35 破壊神
僕と七星さんは、聖女のゆらめきで例の物件前まで転移してきた。
着いたので手を離して欲しいのだけど、離してくれないので、そのまま進める事にした。
「どうですか? 二人なら何とか出来そうですかね?」
「こういう事でしたか。ですが、お任せ下さい……」
目を閉じた七星さんの雰囲気が変わる。そして開かれた瞳は左目が空色のオッドアイになっていた。
「カッコイイー! そういうパワーアップ演出憧れるぅ」
「お褒め頂けて嬉しいですわ。では、いきます。聖女の光、集中開放!」
七星さんが右手を事故物件に向け、目が眩む様な光を浴びせかけた。
僕の右手からも聖女の力を吸い上げているようだ。
「うお、眩しい!」
直視してしまった僕は、某大佐みたいに目をやられたので、聖女の癒やしで治療を余儀なくされた。
光が収まると、そこには相変わらずヤバイ雰囲気の物件はあった。
でも、以前と比べると大した事はない。結構効果があったようだ。何回かスキル使うのかな?
「それでは矢吹様、中に踏み込みましょう。直接の原因を排除しなければ解決できません」
「えー? ここに入るんですか? やばくないですか?」
僕は完全にビビッてしまい、及び腰で逃げようとした。
「それでしたら私にお任せ下さい。解決して参りますわ」
「……わ、わかりました。僕も行きます」
お願いして来てもらった人にぶん投げて逃げるとか流石に無いよね。
僕たちは深呼吸してから、事故物件に踏み込んで行くのだった。
でも、入った事を僕はすぐに後悔した。
ドアの隙間から目、額縁の裏から目、テーブルや椅子の下から目、壊れた天井の隙間から目、あらゆる所から僕たちを何かが見ている。
床は血で溢れており、天井や上の階に向かう階段からも流れてくる。
七星さんはそれを気にするでもなく、僕の手を引いて進んでいく。歩く度に靴の裏にヌチャ……ヌチャって血がへばり付いてきて、僕はもう失神寸前だ。
みーちゃんを抱きしめる手にも力が入る。みーちゃんはこの怪奇現象に特に動じている様子はない。
「地下ですわね。下から力を感じますわ」
「……」
僕は七星さんに手を引かれ、どんどん地下への階段を降りていく。一段降りる度に心臓が暴れてやばい。
地下に着くと、そこは倉庫のような場所で、ただ広いだけの空間に見える。ただし、床に大きな穴が開いていた。その穴に血が流れ込んでいる。
「此処は破壊神復活の儀式に使われてしまったようですわ」
「は、破壊神? じゃあ、この場所はただのお化け屋敷じゃないってことですか?」
「そうです。あの穴の中に生贄の子供の遺体が埋めてあるのでしょう」
「…………つまり、破壊神が復活しちゃった感じですか?」
「いえ。その途中の段階ですね。子供の怨念を増幅させて臨界に達した時に地下から生贄を求めて破壊神の一部が現れる仕組みです」
『帝国の神樹がおかしいのは、そのせいか?』
「その話を此処でする必要ありませんわ」
七星さんとみーちゃんがちょっと険悪な雰囲気になってる。こんな所でケンカは止めて欲しいんだけど……。
「二人の会話はよくわからないのですが、ここはもうダメっぽい感じです?」
「いいえ。上の階にあると思われる呪具を排除し、穴の中にある子供の遺体を回収して供養すれば問題ないですわ」
七星さんは僕から手を離し、穴の方へ歩いて行き、躊躇なく飛び込んだ。
僕は驚いてすぐ穴の側まで駆けつけたけど、それ以上は近づけなかった。中はあまりの惨状で僕の思考は停止してしまった。
七星さんは激しく損傷している子供の遺体一人一人に慈しむように触れて聖女の秘密箱へ収納している。
その姿は本当に聖女だった。同時に美しいとも思ってしまった。
すべての遺体が回収し終わり、七星さんは穴から出ると再び穴の中を見つめて悲しい表情をしている。
僕は、血まみれになってしまった七星さんの手を取った。
「こんな役目を押し付けてごめん」
「矢吹様が謝る事ではないのです。邪教の使徒は元々こちらの世界の問題ですわ」
「そうだとしても……ごめん」
「いいのですよ。さあ、上の階へ行きましょう。呪具を浄化してこの悲しみを終わらせます」
七星さんは一度手を離し、僕と自分に聖女の光をかけると、再び僕の右手を取って上の階に歩き始めた。
三階に上がると、蛇が人に巻き付く形状の像が設置してあり、そこから血が流れ出ているみたいだった。
七星さんはその像の触れると、僕からも膨大な聖女の力を吸い上げあげて聖女の光を送り込んだ。
その瞬間、像は砂のように崩れ、子供達の苦痛や悲しみを撒き散らすように消えていった。
それ以降、あれだけヤバかった気配も消えてただのホコリが積もった物件と変化した。血の跡もない。
それでも気持ち的にスッキリ出来なかたので二人で物件に聖女の光をかけまくった。
地下の穴は僕がアイテムボックスに入ってた土で埋めて、床も範囲クラフトで直した。その他損傷箇所も徹底的に直したので見た目は新築みたいだ。
僕と七星さんは、その後みーちゃんに乗って東にあるヨルさんの聖地と呼ばれる所へ行き、遺体を埋葬して慰霊碑を建てた。
他にもいくつも慰霊碑があるのが気になるけど、それが何か聞く気にはなれなかったよ。
七星さんは先に転移でヨルバンへ戻り、僕もドルフィノでユリナを引き取ってからみーちゃんに乗ってヨルバンに戻った。
その夜、僕は食欲が無くて先に休ませてもらう事にした。みんな心配してたけど今日は許してくれ。
自室に戻る前に、今日のお礼と色々な事が聞きたかったので、七星さんの部屋に寄ることにした。
「七星さん、今いいですか?」
「…………はい。どうぞ」
部屋に入ると七星さんは震えて泣いていた。この時、僕は彼女にどれだけ負担をかけてしまっていたのか改めて気付いた。
僕は七星さんの手を取ると、自室に連れて行き、二人で抱き合うようにして眠った。
◆◇◆◇
「おはようございます。矢吹様」
「おはよう七星さん」
僕たちはどちらからでもなく顔を寄せ、貪るように唇を重ねた。
「……もう一度下さい」
その言葉を聞いて更に唇を求め合う。何度目かわからないキス休みで唇を離した時、周りに気付いた。
「コウちゃん……」「矢吹っちまた増やすの?」「よりによって七星さんとかヤバ」「唯は夜中に見たから知ってましたけど」
「はぁ? あたしらにダメって言っておきながら七星とソレかよ」「傷付きますわぁ」
「矢吹さぁ、そろそろ自重しろ。裏山けしからんぞ」
「こ、これは……」
「お兄ちゃんおはよー」
僕と七星さんの間で寝てたユリナが起きて抱きついてくる。僕も抱き返しつつ、どうみんなに話すべきか考えるのだった。
「つまりアレか? 吊り橋効果的なアレか?」
事情をみんなに話したら、モリモリにこんなツッコミを入れられた。
「そうなのかな……いや、多分それとは違うと思う。僕が七星さんの優しさに気付いたからだと思う」
「別にどっちでもいいけどよ、俺は去る事にするぜ。修羅場を見物する趣味は無いからな」
そう言い残し、モリモリは足早に去っていった。待って! 置いていかないで!
「唯は許しますよ。そこのギャルとは違って、自分が傷付いてでも矢吹君を守ってくれた人ですから」
「は? あたしらだってそういう場面になれば体張るし」「失礼な事言われた気がするわぁ」
「ごめん、みんな。でも僕は昨日七星さんを本当の意味で美しいと思った。許されるなら七星さんも嫁に迎えたい」
『ミーは許可出来ないニャ』
「どうして?」
『バルデュアスの番になれば、人の理から外れるニャ』
「どういうこと?」
『詳しくは言えないニャ。でもきっと後悔するニャ』
「みーちゃん……」
すると突然神秘的な空気に包まれ、妖精たちが飛び回る、以前見た光景が目に飛び込んできた。
七星さんの両目が青く輝き、僕たちを射抜くように見渡す。これが混じりっ気のないバルデュアスさんなのか。
「それならば、私が依子から離れます。どうか依子を幸せにしてあげて下さい。さようならエリオ」
バルデュアスさんの青く輝いていた瞳が黒へと変わった。そこには七星さんしか居なかった。
「バルデュアスは行ってしまいました。ですが、私の心は変わりません。お慕いしてます矢吹様」
半身が消え、七星さんは涙を流している。
僕は七星さんを抱きしめて慰めるぐらいしか出来なくて歯がゆい気持ちになった。
「こんなの見せられたらウチは拒絶できないよ。矢吹っちの好きにしていい」「うちもそれでいいよ。旦那の事ヤバい大切にしてくれてるのわかったし」
「コウちゃん……私も同じ気持ちだよ。少し妬けちゃうけどね」「唯は最初から許してます。でも矢吹君の一番は唯です。これは変わりません」
「じゃ、ついでにあたしらもオッケーでいいよね?」「初夜楽しみだわぁ」
「良いわけ無いですよ。死んで下さい」
「はぁぁ? ちょっとこっち来いよ、可愛がってやる」「唯ちゃん可愛いから楽しみぃ」
唯とギャルたちは揉み合いのケンカを始めた。文字通りの揉み合いで見ててちょっと楽しい。
「私は、みなさんに認めて頂けたのでしょうか?」
「そうみたいだよ。あれだけ拒否しておいて今更だけど僕のお嫁さんになって欲しい」
「はい喜んで。上手く言葉にできませんが、とても嬉しいです。お慕いしております」
「おめでとうございます依子様」「感動しました依子様」
取り巻きの二人も涙を流してくれている。良い人たちだな。
◇◆◇◆
「矢吹様、よろしくお願いします」
「は、はい」
その夜、僕たちは初戦を迎える事となった。
依子はいわゆる寿司でおなじみのお魚さんだった。
いつも守りに徹する戦いとは違い、今日は一本釣りで攻める。
新鮮ピチピチのお刺身を好き放題頂いた。
高級なお寿司って初めて食べたよ。
「初めてなのに激しくしちゃってごめん」
「いいえ、とっても逞しくて素敵でした。痛みも思った程ではありませんでしたわ」
「ところで、依子さん」
「はい、なんでしょうか?」
「そちらで裸で控えている青山さんと赤坂さんは一体?」
「二人は生まれた時から七星家に仕えてくれていますの。私が嫁ぐ時は二人も連れて輿入れする事になっておりました」
「ほうほう、なるほど。それで何故ここに?」
「矢吹様には二人にも仕込んで頂いて、もしもの場合に備えます」
「もしもの事とは?」
「私に母乳が出なかったり、子供を産めなかったりですわ」
「いや、ここは異世界だからそういう謎の仕来りとか関係ないからね」
「それでは矢吹様は二人をお捨てになりますの? 悲しいですわ……」
「矢吹様、どうかお慈悲を」「矢吹様、私達も矢吹様をお慕いしております」
えぇぇぇ……。なんか僕が悪者みたいな雰囲気になってるんだけど。
どうすりゃいいんだこれ。転移で逃げるべきか? それは失礼なのかな……うーん。
「矢吹様失礼します」「しばしの辛抱を」
二人は素早い動きで僕を捕らえると、タッグを組んで仕掛けてきた。
リングには僕一人、二人の巧みなコンビネーションの前に為す術もなかった。
こいつらプロだ。アマチュアの僕とは違う。
一人に固め技で動きを封じられると、もう一人が打撃技で攻める。
こちらの戦意を確認すると組み付かれ素早くキメられた。
交互にキメられ僕は疲労困憊。
リングは血に染まっていた。
「矢吹様お許しを」「失礼致しました」
二人は土下座状態で謝罪している。正直凄かったので怒る気にもなれない。
あまりのプロっぷりにどれだけ実践積んだのかと思い、鑑定で見てみたけど、二人の配偶者の項目には僕の名前しかなかった。
七星家は怖い一族だなと改めて思ったよ。
「その……青山さんと赤坂さんの事はみんなには内緒にしておいて?」
何か言おうと思ったけど、結局そんなしょーもないセリフしか出て来なかった。
疲れ切った僕は、三人を連れて自室に戻り、ユリナたちと伴に眠った。
そして丑三つ時、妖怪バール娘の存在を忘れてた事に気付く。
「ほふぇふぁふぉいうふぉふぉふぇふふぁ?」
「はうっ……唯今日もきたのか」
「ぷはぁ、取り巻きまで食べちゃうなんて聞いてなかったですよ唯は。はむっ」
「ぐふぅ……七星家の仕来りなんだって、内緒にしておいてくれ頼む」
「ぷはぁ、いいですよ、でもお仕置きは必要ですね。はむっ」
今日のバールの釘の抜き方は乱暴だった。痛かったです。
◆◇◆◇
翌朝からは色々大変だった。
依子たちから異常なまでに世話焼かれたりして居心地悪かった。
今まで通りにしてくれって何度も頼んで依子たちは引いてくれたけど、今度はギャルたちに迫られたり、夜這いかけられそうになったり。
そして気が付けばとっくに一週間は過ぎていた。薬の審査の結果聞きに行かないと。
今日もユリナと僕とみーちゃんでドルフィノの薬師ギルドにやってきた。
もう完全にスキルに慣れたので、二人を伴い聖女のゆらめきを使って直接薬師ギルド近くまで転移してきた。
薬師ギルドに入ると、すぐカリンさんにロックオンされたけど、気にせずこの前のルーゼさんと呼ばれた女性の所へ向かった。
「すみません。ポーションの審査をお願いしてたエリオです」
「あぁ、カリンの旦那かい。結果は出てるよ。合格だけど、ちょと問題も有るね」
「どの様な問題が?」
「それは別室で話すよ。ついといで」
僕たちはルーゼさんに連れられギルマスルームへと入っていく。
お互いソファーに座りルーゼさんと向き合う。
「もしかしてルーゼさんってギルマスなんですか?」
「そうだよ。言ってなかったかい?」
「知らなかったです。カリンさんが親しそうに話してたから、同僚とかだと思ってました」
「あの子は私の弟子だからね。身内には堅苦しい話し方はさせないのさ」
「そうだったんですか。それでポーションの問題とは?」
「簡潔に言えば効果がありすぎるって事だね。魔力保有量が尋常じゃない。おまけに神聖属性まで付与されている。どうやって作ってるんだい?」
「僕のスキルで作ってます」
「そのスキルとはなんだい?」
「言わないとダメな事ですか?」
「そうだね。薬ってのは信頼が無いと売れない。いくら効果が優れていようが、得体の知れない物じゃ認可できないんだよ」
「これは内緒にしてもらえる事なのですか? それとも売るにあたって公表されるのでしょうか?」
「誰が作ってるとは公表はしないよ。ただ、こういうスキルで作ってるっていうのは公表されるね」
「わかりました。それではこの場で作って見せます」
僕は聖女のスキルを使い、手のひらの上に聖女の雫を作って見せた。
「ほぅ。確かに鑑定結果も預かった物と同じと出てる」
「スキル名は聖女です。どうやって習得したかは内緒です」
「聖女だって!? そんなお伽噺に出てくるようなスキルあるんかいな。それにあんた男だろ?」
「実際あるのでそう言われても困ります。ちなみに聖女のスキル習得条件は男女関係ないみたいですよ」
「なるほどねぇ、それじゃヨルバンの薬師ギルドの話は本当だったのかい。あっちにも聖女が居るらしいが、どうせあんたの関係者なんだろ?」
「ええ。僕の嫁です」
「そうかい。わかった認可しよう。でも、そっちの嫁ばかり可愛がってないでカリンも可愛がっておやりよ?」
「は、はい」
「ユリナもお嫁さんだからね!」
「そうだねぇ、大きくなったらお嫁さんになってね?」
「うん!」
いつものパターンで場が和み、僕は無事に認可を受けポーションの作成、販売の許可を得た。
カリンさんは押せば逃げると学習したのか、今日はグイグイ来なくて助かったよ。
一息ついたので、僕たちは海の家へ転移して昼食を摂る事にした。
ユリナとみーちゃんは相変わらずカレーを食べている。僕はシーフード焼きそば。
海の家の適度に美味しい感じがいいよね。上手く再現できてると思う。
昼食後、ユリナはトーマ達と海に遊びに行った。みーちゃんが付いてるから心配ないだろう。
僕は食休みのために二階へ上がり、リビングのソファーで寛ぐ。
今日はママは来てくれないのかぁ。と思っていたら来てくれた。田中さんが。
「矢吹ちゃん暇? 部屋行こ?」
そして今日も大きな桃に退治されてしまうのだった。最近罪悪感が麻痺してきてしまった。
犯罪者の心理みたいなものだろうか。
スッキリしたところで、あの物件に行ってみる事にした。
すっかり浄化されて好物件と化していたが、心に引っかかるものはあるね。
深呼吸してから中に入ると、依子達が家具の配置をしていた。
「なんでみんながここに居るの?」
「矢吹様がすぐ商売を始められるように準備してましたの」
「凄い……。一階はもう完全に店舗じゃん」
「はい。後は商品を並べるだけです。よろしければ、赤坂さんか青山さんのどちらかを落ち着くまで店員としてお使い下さい」
「いや、そこまでしてもらうのは悪いよ」
「私達は矢吹様に嫁いだ身ですので遠慮は要りません。妻が夫の商売を手伝うのは当然ですわ」
「勿論です」「遠慮なさらず」
「一応先生を店員をスカウトしてはいるんだよね。でも、手伝ってもらえるなら暫くお願いしようかな」
「はい。全力でお支えします。ところで、二階と三階はどうされるのですか?」
「どうしようかね。何も考えてなかった」
「それでしたら、貸しフロアにしてもいいかもしれませんね。手続きは私がしますので面倒はありません」
「何から何までお世話になりっぱなしで心苦しいな」
「私達が好きでしている事ですので、お気になさらず」
三人は高貴な笑顔を見せてそう言ってくれるのは嬉しいけど、これじゃ負んぶに抱っこ過ぎるよね。
「とりあえず二階と三階は決めておくよ。もし、貸しフロアにするならば僕もちゃんと手続きに参加するから」
◇◆◇◆
こうして僕は大量に作ったポーションを店に並べて店は一応の開店はできた。
ちなみに店の名前は『エリオ商店ドルフィノ支店』となった。
ヨルバンで人気の店の支店だから、こっちでも大繁盛になることもなく、客は来ない。
当然だ。つい最近まで誰も近づけない程の異様な雰囲気を放っていた物件だしね。
暫くは暇だろうし、店は先生に任せて、青山さんにはヨルバンに戻ってもらった。
「なあ矢吹。チラシとか配ってくるのはどうだ?」
「チラシ持ってきた人には三割引で売るとかにしますか。ちょっといってきま~す」
僕は街の賑わっている場所に行くとユリナと二人でチラシを配り始めた。
「エリオ商店開店しましたー。チラシお持ちの方には三割引きで販売ですー」「ぜひきてくださーい」
魔法少女二人のインパクとは大きく、10分もしないうちに100枚のチラシが無くなったよ。
その当日はチラホラとお客さんが来ただけだったけど、効果が口コミで伝わって数日もすると、多くのお客さんで賑わった。
当然人手が足りなくなり、また青山さんに来てもらった。美人の店員さんのおかげで更にお客さんが増えたので失敗したかもしれない。
先生には店長をしてもらって、経理も任せているので僕はポーションを供給するだけで良い。本当に助かる。
この店には先生が認可を取った薬も置いてあって、それも効果が凄いので爆売れしてた。
そんなある日、見知った顔の男が来店した。
不良の大平君だ。大平くんは青山さんを見つけるとニヤニヤした顔で近づきカウンターを蹴り飛ばした。
「青山じゃん。ちょっと付いて来いよ。こんな店より稼がせてやるぜ」
「お断りします。お帰り下さい」
「おい、大平! お前なにやってんだ。お前こそこっち来い!」
「藤野まで居るのかよー。なんだこの店ギャハハ。つーか、異世界来てまで先生ヅラすんな、潰すぞ」
大平くんは素早い動きで先生の懐に飛び込むと掬い上げるようなキレの良いアッパーをアゴに……当てる予定だったみたい。
次の瞬間、青山さんに手を取られて軽く投げ飛ばされ、そのままゴロゴロと転がって地面に顔面から突っ込んでいた。
「てめぇぇぇぇ、ぶっ殺してやる」
鼻血を出しながら起き上がった大平くんは、何かをアイテムボックスから出すと、それを店に投げつけた。
嫌な予感がしたので、投げられたそれをアイテムボックスに収納してみる。そして鑑定。
●黒色火薬爆弾●
爆発すると広範囲に死をバラ撒く。
なに!? こいつはヤバイ!
僕は一瞬で大平くんに近づくと、そこそこ強く腹パンして気絶させ、倒れてくる大平くんを掴んだまま近くの森へ転移して、とりあえず縛り上げた。
「なんだテメぇ……。何しやがった。どこだここは」
「大平君が爆弾投げるなんて暴挙に出るから、こうせざるを得なかったんだ」
「誰だよテメェは。お前みたいなメスガキ知らねーぞ」
「僕は矢吹だよ。転移の手違いで姿が変わったんだ」
「いつも森山にくっついてた金魚のクソかよ。また随分と可愛らしいくなったもんだなぁ、ギャハハ」
「そんな事はどうでもいいよ。まだ爆弾持ってるなら出して。こんなテロリスト紛いの人を放置出来ない」
「出すわけねーだろ。アホかお前。アホだからそんな間抜けなこと言うのか」
くそ……どうすればいいのだろう。木に吊り下げて拷問みたいにするとか? 数分も吊るせばギブアップしてくれるだろうか?
そんな感じで悩んでいると、みーちゃんが高速で走ってきた。
『コウイチ、大丈夫そうだニャ。良かったニャ』
「みーちゃん来てくれたのか。助かったよ」
「な、なんだそのデカイ狼は……。まさかそいつをけしかけるつもりじゃないだろうな」
『黙れ』
みーちゃんの目が光ると大平君が青い雷を纏って全身痙攣し出した。いつぞやの拷問雷らしい。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
『痛みは激しいが、肉体と精神にはダメージが残らないから安心して苦しめ』
「出しますからぁぁぁぁ。爆弾全部出しますからぁぁぁ。いやぁぁぁ」
「みーちゃん一応止めてあげて?」
『ミーからの忠告ニャ。こいつは此処で息の根を止めるべきニャ』
「とりあえず、爆弾全部出してもらってから決めようよ?」
『わかったニャ』
「大平君、逃げる事は不可能だから縄は取るよ。この箱の中に爆弾全部入れて」
「……わかったよ」
大平君は僕がアイテムボックスから出した箱に50個ほどの爆弾を入れた。どんだけ持ってるんだよ。
「これで全部だ。もう無い。今後、お前らとは関わらないから許してくれ」
「わかったよ。約束は守ってよね」
「ああ、俺は約束は守る主義だからな」
大平くんは、そう言ってニヤっと笑った。このまま帰していいのだろうか? なんか信用出来ないんだよなぁ。
「じゃあ、俺は帰らせてもらうぜ」
『待て。お前の錬金術スキルは置いていけ』
「はぁ? 何言ってるんだよこの狼、助けてくれよ~矢吹ぃー」
「みーちゃん、スキルを置いてくってどういう事?」
『こういう事ニャ』
みーちゃんはその大きなアギトを開けると大平君にガブッと齧りついた。
そして何かを引き抜いた。
「なんだこりゃ……俺は食われたはずじゃ?」
僕は突然の事にポカーンとなったが、殺す為に齧り付いたのでは無さそうだ。
みーちゃんは口に何か黒いゆらめく物を咥えている。
『ミーはヨルの力を奪える能力が有るニャ。こいつは錬金術スキルが有る限り、何度でも爆弾を作るはずニャ』
「ふざけんなぁぁぁ! 返せクソ狼!」
無謀にも飛びかかる大平君だったけど、みーちゃんの軽い足払いで遠くまでぶっ飛ばされた。
「錬金術で自作してたのか……」
『そいつをどうするかはコウイチが決めていいニャ。そいつのスキルはもう何も無いニャ』
「アイテムボックスのスキルも奪っちゃったの?」
『外してみて解ったニャ。こいつのアイテムボックスには、まだまだ爆弾入ってるニャ』
「それなら仕方ないか。信用できないしね」
僕は三毛猫に戻ったみーちゃんを抱いて、気絶している大平君を掴むとローズ騎士団の本部に聖女のゆらめきで飛んだ。
店を襲った強盗を捕まえたと告げてエリーシアさんに引き取ってもらった。コネはこういう時に使わないとね。
エリオ商店に戻ると、みんな僕を心配してた。騎士団に引き渡して来たと話して一応みんなは安心してくれたようだ。
一息付いて、店の奥でソファーに腰掛けてると、膝の上のみーちゃんが顔を上げて言った。
『錬金術+1とアイテムボックスのスキルはコウイチが引き継ぐニャ』
「はい? そんな事したらヨルさんに怒られるんじゃないの?」
『ヨルからそうしろと連絡が来たニャ。受け取るニャ』
みーちゃんが口を開くと僕の中に異物が入り込んでくる感覚があった。
「なんだ……これは」
僕の意識はそこで途絶えた。
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※みーちゃんが使った雷の拷問というのは、21話のローズ騎士団が早く来すぎている矛盾を修正した時に追加された技です。




