルでコーティングして強度を上げる。

 また巨大蟹と戦っても無事で済むかわからないけど、アイアンよりは良いだろう。


 夕飯は具沢山のクリームシチューだった。絶妙なソースと牛肉や野菜が美味しすぎて、寸胴いっぱい作られたシチューはすぐに売れ切れた。

 メイドさんたちの絶望の顔が気の毒で、芽衣子と渚が追加で作ってた。僕のアイテムボックスに入れておく分も追加でお願いしたよ。


 夜は料理を頑張ってくれた二人にいっぱい奉仕した。

 たまには攻防逆転も良い。でも最後は結局守りに入らされてしまうんだよね。二人がかりは強い。


 妖怪バール娘も帰り、エリカにも補給を済ませた。後は寝るだけだな、と思ってたら水色に輝く神秘的に綺麗なお姉さんが僕の前に現れた。


「どちら様ですか? 予想ではバルデュアスさんかと思いますが」

「そうよ。よくわかったわね」


「やっぱり。帝国から去る前に神樹の前でチラっと見かけたんですよ。何かありました?」

「せっかくヨルが精霊術を開放してくれたのに全然呼んでくれないから来ちゃった」


「使い方が良くわからないので放置してました」

「呼べばいいのよ。呼んで何でも言って。出来る事は何でもしてあげる」


「今は寝るだけなので特に無いですね」

「その子達みたいに、わたしを抱いてくれてもいいのよ?」


『それはダメと前に言ったはずニャ』

「いいじゃない。独り占めはズルい」


 突然二人が口喧嘩を始めて外に出て行ったので僕は気にせず寝ることにした。



◆◇◆◇



 翌朝起きると僕のお腹の上でみーちゃんが寝てたので、バルデュアスさんは追い返されてしまったのだろう。

 今日はドルフィノに行く。朝食後、聖女のゆらめきを使いって店の裏側に新設した小屋へ転移した。


 みーちゃんは僕の肩に。ユリナとアリスと手を繋ぎながらお店の裏口から入る。

「おはよーございまーす」

 朝の仕込みをしてる田中さんと北沢さんの片山君嫁コンビと、あゆみとカナ(ママ)が笑顔で挨拶を返してくれる。

 奥に行ってシイリスさんに挨拶してから二階に上がる。トーマたち兄妹はソファーに座って何かしてる。お釣りの小銭の用意をしてるみたいだ。

 ユリナとアリスをトーマたちに預けて、僕は自室に向かい、ノックした。


「はいはい……シイリスさんですかぁ?」

 寝ぼけた千代田さんが下着が見えるだらしない格好で出てきた。

「委員長居る?」

「あ、矢吹君! 委員長は居るよ、入って」

 笑顔になった千代田さんに手を引かれて部屋に入る。委員長はまだ寝ている。


「委員長は朝方やっと眠れたみたいだから、まだ起こさないであげてね」

「やっぱり精神的にダメージが大きかったんだね」


「うん。だから一緒に居てあげたくて」

「わかったよ」


 僕と千代田さんはソファーに向かいあって座る。膝にはみーちゃんが乗ってる。

「そうだ、私も何か仕事がしたいです。でも、ここの仕事は今の人数で十分らしくて……何かありませんか?」

「千代田さんは土魔法の他は何の魔法を使えるの?」


「歌唱とアイテムボックスです」

「歌唱って歌が上手くなるの? そんなスキルあったの気が付かなかった」


「元々歌が好きだったんです。音大に行きたかったのですが父の会社が倒産してそれどころじゃなくなって……」

「そうだったのか。そんな事もあれば七星家を恨む気持ちもわかる気がするよ」


「やり場のない怒りをぶつけてたんです。倒産と七星家の因果関係は曖昧でしたし」


 千代田さんは背も170以上あり、細身の美人だ。これで歌が上手かったらかなり目立つだろうな。


「じゃあ、歌を是非聴かせてよ。この世界に来てから、歌を聴く機会がなくてさ」

「わかりました。海岸へ行きましょう」

 僕と千代田さんは海岸へと向かう。子供たちも全員ついてきた。


 以前、カニ捕獲用のゴーレムを出した人気の無い海岸に着くと、深呼吸後、一泊置いて唄い出した。


 雪と恋愛をテーマにした有名な歌だ。僕は鳥肌が立ち、感動に打ち震えた。スキルのおかげだからなんて無粋な事を言うつもりは無い。

 歌がこんなにも人の心を動かすなんて思わなかったよ。子供たちも初めて知る感覚に戸惑っていた。

 やがて歌は静かに終わりを告げた。


「凄いよ! 歌でこんなに感動したの初めてだ」

「ほ……ほんと? だったら嬉しいです」

 僕はこの才能を活かせる方法が何か無いか考え始めた。この世界で見たこと無いけど歌手という職業があってもいいと思う。


「千代田さんは歌手になりたいとか思ってたりする?」

「なれるならばですね。でもこの世界にそんなものは無いから……」


「僕たちが知らないだけで、あるのかもしれないよ。でも、仮に無いなら作ろうよ。この世界にさ」

 僕は千代田さんの右手に触れて音楽の知識にアクセスした。彼女が今までどれだけ努力をしてきたのか知識を通じて解る。

 知識の中からギター、ヴァイオリン、ピアノを引き出す。彼女も楽器の構造を完全に理解しているわけじゃないけど、そこは創造錬金を使う。


 僕はスキルを発動して楽器を創り出した。でも、それを使う人が居ないと意味がない。アイアンゴーレムの核を千代田さんの知識へと直接繋げる。

 出来た核を、造った細身のゴーレムに収納して、ボディにサリーのような布を巻いた。ひと目でゴーレムとわかるけど威圧感は無い。

 アイテムボックスからギターを持たせたゴーレムを出す。


「や、矢吹君、それは? それと手を……」

「ごめんね。手はすぐ離すから」

 とは言ったが、千代田さんが顔を赤くしてしっかり握り返したので離せなかった。


「これは今造った演奏用のゴーレムだよ。千代田さんの音楽知識から生まれたゴーレムだから息は合うと思う。もう一度歌ってみてくれる?」

「う、うん。わかりました」

 千代田さんは少し戸惑いながら歌い始めた。ゴーレムは切ない旋律で彼女の歌に更なる魅力をプラスさせていく。

 そして曲も静かに終わる。凄い。少し涙が出た。子供たちも初めて知った芸術という概念に感動してるみたいだ。


「矢吹君……私……」

 千代田さんは僕に抱きついて泣き出した。僕は千代田さんの頭を撫でながら気がついた。周りにめっちゃ人が居る。

 よく見たらローズ騎士団のエリーシアさんがこっちを見ていた。ヤバイ。また絡まれないうちに逃げよう。

 僕はゴーレムを収納して、千代田さんと子供たちを引き連れお店に逃げ帰った。


「お兄ちゃんうたすごかったね!」「アリスもうたってみたい」「俺よくわからないけど涙が出た」「わたしも」「へんなきもち」

 興奮する子供たちと、まだ少し泣いてる千代田さんという妙な取り合わせに田中さんたちは「?」な顔して見ていたけど二階に上がった。

 千代田さんは二階のリビングのソファーに座っても僕の手を離さなかった。それならばと千代田さんの知識を引き出したゴーレムを二体追加で造った。


「そうだ、子供たちに歌を教えてあげてくれないかな?」

「ここで?」


「そう。みんな歌いたそうだから。子供の今から教えて貰えば、大きくなった時に千代田さんに続く歌手になれるかもよ」

「それはいいのですが、騒音問題にならないですか?」


「この建物は防音に関してチカラを入れて造ってるから平気だよ。他の部屋の音聞こえた事ないでしょ?」

「確かに。わかりました。本人たちの希望があれば教えます」


 トーマは微妙な感じだったけど、女の子たちは教えてもらう事となった。いつか合唱なんかも聞かせてもらいたいな。

 ギターのゴーレムとヴァイオリンのゴーレムを出して、僕は出かける事にした。エリオ商店に納品後、あまさんをモルト北の海岸に設置しに行くのだ。

 千代田さんは名残惜しそうに僕の手を離した。やめてそんな切ない目で見ないで。僕まで変な気分になってしまう。



◇◆◇◆



 僕はみーちゃんと二人でエリオ商店に行き、ポーション等を納品する。今日は青山さんが店員さんをしている。

 ていうか、よく見ると大平君が居るんですけど……。青山さんの横で店員見習い名札を付けて立ってる。


「先生、なんで大平君が居るんですか?」

「俺が騎士団から引き取った。若いうちは間違う事もある。それにもう悪い事はしないと誓ってくれたし構わんだろ」


「マジですか……でも不安かも」

『始末なら任せるニャ』

「いや、さすがにそれは……そうだ」


 僕は仕事を求めていた人材を思い出した。カモン! バルデュアスさん!


「はーい、呼びました?」

「うん。このお店をしばらく護って欲しいんだ。特にあそこに居るガラの悪い人から」

 僕は大平君に向かって手を向けた。向こうも気付いたみたいでメンチを切ってくる。今はもう怖くないよ。もっと怖いのと沢山戦ったからね。


「始末してしまえば良いのでは?」

『ミーもそう思うニャ』

「どうして君たちはそんな物騒な発言ばかりするの。人間一人ぐらい始末しなくても無力化なんて楽勝でしょ?」


「わかりました。あなたが望む事をするのがわたしの役目。承りました」


 バルデュアスさんは顕現するとエリオ商店に舞い降りた。

「精霊王様だ……」「精霊王様がなんでこんな所に?」「ありがたやありたがたや」


 お客さんたちはプチパニックになってる。なに精霊王って。そんなの聞いてないんだけど。


『わたしは此処を守護するために来ました。どうかお気になさらず』


 余計に色々な人を呼び寄せて、エリオ商店を危険に晒してしまった気がしなくもないけど、今更どうにもならないか。

 僕は見なかった事にして蟹の絵をお願いした里中先生の元へ急いだ。




「いらっしゃーい。あ、矢吹君、絵出来てるよ!」

「ありがとうございます。ついでにお昼ごはんも食べて行きます」

「そちらのお席にどうぞー」


 里中先生はメニューを置くと、バックヤードに走って行った。

 メニューを見てみる。新しい料理が追加されたね。このエビカツサンドにしてみよう。


「すみません、注文いいですか」

「はぁーい」

 そして出てくる例のお姉さん。物凄い嬉しそう。何故か口を袖で拭っている。


「え、エビカツサンドを二つお願いします」

「はいはーい。チューさせてくれればタダだけど、どうする?」


「お金はちゃんと払いますので」

「じゃあ、お金あげるからチューしていい?」


「なんでそうなるんですか。この店大丈夫なんですか?」

「いいのよ。ここは私の店だしぃ」


 お姉さんはジリジリと距離を詰めてくる。みーちゃんは好意な場合は止めてくれないから困る。

 すると救世主が現れる。僕とお姉さんの間に里中先生が飛び込んできた。


「店長、そういうのは止めて下さいって言ってるじゃないですか。それに矢吹君は男の子ですよ」

「うるさいわね。時給下げるわよ」

「酷い! 労基に訴えてやる!」


 果たしてこの国に労働基準局があるのか知らないけど、先生頑張って!

 だが、所詮は雇われ者。雇用主には勝てなかった。


 僕はお姉さんに捕まり、濃厚なチューをされて疲れてしまった。

 あれ? この感覚ってもしかして……。


「もしかしてお姉さんはサキュバスだったりします?」

「そうよー。私の他にも会ったことあるのかな。君はサキュバスから見たら有り得ない程のご馳走だしね。ちょっとごめんね」

 お姉さんは髪を解くと、僕の顔を両手で固定して顔を近付け、目を赤く輝かせた。何かスキルを使ったみたいだ。


「あちゃーエルメスの旦那さんだったんだ。私もついでに貰ってくれない?」

「無理です。ごめんなさい」


「ケチー。でもエルメスには逆らえないし仕方ないか。気が向いたらチューは毎日しに来てね!」

 お姉さんはウインクして厨房へ戻って行った。気が向いて毎日って……。


「矢吹君ごめんね。店長は未経験の女の子を見ると、すぐキスしちゃうのよ」

「そもそも僕は女の子じゃないですけど」


「それが不思議なのよね。実を言うと、私も定期的にキスするのを条件に高待遇で雇ってもらったの」

「なるほど。でも、そろそろ彼氏を見つけた方が良いお年頃では……」

「いいのよ! 私はまだ若いの! はい、これが蟹の絵!」


 里中先生は絵を置いて怒って行ってしまった。処女とバレたのは自爆だと思うんだけどなぁ。


 みーちゃんを見るとあっと言う間にエビカツサンドを食べきっていた。

 僕も食べよう。美味い! この美味しさは凄いよ。芽衣子たちの料理にも負けてない。サクサクの衣の揚げ方もだけど、どんな調味料使ってるのだろう。

 先生が料理を監修してるのかな? 謎だ。


 今日もタダと言われたけど、ちゃんとお金払ったよ。エナジードレインをビジネスにされたら困るし。



◇◆◇◆



 そして僕たちはモルト北の海岸へ転移して来た。少し雪が降ってる。コートを着たのでそんなに寒くもないけど。

 アイテムボックスから新型あまさんを出し、蟹の絵を見せる。

「この絵と、この絵の蟹という生き物を捕獲してきてもらいたいんだ。この前の大きいのは違うからね」

「うん。わかった。行ってくるよ」

 あまさんは捕獲した蟹を入れる用の網を持って凄いスピードで沖に向かった。


 20分ぐらい待っていると海から何かが向かってくる。あまさんが蟹を捕らえてきたみたいだ。

 今回は大きいものは牽引しておらず、どこも壊れてないみたい。


 勢いよく浜に上がると、僕に網を見せる。

「これでいいのかな?」


 それはまさにタラバガニだった。多少地球のより大きいけどね。網には二匹入ってる。

「これだよ、ありがとね!」

「もう一回行ってくる?」


「お願いします!」

「わかったー」

 相変わらず凄いスピードで潜っていく。カニは生物収納で生きたまま収納。鮮度バッチリだ。

 今回は30分ぐらいしたら戻ってきた。



 しかし、あまさんが獲ってきた物はとんでもない物だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ