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32 帝国

 前回はギャルに振り回されたり、片山君の嫁さんに振り回されたり大変でした。

 だから今日はお休みにします。


 いつもの様に芽衣子と渚の作った美味しい朝食を摂り、一息ついたのでユリナと散歩の時間だ。

 今日は高級住宅街の方に行ってみる。


「こっちに散歩に来るの初めてだねぇ」

「うん。でも屋台が全然ないね」


「ここは高級住宅街だし、こういう場所には屋台目当てのお客さん来ないんだよ」

「おいしいのにねー」


 まだ食い気しか無いお年頃のユリナと手を繋いで歩いていると、とんでもない店を見つけてしまった。


 その店の看板には『エリオ商店』と書かれていた。

 僕とは関係ないだろうと思いつつ、チラっと中見たら、七星さんの取り巻きの一人、青山さんが店員をしていた。


 しかし、なんだよこの店の名前。文句言いたいけど色々お世話になってるから言いにくい。


 まあ、いいや。ちょっと中入って見てみよう。噂では珍しい物が売ってるとか。


「あの、このお店は?」

「おはようございます矢吹様。このお店は依子様がお作りになられたお店です」


「その七星さんはどちらに?」

「ヒイロ帝国へ仕入れに行かれてます」


「はい? そんな気軽に行けないでしょ?」

「依子様なら行けるのです」


 なんか微妙に会話噛み合わないので、話を切り上げて商品を見物する事にした。

 凄く高級そうなアクセサリーから、ゴミみたいなよくわからない物もある。


 赤龍の核や鱗や爪も売ってる。鑑定してみたら本物だった。すげぇ。

 こっちは何々……。神樹の挿し木? は? こんな伝説のアイテムぽい物あるのかよ。

 流石に偽物で、ただの盆栽でしょ? と、思い鑑定したら本物だった。

 こっちなんてオリハルコンの剣……。本物だ。

 これは何だ、破壊神の小指だと? 鑑定では本物のようです。


 何この店……怖っ!


「このお店の一番人気は依子様がお作りになられたポーションですよ」

 また話しかけられてしまった。折角だから色々聞いてみるか。


「凄い品揃えですね。鑑定したら本物でしたし」

「はい。どれも依子様が仕入れていらした逸品です」


「それで、これがポーション? 真っ白のポーションか。ミルクみたいですね」

「美味しいと評判です。これは矢吹様のために特別に、依子様がお作りになられた一品です。お一つどうぞ」


 青山さんはそっとポーションを渡してくれた。


「えっと? 買えって事ですか?」

「いえ、無料でお持ち下さい。矢吹様はこのお店の商品を好きにお持ち帰りされて構わないそうです」


「七星さんがそんな事を言ってたんですか?」

「はい。妻の物は夫の物だそうです」

 何その逆ガキ大将理論。

 でも、貰えるならあの超カッコ良いオリハルコンの剣を……。いやダメだ。


「そういう訳にはいかないので、このポーションは買います。おいくらですか?」

「500ゴルです。ですが、矢吹様からお金を頂くと依子様にお叱りを受けてしまいます。どうぞお持ち下さい」


「それでしたら、一本頂いて行きますね」

「はい。またいらして下さい」

 ポーションを紙袋に入れて渡してくれた青山さんは、綺麗なお辞儀で店を送り出してくれた。


 その後、しばらく散歩をして、帰る途中にポーションを出して色々な角度から眺めてみた。

 光当てても全く透けない白い不思議な液体だ。まるでヨルさんのポーションの色違い。


「お兄ちゃん、それ美味しそう」

「うーん。なんか胡散臭いし、飲まないでおこう」


 触らぬ神になんとやらって感じで、白いポーションをアイテムボックスに入れた瞬間、妙な違和感を感じた。


鑑定してみるか?


●聖女の雫●

飲むと幸せになれる


 なんだこれ? ポーションですらないじゃないか。

 怪しい宗教の人に買わされた感が凄い。買ってはないけど。

 触れずにアイテムボックスの肥やしにしておこう。



◆◇◆◇



 屋敷に戻り、昼食後ユリナをお昼寝させてから僕はドルフィノへ転移した。


 相変わらずお店は盛況のようで嬉しくなるね。

 挨拶してお店に入ると、田中さんにウインクされる。あれは、後で行くから上で待ってろよの合図だ。


 なんという絶倫な桃なのだろうか。

 今日は食材だけ置いて逃げよう。

 ぶっちゃけ片山君と嫁たちへの罪悪感が凄いのだ。


 食材の搬入を済ませ、シイリスさんにも連絡を済ませたので、僕はヨルバンに転移した。




 転移したはずだった。




 ここ何処? 見渡す限りの森だ。

 もしかして、超低確率で起こるという転移失敗?

『石の中にいる』みたいな転移失敗じゃなくて助かったよ。


 失敗と言っても、もう一度モリモリを起点に転移すればいいだけなので問題ない。


 あれ? 何度やっても転移が反応しない。

 西野さんの所にも転移が発動しないぞ。

 まいったな……。もしかして有効範囲外に来ちゃったとか? 


「くーちゃん居る?」


 反応無いか……。

 アイテムボックスに食べ物はいくらでもあるし、家もあるから問題ないけど、早く帰らないとみんなを心配させてしまう。


 とりあえずは木に登って情報収集だな。


 僕は忍者の様にシュババって木に登り、木の天辺で森を見回した。

 南の方に森が開けているのが見えたので、そこに行ってみる事にした。


 僕のレベルは985まで上がり、かなり身体能力も上がったので、こんな鬱蒼とした場所でもひょいひょいと木の枝を伝って移動できる。

 そして10分も移動したら開けた場所に出た。

  村がある。行ってここが何処なのか聞いてみよう。


 村に向かって歩いて行くと、特に壁や柵は無く、なんとなくここから先が村って感じ。

 何人かが畑仕事してるのが見える。あ、こっち見た。


 目が合った村人Aさんに話しかけよう。


「すみません、道に迷ったので、ここが何処だか教えてもらえますか?」

「ここはズンドル村だぞ」


「なるほど。場所的には大陸のどの辺でしょうか?」

「道に迷ったんじゃないのか?」


「あ、それはほら、実は違法奴隷商に攫われて運ばれちゃって、逃げ出せたのはいいけど、今いる場所がわからないんですよ」

「……ここは、帝国領のズンドル村だ。北に行けば帝都に行ける」


「ありがとうございます! では、帝都に戻る事にしますね!」


 長話してもボロが出るから、僕はその場をスゴスゴと逃げ出した。

 なんか、凄い怪しんだ目で見られて怖かったよ。


 帝都の冒険者ギルドに行けば、もしかしたらエルメスさん経由でメッセージを送れるかも?

 もしくは竜車に乗って南を目指すか? どっちがいいだろう。


 どうせすぐに帰れないなら、帝都行っとく?  それとも一日でも早く帰るべきかな?

 うーん、迷うね。


 よし! この枝を投げて倒れた方向に行こう。それっ。


 ……北だな。よし帝都に行こう。


僕は早速竜車を出して北へ向けて爆走した。



◇◆◇◆



 いくつかの小さな村を抜け、約一日ほど北へ竜車を走らせていると、帝都っぽい所が見えてきた。

 ドルフィノみたいに壁はなく、大きな神樹の周りに街を築いてるようだ。

 遠くから見る限りは随分と栄えている様に見える。


 正直、僕が想像していた帝国のイメージと全然違った。


 帝国はドルフィノの神樹の恩恵を狙って攻めてたんじゃなかったのか?

 ここにもあるじゃん。あんな立派なのが。


 色々考えても仕方ない。ここまで来たんだ、行くしか無い。

 僕は全開で竜車を走らせ、帝都へと向かった。


 悪い噂しか聞かない帝国だから、なんとなく警戒したけど、誰に止められるでもなく帝都に入れた。

 確かに誰でも入れるとはエルメスさんから聞いた覚えあるけどさ。


 帝都は活気ある街だった。街並みも綺麗だし、教会らしき所は地球と同じ白い建物だった。

 街は平和そのもので、住人はみんな笑顔だし、困窮してるようにも見えない。

 本当にここが、あちこちに戦火を伸ばし、女子供まで兵士に強制招集する国なのだろうか。


 とりあえず冒険者ギルドに行こう。考えるのはその後だ。


 冒険者ギルドはすぐ見つかった。この街はとても親切で、あちこちに案内板があって迷わない。

 まるで日本の街を歩いてる感覚だよ。


 僕は深呼吸してから冒険者ギルドに入った。


 ここでも視線はかなり感じる。毎度の事なので慣れてはいるけど気持ちよくはないね。

 相談カウンターを見つけたので視線は無視して歩いて行った。


 受付の人はかなりの美人さんだ。名札にはローランと書いてある。

「すみません。ヨルバンのギルマスのエルメスさんに連絡付けたいのですが、何か方法ありますか?」

「どの様な理由で連絡を付けたいのですか?」


「手違いでヒイロ帝国に来ちゃったから、すぐに帰れない。みたいな感じのメッセージ送れないかと」

「ギルド間の通信を個人的な理由で使うのは禁止されております」


「ですよね……。失礼しました」

「お待ち下さい。ちなみにエルメスとはどの様なご関係ですか?」


 お? なんか食いついたきたな。ちょっと攻めてみるか。


「あー、エルメスさんとは、ほらアレですよ。男と女の関係というやつ?」

「ギルドカードをご提示下さい。それと、その発言が虚偽であった場合、あなたは拘束されます」


 ローランさんが目配せすると、衛兵がゾロゾロ出て来て僕は捕らえられた。

 ヤバイ……。どうしよう。


 ローランさんは僕のギルドカード使って何かしている。

 犯罪歴なんか無いけど、調べられると何故かビビるよね。

 

 ローランさんの手が止まり、顔を上げた。作業終えたみたいだ。


「大変失礼しました。確認したところ、エリオ様はエルメスの夫だそうですね」

「え? は、はい」


「先程のメッセージは送りました。他に何かありますか?」

「僕が伝えたメッセージを他の人にも伝えて欲しい。と送ってもらえますか?」


「かしこまりました。他には?」

「いえ、もう大丈夫です」


「では、ギルマスルームへ行きましょう」

「え? え?」


 僕は衛兵に引きずられるようにギルマスルームに連行された。


「聞いてたよりずっと可愛のね、あなた」

「え? なんですか、いきなり」

 ローランさんはソファーに座るといきなり足組んでドカっと背もたれに身体を預けた。

 そういうのやめて下さい。パンツ見えてますからね。つい目が行ってしまうんです。


「エルメスから何度も聞いてたのよ。あなたの事。可愛い旦那が出来たってね」

「まだ結婚はしてないですけどね」


「そう? じゃあ、私が先に食べちゃおうかなぁ」

「そういう冗談はいいので、ここに呼んだ理由を聞かせてもらえますか?」


「あなたのお屋敷に住んでるという。ヨリコ・ナナホシについて聞かせて欲しいの」

「何を聞きたいのですか?」


「何者なのか。というのが一番知りたいわね」

「何者ですか? そうですねぇ、僕も全然わからないんですよ。彼女の店には有り得ない物ばかり売ってるし」


「有り得ない? 例えば?」

「神樹の挿し木とか破壊神の小指とか」


「なるほどねぇ。そういう事ですか」

「何かわかったのですか?」


「ええ、この話はもういいわ。それよりベッドに行きましょう」

「はい? 脈絡無さ過ぎなんですけど」


「私もエルメスと同じ種族なのよ。だから精が欲しいの」

「エナジードレインは勘弁して下さいよ」


「安心して直接摂取するから」

「不安しかないんてすけど! それに、エルメスさんに申し訳ないし」


「そうねぇ、じゃあ、これで許してあげるわ」

 そう言って唇を開いて出したローランさんの舌は細長く触手の様にうねっていた。



 それは蛇だった。


 そう木に絡まって登る蛇。


 うねうねと回りながら登り、枝を這い回る。


 そして頂点で木の洞を見つけると頭から飛び込んだ。


 洞の中をうねうねと動き回る。


 やがて樹液は流れ出し蛇は押し流された。



「し、新感覚。しゅごい」

「はぁぁ。直接摂取は初めてだったけど、最高に美味しかったわぁ」


 凄い色っぽい表情で僕を見るローランさん。これ以上はダメですからね。


 でもスイッチの入ったローランさんの蛇は止まらなかった。

 まさにアナコンダ。巻き付き喰らいつく。


 やだもう、蛇怖い。


 約二時間たっぷり蛇に襲われて、やっと開放されて冒険者ギルドのロビーに出てきた。

 疲れた……。宿探そう。


「ねぇ、君ちょーかわいいね!」

 突然声をかけられて振り向くと、見知った制服の女の子が居た。


一宮(いちのみや)高校の人ですよね?」

「え? 君誰なの?」


「姿は変わったけど、僕は矢吹光一だよ」

「うそっ、どういうこと?」


 出会ったのは同じクラスの高嶋さん。例の如く僕は彼女の事覚えてなかった。なのでちょっと怒られたよ。

 ギルド内でするべき会話じゃないので、高島さんの泊まってる宿にお邪魔する事になった。


「矢吹君は女の子になっちゃったの?」

「僕は男のままだよ」


「もう、どっちでもいいぐらい可愛いねぇ。ねえ? お願い! 抱きついて良い?」

「そんな事より高嶋さんの事聞かせてよ。そこに大量に置いてある武器の事とか」


 この部屋に入った時まず目についたのが大量の武器だった。

 テロリストのアジトか何かですかここは?


「これはね……」


 高嶋さんの説明によれば、帝国の軍に友達のカナちゃんとやらが拘束されてるので、助けに行く計画を企てているらしい。

 その一環で武器を集めまくったのだとか。


「なるほどね。でも、軍に単身で乗り込んで無事済むとは思えないよ」

「それでもカナちゃん助けないと!」


「僕が協力するよ。サッと助けて帝国からとんずらしようよ」

「ほんとに? でも危険だよ?」


「これでも僕は結構強いんだよ。帝国兵士なんかに負けない。切り札もあるしね」

「矢吹君……」


 感極まった高嶋さんは僕に抱き着き、泣きながら唇を奪ってきた。


「本当はね、不安で潰れそうだったの。お願い。このまま私の好きにさせて?」

「わかった」


 ……。


 ……。


「痛たた……。結構痛いもんなんだね。ごめん、矢吹君の服にちょっと血ついちゃった」

「スキルで血のシミは落とせるから大丈夫だよ。それよりポーション使う?」


「大丈夫。この痛みのおかげで不安が紛れたし。今日は一緒に寝てくれる?」

「いいよ」


 流されるまま、高嶋さんとこんな事になったけど、実は僕も色々と不安だったのかもしれない。お互い慰め合ってたのかもね。


 まぁ、いいや。今は寝よう。

 高嶋さんの乱れてボサボサになった髪の毛を撫でつつ、僕は眠りに落ちた。



◆◇◆◇



 翌朝。

「まず、高島さんが計画していた正面突破作戦はダメ。論外」

「なんで? 私、爆破魔法使えるよ? これでドカーンとやっちゃえばいいじゃん」


「それは本当に最後の攻撃だよ。高嶋さんは帝国と全面戦争なんて望んでないでしょ?」

「そうだけど……じゃあ、どうするの? あと、あゆみって呼んでよ」


「わかったよ。あゆみ。どうするかは今から考える」



 三日後。

「ここに帝国兵士の服があります。これ着て潜入する」

「どこから持ってきたの、それ」


「僕がスキルで作った。だから完全に同じものとは言えない。でも、パッと見本物でしょ?」

「凄いね。使い込んだ感まで出てるよ」


「でも、着るのはあゆみだけ。僕を連れて来たフリをして中に入るんだ」

「わかったよ。矢吹君に命預ける」


「じゃあ行こう」

「待って! 行く前にキスして」


 濃厚な口づけを交わしてから、僕たちはカナさんが捕らえられている軍の施設に赴くのだった。

 もちろん僕たちは変装してる。ボックス内錬金で作ったカツラと、仁科さんのメイク道具を使い、二人とも完全に別人になっている。


 僕なんてロングのカツラ付けて女の子になりきっているし。

 カラコンも作ってみたら上手く行ったので、僕の特徴はほぼ出ていない。


 僕は娼館から派遣された少女の設定。あゆみはその監視役だ。


 数日前から入り口を見張ってたら、僕ぐらいの背丈の女の子も娼館から派遣されてるのを知ったので、それを利用する。

 ここの兵士達はロリコンばかりなのか?


 では、作戦開始。


「おいおい! 今日のはすげぇー当たりが来たじゃねーか」「こりゃ楽しみだぜ!」

 兵士は僕を見て好き放題言ってる。後で吠え面かくなよ。


 侵入は成功。控室みたいな所に通されてしまったが、もちろん抜け出す。

 カナさんが居るのは、軍施設の病棟らしい。なんでも精神をやられているとか。

 あゆみが今まで何度も面会に来て調べた情報だ。

 僕らは進む。堂々とね。こそこそしてると余計に疑われるのだ。

 声かけられた時は「司令に呼ばれている」と言えば兵士は引き下がった。


 一つ問題は、病棟の前に門番が居ることだ。あれはもう倒すしかない。

 あゆみと二人で近づいて、声をかけるフリをして僕が股間を蹴った。白目剥いて倒れたが、スマン許せ。


 後は突っ走るだけ。檻に入ってぐったりしてるカナさんを見つけて、僕が範囲クラフトで檻を壊す。

 あゆみがカナさんを担ぎ連れていく……。ここまでの作戦は完璧だった。


 でも、誤算が生じてしまった。カナさんはデカ過ぎたのだ。

 身長は片山君と同じぐ180センチ以上ある。しかも母印母印だ。あゆみでは担げなかった。

 ていうか、何故担げると思ったあゆみ。結構アホの子かな?


 仕方なく僕が担ぐ。重さ的な問題ないが、前がよく見えないから走りにくい。

 やむを得ず、おっ○いを手で押しのけて前方を確認しつつ走る。


 こんな怪しい奴らが走っていれば、当然兵士に囲まれる。ここまでも想定内だ。ここで僕のアイテムボックスが活躍する。


 いけ! 大量のアンデッド達。僕はアイテムボックスに収納してあったスケルトンを放出した。


 武器を持ってないスケルトンを出したので、パニックにはなるが死人は出ないと思う。

 そう信じてスケルトンをバラ撒きながら走った。


 パニックになってる中を逃げるのは容易だったけど、恐らく人だかりになってる施設の門から出るのは無理だろう。


 僕はアイテムボックスから以前作ったはしごを出して施設の壁にかける。


「あゆみ、これで外に出る。先に登って」

「私が後でいいよ。かなちゃん下から押してあげるから一緒に登ろう!」


「わかった」


 僕たちは登り始めるが、結構壁が高いし大きな人を担いでるので登りにくい。

 そのせいで焦りつつも、やっと壁の上まで辿り着く。

 外は騒がしいこの施設を見物に来てる人がいっぱいいる。しかし、そこに飛び降りるしかない。


「痛っ!」

「あゆみ、どうした?」


「弓兵来ちゃったみたい。ごめん……。足とお腹やられちゃったよ。もう無理そう。カナちゃん連れて逃げて」

「ダメに決まってるだろ!」


 僕は、顔面蒼白で崩れ落ちそうになるあゆみの腕を掴むと、外に向けてジャンプした。はしごは耐えきれず崩壊したけど、一応外には出られた。


 後はこの落下の勢いを消さないとだ。迷っている暇はない。僕は下に向けて反発バリアを展開した。

 低反発にしてみたけど、そこそこバウンドして道に転がってしまうが、一応なんとかなった。

 でも、あゆみは無事には見えない。今の衝撃で脇腹の矢が深く刺さったぽい。


 僕はアイテムボックスから外観を変更した竜車を出すと、カナさんを放り込み、あゆみを担いで中に入れた。


「この街を出る。南に向かって全力で走って!」

 ゴーレム竜にそう指示を出した。


「助けてくれてありがとね……。お願い最後にキスして?」

「大丈夫、問題なく助かるよ。もしかしたら痛いかもだけど我慢してね?」


 僕は一応断りを入れてから脇腹の矢を収納した。

「はぁ……」


 次は足だ。

「ふぅぅ……」


「そして、これを飲むんだ」

 ちょっと強引になるが、血を吐きながら痛みにあえぐあゆみの口の中に特製ポーションをねじ込んだ。


 そして見慣れたエフェクト。もう慣れたせいで沢山の猫の目が可愛いなぁ~ぐらいの余裕は出来た。


「あれ? 私どうして怪我治ったの?」

「このポーションは良く効くんだよ」


「矢吹君!」


 あゆみはまた泣きながら抱きついてきた。けど、今はそんな事をしてる場合じゃない。

 抱きついてキスしてくるあゆみを引きずりながら後方の窓から外を確認する。

 竜車が速いせいもあるのだろうけど、追手はない。


 一応、危機は脱したみたいだな。メチャメチャ疲れたよ……。


 一息ついて足元を見ると僕が無造作に放り込んだカナさんが転がってる。

 これだけやって起きないのだから薬で眠らせられてるのかな?

 中々離れようとしないあゆみを押しのけ、カナさんの状態を見ることにした。

 頬をペチペチやっても起きる気配はない。息はしている。


「精神をやられてるって聞いたけど、何があったの?」


 あゆみが話した事をまとめると、あゆみとカナさんは帝国に飛ばされて来た。スキルを活かせる仕事を探す。

 カナさんは『軍師』というスキルを取ったので、スキルを活かせる軍で就職活動したそうだ。

 持つ者は殆ど居ない凄いスキルだそうで、即、軍に採用され作戦に導入され始める。

 最初は上手く行き、カナさんも嬉しそうだったらしい。


 しかし、自分が立案し、指示した作戦で少なからず犠牲者が出てるのを知ってから、カナさんはおかしくなってしまったそうだ。


「なるほど。自分が殺してしまったみたいに感じたのかな」

「そうだと思う。カナちゃん優しいし」


「心配ないよ。さっきあゆみに飲ませたポーションは壊れた心にも効くから」

 僕はカナさんを抱き起こし、口に特製ポーション差し込んだ。


 突然の演出にあゆみは驚いて声も出ない。幽霊にでも会ったかのように固まっている。

 そしてカナさんは目が覚めたようだ


「うぅ……ん? あれ? 君は誰?」

「姿は変わってるけど、僕は矢吹光一だよ」


「カナちゃん!」

 あゆみはカナさんに抱きついて泣き出した。抱きつくの好きだな。


「矢吹君? あゆちゃん、どうして私こにに居るの? 馬車の中?」

 あゆみは泣いてばかりで話が進展しないので、僕が事のあらましをカナさんに伝えた。


「そうだったんだ……。あゆちゃん、矢吹君ありがとう。迷惑かけてごめんね」

 今度はカナさんが泣き出してしまった。もう気が済むまで二人を泣かせてあげよう。


 僕はその場を離れて馭者席に座った。


 しかし、ちょっとアテが外れたな。ギルド経由で連絡すれば、みーちゃんが来てくれる思ってたのに。


 僕たちは街を離れ、かなりの距離を走った。だけど止まるのは不安なので、速度を落として走り続けるように指示した。

 しばらくしたら二人は落ち着いて何かを話してる。

 二人に食事を出してお腹が満たされた僕たちは一息ついて、疲れがどっと出た。


「もう寝よう? 疲れたよ」

「うん」「はい」


 僕の竜車はモリモリと作った車同様、三列の六人乗りだ。

 一番前の列は僕、真ん中はあゆみ、一番後ろはカナさんで寝ることにした。


 したのだが。


 今僕は膝の上に対面で座ってるあゆみに激しく唇を吸われている。

「ぷはぁ、後ろでカナさん寝てるんだからね」

「わかってるけど止められないよ。お願い……」


……。


……。


 命からがらの体験したせいで気持ちが昂ぶってるのか、あゆみは止まらなかった。

 完全にカナさんの事なんて忘れている。もう面倒になって僕は身を任せた。


 シートにもたれて上を見ていると、後ろのシートからぬっと顔が出てきた。


「あゆちゃん、矢吹君となにしてるの?」

 魔道具の光を弱くして暗いけど何しているのかは見れば一目瞭然。


 カナさんは「ごめん……」と言って後ろのシートに戻って行ったが、あゆみは止まらなかった。



◇◆◇◆



 翌朝。

「あゆちゃんと矢吹君が付き合ってたなんて知らなかったよ」

「付き合ってないよ。命がけで軍に忍び込むなんて事したから、気持ちが昂ぶって求めてしまったみたい」


「そうだよね。ほんとごめんね……。あゆちゃん」

 カナさんは膝枕状態で寝てるあゆみをの髪の毛を優しく撫でた。涙があゆみに落ちる。


「カナさんはもう落ち着いた? 精神的に追い込まれてたみたいだけど」

「はい。でも思い出すと頭がおかしくなりそうな気がする。だから、できるだけ考えないようにしてるの」


「そっか、わかった」

「矢吹君は何処に向かってるの?」


「まずはドルフィノかな。僕の店があるし。海の家やってるんだ。着いたら好きなだけ食べていいよ」

「いいなぁ……。そういう所で働きたい」


「じゃあ働いてよ。あゆみも働きたいなら一緒でもいいし」

「ほんとに? 矢吹君には助けてもらってばかりで申し訳なくなっちゃうよ」


「気にしなくていいから。今回の事は自分から飛び込んだしね」

 それでも浮かない表情のカナさんだったけど、あゆみの寝顔を見ているうちに笑顔が見えてきた。


 相変わらず転移は反応しない。何かに邪魔されているような感覚がある。

 考えても仕方ない。進むだけだ。


 竜車は南へと走り続けた。

評価、ブックマークありがとうございます! 今まで一日一話書いてましたが、諸事情でしばらく二日に一話ぐらいのペースになりそうです。

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